プロローグ
僕の名前は深谷 零。小学六年生。
趣味は、RPGゲームを作ることだ。
薄暗い部屋には、パソコンのモニターだけが青白く光っている。
机の上にはゲーム制作の参考書やノートが山のように積まれ、飲みかけのジュースのコップは、とっくに氷が溶けていた。
そして今も絶賛制作中。
画面の中では、ドット絵の勇者が村の石畳を歩いている。
今日は物語の序盤。
勇者が初めて村長に会い、ヒロインと出会うイベントを作っていた。
キーボードの WASD を軽快に叩き、勇者を操作する。
村長の家の前で立ち止まり、マウスをクリック。
家の中に移動すると、
♪キラリンッ!
効果音とともに、つるつる頭の村長が勢いよく現れた。
『ほっほっほっほっ! 勇者よ! よく来たぞ!』
よしよし。ここまでは予定通り。
僕はマウスをクリックして会話を進める。
すると。
♪キラリンッ!
『ほっほっほっほっ! 勇者よ! よく来たぞ!』
…………。
村長の横に、もう一人村長が立っていた。
もう一度クリックする。
♪キラリンッ!
『ほっほっほっほっ! 勇者よ! よく来たぞ!』
増えた。
嫌な予感しかしない。
カチッ。
♪キラリンッ!
カチッ。
♪キラリンッ!
カチカチカチカチカチッ!
♪キラリンッ!
♪キラリンッ!
♪キラリンッ!
気づけば画面いっぱいに、つるつる頭のおじさんが並んでいた。
「くそっ!! このハゲぇぇぇぇぇぇぇ!!」
村長、大繁殖。
ヒロインより目立ってどうする。
……またバグった。
でも、この手のバグはわりと見覚えがある。
大体こういうのは、イベント終了後の処理を書き忘れているか、ループ条件がおかしいかのどっちかだ。
コードを開き、該当箇所を探す。
「あー、やっぱり。」
イベント終了の条件が抜けていた。
これじゃ永遠に村長を召喚し続ける。
僕は急いでプログラムを書き換えた。
これで直る……たぶん。
数分後。
再びゲームを起動し、勇者を村長の家まで走らせる。
♪キラリンッ!
『ほっほっほっほっ! 勇者よ! よく来たぞ!』
クリック。
♪キラリンッ!
『ほっほっほっほっ! 勇者よ! よく来たぞ!』
「もーーー!! 村長しつこいよぉおおおお!!!」
画面の中では村長が次々と増殖していく。
「くそっ……。もうこうなったらヒロインも村長でいいか?」
ハゲ一号『初めまして勇者様!』
ハゲ二号『私は村長の娘。アリエラですわ!』
ハゲ一同『私たちの中から一人選んでください♡』
「選びたくないよ!!」
思わず一人でツッコミを入れる。
そんなくだらない妄想をしていると、一階から母さんの声が響いた。
「れい~! そろそろ塾の時間でしょ!」
「うわっ……はーい! もうちょっとしたら行くから!」
返事はする。でも、手は止めない。
原因になりそうなコードをもう一度見直し、慎重に書き換える。
これで直る。いや、直ってくれ。
「頼む!」
最後にエンターキーを勢いよく叩く。
ゲームを起動し、勇者をイベント地点まで走らせ、憎き村長が現れる。
『ほっほっほっほっ! 勇者よ! よく来たぞ!』
クリック。
『初めまして勇者様! 私はアリエラです。』
黒髪を揺らした少女が、画面の中でにっこりと微笑んだ。
「よし……動いた!」
思わず椅子から立ち上がってガッツポーズをする。
やっぱりゲーム作りは最高だ。
バグを直している時間は好きじゃない。
でも、何時間も悩んだものが思い通りに動いた瞬間だけは、何度味わってもたまらない。
そのとき、ドタドタと階段を上る音が聞こえてきた。
——まずい。
部屋のドアが勢いよく開く。
「こら! 早くしなさい!!」
「うわっ!」
母さんは腕を組み、呆れたようにため息をついた。
「塾に遅れるわよ!!」
「ご、ごめん!」
「さっきからずっと呼んでるでしょ」
「今行こうと思ってたんだって!」
「その台詞、昨日も聞いた」
「…………」
何も言い返せない。
最近はこんなことばかりだ。
夢中になると時間を忘れてしまう。
ゲームばかり作っているせいで怒られる毎日だけど、それでもやめられない。
いつか、自分が作ったゲームで世界中の人を楽しませたい。
それが僕の夢だった。
「ほら、本当に遅れるわよ」
「分かってる!」
急いで作りかけのゲームを保存する。
パソコンの電源を落とし、リュックを背負った。
「天神、天神、天神~♪」
昔のCMを真似してる父さんの声を思い出しながら、僕も同じ調子で口ずさみ、階段を駆け下りる。
あれ、これって階段を上る時だったっけ。
まぁいいや。
「行ってきます!」
「はいはい。気をつけてね」
母さんは少し呆れたように笑いながら、玄関で手を振った。
//——
それから数時間後。
塾を終え、僕は自転車のペダルを勢いよく踏み込んだ。
夏の終わりを感じさせる少し湿った風が頬をなでる。
住宅街を自転車で走りながら、頭の中ではゲームのことばかり考えていた。
「そろそろ新しい展開を考えないとなぁ……。」
主人公が新しい国へ向かうイベント。
敵勢力との戦争。
それとも——。
「あっ、そうだ!獣人族を助けるイベントにして……そこから仲間になって……ハーレム展開なんて最高じゃない?」
思わず笑いがこぼれる。
「ふふっ……絶対面白い。竜人族とかもありだなぁ!」
そんなことを考えながらペダルを漕いでいると、前方の道路に小さな影が見えた。
黒い、小さな猫だ。
周囲なんて気にも留めず、そのまま車道へ足を踏み出していく。
「…………え?」
猫が進もうとしている先へ、大型トラックが迫っていた。
ブォォォォン――!
低いエンジン音。
猫は気づいていない。
トラックもまだ減速していない。
「…………っ!」
考えるより先に体が動いた。
「危ない!!」
自転車を投げ出し、道路へ飛び出す。
僕の叫びにも気づかず、猫はのんびりと車道を歩き続けている。
必死に駆け寄り、小さな背中との距離を一気に詰めた。
あと少し。
ありったけの力で腕を伸ばす。指先が柔らかな毛並みに触れ、そのまま小さな体を胸へ抱き寄せた。
あとは道路の外へ逃げるだけだ。
そう思って地面を蹴った瞬間、踏み込んだ足首がぐにゃりと曲がった。
「え……?」
バランスを崩し、そのまま勢いよく地面へ倒れ込む。
キィィィィィィィッ!!
耳をつんざくようなブレーキ音。
顔を上げる。しかし、遅い。巨大な鉄の塊は止まらない。
目の前いっぱいに迫るヘッドライト。
世界が、ゆっくりになったように感じた。
……ああ。
忘れていた。
ゲームの中なら、主人公はレベルを上げて、強くなって、仲間を守れる。
でも——現実の僕は違う。
毎日部屋にこもって、ゲームばかり作っていた。
運動なんて、体育の授業くらい。
助けようとはした。
猫には手が届いた。
なのに、自分の体がついてこなかった。
こんなところで終わるなんて。
せっかく作っていたゲームも……。
まだラスボスも完成してない。
エンディングだって考えてない。
なのに僕の方が、先に終わるのか。
あぁ……。
完成させたかったな。
その最後の後悔を胸に、眩い光が僕の視界を白く塗りつぶした。




