サイドA-28 『暁の銀狼』の誤算
「こらこら、ギルド内でもめごとはご法度だよ。ミヤビもあおるんじゃないよ。どんな条件でも断るというだけでいいじゃないか」
熱くなりかけているミヤビを、ホクトが軽くいさめる。
「聞く耳をもっていないこの男が悪いにゃ。人を自分の名声のための道具としか思っていない輩に、なんでうちが迎合してやんなきゃいけないんにゃ」
「だーかーら」
ホクトのとりなしも台無しにするようなセリフを、ミヤビは吐き続ける。
人との関わりなどあまり気にしないミヤビが、ホクトの助言を無視するほどガスト自身に対してイライラしているのをみて、以外に思うホクトであった。
たしかにガストの態度ははなから自分の思い通りに、まわりが動くこと前提の言動だ。
相手を下に見下す態度も堂にいっている。
ただ、こういうキャラの悪役としてみる限り、ホクトとしては新鮮でむしろ滑稽にみえてしまい、あまり腹が立たなかった。
ガストたちのほうは、自分の思い通りにならないばかりか、ギルド内で恥をかかされたと感じているのか、さら二ヒートアップしているように見えた。
もうこのまま穏便に収まるとも思えない空気の中、なぜかミヤビが急に折れた。
というかにやついた。
「わかったにゃ。さっきの条件は取り消してやるにゃ。かわりに現実的な条件をだすにゃ。それをクリアできたらホクトとのパーティを解消して、おまいらのパーティーに参加してやるにゃ」
突然のミヤビの態度の軟化に、ガストたちに余裕が戻る。
「おい、ミヤビ、なに急に...」
「だまってろ、付録の人間が。で、新しい条件てななんだ」
「おたくら、一応このギルド支部の最強パーティーだよにゃ。だったらお前と、後ろの男ふたりは腕っぷしは強いにゃ」
ミヤビはガストの背後にいる二人のガタイを見ていった。
「なにを当たり前のことを。だったらなんだ?模擬戦でもしたいのか?」
「いんや、そんなめんどうなことはしたくないにや。アームレスリングで決着をつけるにゃ」
「アームレスリングだぁ?」
「そうにゃ。お前と後ろの腕の太そうな男二人。三人のうちひとりでもこちらに勝てたら、そっちのパーティに参加してやるにゃ」
ガストの顔が満面の笑みでみたされた。
「なるほど。たしかにダンジョンボスを倒すほどのお前だ。腕っぷしには自信があるらしいな。よし、うけてやろう、おい」
ガストの指示のもと、勝負するための台となる酒樽が運ばれてきた。
そこに手をおいたのは、ガストに顎で指示されたタンクのビートというメンバーであった。
「まずは俺からだ。お手柔らかに頼むぜ」
大盾でメンバーの前衛を務めるだけあって、大きな体のおことであった。
鎧の裾から見える足や手は、筋骨隆々で、そこだけはリーダーけのガストを抜いているようだ。
ミヤビと比較しても、体の体積だけでいえば5倍の差は優にあった。
口ではああいっているがガストもこのメンバー自分たちの勝利を信じて疑わなかった。
魔物相手には最強の戦士たるミヤビかもしれないが、技術の介入の余地のない純粋な腕っぷしだけであれば、自分たちが圧勝だ。
自分の力を過信して、提出する条件の選択ミスをしやがった、とガストは心の中であざわらった。
「どうした?早くやろうぜ、ビビっちまったか」
タンクの出す手を握るどころか、腕を組んだまま微動だにミヤビに、はやしたてた。
「ビビるって何にゃ?デビルのいとこかにゃ。じゃあホクト、ぱぱっとやっちゃってにゃ」
「えっ、ぼく?」
一瞬思考の停止する一同であったが、ミヤビの言ったことの意味が浸透し始めると、ガストのパーティメンバーだけでなく、冒険者ギルド内にいる冒険者たちの間で、爆笑が起きた。
「いいじゃねえか。最弱ホクトが相手でも。それで約束を守ってくれるなら」
「なんだよ。俺じゃなくてもうちのマジック・キャスターのハラウでもいいじゃねえか。しらけるぜ」
タンクのビートは不服そうに吐いた。
「ミヤビー、自分で始めといて、それはないんじゃない?」
「か弱いメンバーがいびられてるにゃ。ご主人様たるホクトが、助けるのは当然にゃ」
ミヤビはすました顔で、ホクトに押し付けた。
「安心しな。腕が折れようが粉砕しようがミヤビが入ってくれたサービスに、うちら自慢のヒーラーにいたくなくなる程度に回復してやるよ」
ホクトはやれやれといった感じで、前へ進み出てタンクの腕をつかんだ。
「おめえもこんなことで腕を一生台無しにするなんざ、ついてない野郎だな」
ゲームとは言いながらも、自分のフラストレーションを解消すべく、ホクトの腕を文字通り粉砕するつもりでビートは乱暴に、ホクトの腕に全力をかけ入れた。
ワイルド・ボアの牙を力任せにねじり取ったこともあるビートの豪力が、ホクトの腕に襲い掛かった。
が、ビートやガストたちの予想をよそに、ホクトの腕は微動だにしていなかった。
「えっ」
タンクは慌てた。
予想もしていなかった事態というだけでなく、押しても引いても動くイメージが全くわかなかった。
それどころか、自分の手を握るホクトの手が徐々に上がってきており、手放すことも困難であった。
ビートは慌てると同時に、冒険者たちの前でホクトごときに瞬殺できないことであせりで頭に血が上り、体重もかけた全パワーも絞りだす。
それでも状況は一向にかわらない。
微動だにしない、地面に打ち付けられた太い鉄の棒でも相手にしているようだった。
対するホクトは、そんなビートとは対照的に、さして力をふるっているようには思えない、すずしい顔をしてビートを見ていた。
(こうなるのは、当たり前だよな...)
ホクトは一人、心の中でごちた。
ミヤビに劣るとはいえ、『ケイオスの指輪』とミヤビとのパーティでの討伐経験で、ホクトのレベルは2500に届こうとしていた。
対してたとえBランクとはいえ、レベル100にも届かないビートとではステータスの差が数倍ではすまない。
象とアリとまではいわないが、象と仔犬ぐらいの力の差はあった。
ビートは必死の形相で、力をふり絞り続けた。
文字通り全身前例をかけて右腕に力を集約した結果、微動だにしない鉄の棒相手では自分がだすパワーの逃げどころがないため、そのちからはそのままタンク・ビートの腕に返ってきていた。
どんなつわものでも、長時間瞬発的な全力が出せるわけもなく、かつ腕への負担で骨まできしみだしたビートは加工の一直線だ。
「ビート、なに遊んでる。さっさとやらんか」
混乱しているのはビートだけではなかった。
ガスト含む『暁の銀郎』メンバーは、目の前の状況がの見込めず、焦りだした。
強豪のミヤビならともかく、ホクトなど数秒も持たず曲がった腕をかかえて、のたうち回っているはずだった。
ホクトは、徐々にだが力をあげて、ゆっくりとビートの腕をたおしていく。
一気に決着をつけることは可能であったが、それをすればビートの腕がどうなるかはわかりきっている、ホクトの配慮だった。
じりじりとではあるがビートの腕は抗うすべもなく、ゆっくりと樽の表面に手の甲をついた。
「はい、僕の勝ち。次の人どうする?」
ホクトはケビンたちが負けを宣言するまで、ビートの手から力を抜かなかった。
ゆっくり倒したとはいえ、そうとうビートの手は痛んだろうからすぐに離して治療なりさせてあげたかったが、ここまで悪役お決まりのパターンをこなしてきたガストたちだ。
何か追加で難癖をつけてこられないように、勝敗はしっかり宣言させたかった。
ガストは怒りの形相を崩さないものの、次の言葉を失っていた。
腕力だけでいえば、自分と同等のビートがここまで完璧に押し切られたのだ。
悔しいが、勝てる予想はまったくたてられなかった。
「い、行くぞ」
ガストはメンバーに声をかけると、我先にギルドから出ていった。
他のメンバーも慌てて後をおう。
ビートが腕を抑えながら、ホクトをにらみつけるのをわすれず去ったのには、ホクトは少し心が痛んだ。
「お前らなー、もう少しうまくかわせよな」
少し前からハンナに呼び出されて背後で様子をうかがっていたギルドマスターのケビンが、やれやれと声をかけた。
「いや、今回ぼくは被害者ですし、悪いのミヤビです」
「吹っ掛けてきたのは、あいつらにゃ」
二人は譲らないが、ケビンから言わせればホクトパーティの問題だった。
「まあ、お前らの実力はあまり知られていないしな。登録直後でDランクだから注目されるのはしょうがないがな。ただ注目されていることだけは認識してくれよ」
ホクトは、そこは社会人らしく気をつけますと返事し、ミヤビは飼い猫らしくそっぽを向いたのだった。




