第15話 賞金稼ぎ
「そいつの首には200万ゴルドの報奨金がかかってるのに……。さてはお前らも賞金稼ぎだな!?」
剣を携えた褐色の青年はハイエナのような目つきで俺たちを睨んでいる。
賞金稼ぎ。彼は今そう言った。
「ちょっと落ち着いてくれ。俺たちはただ盗人を捕まえる手伝いを――」
「200万ゴルド!? ラッキー! これでしばらくごはんには困らないわ。早く換金しに行きましょ浩太!」
「おいこら」
金に困っているのは事実だが、これじゃあなんか横取りしたみたいで悪いじゃないか。
だいたいどうやって換金するのか知ってんのかこいつ。
「クッソー! ミズガルド最強の賞金稼ぎナーゴ様が賞金首を逃すなんて! 仕方ない、次の首をあたるか!」
ナーゴと名乗った青年は俺たちに賞金首を譲るようにして路地裏を立ち去ろうとした。
意外と諦めがいいと言うか、潔いというか。
しかし、気絶した盗賊を放置したまま立ち去られても正直困る。こいつが罪人ならその辺に寝かせておくわけにもいかないし、かと言ってこの世界の110番通報の仕方もわからない。
「おい待ってくれナゴさん!」
「ナーゴだ! なんだよ。情けならいらん。そいつはそのお嬢ちゃんが捕まえた。だから賞金はお前らのものだ」
「やったー!」
リカが無邪気に飛び跳ね喜ぶ。しかし知ったことじゃない。こいつは無視しよう。
「いや、あんたがここまで賊を追い詰めなければリカもこいつを捕らえることはできなかった。だからここは賞金を半分ずつにわけないか?」
「なんだと?」
「え! ちょっと! 何考えてるのよ浩太! せっかくの大金をふいにする気!? ていうか私が捕まえたんだから私のものよ! このイケメンにも浩太にも渡さないわ!」
一応考えはあるんだから黙っててくれ。
「今こいつが言ったように、この首の所有権は俺たちにある」
「私だけによ! なにおこぼれにあずかろうとしてるのよ!」
「……だから賞金を分けるにあたって一つ条件を呑んでもらいたい」
「あ、なるほど! ここでえげつない条件ふっかけて、200万ゴルド以上のなにかをふんだくるつもりね! やるじゃないの浩太! ヒュー、極悪人!」
「もう、ほんと、黙れ」
えげつない条件なんかふっかけねえよ。正義の味方だぞ俺。
「一応、その条件とやらを聞いておこうじゃねえか」
リカが余計な口挟んだせいで逃げられちゃうかと思ったが、ちゃんと俺の話を聞いててくれたらしい。
俺はナーゴにある条件を提示した。
「俺たちを賞金稼ぎにしてくれ」
◇
賞金稼ぎ同士で集まり、情報の共有や、一時的なパーティを組むため仲間を募れる場所が各地に存在する。人はその場所のことをギルドと呼んでいた。
俺とリカはナーゴに案内されて近場のギルドに足を運んだ。
「しっかし、あんたら無一文でアタトス村からウルズの泉に行こうとか頭どうかしてるぜ。こっから馬車使っても半月くらいかかるってのによぉ」
「まったくよ、こんな無計画な男だとは思わなかったわ」
「いや、お前も人のこと言えねえだろ」
金が無いにも関わらず初日の夜で宿に泊まったのはどこのどいつだ。
心の中で悪態をつきながら換金所へと向かう。
建物にある換金所は主に三つある。
希少植物や鉱物、魔物から剥ぎ取った素材などを鑑定する鑑定室。
捜索依頼を出された行方不明者の身柄を預かる保護室。
そして賞金の懸けられた悪党を引き渡すための留置室だ。
留置室に賞金首を持っていく場合はあらかじめ厳重に拘束しておくか、殺しておく必要があるそうなの だが、生け捕りでない場合は報奨金の額が落ちる可能性があるとのことで、ナーゴが持っていた手錠を貸してもらい拘束することにした。
ギルドの中央には巨大な掲示板があり、そこには指名手配書や依頼書などが所狭しと貼られている。
「しかし、賞金稼ぎって仕事も楽じゃないぜ? 依頼は他のハンターと奪い合い、雑務をこなさなきゃいけない時もある。依頼内容によっては命を落とすことも視野に入れなきゃいけない。俺みたいに本業でやってるやつはわずかで、大概のハンターは副業、小遣い稼ぎでやってるやつがほとんどだ」
「むしろ天職だな。今まで強大な悪は何人も倒してきた。その上金も入るんなら言うことなしだ」
「ちまちました事務職より断然いいわ。食前の運動にはピッタリね」
「そいつは頼もしいな! 200万の首を狩った奴らは言うことが違うぜ! ハッハッハ!」
バシバシとナーゴが俺とリカの肩を叩く。痛い。
「そういえば報奨金200万ゴルドって言ってたけど、この男そんなにヤバいやつなのか?」
リカの雷撃で伸びている男を見る。
身に纏うのは薄汚れた服。手に持っていたのは果物ナイフのような小さき刃物。バベルの奴隷ほどではないが、飢えでやせ細った身体つき。
一見ではそこまで危険な男には思えない。
「ボタン=トリトンとか言う名前らしいが、詳しいことはオレも知らん。盗賊であることは間違いねえから、なにかヤベーブツでも盗っちまったんじゃねえか?」
「そんな適当な……こいつの首狙ってたんじゃないのか?」
「首を組合に引き渡せば金が手に入る、それだけだ。余計なことは考えなくていいんだよ。ほら、留置室はあの扉の先だ」
ナーゴが指さす扉に向かい多くの賞金首が運ばれている。
俺たちが捕まえたボタンのように拘束された者、全身から血を流しながら罵声を上げる、すでに息を引き取っている者。
そんな賞金首たちが物のようにズルズルと引き摺られている絵面は見ていて気持ちのいいものじゃない。
奴らが裁かれるべき悪党であることが唯一の救いだ。もしあれが賞金首じゃなくてバベル族のような罪のないの奴隷だったら良心を抑えきれずにレヴァンテインの力で暴れまわっていたところだろう。
でも、あれくらいのことなら俺もバイヤード相手によくやっていた気がするな。どこの世界でも悪は報いを受けるものか。
留置室に入ると賞金稼ぎの他にも何人か人がいた。
皆同じ鎧を身に纏い、同じ剣を持ち整列している。騎士だ。
さすがに報奨金が掛かるほどの犯罪者を民間に丸投げはしないのか。
ギルドというのは国と深いつながりを持っているらしい。
「おい、こいつを引き取ってくれ。手配書にあったボタン=トリトンだ」
「かしこまりました。本人確認ができ次第、報奨金をご用意いたしますのでお待ちください」
騎士二人がボタンを抱えて奥の部屋へと入っていく。
そのまましばらく待っているとナーゴが受付に呼び出された。俺とリカもそれについていく。
「お待たせ致しました。あの男がボタン=トリトン本人である確認が取れました。また、生きた状態での捕縛になりますので報奨金は全額のお渡しになります」
ドン、と机の上に金貨の詰まった麻袋が置かれる。
アニメや映画でこういうのを見るとワクワクしたものだが、実際に現物を見せられると持ち帰りの際の苦労を想像させられる。
紙幣という発明の偉大さが身に染みるぜ。
「ねえ浩太、私の電撃でナーゴを気絶させるからお金持ってトンズラしましょう?」
「それやったら残りのバッテリー全部使ってお前を討伐するからな」
「ぐぬぬ……」
こいつの小悪党みたいな性格はなんとかならないものだろうか。
アテナの前ではいい子ぶってたしアテナを旅に誘えばよかった、と今更後悔。
「いやぁ、久々の大儲けだぜ! 分け前は半分でよかったんだよな? 今さら三等分にしてくれって言っても遅いぜ?」
「ああ、賞金稼ぎのノウハウを教えてもらうんだ。そのレクチャー代だと思ってくれ」
「私の手柄……私のお金……」
「そうか、じゃあ宿屋に移動しよう。一階の飯屋のほうが話も弾むしな」
「え、ごはん!? やったー! 早く行きましょ!」
現金な奴だこいつも。
一日ぶりの飯にありつけるとわかった途端手のひらを返すようにご機嫌になる。
まあ俺も腹は減っていたから気持ちはわからんでもない。
腹の音を鳴らしながら俺たちは宿屋にたどり着いた。夕飯時ということもあって一階の酒場は繁盛している。
席に座った俺たちは料理の注文をすることにした。
しかし、文字が読めない……。どれがどんな料理なのかもサッパリだ。
「オレはミソニサーバを一つ。アンタらは?」
アテナに振舞ってもらった料理……あれは何て名前なんだ? シチューっぽい味だったしシチューって言えば通じるだろうか? そもそも中世時代にシチューなんてあったっけ? いやいや、ここは中世ヨーロッパっぽい見た目ってだけで死後の世界だ。時代を深読みしても意味ないだろう。いやしかし、風景が中世っぽいのに食事だけ中世じゃないなんてことあるか? パンとスープって単語はこの世界に来てからも何度か聞いたことがある。よし、それで行こう。……でも周りでパンとスープで済ませている人あんまりいないな。この辺だとそこまで一般的な料理じゃないのかな? あー、もう! なんで料理一つでここまで悩まなければいけないんだ!
きっと、リカも同じく悩んでいるに違いない。そう思って隣のリカに目を向けた。
しかし、リカはメニューに目を向けずに注文をする。
「マルポトフってありますか?」
「はい、ありますよ」
「じゃあそれで」
なん……だと……。
そうか、仮にもこいつは半年以上この世界で暮らしているんだ。文字は読めなくても料理の名前くらいは知っている、そういうことか。
「ほら、早く注文しなさいよ。おなか空いてんのよ」
「……こいつと同じので」
おとなしくリカと同じ料理を注文した。なんだか初めてこいつに負けた気分だ。
「さて、賞金稼ぎについてだったな。どこから教えればいい? ギルドへの登録くらいはもう済んでいるんだよな?」
「いや、それもまだだ。さっきも言った通りアタトス村から出てここに来るまでに金を使い果たしたから食いぶちに困っていたところだ」
「おいおい、登録もまだなのに町中で雷ぶっ放してたのか!? 下手すりゃあんたらが賞金首になるところだったぞ」
「俺ら、じゃなくてこいつだけな」
リカを指さす。
「え、私? っていうかあいつ盗賊だったんでしょ? なんで攻撃しちゃだめなのよ。ギルドの中には殺してるやつらだっていたじゃない」
「あいつら、っていうかオレら賞金稼ぎはギルドに登録して資格を持っている。最悪人をを殺しちまってもその相手が賞金首だったら無罪放免ってわけだ。まあ少しの金と簡単な審査をクリアすれば資格は楽に手に入る。ちょうど明日審査の日だから二人とも受けて来いよ」
「審査?」
「そう身構えるなよ。難しいことじゃない。戦闘能力の有無、バベル族でないことの証明。そして、バイヤードでないことの証明、以上だ」
ブーッ、とリカが綺麗に水を吹いた。飛沫が広がり、照明の光と合わさり虹ができた。
そういえばこの照明の光源はなんなんだろう?
電球のように見えなくもないが、これも魔法の類なんだろうか?
それとも科学は意外にも発展していて、元の世界と同じく電気を使ったものが増えているのだろうか?
俺が考え事にふけっているとナーゴがリカを心配するように駆け寄った。
「ど、どうしたんだリカちゃん。なんか変なものでも入ってたか?」
「ゲホッゲホッ……気管に水が入っただけよ気にしないで」
リカがテーブルについた飛沫をふき取っているとカウンターから料理が運ばれてきた。
三つの大きな皿をウェイターは同時に運んできた。右手にナーゴのミソニサーバ、左手と腕には俺とリカのマルポトフ。器用なものだ。
「ごゆっくりどうぞ」
マルポトフ、一体どんな料理なのかと思えば普通にポトフだなこれは。ただ、ソーセージや野菜が丸い。そしてデカい。今の空きっ腹には丁度いい。
ナーゴは自分の料理にいたただきますも言わずにがっつき始める。
いや、そう言えばアテナもいただきますやごちそうさまを言ってなかったな。この世界にはそういう風習は無いのかもしれない。
「きたきた! ミソニサーバ! くぅ~、うめえ!」
「ふむふむ、元の世界のとはちょっと味付けが違うが旨いな」
「…………」
ふと隣を見ると、リカが料理に手を付けずにうなだれている。あんなにおなかすいたおなかすいたと喚いていたのにどうしたというんだ?
まさかアテナの手料理じゃないと嫌だ、とか駄々こねる気じゃないだろうな? そこまで面倒見る気はないぞ。
「どうした? いらないんだったら俺がもらうぞ」
「た、食べるわよ! いただきます!」
「?」
食前の挨拶にナーゴが一瞬不思議そうな顔をする。やはりこの世界にいただきますの習慣は無いようだ。
◇
食事を終え、二階の宿へ向かう。
ナーゴが受付をしてくれるらしく、俺とリカは近くのベンチに座って待っていた。
「ね、ねえ浩太」
リカが話しかけてきた。額から汗をダラダラ流している。
「明日の審査どうするの!? このままじゃマズイわよ!」
「ああ、まあ確かにこのままだとバレちまうな」
「そうよ、いったいどんな方法で審査をするのか探らなきゃ……」
「まあでも、俺がレヴァンテインであることを隠さなきゃいけないのは元の世界での話だし、明日の戦闘能力審査は普通に変身して乗り切ればいいさ」
「じゃなくて! バイヤード審査のほうよ! 今さら誰があんたの正体バレなんか気にするか!」
酷い言われようだ。変身ヒーローに取って正体バレって結構デリケートな問題なのに。
「嫌ならとっとと別の仕事探せばいいじゃないか。言っとくがお前の飯代まで稼ぐ気はないぞ、自分の金は自分で稼げ」
「な、なんであんたそんな急に冷たくなってるのよ。一時的とはいえ、ウルズの泉までは協力する約束でしょ!?」
なんで、か。そんなこと言われなくてもわかっているだろうに。
どれだけ馴れ合ったところで俺とこいつはヒーローと怪人。いずれは殺し合う運命だ。
それに、こいつは俺の妹、霧果の仇。
いずれその重すぎる罪に罰を与えるために生かしているだけで、こいつ自身に情をかけたことなんて一度も……いやアタトス村では何を血迷ったのか一度だけ情で動いてしまったっけ。
とにかく今はこいつに対する情なんて一つもない!
昼間あんな夢を見たせいかな。心の奥底に閉じ込めておいたリカルメ・バイヤードに対する恨みが沸々と蘇ってきている。
だが、それをぶつけるのは今じゃない。
この世界に散らばったエーテルディスクを回収して俺自身に余裕が生まれてからにするべきだ。ゲネシスとガンドルだけではこいつと互角か、ちょっと上程度だ。
だから今は我慢、ガマンだ。
「ねえちょっと、聞いてるの?」
「聞いてるよ。だいたいその協力っていうのはバッテリーの充電とお前の護衛のことであって、生活面で協力するなんて話はしてないだろ」
「それはそうだけど……じゃあ私はこれからどうすればいいのよ! あんたその辺のやつから盗むのもダメだっていうんでしょ!?」
「当たり前だろ。ていうかお前の分け前だけでも50万ゴルドあるのになにを焦っているんだ」
「50万ゴルドじゃアタトス村に仕送りするだけでほとんど使っちゃうわよ……アテナに、村長のおじいちゃんに、それから……」
……やめろ。実はいい奴アピールやめろ。ヒーローはそういうのに弱いんだよ。
お前のことを怪人と割り切って見ることが難しくなるじゃねえか。
と、俺が頭を抱えているとナーゴがこちらに戻ってきた。
「おーい、部屋取ってきたぞ。二人部屋と一人部屋ちょうど一室ずつ空きがあった」
「ありがとう、部屋代はいくらだ?」
「二人部屋の半額だから……500ゴルドだ。結構安いだろ? ここ」
相場がわからないので安いのかどうかはわからないが、貯蓄がない俺達には結構痛手だ。今日は流れで宿までついてきてしまったが、やはり明日からは変身して寝ることにしよう。
俺は金貨を漁り500ゴルドを手渡した。
金額を確かめるとナーゴは金を懐にしまい、次はリカに請求を始める。
「じゃ、リカちゃんも500ゴルドよろしくな!」
「え? 一人部屋も500ゴルドなのか?」
「何言ってるんだ、一人部屋はオレの部屋。イヌイコータとリカちゃんで二人部屋だろ?」
「「……えぇ!?」」
っていうかここでも俺イヌイコータ呼びかよ。
なんでサバの味噌煮とポトフなのか。
料理といえばカブトなので、そこから引っ張ってきました。





