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プロローグ

「何故だ……何故だ! 何故私ではダメなのだ!」



 遡ることおよそ三か月前の地球。

 人通りの少ない夜の街を一人の青年が歩いていた。


 身体中に傷を負い、息も絶え絶えになりながら、何かから逃げるように歩き続ける。


 本当は走りたいのだろう。しかし彼にはそこまでの体力が残っていない。

 然るべきところで治療を受けなければすぐにでも死んでしまうほどの手傷を負っている。


 だが、彼に病院へ逃げ込むという選択肢はない。なぜなら彼は人間ではないからだ。



「なにが首領(ドン)ゼドリーだ! リカルメも、リゼルも、ダフも! なぜあんな奴を敬うのだ!?」



 青年の名前はオクシオン・バイヤード。

 世界征服目論む悪の秘密結社、バイヤード四天王の一人である。


 ……いや、正確にはだった、と表現するのが適切だろう。

 彼はすでにバイヤードに追われる身なのだ。


 結社も一枚岩ではない。ゼドリーの思想に賛同する者もいれば異を唱える者もいる。オクシオンは後者の代表だった。


 表面ではゼドリーに忠誠を誓ったフリをして今まで生きてきた。

 そのためにレヴァンテインとも何回か死闘を繰り広げたこともある。しかし、オクシオンが真に殺意を向けていたのはレヴァンテインではなく首領ゼドリーだ。



「私の方が、リーダーに相応しいはずなのだ……! ゼドリーのやり方は間違っている! 奴の命令に従った私の部下が今までに何人もレヴァンテインに殺されている! たった一人の戦士に私たちバイヤードは半数以上も殺されている! 私が指揮を執っていればこんなことにはならなかったはずだ!」



 ゼドリーの圧政に耐えきれなくったオクシオンは同志を募ってゼドリーの暗殺を目論んだのだ。


 しかし、数をもってしても、オクシオンはゼドリーに敵わなかった。

 同志を一人ずつ順番に殺され、最後の一人になったオクシオンは命からがらアジトから逃げ出してきた。

 ゼドリーや幹部バイヤードたちの攻撃を背に受け怪人態を保てなくなり、今は人間の青年に擬態している。



「憎い……ゼドリーが、バイヤードが憎い! 私にレヴァンテインのような力があれば! あのような奴ら……!」



 オクシオンの視界が真っ赤に染まる。どうやら頭から流れ出した血が目に入ったらしい。



「クソッ、前が……」



 ふらつきながら目をこする。服の袖で血をふき取り、ゆっくりと瞼を開ける。

 オクシオンの目には眩い光が差し込んできた。


 それは、高速でオクシオンに突っ込んでくるトラックのライトだった。



「なに!?」



 運転席には誰も乗っていない。

 なんらかの力が働き、無理矢理動かされている車だ。避けようと振り向くと、後ろからもう一台トラックが迫ってきていた。


 挟み撃ちにされたオクシオン。怪人態に戻ることもできず、八方ふさがりだった。



「これは……リゼルの念動力か!」



 オクシオンは一瞬でこの異常現象の原因を突き止めたが、それがわかったところで成す術はない。


 刹那、前後から二台のトラックに潰されオクシオン・バイヤードの生涯は幕を閉じた。


 トラックの下から流れる血を見て笑う影が一つ。



「さようなら、愚かな反逆者くん」



 ビルの屋上でリゼル・バイヤードは小さくつぶやいた。





「ここは……?」



 オクシオンが目を覚ますと、そこには異様な光景が広がっていた。

 どこまでも続く青い空。そして地面を覆う白い煙。まるで雲の上に立っているみたいだ。



「まるで、ではなく。本当に雲の上に立っているんですのよ」



 背後から何者かがオクシオンに語り掛ける。

 その姿を確認しようと振り向くとそこには奇妙な女がいた。


 腰まで伸びた長い茶髪。


 古代ギリシャ人のような白い布をまとった服、キトン。


 そして透明な宝玉が嵌められた木製の杖。


 現代日本に身を置いていたオクシオンにとってはこれだけでも十分異様ないで立ちに思えたが、これだけならまだコスプレだと言われれば納得できる。


 だが、女の背には荘厳な翼が生えていた。これはコスプレや作り物などではない。

 なぜなら、女はその翼を羽ばたかせ、空を飛んでいたのだ。


 女はゆっくりと雲の上に着陸し、オクシオンを見据える。



「転生の儀を行うのは初めてでしたが、うまくいったようで何よりですわ」


「転生? なにをわけのわからないことを言っている。貴様は何者だ? 見ない顔だが、お前もまたバイヤードなのか?」


「まあ心外だわ。わたくしをあなたたちみたいな下級の生物と一緒にしないでくれるかしら?」


「下級? 戯言をぬかすな。地球上にバイヤードより優れた生命体はいないだろう」


「ここが地球じゃない、と言ったらどうします?」


「なに?」



 女がパチン、と指を鳴らすと、地面の雲が一部晴れて下が見下ろせるようになった。

 そこに広がっていたのは異世界の情景。巨大な幻獣が飛び交い、中世ヨーロッパのような城を構えた国が点在している。明らかにオクシオンがついさっきまでいた世界とは別物だ。



「ここは異世界『ユグドラシル』。その中にある天界『アースガルド』」


「異世界だと……?」


「わたくしの名前はキーロン。『天神族』であり、『賢者』であり、『元勇者』ですわ」


「肩書が多いな……どうでもいいが、早く私を元の世界へ返してくれないか。私にはゼドリーを打ち倒し、奴に付き従う愚かなバイヤード共に復讐する義務がある」


「自分でもわかっているでしょう? あなたはゼドリーに敗北し、リゼルに殺害された。もうあなたは地球に戻ることはできませんのよ?」


「それでもだ。バイヤードに対する憎しみを晴らすまで、私は何度でも蘇る」


「ふふっ、その言葉を待ってましたわ」



 キーロンが杖を振るうと、雲の下から台座がせりあがってきた。

 台座には複数のアイテムが置かれている。



「……? なんだこれは?」


「神の力が込められた武具、神器。あなたの世界の言葉でちーとあいてむ、と言えば正しいのかしら? これらをあなたに差し上げますわ」


「チート……確かコンピューターゲームの用語で不正行為や不正改造を意味する言葉だったな。くだらん、私には遊びに興じている暇はない」


「……まあ、神の一人であるわたくしから信徒でもないあなたが力を授かることは不正行為と言えなくもないですわね。でも、あなたはこれを絶対に受け取ることになりますわ」



 一泊おいて、キーロンは見透かしたようにオクシオンに語り掛ける。



「あなたが目の敵にするゼドリー、あなたを殺したリゼル。そして地球に存在する全バイヤード。これらはあと三か月もしないうちに、このユグドラシルに送られてきますわ」


「なんだと?」


「幹部クラスだと、すでにリカルメというバイヤードがアタトス村で生活していますわね。最初の方にに送られてきたスパイダーやバットは山賊の大将ですか。最近はスコーピオンも仲間入りしたようですが」


「ちょっと待て! そいつらはレヴァンテインによって殺されたはずだ。なぜこの世界で生きている!?」


「あなたは一度死に、私の手で転生させました。しかしそれとは別に、私たち天神族以外のなんらかの力が働き、彼らはこの世界に転移させられているようです。そしてバイヤードの転移はこれからも続いていく」



 キーロンは台座に置かれた神器の一つを手に取りオクシオンの前まで来る。



「あなたのバイヤードに対する憎しみ、どうかこの世界で晴らしてみませんこと?」



 オクシオンはキーロンから手渡された神器を手に取る。



「……いいだろう。私に従わないバイヤードなど、根絶やしにしてくれる!」



 こうしてバイヤード四天王が一人、オクシオン・バイヤードは人間界ミズガルドに降り立った。

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