依頼の結末
———次の日
朝、目が覚める。
なんだか、変な夢を見た気がするけど目が覚めた途端に忘れてしまった。
上体を起こそうとして、今日も、俺の腹筋が働かずパタリと倒れる。変な夢は起きた途端に忘れたがあんまりいい夢じゃなかったから、嫌な気分だけが残った。
しばらくその体勢のまま寝そべったあと。なんとか起き上がり、いつも通り準備を始める。パンを焼き、コーヒーを入れる。
今日は珍しく占いの結果が見れた。
しかし、最下位だった。
これなら見ない方が良かった、とぼんやり思いながらコーヒーを飲み干す。
服を着替え仕事に向かう。
今日はなんだか朝からいいことがない。気分が沈んだところで、そういえば今日ゲームを買おうと思っていたことを思い出した。
少しウキウキしながら電車に揺られつつ、ゲームの情報を検索する。
値段を見ると、なんとか財布の中身だけで買えそうだ。ついでにゲームの評価も検索してみる。ちなみにゲームはもう一ヶ月も前に出ている、評判はなかなか良いみたいだ。
仕事終わりが楽しみになってきた、ほかの情報も検索していると、あっという間に会社の最寄り駅に着いてしまった。いつもより足取り軽く会社に向かう。
会社に着くと、いつも通り仕事を始める。
ミーティングで仕事のスケジュール確認。それから昨日の報告書を仕上げた。
その後、一件殺しをして、後はずっと調査が続いた。退屈だったが特にアクシデントもなく仕事は進んだ。
最後の仕事は、サキに依頼の報告だ。
俺は報告のために、本人指定の場所に向かった。
場所は静かな公園だった。
俺としては少しホッとした。正直、カフェで制服を着た女子高生と、並んで座るのは人の目線が怖い。
下心なんてなにもないが、援助交際しているように見えないか気になっていたのだ。
とは言え、公園でも十分怪しく見えるが。
ベンチに座って報告する。
「———以上で報告は全てです。亡くなっているのはもう、ご存知だとは思いますが、ご確認下さい」
俺はそう言って、報告書を見せる。
この仕事は結果がはっきり出るからいいのだが、お金を貰っている手前説明はしっかりとしなければならない。
かかった金額や殺害方法も事細かに説明する。
サキは今回も制服姿で、静かにベンチに座り俺の話に頷き聞いている。
「はい、死んでいるのは確認済みです。本当にありがとうございました」
サキはそう言って丁寧に頭を下げた。
「いえ、ご満足いただいたようで良かったです」
俺も合わせるように頭を下げ言った。サキは相変わらず丁寧で礼儀正しい。
とりあえず主な説明が終わって、今日の仕事は終了だ。少しホッとして一息つく。
確認のサインをもらえれば、本格的に仕事は終了だ。
今日はこれで会社に一度帰って、これを上司に提出すれば帰れる。
今の時間なら、予定通り早く家に帰れる。
サキはサラサラとサインをすると、また丁寧に頭を下げた。
俺はそれを受け取ると、カバンにしまい立ち上がる。
「それじゃ……」
「すいません、実はもう一人殺したい人がいるんです」
さあ、帰ろうと思ったところでサキがそう言った。
「……えーっと?……もう一人ということはご依頼の追加ですか?」
出し抜けの言葉に少し戸惑うも、俺はそう言った。
いいお客さんだし出来るだけ要望は聞いておきたい。
しかし、もう一人なると手続きを最初からやらないといけない。もう一度となると多少の時間がかかるのだ。とりあえず、このことを説明して時間をもらわないと。
「いいえ」
頭の中でそう段取りをしていたら。
サキが立ち上がりそう言って、いきなり体に衝撃が走った。
視界が揺れたと思ったら、俺は地面に倒れていた。
そして、すぐに何か硬いもので殴られ。
意識を失った——
コーヒーは苦い、ミルクを入れてもたいして変わらない。それでも毎日飲んでしまう。
まるで人生のようだ。
……痛みで目が覚める。
朝かと思ったら、椅子に座った状態で縛られていると気がついた。
しかも、後ろ手に縛られいる。
同時に、意識を失う前、何があったか思い出した。
「っ痛た……」
頭をあげようとしたら痛みが走る。
まだ、意識が朦朧としているようだ。何があったかは思い出したが、なんでそうなったのかはわからない。
「おはようございます」
すぐそばでそんな声が聞こえた。目を向けるとサキだった。
「お客様……?あの……これは一体?」
どうやらここは古びた倉庫のようなところだった。
一瞬、サキも同じような目に遭っているのかと思ったのだが、悠然と俺の前に立っていて、どうやらそういう訳でもないようだ。
「殺したい人がいるんです」
「いや、あの……」
サキは気を失う前の言葉を繰り返した。
俺は戸惑うがサキはそのまま続ける。
「父は突然の心臓発作で死んだんです。最初は不幸な突然死だと思ってたんですけど……後から故意に殺されたんだとわかりました。殺したのは義母でした」
サキは無表情で淡々とそう告げた。
「……それは」
「母が酔って喋っているのを聞いたんです。しかも、お金を積んで殺し屋を雇ったって」
サキはそう言ったあと、目を細め続ける。なんだか嫌な予感がする。
「……そう、あなたの会社に依頼して、義母は父を殺したんです」
「なるほど……」
なるほど、と言ってみたものの状況は悪化したままだ。しかし、なんでこんなことになったのか想像はついた。
「調べたら殺したのは、あなただった」
サキは淡々とそう告げる。
「……」
「あなたは仕事をしただけ……それはわかっています」
そう言いつつ、サキは片隅に置いてあったボストンバックを持ってきてどさりと床に置いた。
バックにはロープや金槌包丁やのこぎりが入っているのが見えた。
「……随分物騒ですね」
「素人ながら、人の殺し方も調べました」
サキはそう言って金槌を手にとると、カフェで話すように気軽な口調で言った。
「あの質問覚えておられますか?」
「質問?」
「なんで人を殺してはいけないのか?って質問です」
「……いや、あの時もそうだったけど、答えはわからなかったよ」
そう言うと、サキは頬を緩め微笑んだ。
「私もわかりませんでした。考えれば考えるほど答えは見つからなかった。むしろ歴史的に見ても人は殺し合いしかしてない。常識として殺してはいけないってことになっているのに、具体的になんでダメなのか明瞭な答えはどこにもない。あったとしても、ダメだからダメっていう乱暴なものしか見つからなかった」
サキは目を伏せ笑みを消した。
「人が今までやってきた事を思うと、むしろ殺すべきなんじゃないかとすら思える」
倉庫の中は静まり返っている、遠くの方で車の走る音が聞こえる。少し間を置いて決意したようにサキが顔を上げて言った。
「でも……色々言いましたけど、結局のところ私にとってはそれはどうでもいいんだって気が付きました。殺したい理由が欲しかっただけ」
そしてサキは、俺の前にゆっくりと立った。
「お父さんは男手一つで私を育ててくれた。仕事も大変なのに学校の行事も来てくれたし、私の誕生日も都合をつけて祝ってくれた。きっと大変だったろうに、父さんはそんな事一言も言わなかった」
そう言いながら、サキの顔が初めて歪んだ。顔をふせ独り言を言うようにさらに続ける。
「だから私の手が離れて、お父さんはやっと自分のために時間を使えるようになって。好きな人ができたんだって言って再婚した、私は少し寂しかったけど。いいことだと思って応援してたのに。なんで……なんで……」
だんだんと言葉が途切れてくる。
「あの女のせいだ。これからだった、親孝行もしたかったのに……」
サキは言葉に詰まりつつ更に続ける。
「でもこれは復讐じゃない……お父さんはそんなこと望まないそんなのはわかってる。私の気がすまないだけ……そう……それだけ……」サキはそう言った後、スッと顔を上げた、どんな表情をしているのかと思ったら初めて会った時と同じ穏やかな顔をしていた。俺はこれ以上刺激しないように出来るだけ優しく言う。
「あなたの、気持ちは分かりますよ。……まあ、俺が言っても説得力はないのも分かりますが……」
大切な肉親がいなくなり、ひとりぼっちになったのだ。しっかりしているとはいえ、まだ高校生。しかも殺したのが父親の再婚相手となればそう思っても無理はない。
誰もがサキに同情するだろうし共感する人も多いだろう。
「いいんです、さっきも言いましたけどあなたも仕事だったんですものね」
「……それに免じて見逃して……はもらえないんですよ……ね」
サキの手には、まだしっかりと金槌が握られている。決意は硬そうだ。
俺は流石に死ぬかもしれないと思った。
「私の気持ちをわかってもらえて嬉しいです、その場しのぎのおためごかしとわかっていても、共感してもらえて……こんな恨み言、誰にも言えませんし……」
サキは穏やかにそう言った。今から人を殺ようには見えない。
「……まあ、そうでしょうね」
「それにしても、ここまで大変でした。人を殺すって本当に大変ですね。調べ物をするにも一苦労だし、無駄にお金もかかる……でも、やりがいも感じました」
むしろ、少し微笑みながらサキは言う。
「終わったら、これからどうされるおつもりですか?」
俺は何となく聞いてみる。そろそろ終わりが近い。サキは少し考えた後、言った。
「どうせなら殺し屋に就職するのもありかもしれないですね。あなたの会社で雇ってくれないかしら?」
「なるほど、それも良いかもしれないですね」
俺はそう言って、立ち上がると、縛られていた縄はほどく。
——そして、手を伸ばしサキの首を折った。
「っなんで……」
彼女は少し目を見開き、そう言った後床に倒れ、死んだ。
「……なんでって、眉毛の太い寡黙な殺し屋でも同じことをしますよ」
俺はもうすでに聞いていないであろう彼女に向かってそう言った。
それと同時に、誰かが倉庫に入ってきた。
「あ!やっと見つけた。先輩、大丈夫ですか?」
後輩だった。後輩は息せききって入って来るとそう言った。
「おう、大丈夫だ」
縛られていた手首が少し腫れているが、それだけだ。
「あー、間に合わなかったか……」
後輩は、死体を見た途端がっかりした顔をする。
「ん?どうした?」
「出来れば、俺がとどめを刺したかったんっすよ……こんな機会滅多にないし。好きな殺し方ができるからチャンスだと思ったのに……」
後輩は悲しげにうなだれそう言う、相変わらずな後輩の発言に俺は気が抜ける。
「……もうちょっと俺のこと心配してくれよ……」
まあ、男に変に心配されても楽しくない。ぜーぜー言いながら、汗を拭きながら悔しそうにそう言う後輩に、いつもそれくらいのやる気を見せて欲しいと思っていると。
もう一人の後輩も入ってきた。流石に体力があるからか汗ひとつかいていない。
「遅くなってすいません」
「いや、大丈夫だ」
片手を上げて俺はそう言った。こういう仕事をしているから、たまにこういう事はある。ナイフも銃も苦手だが、縄抜けは得意なのだ。
寡黙な後輩はそれを確認すると、電話で上司に報告し始めた。
おそらく帰りが遅くなったから、上司が事情を察してここによこしたのだろう。
そもそも、もうちょっと客を選ぶとかして欲しい。おそらく事情を察したということは元ターゲットの娘と知っていたのだろう。
後輩は電話が終わると持っていた荷物を下ろし、死体を処理し始める。
息切れしていた後輩もやっと、おちついたようで手伝いはじめる、シートやロープを使い、死体に出来るだけ傷をつけないように包む、そうしなければ今後の死体の処理が難しくなるのだ。
「この子ですか?例の『なんで人を殺してはいけないのか』って聞いてきた子」
後輩が処理しながらそう聞いた。
「ああ、そうだよ」
俺はそう言いながら、自分の状態を確認する。怪我はないが、スーツはドロドロになっている。おそらくどこかで引きずったんだろう。流石に洗ってももう着れない。
これは経費で落ちるだろうか、とぼんやり思う。今日は本当についてない。
「先輩は答え、分かりました?」
俺は「ああ、わかった……」と言ってため息をつきつつ続けて言った。
「面倒くさいからだ」
この後始末のことを考えるだけで気が重くなってくる。それに報告書はもとより、不可抗力だったのに始末書も書かないといけない。
死体の処理も大変で、他の班にも声をかけて急遽頼まないといけない。そう考えると、確実に残業になる。
今が何時なのかはわからないが、気絶していたことも考えると、今日中に家に帰られたらラッキーな方だ。
考えるだけで疲れてきた。
「ああ、先輩らしいっすね」
「とりあえず、早いこと死因を決めて処置しないとな……」
時間を置けば置くほど、死体の処理は難しくなる。
事故死にするか、自殺を装うかいっそのこと死体を完全に消して、行方不明を演出するか。考えながら俺は処理を依頼するために、他の班に連絡をとる。
彼女の状況を考えると自殺の方がしっくくるかもしれない。
もう一度ため息をつきながら、ああ、本当に面倒くさいなと心の中で繰り返し、俺は電話に出た相手と話し始める。
結局というかやっぱり仕事を終えて、家に帰れたのは深夜を回ってからだった。
「ただいま……」
家に帰ってそう言った後、今日ゲームを買おうと思っていたことを思い出した。
「完全に忘れてた……」
またの機会に買うしかないかと思ったが、完全に気がそれてしまっていたから、こんな機会はもうないだろう。
後からわかったのだが、サキの父親を殺したのは俺じゃなかった。サキはバスのドライブレコーダで誰が殺したのか特定したようだが、そいつは俺とじゃなかった。確かに俺の会社がした仕事だったが、俺と背格好が似たやつがいて、そいつと見間違えられたようだ。
おかしいとは思ったのだ、殺す前に家族構成だって調べるのに、サキのことはまったく記憶になかったから。
まあ、このタイプの殺しはよくあったから忘れてしまうのも無理はないのだが。
しかし、こんなところで地味な顔が仇になるなんて思ってもみなかった。
買ってきたコンビニの弁当を置くと汚れたスーツを脱いで着替えるてゴミ袋に入れる。
復讐のために襲われることはたまにある、この仕事にはつきものだ。
慣れたが、毎度疲れる。
今日も適当にシャワーを浴びると、テレビをつけてぼんやりと弁当を食べはじめた。
明日の仕事は早く終われるつもりだったから通常通りだ。
明日起きられるかかなと思いつつテレビを眺める。
テレビからは夜のニュースが流れている。
どこかの国で起きたテロの続報、虐待で三歳の子供が死んだ、公務員が痴漢をして捕まり、通り魔に襲われた二十歳の女性は死んだ、中学校で飛び降り自殺、老人が詐欺にあい全財産を失った、小学生の列に車が突っ込み二人死に、無職の男が口論の末に親を刺して自首したらしい。
そんなニュースを片目に携帯もチェックする。世間はいつも通り、なんの変化もなく通常通り動いているなと思う。
お腹がいっぱいになると眠くなってきた。こんな時間に食事をしていると、またお腹が出てくるなと思いながら歯を磨き、ベッドに入った。
スマホで今日買おうと思っていたゲームの実況動画を眺める。
やっぱり面白そうだなと思いつつ、実際プレイするのは面倒くさくなる。
しばらくは人がやっているのを見るだけにしようと思いなが画面を消す。
本格的に眠くなってきたので、いつものようにSNSに『おやすみ』と打ち込み投稿する。
「明日も、仕事だ」
俺はそう言って、目を閉じた。
おわり
お読みいただきありがとうございます。これで完結です。
また、何か書いた際には興味があれば読んで頂ければ幸いです。