第55話 活路
「…………は? はぁぁぁぁぁぁッ!? オクシオン! いや、グランレンドッ! 貴様ぁぁぁぁぁ!!!」
「『化けの皮』が剥がれかけているぞリゼル。お前は昔から、優位な立場を崩されるとそうやって激高していたな」
ゼドリーが率いていたバイヤードの『結社』も一枚岩では無かった。反ゼドリー派の私はリゼルやリカルメとよくぶつかっていたものだ。ふいに、そんな懐かしい記憶が蘇る。
その末に、私はリゼルの念動力で圧死した。仕返しに腕の一本くらい奪っておかないと割に合わないというものだろう。
皮肉にも私が智天の怒涛で奪ったのは右腕、念動力を司る部位だ。これで奴はもう瞬間移動と精神感応しか使えない。
「……チッ!」
舌打ちと共にリゼルの姿が消えた。周囲を警戒するが、再び姿を見せる様子はない。
さらに、デュグラスも一緒に消えていることから奴らは一時撤退を選んだのだと推測できる。
《----Armor Release----》
バイヤードライバーから黄のエーテルディスクを抜き取り変身を解除する。
かつて対峙したこの力を身に纏うことになるとは、人生何が起きるかわからない。
いや、もう人ではないのだが。
「返すぞ、戌亥浩太」
ディスクを宙に放り投げ、奴はそれを右手で掴んだ。
「脱出経路は確保してある。そこから教会に向かおう。司教と話をつけて、ほとぼりが冷めるまで匿ってもらえるよう手配をしてある」
「ちょっと待ってくれ、その前にリカを助けないと!」
「助ける? 貴様もしや知らないのか? 奴はリゼルに寝返った。いや、古巣に帰ったと言った方が正しいか。下手にあの女に近づけば、寝首を掻かれることになるやもしれん」
「そんなことはわかってる! その上で助けたいんだ! 頼む、力を貸してくれ!」
そう言って奴は私に頭を下げた。
珍しい光景だ。バイヤードを家族の仇のように憎んでいたこいつが私に頭を下げるとは。それも、バイヤードを助けるために。
「シオンさん、私からもお願いします。リカは私の親友です。……そして、イヌイコータさんの妹でもあるんです」
「なに?」
アテナの言葉が引っ掛かり首をかしげる。
そのことを追求しようとしたら、複数の足音が耳に届いた。おそらく騎士たちが騒ぎの元を捜索しているのだろう。
「とにかく場所を変えるぞ。いつまでもこんなところで立ち止まるわけにはいかん」
私たちは宝物庫前から立ち去った。
◇
「おおおおお! その珍しい肉体構成、グランレンドではないか! もっとよく見せてくれ! その神器やら肉体やらを……グヘへへへ」
……忘れていた。この城に住まう変態王女のことを。
アテナに案内されるがままついてきた奇怪な一室、そこはゴアクリート王国第一王女エリッサ=パスティ=ゴアクリートの私室だった。
なぜ国家転覆の罪を着せられたアテナたちが牢から出されていたのか疑問ではあったが、この姫が協力者だったのか。
「私は女神キーロンが作り出した神工生命体だ。神器を扱うことに特化した造りだから、ほかの人間とは構成が異なるのだろう。……おい、説明してやったのだからさっさと離れろ」
「神工生命体!? なんだそれはめずらしすぎるぞ! 魂は神にも作れないと聞いたがその問題はどうやって解決したのだ!?」
「……ゼロから生み出されたわけではない。異世界のバイヤードの魂をこの身体に移植したのだ」
そこまで説明したらエリッサは得心のいった顔をするが、離れることもなく片眼鏡越しに肉体を観察される。
「シオンさん……。せっかくまた会えたのに、姫様とくっつきすぎじゃないッスか?」
パラスはパラスでよくわからないことを言いながら頬を膨れさせている。
私に嫉妬しているのか? 確かに姫様といえば女子の憧れだろうが、しかしこんな奇天烈な女に憧れる要素などないと思うが……。
「姫様。先ほどの騒動について緊急の会議が開かれるそうなので行きますよ」
「いやじゃ! もっとグランレンドの身体が見たい! 触りたい!」
「気持ちの悪い駄々をこねないでください。イヌイコータ殿、アテナ殿、グランレンド殿。我らは姫様の護衛にあたるので、あなた達にはこの部屋の警備を任せたい」
確か、広場で戦ったミギアという名のダークエルフだ。顔を合わせた時は正直面をくらったが、どうやら敵対の意思は無いようだ。
そのままミギアとレフトに引きずられてエリッサは外へと連れ出された。
部屋に残ったのは私と戌亥浩太とアテナとパラス、そして、なぜか部屋にいたボタンの五名だった。
部屋に入ったときパラスは涙を浮かべながら兄の元へと駆けたが、当の本人は寝息を立てて爆睡していた。
なんて緊張感の無い男だ。まあいい、変に話に介入されても困るだけだ。
「まったく、兄さんはだらしないんスから……。妹として恥ずかしいッス」
そんな悪態をつきながらもパラスはどこか嬉しそうだった。失いかけた唯一の肉親をついに取り戻したのだから。
「起こさなくていいのか? せっかく会えたのに」
「兄さんもいろいろあって疲れてると思うッス。だから、今のうちに休んでおいたほうがいいッス」
パラスの言うことにも一理ある。敵は同じ城内だ。いつ襲われるかわからない。奴が負傷して動けない今のうちに休息を取る必要があるだろう。
ボタンに寄り添うパラスをよそに、私は戌亥浩太に先ほどの発言を問いただす。
「とりあえず聞くだけ聞いておこう。貴様がリカルメを助けたいと思うその理由について」
「ああ。……その前に一つ確認したいんだけど、シオンには人間だった時の記憶ってあるのか?」
「記憶だと?」
その言葉を聞いて嫌なことを思い出した。丹来、私がバイヤードに堕ちる事になったきっかけの刑事。
忘れたくても忘れられない。奴のせいで、私は知らなくてもいい人間の闇を知ってしまった。
「……転生時にキーロンが復元したものが頭に入っている。だが、バイヤードとして貴様と戦っていた時は人間時代の記憶は奪われていた」
「やっぱりそうか。さっきリゼルが言っていたんだ。自分は望んで怪人になったから記憶が残っているって。それはつまり、リカやお前は無理矢理バイヤードにされたってことだよな?」
「…………」
リカルメはどうだか知らないが、私は違う。ゼドリーの口車に乗せられた形ではあるが、自分の意思で怪人の力を会得した。
だが、だいたいこいつの言いたいことがわかってきた。
「俺には行方不明の妹がいる。ずっとそいつの事はバイヤードに食われて死んだんだと思っていた。だけど、そうじゃなかった。あいつは食われたんじゃなくてあいつ自身が化け物に変えられていたんだって気づいた」
「それが、リカルメだというのか」
戌亥浩太は静かに頷いた。
そうか、あのリカルメがこの男の妹か。どうりで守りたがるはずだ。
「確かに今は洗脳されてて味方にはなってくれないかもしれない。だけど、いずれゼドリーを倒せれば、怪人化が解けて人間に戻せるかもしれない。リカを、リカルメから霧果に戻せるかもしれないんだ!」
「それは無理だ。ゼドリーを倒そうが、死んで生まれ変わろうが、バイヤードが人に戻ることはない」
ぴしゃりと言い放つ私の言葉に戌亥浩太が硬直する。
事情は理解したが、下手に希望を持たせるわけにもいかないだろう。
「ゼドリーから譲渡されたエーテルは肉体のみならず魂まで影響を及ぼす。私は一度肉体を失い、新たな肉体を得て転生したが、魂にこびりついた半端なエーテルのせいで人間ともバイヤードとも取れない中途半端な生命体になってしまった。これを見ろ」
私が取り出したのは、いつも生命樹型グランレンドへの変身に使っている蒼のエーテルディスクだ。
「これは私の魂に残留していたエーテルを、可能な限り抜き取り結晶化させたものだ。だが、それでも私は人間に戻れなかった。これはほかのバイヤードも同じ事だ」
「そんな……。じゃあ、霧果は……!」
奴の顔から血の気がみるみる引いていく。
このまま私がリカルメを倒す方針で進めれば、この二人といずれ衝突することになるだろう。
ならば、リカルメを救出するという名目で、リゼルを倒すための戦力に組み込んだ方がいい。
その為には、バイヤード化の仕組みについてもう少し詳しく説明する必要がある。
「落ち着け。確かに完全な人間に戻すことは不可能だ。しかし、記憶だけなら取り戻すことができるかもしれない」
おそらくだが、戌亥浩太は勘違いをしている。
ゼドリーを倒せば何とかなる、そう思っているということは肉体の変異から記憶の操作まですべてゼドリーの仕業だと思い込んでいるということだろう。
だが、実際はそうじゃない。私はバイヤードにされた時点ではまだ人間の記憶が残っていたのだから。
「私がこの身体に転生した際に記憶が戻ったと言ったが、それは記憶操作の能力に支配された脳を捨てたからだ。そして、その能力はゼドリーのものではない」
「なんだって? じゃあ、誰が?」
「リゼルだ」
私がその名を口にすると、戌亥浩太は大層衝撃を受けていた。
そして首を振り反論する。
「あり得ない。確かにあいつの能力は多彩だけど、念動力、瞬間移動、精神感応の三種以外の能力は使えないはずだ。そんな奴が記憶操作なんて……」
「可能だ。奴は精神感応を応用して脳内と精神を一部遮断することで疑似的な記憶障害を引き起こすことが出来る。もっとも、繊細な作業と膨大な時間が必要になるため、戦闘中に使える技ではないがな」
「じゃあ、リゼルを倒すことが出来れば」
「精神感応による情報遮断が解除され、人間としての記憶を取り戻す。つまり、リカルメは精神だけだが貴様の妹に戻るだろう」
戌亥浩太の顔に光明が差す。しかし、これはあくまでも希望的観測にすぎない。
私は人間としての記憶を取り戻したが、今の人格は人間時代のものよりもバイヤード時代のものに近い。リゼルはあくまで記憶を遮断しているだけで人格には手を加えていないのだ。
だが、私とリカルメが同じケースになるとは限らない。記憶の影響を受け、人格が人間時代のものに引っ張られる可能性もある。そればかりは、リカルメの精神状態次第だ。
「なら、今すぐ行こう。あまり時間をおいてもリゼルに回復されるかもしれない。アテナ、治癒魔法で失った腕を復元される可能性は?」
「腕が残っているなら時間をかけて癒着することも出来ますが、今回みたいに完全消滅した場合の復元は不可能です。傷口を塞ぐのが精一杯でしょうね」
「なら大丈夫だ。瞬間移動しか使えないリゼルなんて怖くない。今度こそ倒してやる!」
戌亥浩太がレイバックルを胸に掲げる。自動修復はすでに完了しているようだ。
「シオン、頼む。リカの救出と王国の奪還に協力してくれ。一度協力関係を破棄しておきながら虫のいい話なのはわかってるけど、俺だけの力じゃ足りないんだ」
再び戌亥浩太は頭を下げた。
あのレヴァンテインが、元四天王の私に二度も頭を下げたのだ。それだけ、この男も本気なのだろう。
「国の存亡にもリカルメの命にも興味は無い。だが、私はリゼルを討つために王都を訪れた。その目的は果たそうじゃないか」
私としても好都合だ。
今日ここに潜入したのはパラスを救出するためだったが、リゼルもいずれは倒さねばならない。片腕を奪った上で二人がかりなら確実に奴を仕留めることが出来るだろう。
「……あれ? パラスちゃんは?」
アテナがふいに部屋を見渡す。
視線の先にいるはずのパラスが、確かに見当たらない。
否、パラスだけじゃない。その横で眠りについていたはずのボタンまでもが消えている。
「しまった……!」
迂闊だった。デュグラスの洗脳魔法を受けているのはパラスだけじゃない。ボタンもだ。
熟睡していたのは私たちの油断を誘うための狸寝入り。そして盗賊としての技量で音もなくパラスを連れてこの部屋から立ち去ったのだ。
「くっ……!」
私は部屋を飛び出した。何処に向かったのか知らないが、私の能力は捜索にうってつけだ。
「変身。……拾分割!」
《----CHANGE SEFIROT GRANREND----》
生命樹型グランレンドの力で命を十に等分する。
左右上下、あらゆる方向に向けて私は走り出した。





