天界 II
■
───あ~格好悪ぃ~、最後はもっと格好良く去りたかったぜ……
───眩しすぎる。目を開けているか閉じているかさえもわからない。
───帰ってるんだよな?
────どれくらい時間が経ったかわからない。視界がはっきりしない中、不意にオルゴールの音色が聞こえてきた。
あ───この音色は天界の……
脳が切り替わる感覚。五年前にわずかに滞在しただけの天界の記憶が鮮明に蘇ってくる。
───小波透哩、大宮るるか、小早川一樹。
つい数分前に話していたような感覚。なるほど、時間の概念が曖昧な天使にはうってつけか。
思考がそこに到達した時に視界が晴れる。記憶のままの風景、定臣は天界に帰還していた。
「───ちゃんだ」
口ずさんだのは最後のセリフの続き。はっとなり頬を伝う涙を拭う。
今のが一瞬の出来事だったのだろうか。やれやれと空を見上げ大きく息を吐いた。
───戻ってきちまったかぁ……
『ちゃんだとはまた理解の出来ない事を言うんだな定臣は』
背後から声。記憶が鮮明になる前から忘れるはずもない───小波透哩だ。
「───悪い、透哩……今はお前のツンに付き合ってる余裕ねーわ」
そう言うと定臣は後ろを振り返る事無く、左手を挙げその場にどっかりと座りこんだ。
『……』
無言。この私を無視かと殺気で言われた気がするが今はどうでもいい。煮るなり焼くなり好きにしろ。めんどくさい。
大きくため息を吐いて更に頭を垂れる。不意にその背中にとんっと軽く何かが触れた。
何かと思い、顔を上げて軽く振り返ると透哩が背中をもたれさせ目を瞑り、腕を組んで座っていた。
「───なんだよ……」
返事は無かった。どこか気遣われている気がして一瞬戸惑った定臣だったが、あの透哩に限ってそれはないかと視線を地面へと戻す。
しばらく二人でもたれ合う形で座り続ける。───穏やかな時間だった。
思えば透哩と一緒にいて落ち着いたのはこれが初めてだろう。
「───なぁ透哩」
「ん?」
「まさかとは思うけど気遣ってる?」
「さぁな」
「……勝手に人の心の中、覗くなよなぁ」
そういえばこいつは心が読める。思いだした定臣はそうごちった。
「天使の心は読めんさ」
不服そうに鼻を鳴らすと透哩がそう答える。覚悟していた鉄拳制裁は飛んでこなかった。
どうやら機嫌が良さそうだなと、確認事項と質問を投げかけてみる事にする。
「透哩」
「ん?」
「答えて欲しい事が二つ程あるんだけどいいか?」
無言の返答。それを勝手に了承と解釈する。
「任務遂行が終わった世界にもう一度行く事ってできるのか?」
───小夜子との約束『絶対に帰る事』。
無責任に約束したつもりは無いが、戻れる確証など無かった。それを確認する必要がある。
『そんな事をした天使は過去にいない』
淡々と、あくまで淡々と透哩はそう告げる。
「いないだけでもう一度行く事ができないわけじゃないのか?」
『……』
「透哩?」
相変わらずに会話が難しい。答えてくれそうにないかと思い始めた頃に、ようやく透哩が口を開いた。
『そんな方法が存在する世界もどこかにあるかもしれない』
つまりは知らないという事。小波透哩が知らない。本当にそんな方法がどこかの世界にあるのだろうかと不安が過ぎる。
『───そうすればいい。』
表情を曇らせ俯いた定臣に透哩が告げる。
「え?」
『無駄と言ってもどうせ探すのだろう?馬鹿な定臣は何も考えずにその方法を探せばいい』
なんか透哩に励まされた?今日、変じゃね?
「あ、ありがと。そうするよ」
ふんと鼻を鳴らすと透哩は立ち上がり、その場を去ろうとする。その後ろ姿を定臣は慌てて呼びとめた。
「あ~もう一つ」
『なんだ?』
こちらを振り向かずに透哩が立ち止まった。どうやら答えてくれるようだ。
「任務対象者の夢や願いを叶えたって判断は誰がするんだ?戻るタイミングが良くわからなかったんだが」
『そういうのは答えるのが好きな奴がいるだろう』
そう言いながらちらっとこちらを振り返った透哩の顔は
───あ~すっげぇめんどくさそ~
今を思えば調子に乗りすぎていた。珍しく会話をしてくれた事で、小波透哩がどういう奴かを一瞬忘れていたんだ。
昔の人は本当にうまく言ったものだ───『口は災いの元』と。
「わりぃ最後にもう一つ」
『……なんだ?』
「お前って実は男?ほら、エンジェルフォームのせいで性別がよくわか……」
身の毛がよだちました。
完全にこちらに向き直った透哩の顔には『殺す』とデカデカと書かれてあり、昔やったRPGのラスボスのBGMが聞こえてきそうな勢いだった。
「わるかっゴフッ!」
音速で謝ろうとした定臣の身体が宙に浮いた。
殴られた。あ───透哩がどんどん小さく……ってどんだけ飛んでるんだよ俺!あ───意識が遠く……───
◇
定臣は墓地の中にいた。なんだここと一番手前の墓へと視線を向ける。
───川篠定臣、ここに眠る。
目の前に見えた墓にはそう刻まれていた。
「って死んでねーよ!」 ゴンッ
「あだっ!」
慌てて起きあがった定臣は額に何かをぶつけた。額を押さえつつ、視線を足元で蹲っている少女へと落とす。───見覚えのある姿だった。大宮るるかだ。
見れば彼女も額を押さえて『~~~!~~~!』と痛みを堪えている様だった。
「あ、るるかさんちわっす」
「ちわっすじゃないですよぉ~!いきなり起き上がらないでくださいよ~!」
るるかの話しによると、空から意識を失った俺が城壁を破って降ってきたそうな。
そりゃあ変な夢も見るわ!どんだけ殴り飛ばしてんだよ透哩!
そう心の中でつっこみつつも、るるかに説明する。
「そうですか……小波さんが……ご愁傷様です」
突然の頭突きをくらって憤慨していたはずのるるかが、哀れむ様に微笑を浮かべつつ慰めてくる。小波透哩恐るべし。
「まぁ俺も調子に乗りすぎました、なんか珍しく会話してくれてたから」
「定臣さん敬語はいいですってばぁ」
「あぁそうだった、わりぃ」
「いえいえ、あまり言うと怖いので一つだけいい事、お教えします」
そう言うとるるかは、にこりと定臣に笑いかけ右手の人差し指をぴっと立てる。
「帰還した天使を迎えるのは私の役割でしてぇ~、その私より先に他の天使が会うって事は通常ありえないんです」
「それってつまり」
会いにきた?あの透哩がわざわざ?
「ふふふ、ご想像にお任せします」
本当は五年間ずっと待ってたんですけどね。ふふふ、言うと怒られるので
◇
あの定臣さんが出発したあの日───
「じょ、上級って!?」
「まずい事になったまずい事になった……」
目の前で海里さんががうろたえています。挫折を知らない彼女はイレギュラーな自体にとことん弱い様でした。
「わ、私が行って連れ戻してくる!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいよぉ。そんなの認可が下りるわけないじゃないですかぁ」
「そ、そうか……そうだったな」
落ち着かない様子でうろうろと、その場を行ったり来たりする様は普段、冷静沈着な彼女からは想像もつかない姿でした。
『定臣はもう任務に就いたのか』
───そこに声。
私と海里さんでも、気配を捉えられない程に消せるのは天界広しといえどそうはいません。小波透哩さんです。
「さ、小波さん……戻ってらっしゃったんですか?」
あぁなんか睨まれてますぅ
「小波!貴様、わざわざ気配を消して近づく必要がどこにある!」
海里さんがまた喧嘩売ってます(涙)この二人は犬猿の仲というやつでして、会う度に口喧嘩に……板挟みになる私の身にもなってくださいよぉ
「ちょっと海里さん~」
『なんだ君島、いたのか』
「むむむむ!貴様またそうやって私を愚弄する気か!」
普段は冷静沈着な方なんですよ?小波さんの存在自体がイレギュラーって事で理解していただければ……
『五月蝿い。黙れ』
あぁまた絶対零度の視線を……
「むぅ……だめだ!今は貴様にかまっている場合じゃないんだ!」
「そ、そうです!大変なんですよ小波さん!」
無言で言えと促されたので答えました。もちろん腕を組んで絶対零度の視線でです。
『で?選別当番は誰だ』
「ロ、ロミオだが……
ま、まぁ間違いは誰にでもあるだろう───今はミスを指摘するよりも起こってしまった事態にどう対応するかが先だ。
ってちょっと小波どこへいく!?」
『そんなものは決まっているだろう。───あれは私の所有物だ。
私の物へ害を与えた者には、それなりの罰を与えなければならない』
それなりの罰というのを想像するだけで恐ろしいですぅ
「所有物だと?……
む───そういえば貴様が連れてきたとか聞いたが……
そもそも最近は神の選定が行われていなかっただろう?それなのにどうして天使が増える?」
やっぱり気がつきましたか……さてさてどう言い訳しましょう。
『承認されたものにケチをつけるとはお前の忠誠心も疑わしいものだな』
一瞬、悩んで返答が遅れた私より先に小波さんが口を開きました。
「な!?私は素朴な疑問を口にしたまでだ!私の忠誠心には一片の揺らぎもない!」
「まぁまぁお二人とも」
普段の小波さんなら、海里さんを無視してあのままロミオさんの所へ行っていたでしょうが……これは定臣さんの事、かばってますね。ふふふ、珍しい事もあるものです。ここは微力ながら協力させていただきますよ。
「えっと、海里さん。結局の所ですね、一度、任務に出かけちゃった天使をどうこうする事ってなかなか難しいですので」
「……ふむ。
───達成される事はまずないだろうが……救援に向かう事も難しいか。
って小波どこへ行く!?」
またしてもその場を去ろうとしていた小波さんに、海里さんが声をかけました。もちろん小波さんはこちらを振り返る事もなく……
『帰還ポイントへ行く』
「え?」
「ふぇ?」
この返答は予想外でした。私も海里さんも、てっきりロミオさんを折檻しにいくものだとばかり……
『大宮───先に言っておくが。
私の定臣が戻った時に、その任務が上級であったなどと───いらぬ知識は与えるな』
「わ、わかりましたぁ……でも帰還した際には私から連絡さしあげますよ?」
ふん、と鼻を鳴らしてそのまま小波さんは去っていきました。あっけにとられましたが本当に今日のこの日まで、そのまま待っているとは思いませんでしたよ。
───それにしてもあの時の海里さんの顔ったら……ふふふ
「わ、私は夢でも見ているのか??小波透哩が他人を待つだと??」
◇
「───るるかさん?」
またこの人はトリップしてるよ。そういえば最初に会った時も、最後はどこか遠い世界に旅立っていってたんだっけ……
「───あっ……はい!すいません!」
「えっと、透哩の事は置いておくとして」
五年待って置いておかれました(涙)あれでも定臣さんの事、心配してらしたんですよぉ。───言うと怖いから言わないですけどぉ
「るるかさん?」
「あっ、はい」
「その……透哩に質問はるるかさんに聞けって言われて」
それを聞いた後るるかは心底嬉しそうな顔で定臣に『どうぞ!』と告げる。本当に説明とか好きな人なんだなぁと思いつつ定臣は透哩が答えてくれなかった質問をぶつけてみた。
「あ~それは、任務遂行対象に感情移入しすぎですね。
───定臣さんは任務遂行対象の事をどう思われてましたか?」
「愛すべき妹!」
即答した俺をるるかさんが、若干引き気味の笑いで眺めてくる。気にしない!気にならない!
「あ、あはは~、えーとまぁそれが任務達成後も、定臣さんがその世界に縛られていた原因ですね」
るるかの説明によると、心の底から任務遂行対象にしてあげたいと天使が願った場合にのみ、それが達成条件として追加されるという事だった。
俺が心の底から小夜子にしてあげたいと願った事───
『小夜子には幸せになって欲しい』
あぁなるほど───
あの時の笑顔で俺が満足しちまったのか……じゃあ俺が満足しなければ、あの世界にずっと居続けれたって事なのか?
───違うよな。
小夜子が幸せになれたから俺が天界に戻ったんだし。それならこれで良かったんだよな……
「感情移入する事を効率が悪くなると嫌う方もいらっしゃいますが……
定臣さんのその顔を見ればわかります。
───あなたにとってそれは悪い事じゃなかったんですね」
満面の笑みでるるかがそう言ってくれた。
「そう───だな……ありがと」
「いえ、中には世界を旅する事に心が壊れちゃう方もいらっしゃいますので……
ケアとして、記憶の忘却などのお手伝いもしてるのですが」
「俺は絶対に忘れないので必要ないっす」
「はい♪」
どれだけ効率が悪くなっても、どれだけ別れが辛くなっても、やるからには徹底的にその世界の主人公に関わっていってやるさ───
その上で小夜子にもう一度会いにいく方法を探していこう。
自分と小夜子の別れが、小夜子にとって良いものだったとわかった途端に前向きになれた。
───待ってろよ!小夜子!俺、頑張るから!
◇
ノリと勢いだけに任せて任務に就くとか馬鹿すぎた。前回は正直、勉強不足すぎた───
と猛反省し、次の任務に向けてもう少し知識をつけていこうと判断した定臣は、るるかに願い出てささやかな講習会を開いてもらった。願い出た時のるるかの顔はもちろん満面の笑みである。
「───という事で覚えていれば便利な天界知識の講習は終わりですぅ」
「ありがと!すげーためになったよ!」
忘れない間に自分の中で整理しておこう。
学園への入学条件として任務遂行世界で様々なスキルを身につけるというものがあった。
今回の俺の場合はそのスキルというのは間違いなく『轟流剣術』の事だろう。
もっとこう───世界を一つクリアする度に、パァっと神力が解放されて不思議能力が使えるようになるとか……そういうのを期待していたんだが。
スキルの一つ一つの習得には弛まぬ努力が必要なわけだ。天使ってもっとこう神々しいイメージがあったんだが……
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相変わらずに便利能力は不老不死くらいなものだった。
不老不死といえば、主人公に対して行使した分は、主人公の夢や願いが叶った地点で解除されるんだったよな。
───小夜子の不老不死が解けたタイミングがわからなかった。
これから先、その世界の主人公にも行使していくに当たって、予め宣言してから行使するのをやめようと心に決めた。解けるタイミングがわからない以上、不老不死に慣れてもらっては困る。
俺が師匠に勝った時みたいな戦闘手段に慣れた場合、仮にその時に不老不死が解除されていれば即死するからだ。───まぁあんな痛いの慣れようがないと思うが……
習得スキルに関してだが、初級カテゴリーの任務の中では基本的な戦闘術ばかりの習得になるらしい。習得スキルに予め目安をつけれるのは大きい。行ったはいいが何を覚えればいいのやら見当がつかないのとでは大違いだ。
任務に就いたはいいが、何のスキルも習得せずに主人公の夢や願いを叶えて戻ってくるだけなら、いつまで経っても学園とやらへは辿り着けない。
正直、学園とかもうどうでもいいが、スキルを習得する事は小夜子と再会する事へ直接繋がっている。
かといって主人公をそっちのけでスキルの習得に従事するわけにもいかない。難しい所だがどっちも頑張るしかないか。
あと特筆すべきなのは遂行世界の概念によるスキル干渉か。
例えば魔法を習得しているとして、その天使が魔法という概念が存在しない世界での任務についた場合、その力は激減ないし、行使不可な域にまで制限されるというもの。
───なにこれ?せっかく覚えても使えない場合があるって……こりゃ任務選びってかなり重要になってくるなぁ……
あとそれを逆に応用して、天使翼を発動してみればその世界に『天使』という概念があるかどうかがわかるのだそうな。
要は翼だせれば概念有りって事だな。天使って概念が、その世界にあるなら主人公に対しての任務の説明がかなり楽になる。前回は信じてもらうのに正直苦労した。
───小夜子なんか最後の方まで全く信じてなかったしなぁ
思わず笑みが零れる。そこではっとなり、正面で朗らかな笑みを浮かべていたるるかに気がついた。
「わ、わりぃ、ちょっと自分の中で整理してた」
「いえいえ、難しい顔したかと思えば急に笑顔になったりと、見ていてあきませんでしたよぉ」
その笑顔を見つつ『ほんと良く笑うよなぁ』と思いながらも、この小さな天界での師匠に心の中でお辞儀する。本人は断じて友達と主張するだろうけども。
「それで、任務遂行世界って外から見た感じでどんなスキルがある世界かわかるの?」
「いえ、運ですね」
なん……だと?
「あははは、定臣さんその顔!」
「───いちいちいい加減すぎるだろぉぉぉ天使ぃぃぃ!!」
思わず絶叫する。『そういうものなんです』とにこやかに返されて毒気を抜かれた定臣は、それならばすぐに任務に就いてやると息を巻いた。
「いってきます!」
「もう少し、お話していたかった気もしますが……お待ちしていますね。
───ご健闘をお祈りしています」
「ありがと!」
そう言うと定臣は部屋を後にしようとする。そこで気がついた。
───無い。
背中に背負っていたはずの大太刀『轟劉生』が無い。
急にぴたりと足を止めた定臣を、不思議そうに首を傾げながらるるかが見守る。そこに振り返った定臣が奇声を上げた。
「ふぁあああああああああああああああああああああああ」
「ええええええぇ!?」
絶叫したままるるかに詰め寄ると、その両肩をガシっと掴んで前後にがくんがくんと揺すりながら定臣は聞く。
「あああああるるかさんああああ俺のああああ」
「わっわわわっ!ちょっと落ち着いて!わわわ!」
「刀ああああ刀ああああ」
「ふ、ふぇ、ふぇえええええええん」
るるかの泣き声に我を取り戻した定臣は慌てて謝罪した。しばらくぴーぴー泣き続けたるるかだったが、ようやく落ち着きを取り戻したのを見計らってもう一度、謝罪する。
「ほんっとうにごめん!」
両手を顔の前に合わせて深々と頭を下げる。
「も、もういいです、ヒック、か、刀、ヒック」
うわ~よくなさそう。
「まじでごめん!ちょっと混乱した!」
「か、刀は、ヒック、ぶ、武器は、ヒック、天界には、ヒック」
なかなか会話が難しいので要約すると、天界に武器は持ち込めないらしく、帰還の際にゲート(出入り口的なもの)で強制的に一時預かりになるそうだ。次の任務の際にそこで返却される事になっているらしい。
ちなみにこのゲート、天界から出る時は任務水晶経由した先、天界に戻る時は遂行世界で姿が消えて天界に出現するまでの間となんとも曖昧な位置にあるらしい。
そして何より納得したのはそのゲートを視認した者が一人もいないという事。天界と遂行世界の狭間で起こるその武器預かり現象を総じてそう呼んでいるだけらしく、たぶんそこにそんなのがあるのだろうと、なんとも曖昧な認識な所が如何にも天使らしかった。
「それじゃ任務に出かければ勝手に戻ってくるんですね?」
「は、はい、ヒック」
ありがとうと言いながらるるかの頭をぽんぽんと撫でる。自分のその行動に気がつくと定臣は慌ててその手を引っ込めた。
何やってんだ俺!相手はるるかさんだぞ!?癖ってこえ~なおい!
「わ、わりぃ!」
慌ててそう言った定臣にるるかが返事をする事は無かった。怒ったのかと思い恐る恐る、るるかの顔を覗きこむと
「はにゃ~……」
なにやらとろけていらっしゃいました!
しばらく顔の前で手をぱたぱたしてみたり、再び頭を撫でてみたりした定臣だったが、一向に戻ってくる気配がないるるかに困り果ててしまった。
更に待つ事、数分──
尚も帰還する兆しを見せないるるかさん。───ん~……今回はちゃんとお別れ言いたかったんだけどなぁ……仕方ないかぁ
いよいよ挨拶を諦めた定臣は、るるかにやれやれとジェスチャーして見せた後、ようやく任務へと出かけようとした。
───その時。
「貴様!るるかに何をした!」
突然、背後から怒声を浴びせられた。
「いいえ!なにも!」
そう反射的に返答しながら振り返った定臣が見たものは───またしても美女だった。
薄い紫色の髪を背中程にまで伸ばし、その毛先は一点に縛りこみ純白のリボンで結ばれている。
小さく作られた無数の三つ編みと右側に一際大きく作られ、こめかみの辺りからうなじを隠すように垂らされた三つ編みが特徴的だ。
瞳の色は綺麗な紫、その服装はるるか同様に制服の様なものを着ていた。
腰に手を当て、こちらを見降ろす様な威圧感を醸し出してはいるものの、透哩のそれよりはまだ友好的に感じられた。
「初めまして!俺の名前は川篠定臣っていいます!」
さすがに美女耐性がついてきたらしい。昔の俺なら間違いなく見とれていただろう。
「あっ、これはご丁寧に。私は君島海里と申します……ってちがあああう!るるかに何をしたと聞いてるんだ!」
なかなかに愉快な人らしい。
「海里って、あぁ、一樹を案内した天使さんかぁ……何をしたと言われてもな~」
そう言いながら定臣は海里の方へとてくてくと歩み寄る。
「な、なんだ貴様!」
「だからこう、な?」
定臣はそう言うと海里の頭をなでなでと撫で始めた。
「なっ!?なななな!?」
あ~この人おもしろいかも。なんというか───いじり甲斐がある?
内心でそう思いながら、にこにこと笑顔で頭を撫で続ける。そこにようやく、るるかが帰還してきた。
「───はっ!?……あ、あれ?海里さん、いらしてたんですか?」
「るるか~」
海里はそう言いながら、そそくさと復活したるるかの背後へと回り込むと顔を半分だけ出し、定臣の事を威嚇する様に睨みつけてくる。何この小動物。
「───どうかしましたか?海里さん」
「こ、こここここいつ、何なんだ!」
そう言いながら定臣をぴっと指差す。
おもしろいので近づいてみる事にしよう、そうしよう
ものすごい笑顔を浮かべながらてくてくとわざとらしく、ゆっくりと二人へと近づいてみる。
「わーー!わーー!くるなーー!」
定臣が目の前まで迫ってきたその時に、海里は叫びながら部屋を出ていってしまった。
「逃げられたか、残念」
その背中を見送りながら定臣はやれやれと、るるかに肩を竦めてジェスチャーして見せた。
「ふ、普段は冷静沈着な方なんですよ?」
いやいやいやいや、今のを見てそれを信じろとか!そのフォロー無理すぎですよるるかさん!という心の中のつっこみを定臣は一言で表した。
「ぇー」
「ぁ……ははは」
苦笑いでそれに応えたるるかは、何をどうすればあの海里がああなったのかと説明を求めてきた。
「だから、こう、ね?」
なでなでと
「はにゃ~……」
何このループ何このループ!
いい加減、面倒になった定臣は遠い世界に旅立ったるるかに『じゃぁいってきます!』と軽く別れを告げて、いよいよ任務に就こうと部屋を後にするのだった。
◇
「確かこの部屋から出て右手の……あ~あった、あのでかい扉の先だ」
扉の先で定臣を迎えたのは記憶にあったその景色。
上も下も無く、一面を覆う星空の中に浮かぶ無数の水晶玉は今も尚、五年前と変わらずそこに存在し続け、あらゆる天使を迎え続けている。
「さ~てどれにしようかな~」
水晶玉の中に浮かび上がった小さな景色をまじまじと見ていく。その先の世界で習得できるスキルは運次第。その話しを聞いた今となっては嫌でも慎重になってしまう。
しばらく、うん、うんと悩んでいた定臣を不意に既視感が襲った。
「なんかこの感覚───何かに似てるよな?」
首を傾げた定臣だったが、既視感の正体に気づくとぽんっと手を打った。
あぁ、これ───新作のRPGゲームがやる時間無い間に大量にたまった時だ。どのゲームからやろうか。それを選んでる時に似てる。
───バシンッ!
周囲に突然、鈍い音が響く。
音の正体は定臣が自身の顔面を、思いっきり両手で平手打ちしたものだった。
「ゲーム感覚じゃダメだろ俺!一世界入魂!今考えた俺的、造語!」
一人で仕切り直した定臣はもう一度、入念に任務水晶を眺めていく。
前回みたいに色の違う水晶は無いんだな。小夜子と出会えたんだし色つきは大当たりなのかな?───ん~無いものは仕方ないか。
更に顎に手を当てて考える。すっかりと劉生の癖がうつっている事に本人は気がついていない様だった。
───火の国の世界に再び行くには……
聞いた話しによると一度、遂行された任務水晶は消滅してしまうそうだ。
───水晶経由以外で別世界に移動する方法。
そんな魔法みたいな方法がありそうな世界……ん?魔法?
魔法と言えばRPG?我ながら思考が単純すぎて嫌になる。
ふるふると首を振った定臣だったが、他にあても無さそうなので本人的にRPGっぽい見た目の水晶を探す事にした。
いくつかの候補の内、触った感じで一番しっくりきた水晶を選ぶ。
「さてさて、行きますかっ!次はどんな出会いが待ってるかなっと!」
水晶を胸に当てがう。───定臣を眩い光が包み込んだ。
あれ?───今、水晶の色が一瞬変わった気が……
姿が消える瞬間に定臣は首を傾げるのだった。
◇
「あ、あいつは行ったか?」
妄想から戻った私が見たものは扉から半分だけ顔を出して、そう聞いてくる海里さんの姿でした。
「何やら珍しく動揺してらっしゃいましたね」
できるだけ刺激しない様にそう質問してみる。
「あいつなんか苦手なんだ!」
「怒らないでくださいよぉ」
「川篠定臣といったか。最近、天界に来た天使なのか?私はあんなの知らないぞ」
「あ、彼が小波さんが連れて来た方ですよ?」
「なっ!?ふ、二人揃って私を愚弄しおって!!」
「そんなつもりは無いと思いますけどぉ」
「いいや!あれは絶対に私を愚弄していた!」
「まぁまぁ、そう怒らずに……とりあえず───」
「ん?」
「入ってらっしゃいませんか?」
「……そうする」