サイドB-20 姉妹の生立ち
「カスミさんは本当にマルティさんのお姉さんみたいですね。種族が違うから絶対そんなことはないのに、やり取りがやっぱり姉弟です。一緒に育たれるとかしたんですか?」
第13階層初日の夜、食事のあとのカスミのふるまいで、紅茶とシフォンケーキなる食後の補食がだされての団欒で、ツバキが何気なくカスミに問いかけた。
その日の自身の成果に酔っていたのか、初めて食べるシフォンケーキなるものが、ツバキの極上品種に登録されたためか不明だが、つい普段なら口にしない疑問が漏れてしまった。
ちなみに、カスミはシフォンケーキを人の倍切り分け、仕上げの生クリームもたっぷりとかけていた。
いわく「この体なら、どんなに食べても太らないから、制限の必要がない」からと、姉妹にはわけのわからない説明をしていた。
「こら、その話はダメだよ」
姉のカエデが、人の過去に触れた質問をした妹をたしなめる。
冒険者になるものの大半は、過去に何かしらの事情を抱えている者がおおいので、自然過去の話は自身で語るまではたずねないのが暗黙の不文律であった。
ただ、聞かれた当のカスミは気を悪くした風もなく、
「そうだね、少なくともマルティとは冒険者仲間になる前に、姉弟として暮らしていた期間があるよ。28年くらいかな。その時の感覚で、お互いに姉と弟の気分は抜けないのかも」
と答えた。
回答をもらったツバキは、フォーク片手にさらに追加で聞く。
「でも、種族が異なりますよね。親の代わりになるような方がいらっしゃったんですか?例えばだれか有能な冒険者に師事していたとか」
その質問は踏み込んではいけなかったのか、少し困った顔でカスミは答える。
「ごめん、そこらへんはちょっと複雑すぎて説明ができないかも。でも姉弟としての感覚は、たぶんこれからもずっと変わらないと思う。なによりこの生活、冒険者としての生活に巻き込んでくれたのは、ほかならぬマルティなんで感謝してる。そうだよな!」
「うっ、まあそうかも。まあ巻き込んだというかなり行きというか。自分から巻き込まれたんだから、どちらのせいというわけでもないかも」
ちょっと恨めしそうにマルティがカスミをみる。
ただ、強くは出れない態度は、いかにも姉に頭が上がらない弟に見えた。
「そういうあなたたちはどうなのよ。自分たちでは気が付いてないかもしれないけど、冒険者にしては立ち振る舞いに品がありすぎるわよ。どこかのお嬢様みたいな。なんで荒くれの実力主義の冒険者に姉妹してなったの?」
「カスミ姉」
今度はマルティがカスミをいさめる。
「いいよ、こちらから言い出しっぺなんだし。普通によくある話だし」
カエデは、淡々と話始めた。
「端的にいっちゃうと、お金を稼ぐ人がいなくなっちゃったのと、冒険者ぐらいしかできることがなかったためだよ。私もツバキも昨年までは、まあそれなりに裕福には暮らしていたんだけど、片親であった父が亡くなった途端、収入がなくなったの。父は騎士団にいたから、それなりに稼いではいたんだけど、武人一辺倒の人だったんでお金の管理に疎く、おまけにお人よしの慈善家だから身寄りのない子供たちの面倒を見ている教会に寄付をたくさんしていてらしくて、いざ亡くなって資産整理をしたら、家以外ほとんど貯蓄がなかったの。私たちは代々騎士一家で、私はおじいさまやお父様に剣の指南を受けていたんで、まあそれなりに戦えたんだけど、騎士自体が男性のみの登用しかなく、妹も魔法の才能はあったけど剣術はからきしだったんで、それじゃ二人でできることといって考えたら、冒険者だったていうわけ」
「でも二人とも、字が読めるし、ある程度の計算もできるよね。冒険者みたいな危ない仕事ではなくて、お父さんたちの伝手で文官の道もあったんじゃないの?」
カスミが問いかけた。
この世界の識字率が低いことは、マルティもわかっていた。
公共の学校がないため、裕福な家庭のものか身内にそれらを教えられるものがいる者しか、読み書きや四則計算はできない。
とくに数学は算数と呼べる程度のものしかなく、それも商人や国の会計に携わるものしか修得していない場合が多い。
そういう意味では、ふたりは学があるほうだった。
「そうですね。幸いなことに私たちの乳母にあたる方が、母と同じ商家の出の方でしたから、その方に幼少のころから教育して頂いたので、たぶん文官も勤まると思います。ですが騎士団と評議会の文官はそりが合わないので伝手などなく、というかおじい様と文官たちとは折り合いが悪かったので友人などおらず、その道はありませんでしたし、何より姉が日永座って何かをできる性分でもありませんでしたので...」
前半はともかく、最後の理由はマルティやカスミにも理解できた。
「なによ、私だって事務作業とかできるわよ」
いやどう見ても体育会系のじっと座って何かできないタイプでしょう、とはだれも口にできなかったが、腑におちる回答だった。
「騎士団ということは、二人はイオシスの出身なんだね」
話題を変えるるように、マルティが二人に問うた。
「はい、生まれも育ちもイオシスです。父たちが所属していた騎士団も評議会直属のアルテミス騎士団です。父は違いますが、祖父はひとつ前の騎士団長でした」
「へえ、それはすごいね。アルテミス騎士団といえば、この国一の騎士団だんだもんね」
この国は、イオシスを首都とするこの世界では珍しい連邦国家であった。
国の名前を北の国ということで、ノースランド連邦国という。
めずらしいというのは、他国がほとんど国王・貴族制を用いている王国ばかりで、民間から選出して国をおさめている評議会制をとっている国はほとんどなかった。
連邦というと壮大な国家に思われがちだが、実際は都市国家が寄せ集まった、小さな国であった。
北の火山地帯や多くの樹海にその領土のほとんどを覆いつくされ、人や亜人の生活できる生活圏はほとんどない。
魔物や竜も多く、人々はその隙間を縫ってほそぼそと暮らしているのが現状だ。
そうした人たちが集まって町を作り、発展してきたのがいまある5つの都市国家であった。
運営は住民がみなで選定した人材、まちをうまく回せると判断された人々が選出される仕組みが古来よりあり、そのリーダーを統括者とよんでいる。
統括者の任期は長いものは10年を超えることもあるが、基本的には権力者というよりは都市の雑務統括者の色合いが強いこと、そもそも住人の意に染まぬ政策が多い場合は、リコールによる引き下ろしもあることから、給料が高い以外のメリットはあまりなく、不人気な職種であった。
そのようにしてそれぞれが生き残るために、自然できた公僕のシステムもそれぞれの都市国家間での取引が盛んになってくると、軋轢が生じだした。
それを調停するためのルール作りを統括者間で行うようになったのが評議会の始まりで、いまではイオシスを首都として5つの都市国家の統括者および補佐官8名が評議会という話し合いの場をつくり、国の法律や税制を取りまとめるようになっている。
アルテミス騎士団というのは、その評議会直属機関として立ち上げられた騎士団で、都市国家同士のいさかいの調停や魔物の駆除、災害時の補助を主な活動としている。
外国に対しては専守防衛を基本として、外国侵攻を想定していない騎士団であった。
というか国が貧乏で人よりも魔物が多いため、そもそも外国に進行する国力もなく、むしろ魔物や樹海にのまれないようにするための活動色が強かった。
逆に他の国も、ノースランド連邦国が軍事的に弱いとは知っていながらも、間をはさむ大海に阻まれていること、占領したとしても実入りが少なくメリットがないことから、侵略先として放置されている状況であった。
「じゃあなんだ、おじいさんが評議会とあんまりうまくいってなかったから、そちらでの就職は望めなかったということか」
「はい、祖父はなにかと人員不足・経費不足を評議会に進言していたらしく、よく衝突していたと父からききました。父も父で教会で養われている孤児たちの援助支援を進言して煙たがられていたことを話していました」
なので、二人が亡くなった場合の騎士として名門とも言えるはずの二人の家に対しての援助は、まったくなかったということらしい。
かといって評議会が薄情であるともいえなかった。
この国では人々がか、その日暮らしのつかつの生活を強いられている。
貧乏な国には、当然国家予算の収入源である税金も少なく、そのなかでいろいろやりくりする必要があるだろう。
マルティの見聞きした範囲では、この国には国債のような国が借金する制度もなく、銀行組織も各ギルドで持っている連携のないものばかりなのだ。
そもそもこの世界には造幣という概念がないので、お金は流通しているものより減ることはあっても増えることはほとんどない。
日本のように国債を発行して、その分お金を刷ればよいというものでもない。
なので、税収というより現物納付という方が多い。
国はもともとお金の現物を持っていないのである。
国が破綻するイコール評議会自体の崩壊となる。
賃金としてはらう経費はなるべく抑えたいのは、やむを得ないことと思えた。
「まあ、そんなわけで冒険者になったんだけど、その選択は大正解だったね」
とカエデはマルティたちに微笑む。
「こんなおいしいケーキにもあえたしね」




