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第12話「アビゲイル・クロワ」 - 3

※生成AIで作った画像を挿絵に使っています。その為一貫していない部分がありますが雰囲気モノとしてご容赦ください。

スカーレット枢機卿の執務室は静まり返っていた。


かつては文書や記録が所狭しと並び、秘書官たちの足音や声が絶えなかった空間だ。それが今では、埃っぽい空気だけが漂い、異様な静けさがアンナを包み込んでいた。


挿絵(By みてみん)


事件の後、何人もいた秘書官は全員いなくなっていた。


スカーレット枢機卿は国の存亡に関わる大事件を起こした重罪人。そんな声が出回りだし、秘書官たちも蔑んだ目で見られるようになっていったからだ。


「スカーレット様が、どれだけこの国の産業発展に腐心してきたのか、銃を配備して国境の村々を守ったのか。そうした枢機卿の功績をみんなは忘れてしまったの?」


声に出してみても、彼女自身が何をすべきかわからなかった。執務室にはスカーレットが愛用していたインク壺やペンがそのまま残っており、彼女がもう二度とここに戻らないことが現実味を帯びる。


双子の兄トーマスは、呪詛を込めたのはアビゲイル枢機卿の可能性があると話していた。

それが本当なら、スカーレット枢機卿はただ利用されただけで、罪人にされるべき人ではない。それなのに、世間の目はあまりにも冷酷だった。


その時、不意に背後から足音が聞こえた。固い革靴が石畳を踏む音だ。

アンナはハッとして振り返ると、部屋の入り口に衛兵が立っていた。


「誰かいると思ったら…アンナさんでしたか」


そして衛兵は少し言いにくそうに口を開いた。


「…噂で聞いたんですが、あなたはカルメサス家の御親戚の令嬢だそうですね?」


その言葉に、アンナの思考が一瞬止まった。


「え、あ、実は、あの…」


令嬢というのはアンナをスカーレット枢機卿に近づけるためにマリア伯爵が考えた嘘だった。

衛兵は遮るように続ける。


「いいですか、このままではスカーレット枢機卿の嫌疑があなたに及ぶかもしれません。この部屋にいるだけでも危険です。早々にここを立ち去り、実家に戻ることをお勧めします。マリア伯爵にも迷惑がかかりますよ」


衛兵が部屋を後にすると、アンナはその場に崩れるように座り込んだ。

もうスカーレットは完全に犯罪者、事件の首謀者扱いになっていることが悲しくてたまらなかった。


しかし、その次の瞬間、記憶の奥から小さな疑問が浮かび上がる。

それが衛兵の発言と重なり、それがまるで周到に用意された設定だったように思えてきた。


「そうだ…スカーレット様にドワーフの銃の技術話を持ち込んだのは…マリア伯爵だ」


トーマスを宮廷道化師として迎え入れたのも、自分をスカーレット枢機卿の下に送り込んだのもマリア。そしてスカーレットの関心をドワーフの技術に向けさせたのもマリアだ。3姉弟を支援していると言いつつ彼女は壮大な計画を実現する駒として自分たちを使っているのではないか。


そう考えると事件の時の行動も怪しく思えてくる。舞台下へマリアがいち早く避難していた姿が脳裏をよぎった。どうして彼女だけが、あの混乱の中で冷静に行動できたのか?


アンナの思考は負のスパイラルに陥り始める。マリア伯爵が真の黒幕である可能性が、彼女の心の中で徐々に確信に変わりつつあった。


◇ ◇ ◇


一方その頃、トーマスは書斎の椅子に座り、机に広げた資料の上に肘をついて頭を抱えていた。目の前の記録や報告書は、パズルのように断片的な情報を提示しているが、それを組み立てるための鍵が欠けている。


「うーん…」と、彼は小さく唸った。


頭に浮かぶのは、アンナがドワーフ職人から聞いてきたことだ。


「呪詛者が死ねば、呪詛は発動しなくなり、魔鉱石が壊れて普通の銃になる」


この話を信じて考えを進めていくしかない。


つまり、呪詛者はまだ生きている可能性が高い。そして、式典の舞台で呪詛を発動したのもその人物だ。だが、そもそも黒幕は式典で何をしようとしたのか?それは成功したのか?


トーマスは目を閉じ、記憶を辿る。

舞台上での混乱、凶暴化した村人たち。彼らは真っ先に国王と王妃へと向かっていった。彼の思考は一つの結論に行き着く。


「国王を暗殺するのが目的だったのか…」


その考えが浮かんだとき、トーマスは眉をひそめた。


「でも、それが成功しても後継ぎがいないから、次の国王は親族になるだけだ。影響力があるマリア伯爵は遠縁だし、候補に挙がるかは微妙。となるとテオドール王が亡くなれば王国の弱体化は避けられない」


国王を失ったベレンニア王国が崩壊の危機に瀕する未来が思い浮かぶ。

だが、それ自体が黒幕の狙いだったとすれば…?


トーマスの思考はさらに深まる。


「だとしたら、本当の黒幕は隣国か、あるいは魔王の関係者か…」


彼の心に浮かぶのは、ロレンディスが言っていた言葉だった。


「魔核とは魔族の心臓だ。魔族は、魔核銃の存在を知ったら怒り狂うだろう」


魔族にとっての禁忌を魔王自身が仕組むとは考えにくい。隣国との関係も歴史的に良好だ。どちらも説得力に欠ける。


「うーん…前の世界では、王国や王政の崩壊を生んだのは…たしか宗教改革だったっけ。ルター?」


彼は机の上に視線を落としながら、昔の歴史の授業を思い出していた。


挿絵(By みてみん)


16世紀の宗教改革の周辺には、技術革新や産業の発展があった。それによって、政治のあり方が変わり、やがて民主化運動に繋がっていった。


ベレンニア王国も革新派のスカーレットが今も技術革新を推し進めていたら同じような未来が待っていたかもしれない。


「実際にスカーレット枢機卿は『武器の民主化』という表現をしていたらしいしな」


いや、でもそうなると国王暗殺の首謀者はスカーレットということになってしまう。しかし、彼女は既に亡くなっている。


そこまで考えたところで、トーマスの頭は限界に達した。


「…ダメだ、頭が沸騰しそうだ」


彼は深く息をつき、椅子に体を預けた。


「タリーサ姉さんは腑抜けちゃってるし、アンナもスカーレット枢機卿の死で塞ぎ込んでいる。弟の俺が何とかしなきゃいけないのは分かってるけど…荷が重いよ」


吐き出すようにそう言うと、トーマスは一瞬だけ目を閉じた。


そのとき、ふとある人物の顔が脳裏をよぎった。


「ロジャー・クロワ…」


クロワ家は、17年前に次女リリーが亡くなり、今回の事件で長女アビゲイルも命を落とした。残された当主ロジャーは今どうしているのだろうか?


以前会ったとき、リリーの死について尋ねたが、彼は淡々とこう言った。


「彼女があの時に死ぬのは、神がそう決めたからだ」


あまりにも感情のない答えに、トーマスは困惑した記憶がある。しかし、今回は状況が違う。アビゲイルの死はクロワ家にとっても重大な出来事だ。ロジャーが動揺しているなら、話を聞くチャンスかもしれない。


彼は席を立ち、手元の記録を手早くまとめた。


「タリーサ姉さんはルーファス父さんを殺した黒幕がアビゲイルだと確信している。もし唯一生きているロジャーが全てを知っているなら、今回の事件も、過去の真相も掴めるかもしれない」


危険な賭けだと分かっていた。だが、行動しなければ何も得られない。


「賭けてみるしかない」


(続く)

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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★あとがき★

双子のアンナとトーマスはそれぞれ全く違うことを考えていました。

トーマスは現代からの転生者であることをこれまであまり出せていませんがこういう場面で少しずつ発揮していきます。最後の最後で。


次回、双子の衝突、そしてクロワ家へ。

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