第33話 なんで肩にタイヤが付いてるの?
前門のパラス、後門のシオン。
リカルメを討伐するにあたっては頼もしい面々だが、リカを守らなければいけない今、この状況は最悪だ。
「貴様、なぜまだリカルメ・バイヤードを庇っている? 私は言ったはずだ、協力しなくてもいいが、邪魔だけはするな、と」
言ってることはごもっともだ。俺だってなんでこんな奴守らなきゃいけないのかわかんねえよ。けど。
「生憎だが、お前との約束よりも優先すべきことがある。こいつをお前から守れというのがユリ博士の指示だ」
『ドクターリリィだ』
「あの女……何を考えている。貴様はそれでいいのか? 妹の仇というのはあの女の言葉よりも軽いものだったのか?」
そんなことはない。今でも心の底にはリカルメ・バイヤードに対する憎しみが押し込められている。
だけど、それを誰よりも知っているユリ博士がこいつを生かせと言っているんだ。その言葉を疑う理由もない。
「警告はした。それでも貴様が立ちはだかるというのであれば黒の力で貴様もろともリカルメを消し去るのみだ」
「いいのかよ。主の女神様に不必要な殺生は禁じられてるとか前に言ってなかったか?」
「あんな奴は主ではないし、貴様の死はもはや必要不可欠だ。この世界の神々は、バイヤードを世界に送り付けてくる貴様らを大層疎ましく思っているらしいぞ?」
それはそれは……、嫌なこと聞いちゃったな。
ともかく、この場を切り抜けるためにはゲネシスフォームじゃ心許ない。ショゴスフォームにエーテルチェンジしよう。
と、周りを見ると、シオンは黒のエーテルディスクとバイヤードライバーを準備、リカは徐々に身体から紅い稲妻を放出し始め、パラスも盾を構えてこちらに歩み寄ってくる。
もはや戦闘は避けられない。なら、全力で抗うまでだ!
「守護の左手! 展開!」
「擬態解除!」
「変身!」
《----Change RAGNAROK GRANREND----》
「エーテルチェンジ!」
《-----Complete LÆVATEINN SHOGGOTH FORM-----》
盾を構える賞金稼ぎ、紅いクラゲの怪人、漆黒の戦士、青きヒーロー。四人はしばらく相手の出方を伺う。
次の瞬間、パラスとグランレンドは我先にとリカルメへと襲い掛かる。
「紅ノ雷剣!」
リカルメは右腕に硬化した触手を伸ばして剣を形作る。さっきの雑な造形ではなく、刀身に反りがついており、物体を斬ることに特化した形状を会得していた。
そのまま刀身に稲妻を纏い、パラスに向かって走り出す。
グランレンドは俺に相手しろってことか、厄介な方を押し付けやがって。
まあいい。
シオンも元を辿ればバイヤードだ。もしかしたらショゴスの能力がグランレンドにも通用するかもしれない。
拳を振りかぶり向かってくるグランレンドの顔を狙う。
「固定解除」
殴りかかると同時に人型に保っていた流動護謨の固定を解除する。
右腕から青い流動体が一直線にグランレンド目がけて飛んでいく。
流動護謨は見事グランレンドのマスクに張り付き、全身へと広がっていく。
「小賢しい……」
グランレンドのスーツが黒く光り、奴に触れていた部分の流動護謨が消滅する。
「ショゴスでも終焉の光は無効化出来ないのか……!」
『流動護謨は君の肉体そのものだ。あまり大量に消されると人間に戻れなくなるぞ!』
「わかってるよ!」
身体を五つに分けてし分身体を作る。
そのうち四つは少量の流動護謨で外側だけ人型を模した囮だ。あれくらいなら消されても問題は無い。
さらにダメ押しだ。
四人の分身体の手にレヴァンスラッシャーの偽物を握らせる。
当然、本体である俺の手には本物のレヴァンスラッシャーを。
「確か、この剣は効くんだったよな?」
「ああ、だが以前の戦いでは私を跪かせるのが精いっぱいだったのをもう忘れたか?」
確かに、ディストラクションスラッシュを直撃させてもあいつに致命的なダメージを与えることはできなかった。だけど、それはあくまでも白のエーテルディスクを使った場合だ。
《----Disk Set Ready----》
「なに、貴様そのディスクどこで……!?」
グランレンドから動揺の声が上がる。
そう、いま俺が剣に嵌めたのは黄のディスク。ソードフィッシュ・バイヤードとの戦闘の後、宝石商の店主から頂いたものだ。
その時シオンはギルドにいたためあの騒動のことは知らなかったらしい。
黄のエーテルディスク。
レヴァンテイン メルカバーフォームに変身するためのキーアイテム。
メルカバーはショゴスとは真逆で、圧倒的な防御力と怒涛の攻撃力を併せ持つ正当進化形態だ。
純粋なパワーだけならラグナロクにも負けずとも劣らない。そんな力を秘めたディスクの一撃なら、きっとグランレンドにだって通用するはずだ。
「クソッ!」
グランレンドは黒い光を拳に纏い、一番近くにいた分身体を殴り消滅させる。
奴の拳が本体に届く前に、ケリをつける!
《---- MERKABAH DESTRUCTION SLASH----》
レヴァンスラッシャーグリップパーツのトリガーを引き、ディストラクションスラッシュを発動した。
後は、この腕を振り下ろすだけだ!
『……あ。ヤバイ! 戌亥君! すぐにレヴァンスラッシャーの機能を停止しろ!』
「え? なん……うぉおおお!?」
ユリ博士の指示の真意を理解する間もなく、俺の両腕はレヴァンスラッシャーに引き千切られた。
そうだった。ショゴスフォームは流動護謨の集合体。非常に不安定なバランスで成り立っているこの身体で、あんなに反動の大きな技を使ったら空中分解するに決まっている。
床に叩きつけられた剣が跳ね返って俺の腹に突き刺さる。痛くはないが、衝撃で固定が解除されて再びドロドロのスライムとなって床に散らばってしまった。
「……何がしたいんだ貴様は」
グランレンドに本気で呆れられた。
とにかく、散らばった流動護謨を一か所に集めて、人型を形成しなければ。
しかし、それが完了するのを奴は待ってくれない。グランレンドは床に落ちたレヴァンスラッシャーを回収する。
「あ! 返せ! 俺のレヴァンスラッシャー!」
「元は私のグランセイバーだ。私を裏切った貴様にこれを預けておく道理も無くなったな」
グランレンドは剣に嵌められた黄のディスクを一度取り外し、再度剣に嵌め直す。
《----Disk Set Ready----》
すると、剣から禍々しい必殺技待機音が流れ出す。
マズい。このままでは俺がメルカバーの攻撃を食らってしまう!?
「どうやらその姿の貴様は不死身のようだ。だが、ある程度バラバラにしておけばリカルメ討伐までの時間稼ぎにはなるだろう」
ダメだ。一か所には集まったがまだ人型に戻れていない。
回避が、間に合――
「反逆の刃の錆となれ」
振り下ろされるグランセイバー、俺はその直撃を覚悟した。しかし、その刃も、斬撃も、俺まで届くことはなかったのだ。
今回ばかりは、あいつのファインプレーを認めるしかなさそうだ。
「おぉぉぉおおおりゃあああああぁぁぁ!!!」
リカルメの雄たけびと共に何かがグランレンド目がけて投げつけられた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
リカルメに投げられた巨大な玉のようなものもまた叫びを上げている。それは神器による結界を纏ったパラスだった。
あろうことか、リカルメは破ることが出来ない鉄壁の守りごとパラスを持ち上げて、砲丸投げの要領でグランレンドに攻撃を仕掛けたのだ。
「な、何!? ぐぁッ!?」
俺に注意が向いていたグランレンドはそのままパラス玉を食らってしまい、床に倒れた。
「ハァ……ハァ……、こっちの攻撃が効かないなら、本体ごと投げ飛ばしてやればいいのよ!」
「お前、メチャクチャだな……」
グランレンドが『黒い光』を発動してたらどうするんだ、なんて言ってもこいつがそんなこと考慮するわけないか。
とにかくこの隙に人型に戻り、レヴァンスラッシャーと黄のエーテルディスクを回収する。
「神器だか寝具だか知らないけど、そっちからの攻撃はショボいままじゃない。よくそんなので私たちの前に立てたわね!」
「そのショボい攻撃で串刺しにされた奴がイキるな」
フラフラとしながらパラスが立ち上がる。
リカルメに投げられた影響で目を回しているようだが、神器守護の左手とやらの影響か、身体にはかすり傷一つない。
その後、グランレンドもゆらりと起き上がる。
その手にグランセイバーは無いが、その両手はどす黒く光り輝いている。その周囲からはグワングワンと奇妙な音が響いている。きっと空間を削り取っている音なのだろう。
「…………」
「…………」
二人は言葉を発さぬまま頷き合う。俺たちを共通の敵と認識し、共闘するという選択肢を選んだのだろう。
ゴゴゴゴゴ……という効果音が聞こえてきそうだった。
『チャンスだ。奴ら入り口と反対方向に固まっている。隙を見て後方へ駆け抜けろ!』
「わかった。行くぞ、リカルメ」
「うひゃぁっ!? ショゴスフォームで腕掴まないでよ! ベチョベチョして気持ち悪い!」
「うるせえ! ヌルヌルした触手振り回す奴には言われたくねえ!」
入り口付近には誰もいない。それを確認した俺はパラスたちに背を向けて走り出した。
グランレンドは不必要な殺生を禁じられているため、パラスの身の危険はおそらく無いだろう。そもそもあの二人が敵対する理由もない。
強いて言うなら、奴が擬態したナーゴはボタンの賞金を受け取った張本人なのだが、シオンとして変身している以上関係のない話だ。
《----Disk Set Ready----》
……え?
いま背後からレヴァンスラッシャーと同じシステム音声が聞こえた。もちろんレヴァンスラッシャーは俺が手に持っている。誤作動も起こしていない。
《----RAGNAROK DESTRUCTION BURST----》
確認のため振り返る暇はない。かと言って、このまま無心に走り続けるのも危険だと本能が叫んでいる。
瞬時に人型の固定を解除。リカルメの身体を流動護謨で包み込む。
「!?」
突然のことで暴れだしたが、緊急事態なので無視して拘束。
天井を流動護謨で掴み、そのままリカルメごと持ち上げ、貼り付ける。
その時俺は目撃した。俺たちがいた床を黒い光が削り取っていく様を。
だが、グランレンドのいる位置からここはだいぶ離れている。まあ、音声が流れた時点でなにをされたのかは予想がつかないわけでもない。
俺だって、似たようなシステムを使っているのだから。
「そう簡単に逃げられると思うなよ。グランセイバーが無くとも私にはこの『グランマグナム』がある」
グランレンドの手には黒いハンドガンが握られている。グリップ部分の少し上に場所にディスクを嵌めこむパーツがつけられた、やや大きめの銃だ。
二撃目を警戒して地面に降りる。
『おい、そろそろショゴスフォームの活動限界だぞ。早く別のフォームに変身するんだ』
ショゴスフォームに変身してからもうすぐ3分が経過しようとしていた。
不死身のショゴスフォームにも一つだけ弱点が存在する。それは時間制限だ。
ショゴスフォームは俺の肉体そのものを流動護謨という流体に変化させる強化形態である。それ故に3分以上変身し続けると人の形状に戻れなくなるというデメリットが存在する。
末恐ろしいことこの上ないが、要は3分以内に変身解除かエーテルチェンジを行えばいいのだ。焦ることは無い。
どの道ラグナロクの力はショゴスすらも消し去ってしまう。ある意味、一番相性の悪いフォームだった。
ならば、今俺が使うべきディスクはこれしかない。
レヴァンスラッシャーから黄のエーテルディスクを取り外し、レイバックルに装填する。
《----Preparation----》
電子音声と共にベルトから変身待機音が流れる。
いま必要なのはラグナロクに匹敵する攻撃力。必殺技は使えないから素のスペックが高い形態である必要がある。
なら、選択肢はこれ一つだ。
「エーテルチェンジ!」
《-----Complete LÆVATEINN MERKABAH FORM-----》
肉体の流動護謨化が解除されてレヴァンテインの素体が形成される。
その上からメルカバーフォームの装甲が次々と装着される。
全身が黄色く染まり、変身が完了した。
メルカバーフォーム。
いま持ち合わせがある中で最も高い攻撃力と防御力を兼ね備えた強化形態だ。
その代わり、あまりの重装甲で動きが鈍くなってしまうのはご愛敬。
「……ねえ、なんで肩にタイヤが付いてるの?」
リカルメは率直な疑問を投げかけてくる。
ご指摘の通り、メルカバーフォームの肩部分の装甲には、左右に一つずつ大きな車輪が付いている。
「後で教えてやるよ。どうせ今は使わない機能だ」
レヴァンスラッシャーを握り、グランレンド達と対峙する。
「いま教えてやった方がいいのではないか? 貴様たちに後など無いぞ」
「言ってろ」
オクシオン・バイヤードとはこの姿で何度も戦っている。つまり、手の内はすべて明かしたも同然だ。
とはいえ、別段隠し立てするような奥の手があるわけじゃない。メルカバーフォームは単純な力でゴリ押しするためのパワータイプだ。
だから取れる手段はただ一つ、正面突破あるのみ!
「うおおおおおおおおお!」
戦車の如く、猪突猛進する。腰の位置に剣を持ち、刺突する構えで。
グランレンドの『黒い光』はレヴァンスラッシャーには通用しない。さすがに不味いと思ったのか、グランレンドは真横に回避行動をとる。
ここで攻撃の手を止めたらこっちが危ない。
すかさず刃を90°回転させて、そのまま薙ぐ。
グランレンドの胴に斬撃が直撃し、火花が散った。
「グッ……!」
メルカバーフォームの腕力にかかればそれなりのダメージは入るらしい。
これだけの近距離ならグランマグナムを使われることはないだろう。従って、警戒すべきは素手だ!
おもむろに顔に向かって伸びた奴の右手を左側に避け、そのまま時計回りに身体を一回転。その遠心力をレヴァンスラッシャーに乗せて、再びグランレンドに叩きつける。
グランレンドはボクサーのように両腕で体をガードし、レヴァンスラッシャーの斬撃は本体には直撃しなかった。
しかし、斬撃を受け止めた衝撃でグランマグナムがその手から離れてしまう。
「しまった!」
そのままグランマグナムは宙を舞い、5mほど離れた地面に叩きつけられる。
確か、あの銃には黒のエーテルディスクが嵌められていたはずだ。
チャンスだ! 今ならディスクを取り戻すことができる!
だが、グランレンドもディスクを諦めてはいない。
レヴァンスラッシャーを振り払うと猛ダッシュでグランマグナムの元まで駆け寄る。
黄のスピードでは黒には追い付けない……!
俺が体制を立て直して、走りだそうとするころにはグランマグナムは既に回収されていた。
だが、見ると当のグランレンドも困惑しているようにみえる。まだ、なにかを探しているような、そんな仕草をみせる。
「探し物はこれかしら? オクシオン」
少し離れた場所からリカルメが触手をゆらゆらとなびかせている。
その触手に握られていたのは黒のエーテルディスクだった。





