第四十話 世界をいぶすバルサンラジオ
ついに私たちは、国営放送であるラジオNHKtのスタジオに侵入を果たした。
「さぁて、いよいよですね!」
ヒカル君がやる気満々で機材のチェックにかかる。とはいえここから放送を流せる以上、もう上手く行ったも同然だ。極論ここにスピーカーを置いておけば、そこから流れる音声を拾って国営放送にリレーできるのだから。
まぁそうは言っても、よりクリアな音声に越したことは無い。なので今まで通りに機材を使っての接続にかかる。
「え、あれ……これって」
「どうした?」
何かトラブルかな? と思って声をかける。が、ヒカル君は答えずに熱心にコードと、接続機器の液晶を見て、興味深そうに唸っている。
やがてこちらに向き直り、目をキラキラさせながら、両手を広げて言葉を発した。
「これ、凄いですよ! NHKtの通常放送だけじゃない、NHKtFM、通信ラジオ、国内緊急放送、それから……NHKt国際専用放送まで、いっぺんに流せます!」
「ええっ!?」
「本当に? 世界まで届くの!?」
興奮してそう返す私とくろりんちゃん。国営のNHKtならあるいは他国まで放送が届く可能性も期待していたが、それどころじゃない。世界に届けることを前提にした放送にまで、私たちのラジオを流せるというのか!
思いがけない朗報に心臓がドクドクと早鐘を打つ。果たして世界各国の状況はどうなっているのか、あるいはホイホイが現れていない国があるのか、社会は回っているのか、そういった情報が届く可能性がこれで格段に上がったじゃないか!
ピピピ、とヒカル君の持つ機材が音を鳴らし、緑のランプが点灯する。
「繋がりましたぁっ!!」
歓喜して答えるヒカル君に対し、私たちはパンパンとハイタッチを交わし、三人揃って無線機に大声で伝える。
「「松波さん、OKですっ!!」」
◇ ◇ ◇
”イヤッホォォ! 世界のみんな、聞いてるかい? 松波ハッパのバルサンラジオ、いよいよ日本国中と、世界に向けての発信の時がやって来たぜ! みんなの所にも四角いウィンドウ『にんげんホイホイ』が現れてるかい?”
夕方からの緊急特番と称して始まった放送に、聞いている私たちの方にも緊張が走る。果たして世界の皆さんに、この放送が届いているのか……?
放送開始から約五分経ったその時だった。ゲストのお喋りの最中に突然、雑音交じりの音声が割り込んで来た!
”Japón Señoras y señores, ¿me están escuchando?”
「来たっ! みんな、静かに!!」
全員が一斉にお喋りを止め、息を飲んで向こうからの言葉に聞き入りつつ、外国語に堪能な何人かが声を潜めて、ささやき声で会話する。
”どこの言語だ?”
”スペイン語のようです”
ラジオ回線に入り続けている流暢な外国語に、全員が一斉に色めき立つ。どこだ、どこから……?
”Estamos entregando desde San Diego, estamos regresando desde la emisora nacional de Chile(こちらサンディアゴからお届けしています、国営放送のナシオナル・デ・チレからお返ししています)”
”サンディエゴ! チリからか!”
”チリってどこだっけ”
”南米! ほらイースター島とかある、縦にやたら長い国! 地球のほとんど反対側だよ”
おおおおおっ! とスタジオに、そして日本中の回線から感嘆の息が漏れる。なんといきなり地球の裏側までバルサンラジオが届いてしまった。
”En nuestro lugar, la mayoría de la gente entra por esta ventana. Reclutamos voluntarios y tratamos de ver si podíamos comunicarnos con otros países en esta estación.”
「な、なんて言ってるんだ?」
”向こうもウィンドウが沸いて、人はほとんど入っちゃったって。彼らは有志を募って放送局で他国との連絡を取ろうとしてるみたいだ”
アナウンサーの鷲尾忙さんが翻訳してくれる。そうか、やっぱり向こうでもこの『にんげんホイホイ』は猛威を振るっているのか!
そして私たちと同じやり方で、世界を繋げようとしているんだ。と、その感動に浸りかけた瞬間!
”ที่นี่ประเทศไทยค่ะ ฉันได้ยินวิทยุกระจายเสียงจากญี่ปุ่นอย่างชัดเจนนะค่ะ ที่ญี่ปุ่นได้ยินเสียงฉันไหมคะ”(※タイ語)
”Aš taip pat gavau jį čia, ar girdite Japoniją?”(※リトアニア語)
”我都喺呢度收到,你可唔可以聽到日本嘅聲啊?”(※広東語)
”Ich habe es auch hier erhalten, kannst du Japan hören?”(※ドイツ語)
”I received it here as well, can you hear everyone in Japan?”(※英語)
(訳:こちらでも受信しました、日本の皆さん聞こえますか?)
「うぉっ! つ、次々に別の場所から!?」
「きてますきてます!」
「ひゃっほーいっ!」
続けざまにラジオに割り込んでくる世界中の言語。彼らは皆、一様に興奮を隠せないトーンで、次々にこちらに存在を投げかけてくる。
”Le finestre cannibali imperversano anche nel nostro paese(わが国でも人食い窓が猛威を振るっています)”
”သူတို့ထဲက ဘယ်နှစ်ယောက် အသက်ရှင်ကျန်ရစ်ခဲ့သလဲ။(そちらは何人生き残っていますか?)”
”Είμαι ο μόνος εδώ, είμαι χαρούμενος γιατί ήμουν μόνος(こっちは私一人です、寂しかったので嬉しいです)”
次々と流れ込んでくる、それぞれの国からのメッセージ。それを聞きながら私は、全身が骨から震えるような感動を覚えていた。
ありがとう、ありがとう。本当にありがとう。
この世界に居てくれて、言葉を届けてくれて。
”Kuharap kita bisa bertemu lagi suatu hari nanti”
どこの国からか、何て言っているのかは私では分からない。でも、確かに世界にはまだまだ人間の息吹があって、それを次々と送ってくれている事に胸が熱くなる。
”Давайте сделаем все возможное вместе”
ああ、まだまだ世界に人類は、いるんだ。ホイホイの誘惑に負けずに現世に留まり、そして通信で世界に繋がると信じて、無線や放送局で頑張っている人達が……
”Що таке Хой-Хой?”
「湊さん! ヒカ君っ!!」
くろりんちゃんが感極まった表情で私とヒカル君に抱き着いて来る。私達もそれを受け止め、三人でしっかりとハグを交わす。
私たちは抱き合って泣いた。瞳から流れる熱いものを、堪えることが出来なかったから。
ここまでの道中の苦労を想い、不安と戦った日々を振り返って、この終末世界で長い旅を続けて来て、ついにひとつのゴールに到達したんだ!
あの日、北九州でくろりんちゃんと出会い、京都でヒカル君を助けて、石川で松波さんの発案に乗って、頑張って放送を広げて来た。
石川で羽田さんを、福井で名口さんを呼び出す事が出来た。
名古屋市内で、その閑散とした世界に絶望感を味わった。
富士山に登って、そこでまさかの大勢の人と出会えた。
神奈川で悪党に絡まれ、あわや命の危機にまで陥った。
そしてこの東京で、幾多のホイホイに恐れをなして逃げ出し、大勢のお爺さんに元気づけられて、難関のセキュリティを突破し、国営放送をジャックできて……
――今、私たちは再び、世界と繋がった――