第14話 ヒーローが最初から必殺技を使わない理由
前回までのあらすじ。
世界征服を目論む悪の怪人バイヤード。
その元締めである首領ゼドリーと相打ちになったレヴァンテインこと俺、戌亥浩太はなんと異世界に転移してしまう!
そこで出会ったエルフの少女、アテナ。
そして過去に倒したはずの幹部バイヤードのリカルメと共に、アタトス村を襲撃した三体の山賊バイヤードを殲滅したのであった。
しかし、一部の村人たちに怪人の恐怖を与えてしまったリカルメは村を出ることを決意した。
「じゃあいってきます、アテナ。私たちずっと親友だよ!」
「うん、いってらっしゃい。帰り、待ってるから」
利害の一致からウルズの泉まで旅路を共にすることにった俺とリカ。
リカがいないと変身できない変身ヒーローレヴァンテイン。
一人ではこの異世界を生き残ることが出来ない最弱幹部怪人リカルメ。
相容れない俺たちがまず最初に向かうのはゴアクリート王国。
俺たちの旅は、今、ここから始まる!
◇
「終わりよ……私たちの旅はここで終わりよぉーッ!」
リカが地面に仰向けに倒れ叫んだ。周囲の人たちからの視線が痛い。
ここはアタトス村から半日ほど歩いた場所に存在する町、ダルトス。
「おい、起きろリカ。道の真ん中に寝ころぶんじゃない。通行人にご迷惑だろーが」
「うるさいわね! 劣等種どもなんかに配る気なんて持ち合わせてないわよ! せいぜいメーワクすればいいのよー!」
まいったな。昨日からずっとこんな調子だ。
なぜリカがここまでわがままになっているかというと、まあ、一言で言うなら金がないからである。
当然だが、俺が元いた世界で使っていた通貨日本円はこの異世界で使うことができない。
そして、唐突な旅立ちだったため、この異世界に半年以上住まうリカルメも小遣い程度のお金しか持っていなかった。
その僅かなお金、ゴルドもリカは一昨日の宿代で使い切ってしまった。つまり、俺たちは今無一文である。
飯も食えず、宿にも入れず、正直途方に暮れている。
このままじゃゼドリーを見つけるどころか、王都に着く前に飢え死にしてしまう。
「とりあえず旅を再開する前に仕事を探すぞ。先立つものがないとこの先大変だ」
俺は倒れたまま動かないリカの身体をを背後から抱えて引きずる。バタバタと抵抗し始めるが無視だ無視。
「ちょ! どこ触ってんのよ変態! はーなーせー!」
「わきに手を通したくらいでギャーギャー騒ぐな。肩とか腕の付け根以外触れてないだろ」
「そもそも昨日からお風呂入ってないから近づかれること自体いやなの! どうせ私のわきの匂いを嗅いで興奮してるんでしょ! ドン引きよ!」
「お前のその発想にドン引きだよ。前にも言ったけどバイヤードのお前には何があっても興奮しないから安心しろ」
道行く人たちの視線がさらに痛くなる。
道を塞ぐリカへの嫌悪だろうか、変態疑惑のかかった俺への拒絶だろうか。たぶんどっちもだな。
とりあえず道の端っこまで移動したところでリカもおとなしくなった。こいつも腹が減っているのだろう。
「間違っても食人衝動とか出すなよ。そうなったら俺はお前を討伐しなけりゃならなくなる」
「バイヤードにあるのは殺人衝動と破壊衝動よ……。人を食べるのは人間に擬態する時だけ。どちらにせよ幹部クラスのバイヤードは衝動を完全に制御できてるから安心しなさい」
だったらいいんだけどなぁ。
まあ半年もアタトス村で人を殺さずに過ごせていたなら大丈夫か。
「だいたい、仕事探すって言っても何をするのよ? 私たち身元も不確かだし文字も読めないのよ? どこのバカがそんな奴雇ってくれるっていうのよ」
「確かに事務職は絶望的だな……。じゃあ力仕事はどうだ? 荷物運びとか農業とか!」
「ここはそこそこ裕福な町だから、そういうのは奴隷の仕事ね。ほら、アレ見て」
リカが指さす先に目を向けると、大きな鉄仮面を被った二人の人間が重そうな木箱を運んでいた。
鉄仮面で顔が完全に覆われているので性別、年齢などはわからない。そして服はかなりボロボロであちこちから肌が露出している。首輪のようなものをつけられているように見えたが、よく見るとあれはタトゥーだ。首に奇怪なタトゥーが彫り込まれている。
実はこの町に入った時から何人かこういう人物を見かけていたが、まさか奴隷だったとは。
「アレが……いや、あの人たちがバベル族ってやつか?」
「そうよ。かつて塔を建設し、人の身でありながら神に歯向かった愚かな種族。その天罰として、私たちですら使える統一言語を奪われた哀れな種族よ。私も見るのは初めてだけど、案外静かなものね。言葉をしゃべれないっていうからもっと獣みたいに鳴きわめいてるのだと思ってたけど」
「あの鉄仮面が原因かもしれない。中に口枷が仕込まれているとか」
バベル族はふらつきながら木箱を運ぶが、やがて先頭の一人がバランスを崩して転んでしまう。
「ウ、ウゥッ……」
前方の支えが無くなったことで後方のバベル族も木箱を手放してしまい、木箱は地面に落ちた。
大きな音が周囲に響き、周囲の人々の視線が俺たちからバベル族に移った。
「おいおい、大丈夫か?」
俺はこけた方のバベル族に駆け寄り、声をかけた。
バベル族は肌色も悪く、ひどくやせ細っていた。ろくな食事を摂っていないのだろう。転んだ際にあちこち擦り剥いたらしく、手足から血が出ている。
いや、それだけじゃない。服から露出した肌には赤い蚯蚓腫れがいくつかある。きっと鞭の痕だ。アテナがいれば治癒魔法をお願いできたものだが、俺には目の前のバベル族が起き上がれるよう手を差し伸べるので精いっぱいだった。
「ェア……ォ」
しかしバベル族は俺を無視して木箱を持ち上げる。後ろの人物も同様に、ピッタリと息の合った動きで。
「無理するなよ。そんな身体じゃまた落っことしちまうぞ」
「イァ、ウ」
「あ、そうだ。言葉が通じてないんだったな……っておい! だからまた転ぶって!」
バベル族は再び木箱を持って歩き出す。
なんだか妙だな。言葉が通じないっていうよりは、俺の言葉が聞こえていないようにも見える。
それにあんなに怪我をしているにも関わらず立ち直りが早すぎる。痛みには慣れっこってことなのか?
「そうだ! 俺もその仕事手伝おう! おーい! ……っておい、なにをするリカ。その手を離せ」
バベル族を追いかけようとしたその時、空腹でぐったりしていたはずのリカに首根っこを掴まれた。
「正義の味方ごっこはそのへんにして、ちょっとは周りも見なさい」
ごっこじゃなくて俺は本物の正義だ! と言おうとして、俺は周りの視線の変化に気づいた。
元々リカの奇行が集めた視線だが、今は俺の行為に注目を集めているらしい。
奴隷を助けるなんて物好きな奴だと思われているのだろうか、弱者にすり寄る偽善者だと思われているのだろうか、それともただのイカれ野郎だと思われているのだろうか。
関係ない。正義なんて、人の目を気にしてできることじゃない。
「俺の人助けを邪魔するなんて、ちょっとは幹部怪人らしさが残ってるじゃないか。だけどな、俺の正義を止めるにはまだまだ弱いぜ!」
リカの手を振り払い、俺は再びバベル族の向かった方向へ走る。
「はぁ、どっちが迷惑よ。まったく」
バチッ、と音が聞こえたかと思うと、身体が動かなくなった。
視界に一瞬紅い光が見えた。リカの稲妻か。
「てめぇ、俺が起きたら覚え、と、けよ……」
「あら怖い。じゃあ変身できないようにエーテルディスクを没収しとかなきゃ。なーんてね」
その言葉を最後に俺の意識は途絶えた。
やっぱりこの化け物とは、気が合わねえ。
◇
俺には四つ下の妹がいた。
名前を戌亥霧果という。
霧果は生意気な性格の持ち主で、しょっちゅう兄妹喧嘩で家を賑やかしたものだ。
喧嘩中は憎たらしい妹といった感じだが、別段仲が悪いわけでもなかった。普段から会話もするし、漫画の貸し借りもよくしていたし、誕生日にはお互いプレゼントを買ってくる。普通の兄妹だった。
だが、ある時。俺がレヴァンテインなるよりも前の話。霧果は家に帰ってこなくなった。
霧果は友達の多い子だからどうせ誰かの家に泊まっているのだろう。そう思っていたのだが、いつまで経っても霧果からの連絡が来ない。
不安に駆られた母は妹の通う高校、友人、警察に連絡を取った。俺と親父は手分けして町中を探し回った。
しかし、収穫はゼロ。なんの足跡も見つからないまま、霧果はその日から行方不明になった。
よく考えたら、今の俺も死んでいるってことは、今あの家には母さんと親父の二人だけなのかな?
とんだ親不孝兄妹だな、俺たちは。
◇
「君の妹ちゃん、行方不明なんだってな」
「え? なんでそれを」
それは俺が元の世界でリカルメ・バイヤードを倒してから一か月ほど経ったある日のこと。
俺の通っていた大学の地下にある、レヴァンテインのラボでの話。
ユリ博士が唐突にそんなことを言うものだから俺は面を喰らってしまった。
「一年前、戌亥霧果という少女が失踪した事件はニュースで話題になったからな。戌亥、なんて名字そうそう在るものじゃない」
「……ああ、今でもずっと探してるよ。バイヤードから救った人たちに聞き込みしたりしてな。ダメだったか?」
「いや、別に問題はないさ。……もうその必要もないだろうからな」
「どういうことだ?」
ユリ博士は懐から写真を一枚取り出し俺に見せてきた。とても見覚えのある顔だった。
「リカルメ? こいつがどうかしたのかユリ博士?」
「ドクターリリィと呼べ。厳密には、この少女はリカルメではなく、その擬態元である東条ミカという少女の写真だ」
リカルメはこの地下ラボに潜入するため、俺の妹の通う高校の生徒に擬態していた。
オープンキャンパスの日に俺に接触し、東条ミカに擬態したリカルメはこう言ってきた。
――私の名前はリカって言います。お願い助けて! 怪物に狙われているの!
リカルメは自分の部下にリカを襲わせることで、危険な目に遭っているか弱い女の子を演出した。
俺もユリ博士もすっかりその演技に騙されて、リカを安全な場所、すなわちこの地下研究室へと匿ったのだ。
それから、リカルメの潜入作戦が始まった。
半月ほど、このラボで暮らしたリカルメは俺たちの目を盗んではレヴァンテインのシステムを調べていたのだろう。
まあ結局ユリ博士が正体を見破って、俺がディメンションバニッシュで葬り、リカルメ事件は一件落着したのだが。
「リカルメが盗み出した情報がどこかに漏れていないか調べている最中に、たまたまリカルメの擬態元の素性も知ってしまったのさ。この東条ミカという少女がリカルメに殺されたのはつい最近のことらしい」
ユリ博士がもう一枚写真を取り出す。それをゆっくりと俺に差し出してきた。
「そしてこれが、東条ミカに擬態する前のリカルメだ」
「……は?」
その写真に写っていたリカルメを見て俺は言葉を失った。
いや、あり得ないだろ。
だって、こいつは、この姿は。
「霧……果……?」
栗色のロングヘア、少し長めのまつ毛、そして俺が誕生日プレゼントに買ったヘアアクセサリー。
だけど、そこに写っているのは俺の知らない霧果だった。
霧果の足元には人間の死体が転がっている。
血に塗れながらこんな邪悪な笑みを浮かべるこんな霧果を俺は知らない。
「そうだ。リカルメ・バイヤードはかつて戌亥霧果に擬態していた。この意味はわかるな?」
「…………」
嫌というほどよくわかる。
この時の俺はレヴァンテインになってからまだ三ヵ月ほどしか経っていなかったが、バイヤードが人間に擬態する瞬間を何度も見ている。
奴らは醜い怪人態から人間に姿を変えるため、人間の遺伝子を体内に取り込む。
つまり、人間を食べることで、その人間に成り代わるのだ。
霧果はリカルメに擬態された。
霧果は、リカルメに、食い殺された。
「……ッ!」
「今のことは君がレヴァンテインだから話した。残酷かもしれないが、ご両親には内密にしておくこと。バイヤードにはなるべく関わらせない方がいい」
「俺が……もっと早くリカルメを殺していたら、救えたのか?」
「わからない。君の妹ちゃんがリカルメに喰われた時期は定かじゃないからな」
「じゃあ! 俺がッ、霧果がいなくなる前から、レヴァンテインだったら!」
「戌亥君」
ピシャリ、と言葉を遮られ我に返る。
いつの間にか握りしめていた拳を開くと、そこにはぐちゃぐちゃに潰れた霧果の写真があった。
いや、霧果の姿をしたリカルメ、か。
「……悪い」
「いや、取り乱すのも無理はない。今日は帰って休みたまえ。午後の講義は特別に公欠扱いにしてやる」
俺はやり場のない怒りに震えていた。
なぜ俺はリカルメをあんな簡単に倒してしまったのだろう。
なぜリカルメは俺の妹に詫びの一つも入れずに死んでしまったのだろう。
今、目の前にリカルメが現れたら、俺は奴をどうするかわからない。
きっと無残にじっくり痛めつけて妹に懺悔させ続ける。
あれからレヴァンテインもパワーアップした。
リカルメ程度のザコ幹部なら余裕をもって嬲り殺しにできるだろう。
それからの俺は、必殺技を当てる前に、なるべくバイヤードを痛めつけてから倒すようになった。
妹を殺したバイヤード。
楽には殺さない。
何度も殴った。
何度も蹴った。
何度も斬った。
何度も撃った。
どす黒い感情を胸にしまいながら、俺は戦い続けた。
◇
目が覚めるとすぐ間近にはリカルメの顔があった。
ここは路地裏か? 周りに人もいない。
「やっと目が覚めたのね。全く、ちょっとは空気読んでほしいものだわ」
なぜリカルメがここにいる? なんでこんなにも親しげに話してくる? 俺は夢でも見てるのか?
……違う。今まで見ていたのが夢でこっちが現実だ。
俺はあろうことか、妹の仇と一緒に旅をしている。
ベルトを充電するのに仕方ないとはいえ、俺の選択はこれでよかったんだろうか。
「どうしたの? なにボーっとしてるのよ。そんなに私の雷が痛かった?」
リカが俺の顔を覗き込んでくる。
のんきな顔だ。自分がこれまでにどれほどの罪を犯してきたのか全く理解していない表情。
否、バイヤードの価値観に当てはめれば罪ですらないのだ。人間の大半が虫を殺しても罪悪感が無いように、バイヤードは人間を殺すことに何のためらいもない。
今この瞬間も、ちょっとこいつの気が変わっただけで俺は殺されてしまうだろう。
まあ、いつでも返り討ちにしてやる準備はできているが。
「なあ、さっきのバベル族はどうなった?」
「知らないわよ。とりあえずあの場から離れるので精いっぱいだったんだから。おかげでもうお腹ペコペコよ」
「来る途中に誰か食ってないだろうな?」
「だから! バイヤードは擬態する時以外に人なんか食わないっての!」
擬態する時以外、か。
こいつは霧果や東条ミカのことを覚えているだろうか。擬態するためだけに、己の腹に押し込めた少女の名を。
……覚えているわけないか。
ポケットをまさぐると白と緑、二枚のエーテルディスクがちゃんと出てきた。
気絶直前に言われた没収うんぬんはどうやら冗談だったらしい。こいつも冗談を言うことがあるのか。
「まあいい。とにかく、仕事探しの再開だ。行くぞリカ」
「えぇー、もう歩きたくない~……せめてごはん食べてから……」
「そのごはんを食べるためにだな……ん? なんだあれは」
無人の路地裏に複数の足音が聞こえた。
「待てぇ! この盗っ人がぁ!」
音の聞こえた方向に目を向けると、2人の人間がこちらに走ってくるのが見えた。
一人は盗賊のような汚い身なりの男、しかし身に着けているカバンだけが異様に綺麗だ。
おそらく盗品、それも今さっき盗んだばかりのものだろう。
もう一人は剣を腰に下げた褐色の青年。やや背が高く、盗賊のような男を追いかけている。
状況を見る限り、あの盗品は青年のものだろうか。
「どけどけ! 邪魔だてめえら!」
盗賊の男が俺たちのいる場所に突っ込んでくる。
路地裏の道幅はそこまで広くない。このままではぶつかってしまうだろう。
「どけ? なに私に命令してるのよ劣等種が!」
おい待て、と言う暇もなく、リカは紅い稲妻を盗賊に放った。
「ぐわっ!」
盗賊の方も、まさか詠唱無しのノーモーションで雷を喰らうことを想定していなかったのか、成す術もなくその場に倒れ伏す。
「な……!」
もう少しで盗賊に追いつきそうだった青年はリカの雷に巻き込まれぬよう急ブレーキした。
俺たちと青年の前には黒焦げの盗賊が倒れている。
リカは盗賊からカバンを取り、青年に手渡そうと近づく。
「このカバンあんたのでしょ? 取り戻すの手伝ってあげたんだからなにか奢ってちょうだい。私だけでいいから」
「おいこら」
俺にも食わせ……じゃなくて。人助けに見返りなんか求めるんじゃねぇよ。
仕方ないからリカからカバンを奪い青年に返そうとしたが、なにやら青年の様子がおかしい。
「な、な、な……!」
ぷるぷると肩を震わせ、まるで怒りを堪えているようだ。
リカの態度が気に食わないのは非常によく理解できるが、結果盗っ人からカバンを取り返せたのだから結果オーライじゃないのか?
やがて、青年は口を開き俺たちに向かって叫んだ。
「なにオレの手柄横取りしてんだテメーらぁ!」
「「え?」」
青年が突然キレだした。
よくわからないが、ここから俺たちがご飯を奢ってもらえる展開にはありつけそうにない。





