第32話 集結
リカルメを守れ。ユリ博士は確かにそう言った。
これはリカルメを欺くための演技か? いや、それにしては下手すぎる。
「えっと、それはこいつが貴重な充電係だという意味での指令か? ユリ博士」
『ドクターリリィと呼べ。すぐには飲み込めないことだと思うが、とりあえず今は黙って従うんだ。訳は後で説明する』
「まあ、私はグランレンドに殺される確率が減るならなんでもいいけど。私が冷酷無慈悲なバイヤード四天王の一人だって言う設定は忘れてないわよね?」
『君が多くの人間を殺してきたことは私たちが一番知っているし、決して忘れることは無い。それを踏まえた上での判断だ』
「……いや、やっぱり納得できねえ。一時的に共闘するだけならまだしも、どうして俺がこんな奴を守らなけりゃいけないんだ! せめていま訳を話してくれ」
『そうしたいのは山々だが、少々お喋りに時間を割きすぎたみたいだ。さっきからレーダーの反応が強くなっている』
「え?」
言われて耳を澄ますと、なにやら音が聞こえてきた。外からだ。
瓦礫同士の擦れる音、何かが削れているような音。
それはだんだん、こちらに近づいてきている。
『黒のエーテル反応、ラグナロクだ』
「……!」
グランレンドだ。
この音はきっと掘削音。廊下を埋め尽くす瓦礫を、ラグナロクの力で削り取りながら進んでいるんだ!
おそらくあと1分もしないうちにこの部屋にたどり着く。ユリ博士の意図は読めないが、今は指示に従うしかない。
「隠れてろ、リカ!」
「言われなくても!」
リカはレイバックルとディスクを置いて近くの棚の中に隠れた。俺はベルトを取り、腰に巻く。
「煩わしいな。一度に消し去るか」
《----RAGNAROK Ready----》
低い電子音声と禍々しい待機音が聞こえてくる。この音、レヴァンスラッシャーのものとよく似ている。
「ディストラクションヴォイド」
《---- DESTRUCTION VOID----》
その音声が聞こえた次の瞬間、グランレンドが正面に現れた。
いや、違う。正確にはグランレンドと俺の間にあった壁が一瞬にして消失したのだ。さらに言うなら壁だけじゃない。廊下を埋め尽くしていたとされる瓦礫も、綺麗さっぱり消滅した。
俺は、こんな化け物相手にしなければいけないのか……?
「おお、ここにいたか」
《----Armor Release----》
グランレンドは俺を見た瞬間、バイヤードライバーから黒のディスクを取り出し、シオンへと姿を変えた。
そうだ。なにも戦う必要は無い。
俺とリカが再度結託したことなんてこいつは知らないんだ。この場はうまくやり過ごして、こいつがどこか行った後に遺跡から脱出すればいい。
「災難だったな。まさか崩落に巻き込まれていたとは」
「あ、ああ。そっちの状況はどうだ? リカルメは見つかったか?」
「いや、あの女どうやら逃げ足も速いらしい。痕跡を追ってここまで来たが、どうにも……ん?」
シオンが何かに気づいたように部屋を見渡し始めた。
なにを見ているのか気になって、俺も周囲を見渡した。
しまった。
壁にはまさに雷の痕跡、煤が大量に残っていた。これではまさにリカルメと俺が戦闘していたのを物語っているようなものだ。
「これはまさか……! 貴様、リカルメを倒したのか!?」
「え? あー、いや、ギリギリのところで逃がしてしまって、えーっと、そうだ。追おうとしたらいきなり地震に襲われてさ。それで今までずっと救助待ちだったんだよ!」
「そうか……ならば奴はいま手負いということだな!」
「そ、そうなるな」
危ない。なんとか誤魔化せたようだ。
だけど、背後の棚を調べられたら終わりだ。さっさとシオンをこの部屋から追い出さなくては。
「リカルメは確か廊下の左側の方に走っていったよ」
「そうか。まだそう遠くには行っていないはずだ。急がなくてはな」
シオンは自らが破壊した壁に向かって歩き出す。
俺の言葉を疑うようなことはしなかった。元バイヤードとはいえ、人を騙すというのは気分が悪い。
こちらを信頼しているというわけじゃないだろうが、あっちからみれば俺が嘘を吐く理由なんてないに等しいだろうからな。
とりあえずこれでなんとかなりそうだ。そう一安心した時のことである。
「ハックシュン! ……ぁっ」
背後の棚からリカのくしゃみが聞こえた。
馬鹿野郎! お前、リカ……! バカ!
いくらなんでも、ベタすぎるだろうが!
「ん? 今何か女のくしゃみが聞こえたような……」
ま、マズイ。
いっそ、もう戦ってしまうか? 4枚のディスクの中で一番強いのは黄のメルカバーフォーム。それにリカが加わればギリギリ勝てるかも……。
いや、ダメだ。ラグナロクは他のディスクとは規格外の力を発揮する。
それに触れたものを全て無に帰すあの能力に対抗できるのなんて、それこそゼドリーくらいなものだ。ショゴスフォームでも流石に防ぎようがない。
だけど、こうなってしまった以上戦うしかない!
『ハックチュン!』
「ん?」
「え?」
今度は右手の方からかわいらしいくしゃみが聞こえてきた。
レ―ヴァフォンの中にはわざとらしくマスクを被ったユリ博士の姿が映っていた。
『あー、シオン君か。こっちではいま風邪が流行っていてね。そっちの風土はよくわからないが、君たちも気をつけたまえ』
「ふん、人間の病になど私は屈しない。貴様らはせいぜいそこで身体を休めておくことだ」
何故か得意げにこの場を去っていくシオンだった。
ユリ博士の機転により、どうやら戦わずに済んだみたいだ。安堵から肩の力が抜ける。
「あ、もうオクシオン行った?」
棚からヒョコっとリカが顔を出した。
俺の苦労も知らずに呑気しやがって……。
「ってうわっ!? 壁が無くなってるじゃない!? なにがあったの!?」
「お前も前の夜に見たろ。終焉型グランレンドの能力だよ」
『どうやら彼はあの力を暴走させずに使いこなしているようだな。やはりシオン君が元バイヤードなのと何か関係があるのか。それともバイヤードライバーの性能によるものか……』
俺としては後者であってほしいね。
人間であることが性能を落とす要因になっているなら、変身者である俺の存在意義が危うくなってくるような気がする。
まあ、バイヤードを倒すことに前向きなバイヤードなんかいるわけないからあまり関係ないことか。……あれ? シオンがそうじゃん。
「とにかく、今がチャンスってわけね。早く行きましょう」
『ちょっと待て、付近に毒が蔓延しているというのならレヴァンテインに変身するのが先決だ。バッテリー消費の少ないゲネシスフォームで行くんだ』
「わかった。変身!」
《----Complete LÆVATEINN GENESIS FORM----》
全身を白いスーツと装甲で覆い、レヴァンテインへの変身を完了した。
頭部を密閉しているこのスーツの特性上、変身している間は当然毒などは通さない。
「こっちは人間態なんだから、ちゃんと歩幅合わせなさいよね」
「怪人態に戻ればいいだろ」
「人間態のほうが体力の消費を抑えられるのよ。あんたに薬分けたせいでこっちはお腹に穴空いたままなんだから」
リカは青い服の上から腹部をさする。血は止まっているが、損傷は激しいはずだ。
こいつを遠方まで守り抜かなきゃいけないとすれば、しばらくはリカを戦力として数えるわけにはいかないな。
グランレンドの雑な撤去作業のせいで足場はかなり悪い。要所要所で俺がリカを引っ張り上げたり、石の塊をどかさなくてはいけないので中々先へ進めない。
幸いにもリカがパラスを追いかけまわしていた時の騒ぎで他の人たちは避難済みのようだ。かと言って、逃げ遅れた人がいないとも限らない。周囲に注意を向けながら進まなくては。
「パラス……か」
その少女には俺も一度会ったことがある。
パラス=トリトン。俺たちを憎む幼い少女。
ボタン=トリトンが賞金を懸けられる値する罪を犯したのならば、やつをギルドに引き渡したことにはなんの後ろめたさも感じない。しかし、その妹であるパラスはなんの罪も犯していないにも関わらず唯一の肉親を奪われたのだ。
それがこの惨状を引き起こしているというのなら、その責任の一端は俺にもある。話を聞く限り、パラスはリカを人間だと思い込んだうえで殺害を企てていた。
彼女の心は人を殺せるほどに歪んでしまっている。
もし、彼女が悪の道に落ちてしまったなら、俺は――。
『なにかまた、変なことを考えているんじゃないだろうな』
マスク内部のスピーカーからユリ博士が喋りかける。外部スピーカーはオフにしてあるので、リカには聞こえていない。
『さっきからバイタルが乱れすぎだぞ。荒唐無稽な指示に思えるかもしれないが、今は――』
「あ、いや。確かにそれもそうなんだけど、今はちょっと別のこと考えてて」
『そうか、やはりディメンションバニッシュの件は話すべきじゃなかったな……』
「……そっちとも違くて」
今日一日で悩みが増えすぎだ俺。将来ハゲないか心配になるぜ。
ユリ博士はなんのことやらと首を傾げている。
と、その時。前方に人影を視認した。
逃げ遅れた人だろうか。このあたりまでくれば崩落も無いし、見たところキチンと立つこともできているようだ。
いや、違う。あっちは入り口に繋がる通路だ。そこからわざわざ現れたということは避難者ではない。
「何か妙な音が聞こえるから引き返してみれば、2人とも生きていたんスね」
前方に現れた人物は右手に三叉槍、左手に小さな盾を構えた少女だ。この人物には見覚えがある。
パラス=トリトン。彼女の表情は憎しみに歪んでいた。まるで、悪魔にでも憑りつかれているように。
「パラス。馬鹿なことはもうやめるんだ。俺たちを殺したところで君のお兄さんが釈放されるわけじゃない」
「兄さんの極刑が免れないのは百も承知ッス。ならば、パラスのやるべきことは一つ。この神器を使って兄さんを助けに行くだけッス!」
「な、なに!?」
それはつまり、王都に対して襲撃を仕掛けるということか!?
「……そんなことしたら、あんたもお尋ね者になっちゃうわよ」
「今までだって、盗賊の身内のパラスはほかの賞金稼ぎからは白い目で見られてたッス。兄さんを助け出して、兄妹で盗賊団でも始めたほうが幸せになれると思わないスか?」
「……思わねえよ。悪人が幸せになんてなれるはずがない」
俺の言葉に反応してパラスの眉がピクリと動く。
「なぜなら世界には正義がある。正義が死なない限り、悪が栄えることは無い」
「そうッスか、なら、正義を殺せば、問題は無いッスよね……?」
三叉槍には赤い宝玉がはめ込まれていた。火属性だ。
「【炎よ我が槍に宿りて、敵を討て】」
三叉槍の穂先が勢いよく燃えあがる。この空間の酸素をすべて消費しかねないほどの激しい炎を俺たちに向けている。
「下がってろリカ。この子は俺が相手をする」
「……そうしたいのは山々だけど、後ろの方が危険なのよね……」
ハッとして後ろに目を向ける。そこには、黒いディスクを手に持った青年、シオンが立っていた。
「戌亥浩太。これはどういうことだ……?」
しまった。かなりめんどくさい状況になってしまった……。





