第54話 主役交代
前回までのあらすじ。
俺こと戌亥浩太は盗賊ボタン=トリトンと共にアテナの天界神器でる守護の左手と報復の右手を奪還した。
その帰り道で中年騎士に襲われるリカを助け、エリッサの部屋に帰還。
その時リカが吐いた嘘が気になった俺はリカを除く全員に天界神器の奪還を隠匿する事を提案した。
アテナは俺の提案にはあまり乗り気とは言えない様子だ。リカが俺の事を紅ノ雷砲で撃つギリギリまであいつの事を信じていたらしい。
結果的に、リカはアテナの信頼を裏切ってしまった。
だから俺たちはリカを改心させる道を選んだ。半ば脅迫的な態度にはなってしまったが、あそこまでゼドリーに心酔しているあいつを止めるにはもうこうするしかない。
だが、そんな時、今回の騒動の中心である2人が俺たちの前に立ちはだかる。
◇
地に伏せていたはずのデュグラスの身体が回復していく。
周囲の影を吸収し、失った肉体を補填しているのか。いったいどういう仕組みなんだ?
「【■■■滅■■の■影■■投■】」
デュグラスの回復能力の方に気を取られて、影の矢に対する反応が遅れてしまった。
アテナに結界を貼らせるべきか? いや、俺が盾になった方が早い!
「アテナ、リカ! 俺の後ろに隠れろ!」
ゲネシスフォームのスーツはスマートで動きやすい反面、体積が狭い。肩幅の広いメルカバーフォームに変身したいところだが、そんなことをすれば黄のディスクを読み込んでいる途中で影の矢が身体を貫いてしまうだろう。
ならば、両手を広げ大の字になり少しでも彼女たちに攻撃が当たらないようにするしかない。
夜を想起させるほどの無数の黒が白い鎧を染め上げるがごとく押し寄せる。
純粋な物量に押し倒されそうになるが、背中のブーストを起動させて持ちこたえる。
「アテナ、リカ、噴射の炎で火傷しないよう気をつけてくれ!」
「イヌイコータさん! リカがいません! あの紫色のバイヤードと一緒に消えてしまいました!」
「しまった、リゼルの奴め……!」
瞬間移動でリカと一緒に避難したのか。この攻撃に巻き込まれなかったことを安堵すべきか、それとも敵の手に妹の身柄を抑えられたことを恐れるべきか。
リカはさっきの問答で相当動揺していた。あいつが今戦う意思を持っているかは定かじゃない。だが、リゼルの方はすぐに戻ってくると見ていいだろう。
「守護の左手!」
アテナにより結界が張り直された事により、影の矢の奔流も収まった。
スーツのあちこちが破損している。強制変身解除一歩手前の状態だ。
だが、ここで気を抜くわけにはいかない。リゼルの瞬間移動はきっとこの結界の中にも容易く入り込んでくるはずだ。
レヴァンスラッシャーの柄を握り、周囲の気配に気を配る。
結界の影にも気をつけないといけない。影の矢は未だ止んでいないが、奴が同時に魔法を二つ使用できないとも限らないからな。
と、その時。モニターの画面端に動くものを発見した。
リゼルが瞬間移動してきたのか、デュグラスが結界内の影を操作しているのか。
アテナが結界の維持に専念している以上、対処できるのは俺だけだ。
身体を捻りながら、物陰に向かって剣を振るう。
だが、その手は直前で止まった。止まらざるを得なかった。
そこにいたのはリゼルでもなければデュグラスでもない。シオンと行動を共にしているはずのパラスだったのだ。
「……!」
レヴァンスラッシャーの切っ先がパラスの首筋を撫でている。危なかった、あと少しで俺はこの子を殺してしまうところだった。
なぜ彼女がここにいるんだ? シオンと行動を共にしているはずじゃないのか。
そう思い、そっと剣を引くと釣られたようにパラスもゆらりとこちらに倒れ込んできた。俺に剣を向けられたのが怖かったのか?
肩を支えようと両手を伸ばしたその瞬間。腹に鈍い衝撃が奔った。
「……え?」
パラスの握る三叉槍がスーツの腹部に直撃していた。
貫通はしていないが、既にダメージ蓄積しているスーツにとってはトドメの一撃となった。
《----Form Release----》
スーツは粒子化してレイバックル内に吸い込まれていった。
強制変身解除。こうなってしまうとナノマシンによる自己修復が完了するまで再変身することは出来ない。
彼女の目は地下遺跡で戦った時と同じ虚ろなものに戻っており、その首にあるはずの退魔の首飾りが無くなっている。
アテナから聞いた話では、あの首飾りは魔公爵デュグラスの呪いを防ぐためのものだった。それが外され、すぐ近くにはデュグラス本人がいる。その意味が分からないほど馬鹿じゃない。
「ヒーローへの対抗策は人質が一番であると昭和の時代から決まっているものです」
音も無くリゼルが瞬間移動で結界内へと出現する。
槍を構えるパラスから距離を取り、レヴァンスラッシャーをリゼルに向ける。
変身出来なくともまだ戦う手段はある。だけど、相手は瞬間移動使いだ。数発斬撃を放てるだけの俺と、至近距離からじゃないと攻撃できないアテナじゃ分が悪すぎる。
「そう怖い顔をしなくてもいいでしょう。確かに貴方たちは邪魔な存在ですが、今ここで殺す必要はないのですから」
「なに?」
「降伏すれば命までは取らないと言っているのです。私は貴方みたいなヒーローと違って、殺さなきゃ済まさない過激思想は持ち合わせていないのですよ」
そう言うと結界外の影の矢が収まった。おそらくリゼルが精神感応でデュグラスに攻撃を止めさせたのだろう。
「こちらから提示する条件は二つ。武装解除と自身の身柄を引き渡すことです。丸腰のまま地下牢に戻っていただければ、事が済み次第解放して差し上げましょう」
「俺たちが命惜しさにそんな条件呑むと思ってるのか?」
「いいえ、私が保証する命は貴方たちじゃありません」
そう言ってリゼルは左手のひらをパラスに向けて、彼女を自身の傍に引き寄せた。そのまま、パラスの細い首を掴み持ち上げる。
「……! やめろ!」
「人質その1。デュグラスの洗脳魔法により、精神の自由を奪われた少女パラス=トリトン。その2。10体弱のバイヤードが目を見張らせている王族、貴族。いずれもこの国を支えるための必要な人材だ。それと、人質その3」
口の無い異形の顔が、それでもニヤリと笑った気がした。
「怪物に姿を変えられた貴方の妹、リカルメ……いいえ、戌亥霧果と言った方がいいですかね?」
「お前、どこでそれを!? バイヤードが元人間だって知ってるのか!?」
「もちろんですよ。人間だった頃の記憶もあります。私はリカルメさんと違って、自ら望んで怪人になった身ですので」
やっぱり、霧果がああなってしまったのは自分の意思では無かった。
自分から望んで怪人化すると、記憶を保持したままになるというのか? どういう法則なのかよくわからないが、今考えるべきはそこではないだろう。
「……ハッタリだ。リカルメ・バイヤードは幹部の一人だ。俺を降伏させるためだけに殺すなんて考えにくい」
「そうでもないですよ。リカルメさんはここへ来るまでの途中で大幅に弱体化している。強さだけが取り柄の彼女にとっては致命的な欠陥だ。しかし、いま偶然にも目の前に彼女の血縁者がいるではありませんか!」
「……俺の事か?」
「他に誰がいるのです? 貴方はリカルメさんと同じくエーテルの適合率が異常に高い可能性がある。その証拠に、貴方はレヴァンテインとして一年もの間高密度のエーテルを身に纏いながら戦ってこられた。常人であれば、エーテルが体内に逆流して死に至ってもおかしくない」
「……」
違う。それはユリ博士の開発したレイバックルのおかげだ。
俺なんてバイヤードと戦う意思を持っているだけの普通の人間。代わりなんて誰にでも務まる。
「おい、リゼルっちよぉ。俺様はいつまでじっとしてればいいんだ? そろそろ誰か殺させろよ」
「彼らの回答次第ですねぇ。しかし、どうせ持て余した人質たちです。見せしめに一人くらい間引いてもいいかもしれませんね」
と、リゼルはパラスを宙に放り投げた。
そして右手眼の念動力でパラスを宙に磔にする。
「さあ英雄たち、早く決断しないと恐怖の魔公爵に無垢なる少女が凌辱されることになりますよ?」
「イヌイコータさん……。悔しいけどここは一旦従いましょう。パラスちゃんの命には代えられません」
「……確かに。俺たちに出来ることはもう無いな」
俺はそっと地面にレヴァンスラッシャーを置いた。
四天王と魔公爵のタッグ相手に他者の命を賭けて戦う無謀は犯せない。アタトス村でバットたちと戦った時とはわけが違うのだ。
「おや、思っていたより諦めがいいですね。貴方なら生身で私に立ち向かってくると思っていたのですが」
「そんな風に思ってもらえるのは敵ながら光栄だな。だけど、今の俺じゃどうあがいたって最悪の未来にしかたどり着けない。だから……」
俺は手に持っていた黄のエーテルディスクを――――
「主役交代の時間だ!」
力の限り、放り投げた。
◇
前回までの粗筋。
女神キーロンの助言を得て私は教会の協力を仰いだ。
司教から頂いた髪の毛で私は擬態元を変更し、視察という名目で城内へと侵入した。
その最中、騒ぎを聞きつけた私は一目散に宝物庫に駆けつけた。
そこから先については、語るまでも無いだろう。
◇
「今の俺じゃどうあがいたって最悪の未来にしかたどり着けない。だから……主役交代の時間だ!」
戌亥浩太が投げたディスクを受け取る。
その色は『黄』だ。戦車の力を秘めた、重鈍にして最速の力。
かつて怪人だった私が敗北したことのある忌まわしいディスクだが、今この状況においては唯一の希望足り得ると言える。
「そのベルト……オクシオンさん。いえ、グランレンドと呼ぶべきでしょうか?」
「好きに呼ぶといい。口がきけなくなる前にな」
黄のディスクをバイヤードライバーに装填。
《----LOADING----》
待機音が鳴り響く中、私は宙に縛り付けられたパラスを目にする。
――正義とか悪とかよくわからないけど、それでもシオンさんはいい人ッス!
私は正義のヒーローでもいい人でもない。
だが、バイヤードになってからも、記憶を消されてからも、私が殺してきた人間は罪を背負っていた。
人間だろうとバイヤードだろうと、悪は滅ぼす。いつも通りの事を、いつも通りやるだけだ。
「変身」
《----CHANGE MERKABAH GRANREND----》
黄色の渦が身体を包み込み、スーツを形成する。
足裏に小さな車輪が縦に4つ配置されたインラインスケートのような脚部。背中から両肩に伸びる二対の砲塔。これが戦車型グランレンドか。
装甲が薄い分防御力は劣るだろうが、機動力と破壊力には期待できそうだ。
「さあ、反逆を始めようか!」
脚部のブースターを起動し、リゼルの懐へと突っ込む。
その時私はリゼルに先手を打たれたと勘違いした。一瞬でリゼルとの距離を詰め切った事で、瞬間移動でも使われたのかと錯覚したのだ。
「ふん、なにかと思えば。いたずらに早く動けばいいというものでもありませんよ」
左手の平を自身に向け、瞬間移動で距離を取られた。右目の視界から外れたのか、パラスの身体が重力に従い落ちていく。
彼女の下へ滑り込み、小柄な肢体を受け止めた。
デュグラスが近くにいる影響か未だ意識が朦朧としているように見える。
「魔公爵様の敵……倒す……!」
「しっかりしろ。いま正気に戻してやる」
高純度の退魔結晶で作られた指輪を嵌める。
これはキーロンの教会から譲り受けたものだが、かなり貴重品であるために目玉が飛び出るほどの金額を要求された。一応は寄付金という名目だったが。
だが、その分解呪効果は折り紙付きだ。たとえ術師が目の前に居ようとも、精神が縛られることはもう無いだろう。
闇のように深い瞳に光が戻っていく。私に気づいて微笑みを投げかける。
「うぅ……。シオン、さん。また、助けてくれたッスね……」
「私の愚行が招いた不始末の責任を取ったまでだ。怪我をしていないなら早く下がっていろ」
パラスをそっと床に降ろし、リゼルの方へと向き合う。
「逃がしませんよ。その娘にはまだ使い道があるので」
リゼルが視界から一瞬消えてパラスの背後へと移動していた。
紫色の魔手が少女に迫る。だが、リゼルの手がパラスに伸びるまで1秒ほどの時間がある。それだけあれば阻止するのは容易かった。
0.2秒でリゼルの右横に回り込み、がら空きの脇腹にグランマグナムを突きつけながら引き金を引く。
銃口が奴の身体と接触すると同時にエーテル弾が射出され、リゼルの身体を吹き飛ばした。
「ぐぁっ……!」
「流石にこの程度で貫通はしないか。だが、これならどうだ」
リゼルが地面に落ちるまでおよそ3秒。
それまでの1秒で、奴の背後に回り込む。。
砲塔の照準をリゼルの頭に向け、エネルギーをチャージする。
しかし、それを見越していたかのようにリゼルは瞬間移動で姿を消した。
「何度も同じ手を……」
「食わないだろうな、お前なら」
背後からリゼルの気配を感じ取ったので、私は更にその後ろに回り込んだ。
何のことは無い。私は単にやつの移動先を追いかけているだけなのだ。その速度が異常なだけで、やっている事は単純極まりない。
チャージは既に終わっている。奴が反応を示す前に、2門の大砲が火を噴いた。
「智天の怒涛」
おそらく念動力で障壁を作ろうとしたのだろう。
リゼルが突き出した右腕は、智天の怒涛に飲み込まれて消失した。





