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おまけ・カイ視点の1話

書いてみたからUPだけしておく。

仕えているリアロ王に「闇の守護者の首を取ってくるように」と命じられた。一応仮にもオレは『宮廷魔術師』なわけで、渋々ながらも了承した。

占術はあまり得意ではないが、どうにか闇の守護者の出現位置と出現時間を割り出した。フィーと共に張り込み。フィーは魔獣だが脳内にオレとのパスを埋め込んだ特殊な魔獣だ。数が少なく、絶滅危惧種と言われている。

そして、待ちに待った闇の守護者が空中に出来た歪みから落ちてくる。物凄い悲鳴をあげている。オレが手を下すまでもなく墜落死コースだ。これで死体だけ回収すれば任務完了だが、なんとなく助けてみようと思った。


「我望むは風のかいな。」


この魔法は風で対象を包みこみ、ゆったりと着地させる魔法。ふんわりと地上に落ちてきた少女をまじまじと観察する。少女は気絶していた。なんだかオレの精神に干渉する力を感じたので、精神異常無効のスキルを使って打ち消しておく。精神異常無効は、毒や病気や怪我などには効果がないが、魅了や洗脳など精神に働きかける力を無効化してくれる。

少女は吃驚するくらい美しかった。顔かたち体型が見目麗しいのもある。でもそれ以上に心が美しかった。秘密にしているが、オレの瞳は魔眼になっている。性格が何か後ろ暗い人間は淀んで見え、逆に人格が美しい人間は輝いて見える。少女は輝いて見えた。燦然と輝いて、でもそれだけではなく人間らしい影もあって…その濃淡が織りなす綾に思わず見惚れた。

はっと我に返って少女の首に手をかける。

……細い、首だった。

まるきり普通の少女の、首。力を込めれば容易く折れるだろう。オレは今まで幾人もの人間を殺してきた。今更痛む心などない…そう思っていたのに…

この輝く少女が…見た目はただの平凡な少女が…失われるのは酷く不快だと思った。これは状態異常なのだろうか。自分を鑑定してみても状態異常の表示は見えない。

きゅっと服の裾を掴まれた。起きたのか…?見たが少女は目を閉じたまま何かに魘されている。心細げにオレの服を掴む少女の手は華奢で、頼りなげで、こんな少女が禍々しく伝えられている闇の守護者だなんて想像もできなかった。

殺さなくては…

そう思うのに体が動かなかった。……オレがこの少女を殺すのも、他人がこの少女を殺すのも、ちょっと容認できそうにない。オレは少女に対して、今まで一度も抱いたことの無い感情を抱いているのを感じた。その感情に名をつけるなら『庇護欲』だろう。強烈な庇護欲を感じている。

例えようもなく可愛いのだ。この物凄く綺麗な心と、愛らしい見た目を持つ、この少女が。こんな感情を抱くのは初めてで戸惑う。でも、なんだかこれは…心地良い。

オレはこの少女を殺すことを潔く諦めた。

服の裾を掴む手をそっと外し、抱き抱え、野営地のあたりまで運んだ。亜空間から毛布を一枚取り出してその上に少女を横たえる。上からももう一枚毛布を…今更ながらに妙にスカートが短いことに気付く。膝丈より短い…どこか艶めかしい腿を何とも言えない気持ちで毛布の下に仕舞った。

少女が寒くないよう、また熱くないよう、適度な距離に焚火を炊いた。少女が目覚めるのをじっと待つ。どんな瞳の色をしているのだろう。歴代の闇の守護者は皆黒髪黒目と聞いていたがこの少女の髪は亜麻色をしている。染めているのだろうか…目覚めた少女はどんな表情を見せてくれるだろう。オレの悪名も異世界にまでは轟いていないだろうから怯えられることはないだろうと思うけど…想像すると心が浮き立つ。


「挽肉!!」


少女が飛び起きた。第一声が「挽肉」って…


「挽肉?お姉さんお腹すいてるの?」


待ち望んだ瞳はぱっちりとした榛色。淡い色彩がよく似合っている。その瞳がオレを映したことに言い知れぬ満足感を覚える。


「ここ…どこ?」


まず疑問に思うところだよね。丁寧に答えてあげる。


「オアストロの森だよ。」


少女は首を捻っている。全く聞き覚えの無い地名なのだから当然だ。


「えーと、それってどこの国?」

「パパナだよ。」


すごく困った顔をしている。


「それって何大陸?」

「パパナは島国だよ。ウィッシュ大陸の西側にあって、ササエの2倍くらいある島。因みに何言ってるか分かんないと思うけど。ここはお姉さんのいた世界とは違う世界だから。」


上手く事態を飲み込んでくれればいいが…嘘つき呼ばわりされるのはちょっと嫌だ。少女は少し考えていたが顔をあげて聞いてきた。


「それって異世界トリップでチーレムヒャッハーって展開?」

「とりっぷとちーれむひゃっはーの意味がわからない。」


謎の呪文に聞こえて思わず首を傾げる。通じてるはずなのに通じない言語。スラングのようなものなのだろうか?


「えーと…異世界に転移して反則的に凄い力を手に入れちゃってモテモテみたいな展開かと…」


自分で言って自分で照れている。赤い頬が可愛いな…

でもこの闇の守護者は随分呑気な性質らしい。聞いたこともない世界にいるんだよ?と聞かされて自分が英雄譚の主人公になったのか?と聞き返してくるとか…危機感ないんだなあ…オレが善性であるかすらわからないのに。まあ善性ではないけど、この少女には危害は加えないので構わないが。


「お姉さん呑気だね。お姉さんは予言が間違ってなければ闇の守護者と呼ばれる存在で、各国の勇者諸君がこぞって倒そうとしている存在だよ。倒すって意味わかるよね?殺そうとしてるんだよ。今後生き延びられれば反則的に強い力は手に入れる可能性はあるかもしれないけど。邪悪な教祖様からその身を狙われてもいるね。」


オレもこの少女の事を殺そうとしていたけど、オレ以外にもこの少女を殺そうとしているやつは沢山いる。殺させるつもりはないけれど。少女は素直にショックを受けた顔をしている。ころころ表情が変化する。


「キミ誰?」

「オレはカイ。お姉さんの名前も聞かせてくれる?」


オレは普段誰かを「お姉さん」とか呼んだりしない。すごく違和感があるので、是非とも名前が知りたい。


「私、夏目聡子なつめさとこ。」

「因みにこっちの世界では円呪の首輪って言う本名を刻んで嵌めると無理やり隷属させられる首輪があるよ。」

「えっ。」


一応注意しておいた。そうするとサトコは顔を青くして後ろに下がった。オレが首輪を嵌めようとしているのではないかと思ったようだ。


「オレは持ってないよ。」


オレは苦笑して焚火に薪を足した。ただそういう首輪があると言うことを注意しただけ。オレの『カイ』というのも当然本名ではない。というか本名名乗って国の要人などやってられない。本名を明かした宮廷魔術師など、あっという間に奴隷にされてしまう。オレの本名を知るものなど、もうこの世にはいない。オレが自分の本名だと認識しているのは『ノラ』だ。野良からきている。我ながら酷い名前だ。この名前はあまり好きではない。


「カイは私をどうするの?」

「どうされたい?」

「質問に質問で返さないで。」


サトコが膨れた。本当に素直な表情変化だ。


「ははっ。オレはね、リアロ王国の魔術師だった。リアロ王に闇の守護者を討伐してその首を持って帰るように言われてたんだけど、気が変わった。」


サトコが驚いた顔をしている。


「気が変わったって?」

「だってサトコ全然普通の女の子なんだもん。むざむざ殺すのは趣味じゃないよ。」


本当はその心の美しさに魅了されただけなんだけどね。元々気乗りする任務でもなかったし。


「だからオレはサトコを殺さないし、必要なら少しくらい路銀を分けてあげても良い。でも他はそうじゃない。今頃この辺ではサトコを探している奴らがうろうろしてると思うよ。」


そう口に出してから思った。路銀を分けたらサトコは旅立つだろう。

サトコを手放したくない…

その思いは猛烈に膨らんだ。サトコを手放す?そしたらもう二度とサトコには会えない?それは…なんだかすごく嫌な気持ちだ。


「カイはどうやったら帰れるか知ってる?」

「帰れない事なら知ってるけど。」

「ええ!?どういうこと!!?」

「闇の守護者は元々この世界の性質を備えた存在。サトコの世界にいた方が異質だった。帰るべきものが帰るべき所に帰っただけだからサトコの世界に再び行く事は無い。って言われてる。一応この世界の常識ね。実際過去の闇の守護者で帰った人間なんていないし。」


サトコはものすごい衝撃を受けた顔をした。闇の守護者は帰る帰らない以前に殺されてしまうことの方が多いようだけれど。


「そ、そんな…」


サトコは泣きだした。ぽろぽろと透明な雫が頬を伝う。


「サトコ…」


サトコは号泣した。両親、兄弟、友人、文明、全てと突然引き離されたものの絶望というのはどのようなものだろうか…オレには両親も兄弟もいない。友人もいない。魔力も人形も存在しないところに単身で放り出されて、周りがすべからく牙を剥いているとしたら……上手く想像出来ない。オレはきっと自分の頭脳と身体能力だけあればどこででも上手くやってしまうような気がする。両親も兄弟も友人もいないオレにとって、この世界は失うものが少なすぎた。だからサトコの気持ちは真には理解できない。


「おかあさんっ、おとうさんっ…ぅえっ…」


両親を呼び、涙を流すサトコは、頑是ない子供のように思えた。

きっと仲の良い家族だったのだろう。愛されていたのだろう。幸せだったのだろう。そんなサトコは眩しくて、可哀想なのだけれど……サトコが帰れないことをどこか喜んでいるあさましい自分がいることも気付いている。


「サトコ…目が干からびるよ?」


サトコを抱きしめて頭を撫でた。サトコは温かくて、ほのかに洗剤の香りがする。温かいのは自分にすり寄ってくる金や力狙いの女どもと何一つ変わらないのに、サトコの体温はオレを無性に切ない気持にさせる。

……生れて初めて愛されたいと思った。

他者を愛することに何の疑いも抱いていないサトコに。サトコの両親や、兄弟や、友人のように、サトコに強く愛されたい。生木を割くように切り離されて痛むなら、オレにも同じように痛むだけの愛情を与えて欲しいと望んだ。

……生れて初めて愛したいと思った。

強欲で非情で冷酷なオレが初めて無償で尽くしたいと思った。オレの持ちうる全てを与えて、ぐちゃぐちゃに甘やかして、慈しみたいと思った。両親や、兄弟や、友人の代わりに、その誰よりも強く愛したいと望んだ。

意識すると甘やかに胸に棘を刺す。愛おしく切ない気持ち。

でも同時にこんなにも美しいサトコに汚れきったオレが手を伸ばして良いものか躊躇を覚えた。愛されたい、愛したい…されどオレにはきっとその資格がない。サトコは綺麗過ぎて、きっとオレが触れたら汚れてしまう。

サトコは泣き疲れて眠ってしまった。毛布の上に寝かしつけて、しっかりと全身に毛布をかけてやる。


自分も別の毛布を纏い、スキルを使用したままほんの少しだけ仮眠をとる。翌朝、まだ暗いうちに目覚めた。サトコはまだすぅすぅ眠っている。

……もし、サトコが自分の身の処遇を決定できなかったらオレの拠点に連れて行ってしまおう。

それはとてもいい案に思えた。サトコと二人で人形たちに囲まれて誰もいない孤島で過ごす。二人きりでいられたらサトコもオレを愛してくれるかもしれない。

愛しいサトコの寝顔を見つめる。

サトコが目を覚ましたのは随分日が高くなってからだった。


「サトコ、起きた?お腹すいてるでしょう?果物食べる?」

「…うん。」


サトコが目をパチパチしている。昨日沢山泣いたから目元に違和感があるのだろう。


「ああ。顔洗った方が良いね。ちょっと待ってて。」


亜空間から金盥を出した。水を張って、顔を洗わせてあげよう。


「それどっから出したの?」

「ああ、空間魔法で亜空間に収納してるんだ。」

「魔法なんてあるの!?」


昨日の話をよく聞いてなかったんだな…ちょっと苦笑する。


「魔術師だって言ったでしょ?昨日サトコを助けたのだって風魔法だよ。」

「へええ。」

「我望むは清流。」


金盥に透明な水を溜めた。


「顔洗って。布もあるから。」


亜空間から顔を拭くための布を用意した。


「化粧水は?」


化粧水って…こっちじゃ貴族のご婦人くらいしか使わないよ。消耗品の癖にバカみたいに高いし。


「サトコ…それはこっちの世界じゃ貴婦人が使うものだよ。」


サトコは素直にショックを受けた顔をした。サトコのいた世界ではきっと化粧水はもっと手に入り易いものだったのだろう。


「石鹸は。」

「石鹸?何それ?」

「顔や髪や体を洗う、汚れを落として泡立つ、えーと…」


サトコが説明してくれた物体に心当たりが浮かぶ。


「トヤの実かな?」

「トヤの実?」

「これ。」


亜空間からトヤの実を出す。トヤの実は果実だが水に触れると溶ける果実だ。オレは両手でよく泡立てて、顔や体や髪を洗っている。白い蝋のような質感で、中心に大きな丸い種が入っている。香りがとても良いのが特徴だ。


「使ってみても良い?」

「いいよ。」


サトコが慣れた調子でトヤの実を泡立てる。『石鹸』というものはトヤの実に近い性質を持っているのかもしれない。楽しそうにモコモコに泡立てて顔を洗っている。綺麗に顔を洗いあげるとオレが渡した布で顔を拭いた。目がぱっちりしている。


「これが石鹸に値するものだと思う。」

「そう。なら良かった。」


少なくとも『石鹸』がないことの苦労をかけることはなさそうだ。

ナイフで何種類かの果実の皮を剥いて渡してやる。サトコはどれも美味しそうな顔で食べている。あんまりにも美味しそうな顔で食べているから、この果実は特別美味しいものだったのだろうかと思い、一切れ食べてみたが、いつもの普通の果実の味がした。サトコのお腹が満ちるまで果実を与え、食後に温かいお茶を入れてやる。


「サトコ、今後どうするか決めた?」

「うん。カイにお願い。路銀も少し分けてほしいし、出来れば最寄りの村まで連れて行ってほしい。自分に出来る事を探して、働いて、細々と生きていこうと思う。」


オレのサトコとの二人きりでの生活という野望はあっさりと打ち砕かれた。落胆した気持ちを隠しつつ革袋を出した。


「…わかった。この世界の通貨は石貨10枚で銅貨1枚、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚、金貨10枚で白金貨1枚、白金貨10枚で王金貨1枚、王金貨10枚で水晶貨1枚、水晶貨10枚で魔晶貨1枚だよ。サトコには白金貨7枚と金貨7枚と銀貨7枚と銅貨7枚と石貨7枚あげる。それで良い?」


きっとこちらの貨幣の事など、全く知らないであろうサトコの為に、貨幣を見せながら革袋に収納していく。


「石貨1枚ってどれくらいの価値?」

「石貨1枚だとほとんど何も買えないかな。銅貨1枚あれば露店で飲み物が買えるくらい。」


石貨は他の貨幣と組み合わせて微妙な値段の上げ下げをする貨幣だ。石貨だけで買えるようなものは殆どなく、あったとしたら、ただのガラクタだ。


「いいの?」

「全然いいよ。これでも儲けてるんだから。」


オレは6歳からリアロの宮廷魔術師をやっていて、持ちうる財貨は相当に多い。


「魔術師だっけ?魔法って私も使える?」


使えるだろうか…。属性判定の水晶をポケットから取り出す。


「この石に手を当てて『力示せ』って言って念じてみてくれる?色で属性がわかるよ。あんまり微弱な魔力しかないと反応しないかもしれないけど。」


どんな風になるか見せようと、石に手を当て「力示せ」と言った。瞬く閃光。虹色の光が眩しいくらいに放たれている。なんか最後にこの石使った時より魔力多くなってるかも…魔力の成長限界がまだ来てないんだよねえ…。どんどん人間離れしていくな。

サトコも恐る恐る手を当てた。


「力示せ。」


石は反応しなかった。予想はしていたことだけど…


「魔力が無いか、反応しないほど微弱ってことだね。殆どの人がそうだから落ち込まなくていいよ。今は魔術師の方が珍しい。」

「今は?」

「大昔は魔力を持つ人が多くいたらしいけど、徐々に減っていって今は一握りしかいない。」


大昔はオレのように戦術級の魔術を扱える魔術師もいたと聞くが、今はオレ以外にそんな大魔術を使える人間がいるなどとはトンと聞かない。


「カイ凄いんだ。」

「えっへん。」


胸を張って見せるとサトコが笑った。…ああ、笑った顔もかわいい…


「でもちょっと村はまずいかもね。」

「どうして?」

「その服。すっごく目立つ。デザインも縫製も全然こっちとは違う。闇の守護者だって喧伝しているようなもん。多くの預言者がオアストロの森に闇の守護者が現れたって予言してるから警戒が強いし。」


そんな整った針使いで縫われた服も、そんなに短いスカートにもかかわらず色を売らない少女の服も存在しない。せめてパパナが島国でなかったら、フィーに乗って他国におろしてあげることもできただろうけど…フィーで海越えはちょっとしんどい。あいつ夜も寝ないで飛ぶから…。


「どうしよう…服とか持ってないよね?」


女性用の服ねえ…持ってるっちゃ持ってるけど…果たしてあれをサトコに着せて良いものか…


「んー。オレの人形の服でよければそれを着る?ちょっとお勧めしたい服じゃないけど。」

「人形?」


亜空間から比較的サトコに体型の近そうな人形を一体取り出した。短い黒のワンピースに申し訳程度の白いエプロンをしている。これは実用的な侍女の服ではなく、夜伽用の侍女の服だ。スカートが非常に短い。動きやすい服だし、色仕掛けにも丁度良いので、女性型の人形にはこの手の服を着せていることが多い。他に服がないとはいえ、サトコにこんな服を着せて良いのだろうか…


「これ着てると夜伽専用の使用人だと思われちゃうと思うけど。」


サトコが頬を朱に染めた。あー…オレが人形と性行為に励んでるとか疑われてるんだろうなあ…オレは人形を含めて誰ともまだそういった行為はしたことがない。人形を制作するにあたって参考に指突っ込んだ事はあるけど。どこにとは言わないが。


「言っておくけど人形とはヤッてないよ?動きやすいから着せてただけ。」

「動きやすい?人形なのに?」

「切り裂き人形。起動。」


オレの声と魔力に反応して、人形がすくっと立った。


「ご主人さま、ご命令を。」

「ちょっと歩いてごらん。」


黒髪黒目に作った人形が命令通り少し歩いて見せた。自分でそう見えるように作ったんだけど、綺麗な少女が歩いているように見える。


「オレは魔法も使うけど戦闘は主に人形にやらせてるんだ。これと同じものを何体か所持してる。」


人形は強力で、下手な魔術を使うよりよっぽど強い。しかも一体一体に思考回路が組まれているから、どんな危機にも柔軟に対応してくれる。


「へーえ。」


ちらっとサトコがジト目でオレを見た。


「何かな?」

「べつにぃー」


何か含みがある声に聞こえるのは気のせいだろうか…


「切り裂き人形、服を脱げ。靴も全部だ。剣も外せ。」

「はい。ご主人さま。」


人形はその場で服を全て脱いだ。サトコは人形の裸体を見て少し頬を染めていた。人形の裸体は閨事にもつれ込んでもばれないように精巧に作ってある。

サトコは再びオレが人形と性行為に励んでいるのではないかという疑念を抱いたようだ。なんで自分の好きな女の子にそんな誤解をされなくてはならないのだ。

普段の行いが悪いからだってのはわかってるけど…


「してないからね?」


念を押して言った。サトコはなおも疑わしそうな顔をしているけど。


「切り裂き人形、停止。じゃあ、この服に着替えて。オレもあっちで着替えてくるから。」

「覗かないでね?」

「それはどうかな。」


覗いてみたい気はするけど……女体に興味を抱くのなんて初めてだ。

亜空間から衣服を出して着替えた。普通に貴族用の衣服。白いフリルのついたシャツに、銀の刺繍が施された黒いベスト、黒いズボン、ピカピカに磨かれた黒い靴。どれを取っても一級品だ。切り裂き人形も収納しておいた。


「カイ。着替えたよ。」

「ん。」


サトコの声がしたのでサトコの元へ向かった。人形の服は若干胸元がきつそうだった。サトコは思ってたより胸が大きいみたいだ…


「カイはなんで着替えたの?」

「村人風の子供が夜伽の女の子連れてたら怪しいでしょ。これならバカ息子と仕える少女に見えるから。剣は持ってていいよ。あげる。何か獲物ないとこの先厳しいだろうし。手入れは鍛冶屋に料金払うとやってくれるよ。」


パパナでも森を横断する時は魔物が出たりするし。フィーはそういう魔物を餌に食べてるしね。サトコは双剣に手を伸ばした。


「おっ…も…!!」


サトコの力では鋼鉄製の双剣は持ち上がらないようだ。サトコが非力な女の子だと言うことを再確認させられた。


「あー…じゃあ、ナイフ。これならどう?」


オレは亜空間からちょっと大ぶりのナイフを取り出した。今度はちゃんとサトコにも持ちあがったようだ。


「大丈夫みたい。ありがと。」

「じゃあ、行こうか。人避けの結界を解除するよ。」


人避けの結界は固定型。歩きながら張るのにはあまり向かない。

サトコを連れてオアストロの森を歩く。途中何度も人間の気配がしたので上手い具合に避けて歩く。

道すがら光の守護者の話をする。アーティスに召喚されたゼンという名前の16歳の黒髪黒目の少女。『快癒の手』という病や怪我を一瞬で治すスキルを持ち、剣の腕前も確からしい。サトコを見ていると向こうの世界では剣を振るうのはあまり一般的ではないようなので不思議だが。


「『スキル』って何?」

「『スキル』は魔法じゃないけど特定の現象を起こす事が出来る力だよ。一つも持ってない者もいれば複数持ってる者もいるね。」

「私にもあるかな?」

「さあ?魔法と違って調べる方法は無いんだ。ある時突然本人にのみ分かる。」


一応闇の守護者も特異なスキルに目覚めるとは言われているけど。この様子じゃ、まだスキルは持っていなさそうだ。


「残念。カイはどんなスキル持ってる?」

「そういう質問は他人にしちゃいけないことになってるんだ。言わないようにね。いくつか持ってるけど『鑑定』とか『索敵』とかが便利だね。索敵は今も使ってるよ。さっきから他人に全然会わないでしょ?避けてるんだ。」

「へーえ。」


オレは他の人に比べてかなり多いスキルを所持していると思うけどね。

マテの村に着いた。


「どこから来た?」


村の入り口の門番に聞かれた。


「シャンテの村からオアストロの森を抜けてきた。」


さらりと嘘をつく。


「この時期にオアストロの森だと!?正気か!?今は闇の守護者が現れているはずだぞ!?」

「光の守護者は良ーい女だったって噂だったしね?闇の守護者も良い女ならオレのコレクションに加えたいと思ったんだけど、残念ながら見つからなかったよ。」


にやにやと下品に笑いながらサトコを舐めるように見る。完全にオレの夜伽用の使用人だと思われたと思う。

門番はサトコを見てちっと舌打ちした。やっぱりいい女を所持しているのは妬ましいものらしい。


「通れ。」


門番の姿が見えなくなったあたりでサトコに声をかけた。


「とりあえず服を買い替えよう。いつまでも夜伽専用の使用人だと思われてると問題も起きかねないし。」


夜伽用の使用人は一般人より『人権』ってやつが薄い。奴隷とまでは言わないが、個人の所有物に近い。サトコを欲しがる金持ちがいたら売ってほしいと言うかもしれない。オレは勿論売るつもりはないけれど、ずっとパパナでサトコと共にいるわけではないオレが消えてしまえば、サトコは「かつてアホボンの所有物だった少女」という存在になる。後々どんな問題になるかわからない。

既製品を取り扱う服飾店に行った。

店員がでっぷり肥った禿げオヤジをもてなしていた。貴族ではなさそうだが、有力者ではあるのだろう。5人もの女性を侍らせている。女性を多く持つのは一種の富のバロメーターだ。金はそこそこ持ってそう…

禿げオヤジはサトコをじろじろ見てにやりと笑った。


「小僧。この女買おう。」

「困るね、おじさん。オレのお気に入りなんだ。」

「王金貨5枚出すぞ?ん?」


魔晶貨出されたってサトコを売るはずがないのに王金貨5枚?舐めてんの?ピキリと青筋が浮かぶ。

サトコが不安そうな顔でオレを見ている。サトコを売ったりするはずがないのに。安心させるようにポンポンと頭を撫でた。


「そんなはした金じゃ売れないね。出直してきな。」


禿げオヤジは顔を真っ赤にして出て行った。大分恥をかかせたようだ。後々サトコがあいつに会って因縁をつけられたりしないと良いが…


「サトコ、早速変なのに目をつけられちゃったね。こうなる前に着替えさせたかったんだけど。」


あんなのに目をつけられてパパナで上手くやっていけるんだろうか…やはり今からでもオレの拠点に…ちらりと頭をよぎる。しかしサトコの意思は尊重したい。


「とりあえずさっさと着替えよう。あとお店の人に血の道の事よく聞いておいてね。オレはよく知らないから。」


サトコ用の服を何着か見繕った。下着と血の道に使うと言う布物、手拭も必要かな?あとは鞄や靴?良さそうなのを探して購入する。サトコには試着室で着替えてもらって人形の服は回収した。あと人形に新しく着せる用の下着も買った。サトコに着替えてもらっている間に服屋の店員にお勧めの宿を聞いた。

試着室から出てきたサトコに伝える。


「お勧めの宿、と言うよりはこの村には宿は2つしかないらしい。服屋のおじさんはカワノコって言う宿がお勧めだって言ってたよ。お風呂付きの宿なんだって。オレも今夜は泊るから一緒に宿を取ろう。」

「うん。」


お風呂と聞いてサトコの顔が輝いた。サトコはもしかしたらお風呂が好きなのかもしれない。

カワノコに着いた。パパナではよく見る感じの宿だった。


「二人部屋ですか?」

「いえ、別々で。」


女将さんに聞かれたので別にしてくれるように頼む。


「朝食と夕食は1階の食堂で出ます。1泊銀貨2枚です。」

「今夜はオレが奢るから。」


自分の分とサトコの分一泊分を支払った。

部屋は2階の2-1号室だった。部屋に行ったはいいものの、オレは荷物があるでなし、普通に部屋を確認しただけなんだけどね。今晩を過ごしたら、サトコとお別れか…もう二度とサトコと会うことはない…

それでいいのだろうか。

こんなにもつらく寂しいのに?

サトコの意思を尊重する。でも、もしサトコがオレを呼んでくれるなら…

オレはミスリルと魔石を取り出して工作を始めた。品物はすぐにできた。亜空間に収納して食堂へ降りた。

食堂では女将さんが求人広告の話をしていた。宿の人手を増やしたいようだ。住み込みの従業員だとか。それなら食と住は少なくとも保障されると思う。お風呂にも入れるだろうし…

そんなことを考えているとサトコがやってきた。


「個別注文は受け付けてないから出された物を食べてね。」

「わかった。」


出てきたのはパパナによくありがちな素揚げ料理だった。パパナの料理はあまりおいしくないよね。水がないのはわかるけど、極端に水をケチり過ぎ。せめて果汁で煮るとかやってみれば良いのに…サトコは食べてみて故郷が恋しくなったのか、また泣いた。


「サトコ、泣かないで。」


ハンカチでサトコの涙をぬぐった。


「サトコは何処で働くかもう決めてる?」

「ううん。決めてない。」

「この宿住み込みの従業員募集してるらしいよ。」

「ホント!?」


サトコは顔に喜色を浮かべた。


「本当。後で聞いてみたら?」

「うん。カイはこの後どうするの?」

「うーん。リアロの依頼ほっぽって来ちゃったからなあ。しばらく隠居してのびのび暮らそうかな。」


完璧にノープランだ。サトコという甘露を知ってしまった今ではもうリアロに戻ろうとも思えないし。リアロは少し退屈すぎた。


「どこかに拠点があるの?」

「内緒。」


サトコになら話しても良いかな、とは思うけど…とりあえずリアロに退官届を出すまでは秘密にしておこう。あそこはリアロからそんなに離れていないし。


「サトコ、手を出して。」


サトコが言われた通り手を出す。

右手の薬指にさっき作った特別製の指輪を嵌める。緩かったりきつかったりしたら調整するつもりだったが、丁度良いようだ。


「贈り物。時々はオレの事も思いだして?」

「…うん…大事にする。」


サトコには言ってないけれど、それは強く呼べば思いに応えてオレを呼びだす魔法の指輪。サトコにしか使えないようにしてあるけれど。今は、サトコが呼んでくれるって信じて渡すしかない。もし呼んでくれたなら、その時こそは、一緒に暮らそうって提案しよう。

サトコにこの世界の簡単な常識を教えながら食事を取った。


翌朝、朝早くに部屋を出ると隣の部屋からサトコが出てきた。


「もう、行っちゃうんだね。」

「うん…」


本当は一緒に来てほしいけど、オレはもうリアロに戻るつもりはないし根なし草だ。拠点はあるけど、一緒に住んだらいいかなとは思ったけど、オレ以外誰もいない世界ってきっとサトコにとっては寂しい世界だと思う。


「オレの事、忘れないでね…」


サトコの手を取って指輪に触れた。呼んでくれるのをずっと待ってるから…


「うん。カイも…忘れないでね。」


忘れるはずがない。忘れられるはずがない。すごく愛おしい人。サトコの頬に触れて撫でた。身を切られるような思いをしながら旅立っていった。


1話だけ書いたけど続きません。2話目はないよ!

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― 新着の感想 ―
[一言] とても素敵なお話ありがとうございました。切なくて泣きながら一気読みしました。カイ篇の続きがないのは残念ですが、二人が幸せになつまて嬉しかったです!
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