白川と設楽
白川は母と暮らす一人っ子だった。
父と母は白川が幼い頃に離婚したようで、白川は父の顔を見たことすらなく、母と二人きりで暮らしていた。
性格は内気で暗く、人と話すこともあまり好きではない。
そんな白川はいつも孤立して、学校でも校庭の砂を一人でいじっては、それを見とがめられることもなかった。
設楽が転校してくるまでは、ずっと孤独な時間が続いていた。
しかし四年生の頃、小学校へ転入してきた設楽は、なぜか白川に興味を持った。
明るく活発な設楽と白川が関わるようになったのは、やっぱり校庭の砂いじりをしている時だった。
じっと地面を見つめて、時おり砂粒を拾い上げる白川に、設楽は声をかける。
「お前、なにやってんの?」
白川はそれを無視した。
だが、設楽は特に気にもとめずに、白川の横へ座り込む。
すると、白川の左手にあった緑色の小さな缶に、透き通った宝石の粒のようなものが重ねっているのが見えた。
「すげー!お前、それどうしたの?」
白川はうるさそうに眉をひそめたが、少しだけ得意になって答えた。
「たまに砂に混じって落ちてんだよ」
「えっ!宝石が落ちてんの?」
「んなわけないだろ。これはガラスかなんかの粒だろ」
「ふーん。でも綺麗だな」
白川の手のひらに収まった缶は、有名なペットボトルのお茶のロゴが描かれていて、小さな茶筒のようだった。
きっとお茶のおまけについてきたものなのだろう。
設楽はそれが羨ましく、その中に詰まったきらめく砂も羨ましかった。
「お前すごいなー。そういうの、俺の妹が好きなんだよ」
「お前妹いんの?」
「この間の国語のとき、作文の発表で話しただろ!」
「ふーん」
「本当だぞ。話したからな」
設楽はふてくされて白川を睨んだが、白川はどこ吹く風だ。
「そんなことより、なんでお前ここにいんの」
「えっ?」
「これが欲しいのか?」
「まぁ、くれるんなら欲しいけど」
すると、白川はぶっきらぼうに缶を設楽へ押し付けた。
「ほ、本当にくれんの?」
「ああ。くれてやるから、つきまとうな」
それだけ言って、偉そうな顔つきのまま白川は校舎の方へ歩き出した。
こんなことをされて、ひょうきんな設楽はどうしたか、簡単に想像がつくだろう。
設楽は白川に組みかかり、プロレス技をかけた。
「イテテテテ!なにすんだよ!」
「お前って意外といいやつだなって思ってさ!」
「じゃあなんで腕捻ってんだよ!」
「カッコつけすぎてシャクに触る」
なんとか技から抜け出した白川は設楽に悪態をついたが、設楽はにやにや笑っていた。
それから二人の付き合いは始まり、設楽ははすぐに妹を親友に紹介して、三人は連れだって遊ぶことが増えた。
その関係は中学生になっても変わらず、なにかあってもなくても、三人はいつも一緒だった。
そんな日々の中で、設楽があるノートに目を止める。
地味な表紙を開くと、中には文章がぎっしり書かれていて、設楽は驚きつつも読みいってしまった。
そのノートは白川がひた隠しにしてきた、自作の小説が綴られたものだった。
「お前!なに読んでんだよ!」
「いや、お前すげぇなー!これ、すげーおもしろいぞ!」
「……本当か?」
「本当に決まってんじゃん。なんで今まで読ませてくれなかったんだよ?」
「今だってお前が勝手に読んだだけだろ」
「まぁ、それはそうなんだけどさ」
設楽は読んだページに指を挟み、続きを読む気まんまんで白川の部屋に座り込んだ。
白川の部屋は物があまりなく、格子状の金属を組み合わせた棚に、同じ作者の小説が並んでいる以外、目立つものはない。
白川は設楽の視線が小説の方へ動いたのを見て、つまらなそうに白状した。
「その小説の白川省吾ってやつ、俺の父ちゃんなんだよ」
「マジかよ。有名な人?」
「そういう訳じゃねぇんじゃねーの。内容もタイトルも皮肉とか自虐ばっかで、読んでて気が滅入るし」
「ふーん、お前の作風と真逆だな」
「作風とか、それらしい言葉使うなよ。こっぱずかしいだろ」
腹立たしげに設楽へ言ったものの、白川の顔は少しにやけていた。
思えば、この頃が一番楽しかったのかもしれない。
白川がバカなことを考えなければ、この幸せが続いていたのかもしれなかった。
しかし、白川は言った。
「俺、今度の夏休みに、父さんに会いに行くことにするんだ」
「おお!それ俺もついていっていい?」
「好きにしろよ」
本当はこの日、白川は設楽についてきてほしくて相談しようとしていた。
なのに、設楽はいつもこんな調子で、白川の望みを叶えてしまう。
白川にとって設楽は、他にはいない親友だった。




