ドレスとおっさん
「ふあぁ……これが王都……!」
今日もサツキはかわいいです。
そうじゃなくて。
馬車に揺られること2日。特にハプニングもなく、俺たちは王都についた。
まず目につくのは、街の中央にある城だろうか。
街の3分の1は占めているんじゃないだろうか、とにかくでかい城だ。
その周りに、円状に城下町が広がり、住宅街や商店街を形成している。
俺は最近まで来ていた街だから、特に感動もない。そりゃあ初めて見たときは興奮もしたけどな。
エルザも元々住んでいる街だから、実に落ち着いたものだ。
そんなわけで、サツキ1人ではしゃいでいるのであった。
「ねぇ、エルザさ」
「お・ね・え・ちゃ・ん、ですよ?」
エルザはニッコリと笑って言う。
昨日のポーカーでの罰ゲーム、俺は膝枕を要求したが、エルザは、馬車の中にいる間、エルザのことをお姉ちゃんと呼ぶこと、と要求した。
もちろん罰ゲームを提案したのはサツキ自身なので、抵抗できるはずもなく、
「くっ……エルザお姉ちゃん……」
「どうかしましたか、サツキちゃん?」
苦虫を潰したかのような顔で、エルザのことをお姉ちゃんと呼ぶのであった。
……あれいいな。
俺も、「ケイお兄ちゃんっ」って呼んでもらいたい。
今度やって貰おう、そうしよう。
「王都に着いたら、すぐ王様に会いに行くの?」
サツキはエルザにそう聞いた。
エルザはすぐに答える。
「えぇ、まずは父、王に謁見していただきます。街に出られるのは恐らく明日以降になるんじゃないでしょうか。多分、すぐに食事だなんだと時間を取ると思いますから」
「うわ、だるいな」
「ケイ、王様の前ではお願いだからちゃんとしてよね」
サツキはそうは言うが、俺はおっさんのことは知ってるからな。
サツキはすごく楽しそうにしていたけれど、俺はすでにげんなりして、馬車はそれでも王城へと進んでいった。
城の中に入ると、前にも見たことある家臣の人が案内してくれた。名前とかはぶっちゃけ覚えていない。
「ケイ殿!よくぞ参られた!」とか言われたけど、マジであんた誰?だった。ごめんな。
謁見の前に、エルザとサツキは着替えるそうだ。
俺は、応接室のようなところで待たされている。
一瞬だけ、俺も着替えるべきか悩んだが、何も言われなかったしまぁいいかと思ってやめた。
30分ぐらいだろうか、しばらくぼーっと待っていると、ドアからノックの音が。
「ケイ様、お待たせいたしました」
そう言ってエリザが入ってきた。
赤を基調とした、Aラインの膝丈のドレスーードレスの名前については、後でサツキに教えてもらったーーが普段の、とは言え会って4日しか経っていないが、なかなか印象が変わるものだった。
髪もいつもより、ぐるぐると巻かれている気がする。
「へぇ、知ってたけど、こう見るとやっぱ姫さんなんだな」
「ふふ、お褒めに預かり光栄ですわ」
やや芝居がかった口調でエリザは言った。
だがそれよりも、俺の興味は、ドアの影に隠れている人物に移っていた。
エリザもそれを承知のようで、
「サツキちゃん、入ってきてくださいな」
とその人物に声をかける。
サツキはおずおずと部屋に入ってきた。
「どう、かな。変じゃないかな」
……綺麗だった。
ピンクのプリンセスラインのドレスーーこれも後でサツキに教えてもらったーーはサツキの白い肌を強調し、より美しさを引き立てている。ミニ丈で、その生足が見えるのもまたグット。
髪も普段の真っ直ぐ降ろした状態ではなく、巻かれてアップにまとめられている。
後、うっすらと化粧もしている?いつもより、かわいいというよりも、綺麗、だ。
「……なんか言ってくれないとわかんないんだけど?」
サツキが半眼でジトッとこちらを見る。
俺はハッと我に返って、サツキを褒めた。
「い、いや、すっごい綺麗で、見惚れてた」
「なーんかお世辞っぽいけど、まぁいいや、ありがと」
そう言うサツキの顔は、化粧のせいか、どこかいつもと違って見えた。
「さて、ではみなさん行きますよ」
エリザが先頭に立ち、俺たちを案内する。
俺は、紳士らしく、ヒールに慣れないサツキをエスコートした。
サツキはクスッと笑い、
「ケイ、似合わないなぁ、そういうの」
と言った。余計なお世話だばーか。
王の間。
中央にある仰々しいイスに、この国の王、アレックス・アリュウスデルトは鎮座していた。
俺は片膝をつき、顔を伏せて待つ。
俺の横に、エリザ。後ろにサツキが同じ体勢をとっている。
「よい、顔を上げよ」
低く、渋い声が聞こえる。
……なんか声が近い気がする。
俺は顔を上げると、目の前におっさんの顔があった。
「うわっ!」
「ケイー、うわっ!ってのは酷いんじゃねーのー?」
「おっさんが余計なイタズラするからじゃねーか!」
後ろに目をやれば、その光景を見ていたサツキが目を丸くしてポカンとしている。
エリザはため息をついていた。
おっさんはサツキの方へと移動すると、ポカンとしているサツキを立たせ、自分が膝をつき、サツキの手を持ちこう言った。
「はじめまして、レディ。この国の王をしております、アレックス・アリュウスデルトと言います。今日が良き出会いになるよう」
そしてサツキの手の甲に、キスを、
「やめろ!」
「やめてください!」
俺とエリザの2人で止めた。殴りかかって止めた。
おっさんは、それを受け止め、俺たちから距離をとる。
「ケイにエリザ、これは挨拶だよ?止めるだなんて酷いじゃないか」
「だとしても、サツキに手を出すのは許さん」
「ケイ様に同じく、ですわ」
「あっはっは、そこなレディはよくよく愛されているようだ」
だから来たくなかったんだよ。
このおっさん、アレックスは、40代という王にしては若く、それでいて年を感じさせない、だけれどどこかダンディな雰囲気を持った人物だ。
性格はご覧の通り飄々としていて、王として場数も踏んでいる。
非常に喰えない人物だ。
「で、俺たちを呼んだ理由は?」
俺は王都に呼ばれた理由を聞く。すると、
「あぁ、ケイに、いい人ができたとバーンズから聞いてね。会ってみたかっただけだよ」
「このど畜生め」
バーンズさんはなんで真っ直ぐ田舎に帰らず王都に寄ってるんですかねぇ。
フリーズしていたサツキが再起動して、俺に聞いてきた。
「えっと、王様ってバーンズさんとも面識あるの?」
「バーンズさんだけじゃなくて、王都に来る冒険者だったら大体面識あるんじゃねーのか?だって、あのおっさん、夜になったら普通に酒場に飲みに来るしな」
「えぇ……?」
サツキは怪訝な顔をしたが、紛れもなく事実である。
実際俺がおっさんと会ったのも酒場でサツキの情報を集めている時だったし。
ちゃんとこういう場で初めて会っていれば、王と呼んだかもしれないけど、俺の中でこいつはもはやおっさんとしか呼べない。
「まぁ、立ち話もなんだ。食事にでもしようじゃないか」
おっさんはそう言って食堂に向かって歩き出す。
俺たちは仕方無しにそれについていった。




