ペルナの村
「……おわり」
作家はぶっきらぼうな声で語り終え、照れ臭そうに顔を背けた。
しかし、真剣に聞いていた子供は、頬を紅潮させて作家に拍手を続けた。
「すごい!ぼく、こんなの思い付かないよ!」
「それはお前が子供だから、細かい部分が作れないだけだ。大筋はお前のと同じだよ」
「うっそだー。僕のとは全然違うよ」
「違わないよ。お前も大人になったら同じレベルで書けるだろうな」
「本当に?僕が書けるの?やったー!」
子供は表情をくるくる変えて、宝石が見せるきらめきのように笑う。
さっき絵本の内容を聞いていた時には泣きそうになっていて、主人公が立ち直ると少年は涙をぬぐっていた。
作家は初めて自分の絵本の内容を知った子供を見た。
やはり照れ臭くて、むずがゆい気分だ。
「まぁ、とにかく今日はどこかに泊めてもらおう。
そのお金を何枚か渡すんだぞ」
「はーい」
少年は手に持っている袋を下から持ち上げて、ジャラジャラと鳴らす。
中はさっき見せてもらったが、金色の硬貨がつまっていた。
硬貨の表面はなんの装飾もなく、ただつるつるとして、鏡のように猫の姿を映していた。
森の中を日がある限り歩くと、ちょうど日が沈む頃に、猫たちは一つの村を見つけた。
その一帯は木の代わりに草が繁り、柔らかく足元に広がっている。
向こうの道の先には広大な農地が広がって、にんじんに似たオレンジ色の野菜が植わっていた。
葉の部分はホウレン草のように肉厚で、きっと葉も食用なのだろう。
その畑に沿って立ち並ぶ家は、円筒状のしっくいの壁に、光沢のある青色のとんがり帽子をのせたような、メルヘンチックな面立ちだ。
それぞれの家の大きさは多様で、円筒を二個か三個つなげたものもある。
その家の周りには、農作業に使う道具が無造作に放置されていて、少し違和感を感じたものの、作家達はその前を通りすぎた。
そして二人は一番大きな家を選んで、小さなアーチ型の屋根の下に並んだ。
猫がふわふわの手で、窓が星形にくりぬかれた扉をノックする。
「こんばんは」
すると、陰気くさい男の声が、中から漂ってきた。
「どちらさまですか」
「私たちは旅人です。一晩この村に泊まりたいのですが」
「そうですか」
聞こえてきた声はそれだけで、猫と子供はしばらく待たされた。
そして、やっと扉が開くと、年老いた男がうさんくさい目つきで顔をのぞかせた。
しかし、男の目はすぐに驚きの表情を浮かべる。
「なんと、賢者様がいらっしゃるとは」
老人は深々と頭を下げて、二人を招き入れた。
家の中は円筒の壁に合わせ、カーブした小さめの家具がならび、どれもうすぼけた焦げ茶の木製だった。
中には取っ手が取れている家具もあり、なにより空気がほこりくさい。
これじゃあ、あまり良いもてなしは受けられないだろうと、作家はがっかりした。
「ようこそ、ペルナの村へおいで下さいました。
私はこの村の村長です」
「私は賢者のシラカワ、こっちは仲間のペンタです」
「なんと、子供がお仲間なのですか?」
「ええ、二人でアーバルノを目指しています」
「それで宿を。我が家に泊めて差し上げたいが、この家には給仕がおりません。
お泊まりになるなら、サルマの家がいいでしょう」
「サルマさんの家はどちらにありますか?」
「我が家の隣です。私もご一緒して、話を通しましょう」
「ありがとうございます」
三人は連れだって、少し離れたサルマの家を目指した。
その道中、ペンタがこそこそと猫に話しかける。
「なんか別人みたい」
「は?」
「村長と話してるとき、シラカワ、大人みたいだった」
「俺は大人だ」
村長は二人をサルマの家へ案内すると、戸を開けた女性に事情を話した。
どうやらこの女性がサルマのようだ。
肌のつやは三十歳くらいなのに、顔の暗さのせいで年より老けてみえる。
サルマも村長も、同じ色のローブを身に付けてた。
サルマの夫や子も同じ色なところを見る限り、この村はこの色なのだろう。
村長はこちらに向き直り、作家たちに話しかけた。
「サルマは面倒見のいい母です。賢者様もペンタ様も安心してお泊まりになれるでしょう」
そう言って、村長は頭を下げて自分の家へ帰って行った。
ペンタ様と呼ばれたことに、隣の子供は照れてにやにやしている。
作家はサルマ達に挨拶し、ペンタも靴を脱いで家の中へ入った。
「ようこそ、我が家へ。心より歓迎いたします」
サルマが言うと、隣で夫も頭を下げた。
サルマの子供達は、両親の後ろで物珍しそうにこちらを見ている。
ペンタが元気よく話しかけたが、蜘蛛の子を散らすように奥へ逃げてしまった。
「さぁ、どうぞ中へ。ごゆっくりなさって下さい」
招き入れられて中を見ると、ここも村長宅と同じように、手入れがあまりされていない家具が並んでいた。
もとは高級そうな凝った装飾がされているのに、どれもほこりを被っている。
床にシミがある毛足の長い絨毯が広がって、空気はツンと、かすかにカビのにおいを漂わせた。
だが、サルマ達は特に気にしていないようで、さっさと食卓についた。
「ちょうど料理が出来上がったんです。どうぞ、召し上がってください」
魔女の家では、なにかの丸焼きしか食べていなかったので、作家は胸を弾ませながら椅子へと上った。
しかし、作家の期待は見事に裏切られてしまう。
テーブルの上には、目玉焼きとパンしか乗っていなかったのだ。
隣の席についたペンタは嬉しそうにしているが、猫は恨めしそうに目玉焼きを見た。
しかもサルマの家族が、無言でもそもそと食べ始めるので、余計に味が悪くなる。
作家はイライラしながら、サルマに聞いた。
「ここら辺では、夕食は目玉焼きが多いんですか?」
「ええ」
サルマは気にも止めずに陰気な顔で、ずるずるとパンの上の目玉焼きを食べている。
子供達まで同じように暗い顔で食べているので、不気味なムードが漂っていた。
圧倒されて押し黙った旅人を見て、気の毒に思ったのか、初めてサルマの夫が口を開いた。
「この村では、夕食を食べない者が多いのです。
それに、食事自体を村人は好みません」
「なぜですか?」
「それは……夕食が終わってからお話しします」
それっきり会話はなく、パンを噛む音だけがむなしく響いて、息のつまる夕食は終わった。
ペンタも子供なりに気を使っていたようで、作家と一緒に大きなため息をつく。
どっと疲れが二人を襲った。
サルマの夫は申し訳なさそうな顔を二人に向けて、流し台に立ったサルマに声をかけた。
「サルマ、皿洗いはあとにして、少し席を外してくれないか」
しかし、サルマは夫の声を無視して、明るい赤茶の土をこねて作った、おわんのような流し台に立っていた。
いやな重苦しい空気がさらに続き、しばらくしてやっとサルマと子供達は二階へ消えた。