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神様機構     ~悠久なる歯車~  作者: 太郎ぽん太
ラナクロア
12/57

新たなる出会い




 ■



 

 定臣がRPGっぽいと表現した世界。その世界には確かに魔法が存在していた。望んだ神秘は確かに存在していた。しかしながらその世界には望まれぬ神秘も存在していた。


 そこに住む人々は世界を『ラナクロア』と呼び、世界統一国家『エドラルザ王国』のもと日々、魔族との戦闘を繰り広げていた。結束させた人類の力で抗うも、魔族との戦闘は苛烈を極める。劣勢にたたされた人類は魔術の粋を結集して絶対防御の城壁を作りあげた。


 エドラルザは城壁によって国を囲む。囲まれた土地には仮初ではあるが、平和が約束される。城壁が完成してから十余年、城壁の内と外、明確な違いが現れるには充分な時間が過ぎ去っていた。


 定臣が降り立ったのはその外側の世界だった。




 ◆

 



 周囲の景色は又しても山、山、山。まずは大きく深呼吸する。 

 

「あ~やっぱこのいきなり世界が変わる感覚だけは慣れそうにね~なぁ」


 そう呟きながら自身の格好を確認する。予想通りのRPG初期装備、あえて言うなら旅人の服といった感じだ。ただしその背中には大太刀『轟劉生』がしっかりと背負われていた。


「いや~刀戻ってきてよかったぁ~まじで焦ったぜ!」


 もう一度、自身の格好をまじまじと見てみる。


「なんでこう毎回、少しだけサイズでかいんだよ」


 やれやれと服をぱたぱたと振った後に確認事項を頭に浮かべる。


 えっと、主人公の名前はポレフ・レイヴァルヴァンってカタカナかよ!頭の中に浮かんだその姿はボサボサな茶髪になんとも冴えない顔つきの小学生くらいの少年だった。


 こんなので大丈夫かよと思いながらも居場所を確認する。またしても現在地からかなり近い位置にいる模様。どうやら主人公の近くに降り立つ様になっているらしい。


 次の確認事項、『天使』という概念の存在……って翼ってどうやって出すんだよ!そんなの知るかよ!


「ノリででるかな?」


 しばらく顎に手を当てて考えた定臣だったが、そう呟いた後に何故か忍法さながらに両手の人差し指をぴっと立てて胸の前で組むと掛け声をかけた。


「ちょえ!」


 ───バリッ


 よしっ!翼生えた!そして服もげた!


「よくねえええよおおおおお!!」


 思わず頭を抱える。背中が思いっきりスースーする。後ろから見た自分の姿を想像すると泣きたくなってきた。


「結構この服、気にいってたんだけどなぁ……」


 そういえば前回も来て早々に服がダメになったなぁ……そういう仕様か?何かといい加減な天使ならそれもありえそうだなと思考を巡らせてはみたものの、結局のところ破れたものは仕方ないかとあきらめるしかなかった。


 さすがに人前で上半身をはだけさすのはまずいかと、首の後ろで破れた服をしっかりと結ぶ。応急処置としてはこれでいいだろう。


「代えの服探さないとなぁ」


 とりあえず主人公に会えばなんとかしてもらえるかもしれないと、感覚を頼りに山の中を進んでいく。鬱蒼と覆い茂る草木を掻き分けてひたすら直進し続けると不意に視界が開けた。


「たっけぇ~!」


 眼の前には断崖絶壁、その下には村が見えた。その村は遠目に見ても賑わっている様子が見てとれる。


「あの村に住んでるのかな?」


 周囲を見渡して降りれそうな場所を探してみたものの発見できない。


「むぅ」


 困り果てて来た道を引き返そうかと後ろを振り返った定臣の目に先程、出現させた翼が映りこんだ。


 翼が生えたって事は『天使』って概念が存在する世界なんだよなぁ


 概念があるからといって昔の自分とこの世界の住人が同じ認識だとは限らない。定臣が昔いた世界では天使とは神秘的な想像上のものだった。果たしてこの世界ではどういうものとされているのか。


「珍獣の類だと思われてるなら捕獲されかねねーしなぁ」


 翼をもう一度、眺めてみる。


「生えろって念じれば生えたって事は結構、自由に動かせるのか?これ」


 ───パサパサ


 動いた。


 確認。目の前には断崖絶壁、降りれそうな場所は見た感じで無い。そして眼下には村が見えるが距離が結構あるので誰かに目撃される心配も無さそうだ。


 俺には自由に動かせる翼がある。


 もう一度言う。


 俺には翼がある。


「そう!人は一度は思う!飛んでみたいとおおおお!」


 定臣はそう叫ぶと崖から飛び降りた。


「あああああああああああああああああああああああああああああ」


 


 ◇




 エドラルザ王国領南部、そびえ立つライマ山の山中に『レイフキッザ』の村はある。険しい山中にありながら村には活気があり、商業取引が盛んに行われ、城壁の内部とを行きかう商人達で、村には常に人が溢れていた。

 

 そのレイフキッザからはずれて更に南に一軒の家が建っていた。




 ◇




「姉ちゃん姉ちゃん!なんかおもろいの拾ったぞ!」


「あらあら、今日は何を拾ったの?ポレフ」


 私はそう言いながら愛しい弟に視線を向けました。弟、ポレフの背には女性が背負われていました。

 確か今日はカダの木を削りに行っていたはず。カダの木はライマ山、南部に群生していて靴の材料には欠かせないものです。


 そう、南部に群生しているのです。ライマ山を南に越えた先は魔族の支配下。数年前の大侵攻で切り崩された崖があるので弟が必要以上に南に行く事は無いと思ったのですが・・・


「ポレフ、その人を離しなさい。魔族かもしれないです」


「違うって!空から降ってきたんだって『これ』!」


 空から?それに『これ』?


 幼い頃から言葉遣いには特に厳しく育ててきました。その弟が見ず知らずの他人を指して『これ』よばわり。少し躾けが必要な様です。


「ポレフ、人様を指して『これ』はないでしょう?」


「わっ!わわわ!違うんだって!姉ちゃん!包丁降ろして!違うんだって!『これ』人間じゃないんだって!」


 人間ではない。


「やはり魔族……」


「待って!謝るから待って!包丁やめて!」   


「ポレフ、魔族は危険だと何度も教えたでしょう?」


「魔族じゃないってば!翼!翼生えてたから綺麗な!」


 翼?……翼を持った魔族は存在します。しかし綺麗な翼と表現するにはおぞましいものばかり……


「ポレフ、詳しく話してください」


 そう言って私はポレフを家の中へ入れ、背中の女性を奥のベットへ寝かしつけてからリビングでテーブルを挟みポレフと向き合うと詳しく話しを聞きだしました。

 

 話しによるとカダ削りに出かけたポレフは夢中になる内にうっかりと崖の手前まで進んでしまったらしく、そこで天から声が聞こえてきたそうです。それにポレフはこの女性をどこかで見かけた事があるとも言いました。


「う~ん、どこだったかなぁ」


「しっかりと思いだしてください。初対面ではないのなら覚えていないのは失礼ですよ」


「会った事はないと思うんだけどな~……あ!」

 

 片手でぽんと手のひらを打つその仕草に思わず笑みがこぼれました。私の弟はなんと可愛いのでしょう。


「思い出しましたか?」


「教会!教会の壁に描いてあった絵の人だこれ!」


 教会の壁画?……綺麗な翼……天使?


 そこに思い至った私は思わず気持ちが高揚しました。古くからの言い伝えで天使が舞い降りた者には幸福が訪れると言われています。その天使が愛しの弟に舞い降りた。こんな幸せな事はありません。


「ポ、ポレフ、それでその天使様は何と仰られていたのですか?」  

 

「どうしたの?姉ちゃん急に早口になって……天使ってこれの事?」




 ◇




 小刻みに首を縦に振られたので思いだして見る。ポレフが思いだしたのは必死の形相で翼をばたつかせながら空から降ってくる定臣の姿だった。


「え~と確か……」


 頭を少し掻いてみてやっと思い出せた。


『俺はペンギンかあああああああああああ』


「って言ってた」


「オレワペンギンカアア?天の国の言葉でしょうか?」


「さぁ?」


「ポレフの前に舞い降りた時にそう仰られたのなら、きっと天の国の挨拶なのでしょう」


「う~ん……」


 舞い降りたというよりは落下してきたって感じだった。それに半泣きでそう叫んでたんだから挨拶じゃないと思うんだけどなぁ……


 そう思いながらもポレフは正面でにこにこと笑いかけてくる姉の顔を見ると何も言う気になれなかった。


「まっいっか!たぶんそうだよ姉ちゃん!」




 ◆




 あ~……死んだ。確実に死んだわ俺。


 意識が戻り、目覚めるまでの僅かな時間に定臣は思考を巡らせていた。 


 まさか飛べないと思わね~よ普通!なんのための翼だよ!


 ……いや、まぁ確認しなかった俺が悪いんだけどな


 我ながらまぬけすぎた。誰にも見られてなくてよかったなぁ……


「それいいね!そうしよう姉ちゃん!」


 あれ?なんか誰かの声が聞こえる。


「えぇ、えぇ、きっと天使様も喜んでくださいますよ」


 天使……なんで正体知ってんの!?


「早く目、覚まさないかな~天使」


 なんか覗きこまれてる。目開けて大丈夫なのか?これ



 一瞬、躊躇した定臣だったが仕方がないかとあきらめて目を開く。そこへ


「あ!起きたよ!姉ちゃん!」


 覗き込んでいたのは少年。この世界の主人公『ポレフ・レイヴァルヴァン』だった。


 何このデジャヴ。小夜子の時もそうだった気がする。


 とりあえず寝転んだままでは状況がわからないと起きあがる。目の前にはポレフ、その少し奥には女性が一人いる。


 その女性は驚く程に綺麗なストレートの銀髪を地面に着きそうなまでに伸ばし、天使顔負けな美しい顔立に金色と翠色のオッドアイを浮かべ、るるかばりの笑顔でこちらを見ていた。


 透哩とどっちが綺麗だろう?そう思わず見とれてしまっていた定臣にポレフが声をかける。


「天使!天使!」


 何かと視線を戻すとポレフは満面の笑顔で定臣に右手を挙げながら大きく口を開くと


「オレワペンギンカアアアアア!」


 と言ってきた。


 なん……だ……と?


 見られていた。思わず涙がでそうになる。 


 頭を抱えて首を左右にふるふると振っていた定臣に更に声がかかる。


「天使様、私も」


 顔を上げた定臣に更なる追い討ちがかかる。


「オレワペンギンカアア♪」


 これはいじめなのだろうか。それにしては笑顔に悪意が全く感じられない。


 正面の二人は先程から満面の笑顔でこちらに手を振ってきている。とりあえずはと定臣は得意の愛想笑いを浮かべながら軽く手を振り返してみた。


「おぉ!通じた!オレワペンギンカアアアア!」


 ポレフ・レイヴァルヴァン、それにしても元気がいいな。っていうか俺はペンギンか言うな!


 どうやら挨拶か何かと勘違いしているらしい。見た所、この世界の住人は天使に悪意はもっていない様だ。それならばと定臣は口を開いた。


「初めまして、俺の名前は川篠定臣といいます。もうわかってるみたいだけど天使です」


「うおっ!同じ言葉喋ってる!」

「まぁ、まぁ」


 二人が声を揃えて驚いた。


 う~ん、いまいち天使の事をどう思ってるのかわからないなぁ


「えっと、普通に会話できるんで」


 そう一言、前置きを入れた後に確認する。


「まず、この世界で天使ってどういうものなのか教えてもらえないかな?」


 その言葉を聞くとポレフの背後にいた女性がすっと歩み出て定臣の前まで来ると一礼した。


「申し遅れました。私はエレシ・レイヴァルヴァンと申します。そこのポレフの姉でございます」


 あまりに丁寧な挨拶に釣られてお辞儀する。エレシは頭を上げた定臣に満面の笑顔を見せながらポレフの背中をぽんと叩き、挨拶を促した。


「俺はポレフ・レイヴァルヴァン!ポレフって呼んでいいぜ!」


「ああ、よろしくなポレフ」


 そこで気がついた。


「あ~ごめん、名前逆だった。サダオミ・カワシノでよろしく」


 細かい所が今までの自分が経験した世界と色々と違う。これは覚える事が多そうだなと覚悟した所に一言、了解をいれるとエレシが先程の質問に答え始めた。


 話しによるとこの世界での天使の認識は概ね、定臣が元いた世界と変わらないものだった。まずは一安心と胸を撫で下ろす。


 天の国にいると言い伝えられている。神秘的なもの。この辺りはほぼ変わらないな。


『舞い降りた者』に『幸福を訪らせる』


 天使は主人公の夢や願いを叶える……うん、大方同じ感じだろうとその場で頷く。


 しばらく顎に手を当ててうん、うんと頷いていた定臣だったがエレシが何かを言いたそうな顔でこちらを見ているのに気がついた。


「えっと、何かな?」


「申し訳ありません、サダオミ・カワシノ様……お恥ずかしながら私共は天使様を実際にこの目でお見受けするのが初めてなものでして……」


 あぁ、なるほどなるほど。そりゃいきなり天使ですって言われても信用できねーわなぁ


 どうしたものかと少し考えた定臣だったが、これならば信じてもらえるだろうと1つの方法に思い至った。


「ポレフ、ちょっといいか?」


「おう!」


 ポレフの確認をとった後に定臣は天使翼を出現させた。もちろんここは信じてもらうためなのでできるだけ格好をつけておこうと両手を優しく開いてそっと目を瞑る。


 さすがに忍法どろんどろんじゃ風情がねーしな。


「うお!羽生えた!」

「まぁまぁ」


 驚く二人の声を無視してそのままポレフを両翼で包み込むと、不老不死を行使する。するとポレフを眩い光が一瞬包み込んだ。


「ん、これで信じてもらえるかな?」


 翼を消してエレシの方に視線を送りながら確認するとエレシは定臣などお構いなしといった感じでポレフを凝視していた。


「ポレフ!」


 呆然としていたポレフだったがエレシのその声で我を取り戻した。


「あ、大丈夫だよ姉ちゃん!なんか暖かかった!」


「そうですか……それでサダオミ・カワシノ様、今のはいったい?」


 ポレフの声に安堵の表情を浮かべるも、エレシは不安気に定臣にそう言ってきた。


 不老不死の存在は隠しておこうと決めている。ここはそれっぽく聞こえて嘘ではない言葉を選んで伝えよう。


 ポレフ・レイヴァルヴァンは神に選ばれた存在。だからこそ神の加護を得られる。天使は神の加護を代行できる。そう説明した後に


「今のはその加護とやらを行使しただけだよ」


 と付け加えて〆る。すると途端にエレシの笑顔が弾けた。


「やはりポレフは……なんと嬉しい事でしょう、こんな幸せな事はありません。ありがとうございます!サダオミ・カワシノ様!」


 深々と頭を下げられた。なんというかいちいち丁寧すぎて肩が凝りそうだ。


「え~と、あのエレシさん?」


「エレシとお呼びくださいませ、サダオミ・カワシノ様」


「わかったよエレシ、んじゃ俺の事も定臣でよろしく」


「そんな!滅相もございません!」

「わかったぜ!定臣!」


 ポレフ、元気いいな


 正直これくらいの方が親しみやすいとぽんぽんと頭を撫でるとポレフは『やめろよ!子供じゃねーんだぞぉ!』などと照れ隠しで頭をぶんぶんと振ってくる。それを『いけませんよポレフ!』などとエレシが笑顔で戒めている。


 二人のやりとりを見ていると無性に小夜子に会いたくなってきた。本当に仲がいい姉弟なんだなぁ


 穏やかな笑顔で二人を見ているとポレフが満面の笑顔で右手を挙げながら話しかけてきた。


「定臣!お前の靴、捨てといてやったからな!」


 やっぱりいじめられてたのか?言われて気がついたが確かに靴が無くなっている。悪ふざけを戒めてくれお姉ちゃんとエレシに視線を送ってみる。


「はい♪丁重に埋葬してさしあげました♪」


 待て待て待て、いくら世界が違うと言っても他人の靴をいきなり埋葬するとかどうなんだろう。この世界ではこれが普通なのか?


 なかなかにおもしろい顔で定臣が首を傾げていると、エレシが慌てて説明を始めた。


「申し訳ありません定臣様!光臨されたばかりでこのラナクロアの事をまだ……」


 様とか肩凝る!というか光臨って言わないで!泣きたくなる!


 ラナクロア……この世界の名前らしい。エレシの説明を聞き終えた後に整理してみる。


 エドラルザ王国、城壁、魔族にレイフキッザの村にライマ山……そりゃそうだよなぁ、普通に考えて町や山にも名前はある。カタカナ覚えるの苦手なんだよなぁと口ずさみながらも思いだしたのは火の国で初めて劉生と共に食料の買出しに出かけた時の事だった。




 ◇




「師匠、今向かってる村ってなんていう名前の村なんですか?」


「知らん。近くの村だ」


 ぇ~……


「そ、それじゃその隣の村はなんと……」


「隣の村は隣の村だ」


「ぇ~……」


「む?どうした?」


「い、いえ、それじゃあそこの山は……」


「あの山はあの山だろう」


「わかりました……」


 近くの村、隣の村、あっちの山、その山。こんなので大丈夫かと思っていたが実際、五年近く住んでいてなんの問題も無く過ごせてしまった。


 まぁ羅刹に会いにいく時に住んでた場所が超ど田舎だったって事が発覚したんだけど。


 いやぁ田舎っていいね!




 ◇


 


 師匠、元気かなぁなどと軽く笑みを浮かべながらも教えられた事を更に整理していく。


 エドラルザ王国は世界統一国家ですべての人類が属している。人類は魔族に日々脅かされながら生きていた。その魔族から人々を守るために絶対防壁の『エドラルザの城壁』を完成させた。 


 城壁の内側には平和が約束される。エドラルザは完成した城壁を城から少しずつ広げていき、国を囲み始めた。囲まれた土地と未だ囲まれていない土地。当然ながら城壁の外側には常に死が身近にある。


 同じ国に属しながらも明確に別れた生と死。当然ながら不満はでる。それを解消するために国の法律で城壁の外側の特産品には魔法の行使が禁止されているのだとエレシは言った。更に特産品はその村や町以外の物の使用が固く禁じられているのだそうな。


 何を言っているのかわからないといった感じで首を傾げる定臣に微笑みかけながらエレシが続ける。


「要するにこういう事です」

 

 そう言ってエレシが手をかざすと定臣の衣服が綺麗に修復された。


「これが魔法……?」


「はい♪回復魔法の一種で物体の耐久力を人の生命力に置き換えて回復させるというものです」


 衣服の町『ルッセブルフ』は数年前に城壁に囲まれたので魔法の行使が解禁されたのだという。


 物体の耐久力を回復できるなら買い換える必要が無い。それを禁止する事で買い換える必要性を設けている。更に特産品として作られたもの以外の使用を禁止する事で城壁の外側の利益を確保しているのだという。


 要するにあれか!金稼ぎやすくしてやるから城壁届くまでお前ら我慢しろ!って事なのか。


「なるほどな……それじゃ靴は城壁の外の特産品なんだ?」


「はい♪レイフキッザの特産品です」


「ちなみに特産地以外のを使うとなんか罰則あるの?」


「死刑です♪」


「埋葬していただいてありがとうございました!」




 ◇



  

 埋葬された天界産?な靴の代わりにエレシが靴を作ってくれるというので採寸してもらった。採寸が終わるとエレシはすぐに作業にかかると家の脇に構えている工房へと向かって行った。


 エレシを見送り家の中に残された二人は会話を繰り広げていく。まずはと、レイフキッザの住人ならば誰でも靴を作れるのかと聞いた定臣にポレフが誇らし気に答えた。


「そんなわけねーじゃん!特産品作れるのはマイスターだけだぜ!姉ちゃんはすげ~んだぞ!」


 マイスターとは特産品製作資格免許を所持している者の事らしく、資格は国家資格とされ、非常に厳しい試験を通過する必要があるそうだ。ちなみに資格所持者は特産品を製作できるが、完成した特産品をそのまま一般人に販売する事はできない。


 ならば特産品をどうやって手にいれるのか。それにはそれの専門職があるそうだ。


 エドラルザ王国の三大国家資格、特産品を作り出す『マイスター』それを購入し、運ぶ事を許された『ポーター』さらに運び屋から購入して販売する事を許されている『マーケッター』

 その中でもマイスターの資格は群を抜いて取得が難しいらしい。


「へぇ~、エレシすげ~んだなぁ」

 

 そう言うとポレフは満面の笑顔で大きく頷いた。本当に姉ちゃん好きなんだなぁ


 ちなみに作られた特産品を指定の町や村の中で売る分には資格はいらず、現地の販売者ならば誰でも可能らしい。そのためマイスターの作品は店を構える者とポーターとの間でいつも競りが行われている。


 特産地でしか買えない上に現地で競り負けると数割り増しで現地の販売者から買わないといけないのか……それでポーターに旨みがあるのだろうか。


 ポーターは他の地の特産品も所持している。城壁の外とはいえ他の地の特産品を手にいれるにはマーケッターの資格を所持した上でポーターから買うしかない。


 そのため、ポーターと現地のマーケッターは予め会議を行い、相場をある程度決めた上で現地のマーケッターから無資格販売者へと競り価格の交渉が成される。もし、この交渉が決裂しようものならば他の地の特産品の価格が軒並みに高騰する。


「うまくできてるんだなぁ、でも他所の特産品を買って来て転売するのって別に資格無くても黙ってりゃわからないんじゃないのか?」


 そこで力を発揮するのが『魔法』らしい。マイスター資格の取得難易度が高いと言われる所以は製作技術もさることながら、完成直後に行使が義務づけられている契約魔法の取得の難しさからなのだという。


「魔法には色々種類があるのはわかったけどさ、魔法見るの初めてだからいまいちピンとこないなぁ」


 マイスターが契約魔法を作品にかけると魔術刻印が浮かびあがるのだそうだ。契約魔法を行使した作品は正規のルートで販売されなかった場合、その場で消滅するらしい。


 契約魔法をマーケッター販売用に書き換えられるポーター。その書き換えた魔法を一般人用に書き換えられるマーケッター。更にマイスターの契約魔法を直接、一般人用に書き換えられる現地の無資格販売者。ちなみに無資格販売者の行使する魔法はその作品の作者であるマイスター立会いの元、専用魔法を行使しないと効果が現れないそうだ。


 無資格とはいえマイスター立会いの元で行使されるその魔法を最低限、使えないと店を構えられないという。


「んじゃマイスターと無資格の販売者が組んで特産地外で作れば儲け放題じゃないのか?」


「定臣お前、天使のくせにせこい事、考えるんだな~」


 せこいって言われた。


 マイスターが特産地外で製作する事は許されていない。マイスターは誇り高い職業でその誇りの元に絶対に不正なんてしないと前置きした後にポレフは言う。


「もし、違反したら即死刑だぞ!」


 エドラルザ王国、何かと物騒な国だなと思いつつもとりあえずは特産品の仕組みは理解できた。


「ん?そういやさっき服を魔法で直してくれたけど、あれはよかったのか?」 


「服のルッセブルフは城壁の内側だろおおお!」


 いやいや、だろおおおと言われても困る。


 城壁に囲まれた土地の特産品は指定解除されて誰でも作っていいし魔法をかけてもいいらしい。


 誰でも知っているラナクロアの常識は俺にはハードル高いなぁ


 少しずつ覚えていくしかないかと頷いていた定臣に声がかかった。


「定臣様、完成しましたので一度、おめしになってください」


 そういったエレシの手には濃い木目の上に綺麗な翼が彫り込まれている靴が一対。この短時間でそれを作ったのかと驚きながらも合わせてみる。


 なにこの靴?


 履いてみると吸い着く様に足にフィットする。その上に木製だという事を忘れさせるほどに軽い。


「すげ~だろ!これがマイスターの仕事だぜ!」


 誇らし気に鼻をこすりながらそう言ったポレフに頷いて応えると再度、エレシ方を向き改めてお礼を言う。


「ありがとうエレシ!これすげ~いいよ!」


「気にいっていただいてよかったです♪それでは契約魔法をかけますのでこちらへ」


 定臣から靴を受け取ったエレシが手をかざす。すると眩い光が靴を包み込んだかと思うと真ん中に大きな文字が浮かび上がった。


 ロゴみたいだなぁと思ってそれを見ていた定臣にエレシが説明を付け加える。


「この刻印はマイスターによってそれぞれ違うものが浮かび上がるのです」


 ロゴだった。


 エレシ作は特に人気が高いらしく、かなりの値段がつくとポレフが自慢気に言ってきた。


 ブランド物か……


 そんな高価な物をもらっていいのかと思いながらも受け取ろうとするとスッと離された。


 一瞬、おもしろい顔になった定臣にエレシが慌てて説明を加える。


「契約魔法を行使した後は正規ルートを経由した後にお渡ししないと消滅してしまいますので」 


 そういえばさっきそんな事を聞いた。今からレイフキッザの村へ行ってお得意様に受け渡し用の魔法をもらってきますと一言告げた後にエレシは家を出て行った。


 自作できても正規のルート踏まないと他人に渡せないとか不便だなぁと思いながらも、定臣は会って間もない自分のためにその手間を惜しむ事なく買ってでてくれたエレシの背中を感謝しながら見送るのだった。

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