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戦国の封獣・壱 〜信玄と鬼の眠る湖〜  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第6章 信長の鬼伝説と信玄死の謎
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【1】 石箱、開封せよ

湖畔に引き上げられた巨大な石箱――


その石蓋の両隅、諏訪湖からプレハブを向いて左側にあたる部分の二ヵ所に穴を開け、そこへワイヤーを通してクレーンのフックに掛けた。

右手にある二基のクレーンが、それをゆっくりと持ち上げていく。


ゴゴォォォ……グゥゥゥウ……ッ――

地鳴りのような、軋みと唸りを孕んだ重低音が、現場全体を震わせる。


数トンはあろうかという、一枚岩の平石が――

左から右へと、ゆっくり、そして確実に、その口を開いていく。


そのとき、どこからともなく――

遠い昔、戦国の世から漏れ出したかのような、血と鉄の匂いが、ほんのかすかに漂った。

獣と汗が入り混じった、湿った革鎧の臭気。

刀を抜き放ち、泥を蹴って駆ける足音――

鋼がぶつかり、怒声が飛び交い、馬が嘶く音が、遠く耳の奥で鳴ったような気がした。


それは、五百年前――この箱に封を施した者たちの、最期の気配だったのかもしれない。



やがて石蓋は、ゆっくりと箱の右端の上で垂直に立ち上がり、しんと静止した。

湖側から見れば、それはまるで、巨大な逆L字の構造物のようにそびえ立っていた。


開いた蓋の上に積もっていた土砂が、ズル、ズル……と滑るように崩れ落ちた。

すると、石蓋の上――その下から、四つのひし形が、かすかにその姿を現した。

その蓋の中央に開けられた小さな円形の穴からは――、静かに、諏訪湖の空が覗いていた。


その瞬間、現場を囲む観客の間から、どよめきと歓声が一斉に湧き上がった。

報道陣のカメラが唸るようにシャッターを切り、フラッシュの閃光が雨のように降り注ぐ。

歴史的な瞬間を逃すまいと、マイクを構えるレポーターの声が重なり合い、辺りには高揚と混乱が入り混じった熱気が立ちこめていた。



巨大な長方形の石箱の中――

その中央には、正方形の蓋を持つ、一回り小さな石箱が、きっちりと据えられていた。


側面に開けたドリル孔の高さまで湖水がほとんど抜けた内部には、他には何もなく、がらんとした空洞が広がっている。

ただ、所々に泥の塊がいくつももっこりと盛り上がっているのが見える。

この外箱の内部は、明日、陽が昇ってから本格的に調査される予定だった。


中にある内箱は、外側の箱の底部中央を、あらかじめその寸法に合わせて正確に削り取った凹みに、ぴたりとはめ込むようにして据えられている。

その構造により、内箱は完全に固定され、微動だにしないようになっていた。


さらに――垂直に立てられた石蓋の裏側にも、

中央の小さな円形の穴のまわりに、内箱に対応する正方形の凹凸が刻まれていた。

それは、この蓋もまた、内部の箱を上から押さえ込む役目を果たしていたことを物語っている。


龍信と源次は、左手の二基のクレーンに乗り込み、

内部に据えられていた石箱にワイヤーを掛け、ゆっくりと持ち上げた。


湖畔に引き上げられた巨大な石箱の側面――

その建物側にはレールが敷かれており、

その上には、大きなトロッコのような平板の台が静かに据えられていた。


二人は息を合わせ、慎重にクレーンを操作する。

そして、小箱はその台の上へと静かに降ろされた。


“小箱”とはいえ、その一辺は7.5メートル四方、高さはおよそ2.8メートル。

外箱と同じく、非常に硬質な岩石によって造られている。


石箱を載せたトロッコは、レールの上を電動で引かれながら、

ゆっくりとプレハブ造りの本部棟――その建物の中へと姿を消していった。


建物内部。

採集室の天井からは、太い鎖がいくつも垂れ下がっている。

石箱は、トロッコからその鎖へと繋ぎ替えられ、

室内中央に掘られた大きな穴の中へと、慎重に下ろされていった。


そして、中庭に面した外壁には、碧が訪れたときには開け放たれていた、

まるで小型飛行機の格納庫を思わせるような巨大な木製の二枚扉が、静かに設けられている。

今、その扉が――重々しい音を響かせながら、両端からゆっくりと閉じられていった。



――本日の報道は、ここで打ち切りとなった。

西の山の稜線に、夕陽が静かに沈もうとしている。


プレハブ造りの建物の周囲には、黄色いテープが張り巡らされ、

立ち入り禁止の札がいくつも掲げられていく。


石箱の引き上げを見届けた地元の見学者たちは、

一様に興奮した面持ちを残しながら、少しずつ湖畔を離れていった。

他局の報道クルーや中継車も、慌ただしく機材をたたみ、

蜘蛛の子を散らすように、諏訪湖の林道を抜けて去っていく。


その賑わいがすべて消えたあとの現場には、

ふたたび静かな時間が戻りつつあった。


雑木林に囲まれたこの一帯は、観光名所とは正反対の、人影もまばらな湖の裏手。

すぐ先を走る国道を行き交う車も、まばらである。


――ひとときだけ熱気に包まれた湖畔は、

いま、まるで何事もなかったかのように、これから訪れる深い夕闇の中へと、静かに溶け込んでいこうとしていた。

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