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第30話 りか

 レヴァンテインのスーツは変身者の危機察知能力を鈍らせないために痛覚をある程度フィードバックしている。

 そのため、ゲネシスで戦闘を行っている時は30%ほどの痛みがそのまま俺に伝わってくる。


 しかし、数あるフォームの中で二つだけ痛覚フィードバックが設定されていないフォームが存在する。


 一つは最終形態のラグナロクフォーム。

 痛覚による危機察知が必要ないほど、圧倒的なパワーを秘めているためだ。

 そしてもう一つが、今変身しているショゴスフォーム。

 このフォームはレヴァンテイン全フォームの中で一番戦闘能力が低い。

 ゲネシスよりも弱いのはもちろん、下手をすればリカルメやその辺の魔物の方が強い可能性だってある。


 だけど、ショゴスフォームが敗北したことは一度もない。

 なぜなら、ショゴスは不死身の強化形態なのだから。



「な、なんでピンピンしてるのよあんた! いくら、パワーアップしたからって、ちょっとくらいダメージが入るはずでしょ!」



 あれからリカルメは5発の紅ノ雷砲(クリムゾン・カノン)を俺に撃ち込んだ。

 そして、俺はそれを全て正面から受けきっている。レヴァンテインにダメージは一切入っていない。



「諦めろ。ショゴスへの変身を妨害できなかった時点でお前の負けだ」


「遠距離攻撃の無効化……いや、バリアのようなものを展開しているのかしら? ……あーもうめんどくさい!」



 リカルメは右腕に束ねた触手をさらに細長い形状に変え、それを硬質化させた。

 そこへ雷を流し、即席のビームソードのようなものを作ったようだ。



紅ノ雷剣(クリムゾン・サーベル)!」



 腕と一体化した紅い剣を構えて突進してくる。

 剣先がしっかりと心臓の位置に向いている。


 だけど俺はこれを避けない。

 避ける意味がないからだ。



「ハアアアアアアアアアッ……!」



 リカルメの刃がレヴァンテインのスーツに直撃する。

 叫び声に若干の不安が混じっているようにも思えた。きっとこの攻撃も無効化されてしまうのだろうと思っているのだろう。


 それは半分正解で半分間違いだ。


 このショゴスフォームは攻撃力だけでなく、防御力もゼロに等しいのだから。



「え……?」



 ズブリ、とリカルメの剣がレヴァンテインを貫いた。見下ろすとリカルメの手首が俺の胸部に突き刺さっている。

 ここからでは見えないけど、背中からは剣先が生えているのだろう。



「え、嘘、死んだの? 雷砲(カノン)が効かなかったくせに、こんな適当な攻撃で?」



 困惑するのも無理はない。

 このフォームは脆すぎるのだ。



「だ、黙ってないでなんとか言いなさいよ! し、死んでないわよね? 別に死んだなら死んだでいいんだけど、え、嘘でしょ?」


「残念だったな。生きてるよ」



 俺はここでようやく動いた。


 右手と左手でリカルメの両肩を掴む。その動作に怯んだリカルメは、いったん俺の身体から腕を引き抜こうとする。しかし。



「ぬ、抜けない……! ていうか、よく見たら、これ、血じゃない……!?」


流動護謨(リキッドラテックス)って言うんだ。綺麗な色だろ? 固定解除」



 俺の胸部からは絶えず液体が流れ出ている。だけどそれは血じゃない。

 ソードフィッシュを拘束するのにも使用した流動護謨(リキッドラテックス)だ。

 そして、人型の固定を解除したショゴスフォームは青い液体となってリカルメの身体に覆いかぶさる。

 その姿はまるで人を襲うスライムだ。



「は、はぁっ!? レヴァンテインってパワードスーツじゃないの!? 浩太の身体はどこ行ったのよ!?」



 実はそのあたり俺もよくわかっていない。

 ユリ博士によればショゴスフォームに変身すると、俺の全身の細胞は流動護謨(リキッドラテックス)に変異してしまうらしい。最初変身した時は大いに戸惑ったが、慣れてくればどうってことは無い。ゲームのアバターを動かしていると思えばいいんだ。


 身体に纏わりつく俺を力づくで剥がそうとするが、抵抗虚しく全身を流動護謨(リキッドラテックス)で覆われてしまう。



「ガハッ……ウ……!」



 液状化しているが、これは拘束用の護謨だ。顔を覆われては息もできないだろう。

 リカルメの拘束に必要な分だけ切り離し、残りの流動護謨(リキッドラテックス)で再び人型を形成する。



「絵面があまりよくないから普段は使わないんだが、お前は特別だ。しっかりとした無力感の中で殺してやる」



 ショゴスフォームのもう一つの能力を発動した。

 すると、流動護謨(リキッドラテックス)に覆われていたリカルメ・バイヤードの輪郭が徐々に変化していく。



「ンンッ!?」



 怪人態の大きな身体が一回り小さくなり、触手も体内に引っ込んでいく。

 そう、強制的にバイヤードを人間態に変化させる。それこそがこのショゴスフォームの真の能力だ。



「こんな状況を誰かが見たら、誰だって俺の方を悪だと疑うだろう。だからこの力は好きじゃないんだ」



 今流動護謨(リキッドラテックス)の中でもがいているのはリカルメ・バイヤードではなく、リカだ。

 ご自慢のツインテールも流動護謨(リキッドラテックス)に包まれてぐちゃぐちゃになっていることだろう。

 未知の物体に包まれながら、あいつがどんな表情をしているのかはわからない。流動護謨(リキッドラテックス)は半透明だからな。



『念のため、他のフォームでとどめを刺すんだ。ショゴスのままだと殺しきれない可能性がある』


「ああ。エーテルチェンジ」

《----Complete LÆVATEINN GENESIS FORM----》



 俺は再びゲネシスフォームに変身する。

 ショゴスフォームの変身を解除しても、レイバックルのバッテリーを消費することで拘束を持続したまま別のフォームに変身できるのだ。


 変身完了した俺はレヴァンスラッシャーの切っ先をリカの首筋に突き立てる。



「……! ……!」


「さよならだ、リカ」



 レヴァンスラッシャーを持つ手に、力を込めた。





 前回までのあらすじ!


 って振り返ってる場合じゃないわよ!


 私今めっちゃ死にそうなんですけど!


 パラスとかいうクソガキ追い回してたらレヴァンテインに遭遇して、私があいつの妹を食べただとか意味の分からないこと言い出して、なんか知らないフォームに変身するわ、紅ノ雷砲(クリムゾン・カノン)は効かないわ、かと思ったら即興の刺突技があさっさり決まるわ、結局効いてなかったわ、なんかレヴァンテインがぐちゃぐちゃのスライムになるわ……もー、意味わかんない!





「うぅ……、ぐぁ……!」



 身体にへばりつくスライムのようなものに抑えつけられて身動きが取れない。

 確かあいつは流動護謨(リキッドラテックス)とか言ってたっけ? 名前なんてどうでもいいけど。


 いつの間にか人間態に戻っている。マズい。

 私はクラゲの怪人だから水中でも呼吸ができる。でもそれは怪人態に限った話。

 人間態の今、私は顔を覆われたら窒息してしまう!



「ぎ、ぎたふぃ、かふぃ……びょ……!」



 再び怪人態に変化しようとするけど、姿が変わらない。

 これがショゴスフォームの力?



《----Complete LÆVATEINN GENESIS FORM----》



 レイバックルのシステム音声が聞こえた。

 レヴァンテインがゲネシスフォームにフォームチェンジしたんだ。でもこの纏わりついた流動護謨(リキッドラテックス)の拘束が解ける気配がない。


 首筋にヒヤリとした感覚。流動護謨(リキッドラテックス)に顔を覆われているから何も見えないけど、おそらくあの黒い剣を当てられているのだろう。



「さよな……カル……」



 嫌だ。こんなところで、こんな死に方するなんて絶対に嫌!

 誰か助けて! ゼドリー様! アテナ!


 ギュッと目をつむって恐怖に耐える。

 しかし、いつまで経っても痛みがやってこない。


 なんで? 気が変わって助けてくれるの? それとも窒息でじわじわと殺す気?


 その直後に、どちらでもないことが判明する。



《----Form Release----》



 聞きなれた電子音声が聞こえてきた。これは確か、レヴァンテインの変身解除音声? でもなんで……?


 その直後、私の身体を締め付けていた流動護謨(リキッドラテックス)の動きが緩み、動けるようになった。

 いや、緩んだというか、完全に拘束が解除されたみたい。護謨(ゴム)っていうより水みたいにさらさらと溶け始める。



「……ブハァッ! ハァ、ハァ……死ぬかと思った……」



 顔の流動護謨(リキッドラテックス)も剥がれ落ちて周囲の状況も確認できるようになった。

 目の前にレヴァンテインの姿が見えない。逃げた? あの状況から?


 いや、違う。足元だ。

 床に視線を向けると浩太がうつ伏せで倒れていた。変身はすでに解除されている。



「なんなのよ一体……」



 私と浩太以外が争った形跡はない。

 ソードフィッシュが助けに来たと言うわけでもないようだ。ってことは浩太が勝手に倒れたってこと?



「あ、もしかして」



 一つだけ心当たりがある。

 倒れた浩太が起きないように、そっと顔を覗き込んだ。

 ああ、やっぱり思った通りだ。浩太は今毒に侵されている。


 血の気が引いて真っ青になった頬に脂汗がにじみ出ている。

 意識は失っているものの、荒い呼吸が絶えない。


 おそらく、ミスト・モスの鱗粉を吸ったんでしょう。

 服装が以前と変わっていない。毒耐性の魔防具も無しでここまで来たんだわ。



「バカね……やっぱり劣等種は詰めが甘いわ」



 右手を浩太の背中に当てる。

 このまま電撃を流して心臓を止めてしまえば私の勝ちだ。



「形勢逆転ね」



 あんなチートフォームを持ち出されたときはどうなってしまうかと思ったけど、案外あっけない幕引きだった。

 これで、長らくバイヤードの脅威であったレヴァンテインともお別れね。



――俺の妹はお前に食い殺されたんだよッ!



 頭の中に浩太の声が反響する。

 あれはいったいどういう意味だったんだろう。


 私は、誤魔化しているわけでも忘れているわけでもなく、本当に東条ミカ以外の人間を食べたことがないのだ。

 だけど浩太のあの剣幕を見る限り、あっちが嘘を言ってるとは考えにくい。

 だとすれば浩太の勘違い? そもそも何を根拠に私が浩太の妹を食べたなんて言ったのかしら?



「ま、どうでもいっか」



 私が劣等種を一人食べていようと食べてなかろうと、そんなこと大した問題じゃない。

 今朝みた夢のせいで少し動揺しているのかな。


 頭を切り替えて、右手に稲妻を集中させる。

 私はバイヤード四天王のリカルメ。ゼドリー様に仇なす者は排除しなければいけない。

 右手に十分な電気を蓄積した。あとはこれを流すだけ。

 さあ、死になさい浩太。


 浩太にトドメを刺そうとしたその時である。

 ガタ、と後ろから物音が聞こえた。

 続いて足音。だんだんこちらに近づいている。



「誰!?」



 右手に溜めていた稲妻を方向転換して背後に放つ。

 こちらに近づいてきた人影に命中した。


 はずなのだが、その人影は私の稲妻を意にも介さず、そのままこちらに突進してくる。

 その人影は右手に三叉槍(トライデント)左手には荘厳な盾を持っていた。


 そうだ、忘れていた。

 私はこのガキを追ってこの部屋まで来ていたことを……!



「ハァァァッ!」



 パラスが私めがけて三叉槍(トライデント)を突き出す。

 人間態のままアレを食らうのはマズい。擬態解除しないと!



「擬態解除!」



 しかし、私の全身を覆うほどの稲妻は放出されず、人間態のまま姿を変えることが出来ない。

 嘘……! まさかショゴスの能力の影響がまだ……!


 瞬間、お腹に異物感を覚える。

 なにが起きたかなんて直接見なくても分かる。

 パラスについた返り血が何もかも物語っている。



「な、……ガハッ、なんで、私の稲妻が、レヴァンテインならまだしも、ただの人間のあんたなんかに……!」


「……これこそ、兄さんが盗んでしまった勇者の神器。その名も守護の左手(イージス)。装備した者に降りかかる脅威をすべて無力化する盾ッス」



 そういえば、ここに来る途中に話をしていた気がする。

 100年前に世界を救った四人の勇者。そのうちの一人矛盾の勇者(パラドクスブレイブ)が使っていたという伝説の盾。



「まさか、……これを探すためにこの部屋に逃げ込んだってこと……!?」


「そうッス。パラスにとって、矛盾の勇者(パラドクスブレイブ)は憧れの存在だったからできれば復讐(こんなこと)には使いたくなかったッスけど、悪魔族(バイヤード)を相手にそうも言ってられないッス」



 なんなのよどいつもこいつも……! 私の雷をポンポン無力化して!

 パラスは懐から茶色の宝玉を取り出し、三叉槍(トライデント)に嵌めた。そして扉の外まで出て行った。



「イヌイコータまで来たのは都合がよかったッス。これでもう終わりにできるッス」


「ちょ、待った!」



 パラスを止めようとするが、刺された痛みで動けない。

 パラスが小声でなにかを呟きながら壁に三叉槍(トライデント)を突き刺すとガラガラと音を立てて壁が崩れ始めた。


 この部屋に扉は一つしかない。その付近の空間は瓦礫で埋もれてしまった。

 怪人態にもなれない。ショゴスの影響が残っているのもそうだけど、人間態でここまでダメージを受けてしまっては擬態解除にエネルギーを回すことができない。



「痛い……痛いよ……アテナぁ……!」



 こんな時、アテナがそばにいてくれたら優しい笑顔で傷を癒してくれるのに。

 いまここにいるのは毒で死にかけている浩太だけ。ああ、もう絶望的だ。


 刺されたお腹が痛すぎて稲妻を練ることにも集中できない。こんな弱ってる浩太にトドメを刺すこともできないなんて……。

 レヴァンテインとリカルメ・バイヤードの決着はいつ着くのかしら。



――これはお守り。この先の旅できっとリカを助けてくれるよ。



 あ、そうだ。

 ふと、別れ際のアテナの言葉を思い出す。私は肌身離さず身に着けていたお守りの袋を取り出した。


 痛みを堪えながら、ゆっくりと袋を開ける。中に入っていたのは粉薬だ。

 それも、ただの薬じゃない。治癒の魔力が込められた万能薬。

 一袋あれば、瀕死の人間も完全回復するだけの治癒力が込められている。



「アテナ……!」



 ああ、やっぱりアテナは私の女神様だ。

 そばに居なくても、ピンチの私を助けてくれる。



「私、絶対生き延びる! この世界をゼドリー様と征服して、アテナの住みやすい世界に作り変えてあげるから!」



 その時だった。

 廊下の方からまたガラガラと音が聞こえてくる。

 あのガキ、私たちを本格的に生き埋めにするつもりだ。きっと廊下も瓦礫で埋もれている。そうなってしまったら怪人態に戻れたとしても脱出する術がない。


 そんな、せっかく助かるかと思っていたのに。なんで……!


 ズキズキと痛みが増していく。

 そうだ。薬を飲まないと。

 どっちにせよ、このままでは死んでしまう。


 少しでも、生き残れる方に。



「……りか」



 背後から声が聞こえて思わず飛び上がった。反動でどろりと血が流れ出る。

 声の主は浩太だ。この部屋には私と浩太しかいないので当たり前のことではあるが。

 意識が戻って私に襲い掛かろうとしていたのかと思ったけど、どうやらうわ言を呟いているだけみたい。



「……りか。霧果……ごめんな……」



 霧果、浩太の妹の名前。

 紛らわしい名前よ。まったく。

 あんたなんかさっさと妹のところに行っちゃえばいいのよ。



 ――お前のことはなにがあっても俺が護るよ。だから、お前もずっと俺の味方でいてほしい。



 ……なんで今、あの時の言葉を思い出すのよ。

 あいつのことを可哀想だと思ったのはあの時だけよ。今の私に、こいつを憐れむ気持ちなんか微塵も……。



「き、りか……」


「……あー、もう! 今回だけよ!」



 私はアテナからもらった粉薬の半分を自分で飲み、残り半分を浩太の口に流し込んだ。

今年最後の投稿です。

皆様よいお年を。

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