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にんげんホイホイ  作者: 素通り寺(ストーリーテラー)
第三章 絆は世界を超えて
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第四十一話 東京での約束

 摩天楼に朝日が登る。静寂の世界の中、少年の気合いを発する声と、その手足が皮のミットを打ち付ける小気味よい音だけが響き渡る。


「はい! せいっ! でやぁっ!」

 パン、スパン、ピシィッ!

 ヒカル君の朝の稽古の相手をしているのはくろりんちゃんだ。一応彼女も大熊道場の門下生なので、稽古に付き合える時には彼と一緒に汗を流している。周囲に無数に浮かぶ小ホイホイも、なんとなく二人を見ているような気がするなぁ。


 どーだ、いいだろうあの二人。みんなもさっさとこっち(・・・)に戻って来いよ。



 昨日の放送で、バルサンラジオは本格的に世界と繋がった。今現在ですでに十七か国、概算で五百人程度が世界で生き残っている事が確認できた。

 やはり、どこの国の人も考えることは同じようで、人がいなくなった世界では誰もが通信、つまり無線やラジオなどのマスコミ関係で生存者を探す行動に出たようだ。


 ただ、世界に通じるほどのメジャー電波をゲットしたのは日本のバルサンラジオが初のようだ。やはり他国も国営放送はセキュリティが厳しく、モノにするのは難しかったらしい。


 で、問題が一つ。そう、この放送の優先権である。


 いくら日本の放送網とはいえ、まさかすべての時間帯で日本が独占する訳にはいかないだろう。各国にも放送の時間を振り分けて、それぞれの国の生存者を探し出す為のラジオを流さなければいけない。

 各国の時差やスタッフのタイムシフトを相談し合い、ひとつしかないこのNHKtの世界放送を各国で回していかなければならないのだ。


 加えて翻訳機の使用も提案された。今の時代どこの国にもリアルタイムで他国語を翻訳するAI機器はある、マスコミなら尚更だ。

 各国でそれをスタンバイしておけば、他国の放送から寄せられる情報や知識をスムーズに交換し合えて、より綿密なコミュニケーションが取る事が出来るだろう。


 そんな諸々の準備や話し合いが必要になると、摺り合わせの合意にはどうしても日数がかかってしまう。


 と、いう訳で。私達は二、三日の東京待機を言い渡された。まぁ待機と言っても万が一にNHKtの放送機器にトラブルがあった時のみで、実質は休暇のようなものだ。


 例のお爺さんたちはまた夜に走り屋してて、今は自宅で寝ているらしいので、今日は私達三人で東京観光に出かける予定である。ま、実質私は警護役(ガードマン)みたいなもので、ここはひとつ若い者二人でデートでも楽しんで欲しいものだ。


「おーい、そろそろ朝ごはんにしよう」

「はーい」「押忍っ!」


 フライパンで炒めた冷凍食品を紙皿によそいながら二人を呼ぶ。うん大熊師範、ヒカル君は変わらず真面目ですよ。


      ◇           ◇           ◇    


「東京タワーでっかーい!」

「スカイツリーさらに高ぁい!」

「かみなりもーん!」

「これが皇居のお堀?」

「えっどじょー、えっどじょー!」

「江戸(えど) は、東京の旧称であり、1603年から1867年まで江戸幕府が置かれていた都市である。現在の東京都区部に位置し、その前身及び……」


 私が運転するキャデラックの後部座席で、おのぼりさんの子供二人が大はしゃぎである。とはいえ東京はほぼ電気がストップしており、東京タワーなどの施設には入れないのがちょっと残念だ。

 NHKtに限っては予備電源として太陽光発電が採用されていたので、生きていて助かった。まぁ極めて需要な機関なので、万が一の停電にも対応したつくりなのは当然なのかもしれないが。


 三人で明治神宮にお参りする。お賽銭を投げ入れ、居並んで柏手を打ってそれぞれ瞑目し、旅の成功を祈願する。


 そういえばくろりんちゃんと出会った次の日、島根の出雲大社に行ったんだった。あの時私は「世界が元通りになりますように」と祈願したものだが、今はより具体的な目標をが確かにあった。


「ね、二人はどんなお願いをした?」

 あの時と同じ質問を今度は二人に問うてみる。くろりんちゃんは相変わらず「えー」と引いているけど、ヒカル君は物怖じせずに真っすぐな目で返して来た。


「僕は、強くなりたいです。こんな世界でも、くじけずに生きて、そして……好きな人を守れるように!」

 彼がそう言いながら、くろりんちゃんのほうをチラ見したのを私も彼女も見逃さなかった。くろりんちゃんは、ぼふっ! と赤面すると両手で頬を覆って、背中を向けて座り込んじゃった……矢印向きすぎだよヒカル君。

 さすがにその動揺っぷりに当てられたか、ヒカル君も背中を向けて頬をぽりぽり掻いている。うん、いいねぇこういう初々しいカップルは。


「み、湊さんは、何をお願いしたんですか?」

 照れながらそう返すヒカル君に、私も一つ真面目に答えるか、と思って居住まいを正す。


「聞いて」

 真剣身のある言葉に、くろりんちゃんも立ち上がってこっちを見る。二人を正面に見ながら、私は私の目標を言葉にする。


「私は、このホイホイに囚われている人たちを助け出す、その方法を必ず見つける!」


 その言葉に二人は一瞬固まり、目をぱちくりさせ、顔を見合わせて呆然とする。

「そ、そんな事が、出来る、の?」

 そう言われるのも無理はない。そもそも原理すら分かっていないこの「にんげんホイホイ」。そこに囚われた人たちを救い出す方法など手がかりすら掴めていないのだ。今の時点ではそれは夢物語でしかないだろう。


「私一人の力じゃ無理だよ。でも今は世界中に協力者がいるじゃないか、彼らの言葉が、知識が、交わす討論が、必ず力になるはずだよ」


 そう、それは大人なら誰でも知っている事。人間一人の力なんかたかが知れたものだ。でも見て、触れて、そして実感して欲しい。


 君達が着ている服は、誰が作った?

 私たちの足元にあるアスファルトは、世界でどれだけの範囲を舗装している?

 我々が住んできた家。そこにある家具や調理機、風呂にトイレ、ガラスにベニヤ。それらの物を生み出すのに、大昔からどれだけの人間が工夫して来た?


 私たちが私たちとして生きて来た人生。それに対してどれだけの人々が関わって来た? かつて火を発明した原始人から、現代にいたるまでどれだけの発明が、どれほどの努力と研鑽が行われてきたか。


「その『人間力』があれば、こんなホイホイなんか必ず、叩き壊せるさ」


 私の言葉に二人が満面の笑顔で「うん、うん!」と首を縦に振る。

 そう、彼らの年頃なら誰もが(自分一人で何でもやってしまう)ヒーローに憧れる物だ。

 そして、そんな願望をかなえるのが、自分にとって都合のいい世界を生み出してしまう、この『にんげんホイホイ』なのだ。

 だからこそ、その考えは間違っているんだよ。


 一人はみんなの為に(ワン・フォア・オール)。そして、|みんなは一つの目的の為に《オール・フォア・ワン》!


「まずは君達だ。力を貸してくれ」

 私は右手のひらを二人に差し出す。それを見たヒカル君がその上に手を乗せる。そしてくろりんちゃんも、彼の手に手の平を重ねる。

「やろう!」

「はい!」

「うんっ!」

 パァン!と重ねた手を弾いて誓い合う。


 さぁ、次のステージの始まりだ――



      ◇           ◇           ◇    


「ね、ねぇ。クロちゃん。クロちゃんは何をお願いしたの?」


 あの後、なんか湊さんはトイレに行くとか言って姿を消してしまった。行きがけに『周囲を見て回ってて、車で昼寝でもしてるから』なんて言い残されていたので、僕たちは明治神宮の敷地をゆっくりと散歩して、歩き疲れたので並んでベンチに腰掛けた後、そういえば聞いてなかったと、クロちゃんに聞いてみた。


「んふふ、聞きたーい?」

 なんかさっきとは打って変わって乗り気で、聞いてほしそうに返して来る。

「そ、そりゃね。僕たちは白状したんだし」

 

「じゃあねぇ、耳、貸して」

 そう言って手を口にそえ、僕の耳に顔を近づけてくる。っていうか周囲に誰も居ないのに、それ必用?


(わたしはねぇ……ヒカ君の、お嫁さんになりたい)


 耳にかかる甘い声。吐息も相まって、僕は顔から全身が真っ赤になるのを実感した。なななんだこれ? アニメでよくある演出みたいな状態に今、僕がなってる?


「ぼぼぼ僕はまだ、そそんな強くないから、もももうちょっと、その……」

 いやクロちゃんの事はそりゃ大好きだけど、いつかは彼女を守れるような男になりたいけど、でも今の彼女はまだ十二歳な訳で、でもそう言ってくれるのはすごく嬉しくて、でもそんな浮かれてるココロを知られたくなくて、え、あ、え、ああえ??


「ね、ヒカ君。さっき湊さんが言った事、覚えてる?」

 ふっと真面目な顔になったくろちゃんがそう返して来る。もちろん覚えている、人間は一人じゃなにもできない。でも力を合わせれば何でも出来るようになる、そんな素敵な事を、ついさっき教わったばかりだ。


「じゃあ、ヒカ君が私と一緒に(・・・・・)つよくなればいいんだよ。私も守られるばっかじゃ嫌だから」


 あ、と我に返る。そうだ、さっき何でも自分一人で出来ると思い込むことが、このホイホイの誘惑に負ける原因だと教えられたばかりだ。

 神奈川の大熊道場でも教えられた。敵は倒される人形じゃなく、自分が尊敬するほどに敬意を払う、そういった相手と対峙するからこそ、また、より強くなれるのだと。


「そう、そうだったね」

 正直、僕なんかにその資格はないんだと思ってた。元々貧相でアニメオタクで、クラスでも女子になんか相手にもされなかった。

 だから、クロちゃんは高値の花だと思ってた。きっと彼女にはもっとお似合いの男の子がいるんじゃないか、って。


 でも、それは違ったんだ。ひとりよりふたり、僕と君がお互いに高め合えば、きっと僕らはお似合いのカップルになれる。二人の心が離れない限りは。

 って、ちょっとカッコつけ過ぎかな。

「ありがとう。そして、よろしくお願いします」


「うん♪」

 満面の笑顔でそう返す彼女。そして静かに目を閉じると、唇をすぼませて顔を近づけて来た。え、あ……これって、うん、わかる、多分。


 んすーっ、と息を吸い込んで、僕も唇を結んで、彼女の両肩を掴む。頭半分背が高い彼女を見上げるようにして、自分に引き寄せて……


 ちゅ、と、唇と、唇を、重ねた。


      ◇           ◇           ◇    


 よっしゃー! と心でガッツポースを決めつつ、覗き魔の私(みなと)はスマホでの盗撮を続ける。いつかこれを二人に披露する日が楽しみだなぁ。


 気を聞かせて二人きりにしたとはいえ、神奈川のような危険に遭遇しないとも限らない。なので隠れて二人の尾行をしていたのだが、思わぬいいシーンに行き当ったものだ、うむ眼福眼福。


 ……どーでもいーけど、左手に握った拳銃が場違いだなー。このシーンには要らないって。


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