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第12話「アビゲイル・クロワ」 - 2

※生成AIで作った画像を挿絵に使っています。その為一貫していない部分がありますが雰囲気モノとしてご容赦ください。

国境付近の空は、重い灰色の雲に覆われていた。


薄ら寒い風が吹き荒れ、地面に乾いた砂埃を舞い上げる。聖騎士団の陣地では、再編成のための喧騒が絶え間なく響いていた。


事件の影響で混乱した騎士団は、ようやく陣容を整えつつあるが、完全な復旧には程遠い。


「一番隊、北の村からの避難民を受け入れる準備を急げ!」


バーニー隊長が低い声で指示を飛ばす。その声には普段の落ち着きが欠けている。彼は不器用ながらも全力で責任を背負い、指揮を執り続けていた。


隣では二番隊隊長アイバンが地図を覗き込み、険しい顔で討議に加わっている。


「村々の防衛線がここまで後退した状況で、魔王軍が動き出すのは時間の問題だ。これ以上の犠牲は避けねばならん」


アイバンの言葉に、若い騎士たちは緊張した面持ちで頷いた。


事件後、魔核銃の危険性が認められ、王国全体で使用が全面禁止された。


それに伴い、全ての魔核銃が回収された結果、国境付近の村々は戦闘力を大幅に失った。村人たちは再び騎士団の守りに依存するしかなく、聖騎士団はその重い責任を再び担うことになった。


「急げ! 魔王軍がこちらの変化に気づく前に立て直すんだ!」


バーニーの檄が陣地に響き渡る。騎士たちは疲れた体に鞭打ち、準備を進めていた。


この場にマクスウェルの姿はない。


事件の際にアビゲイル枢機卿の護衛についていた彼は、凶暴化した村人に踏み潰され亡くなった。頼れる老騎士の死は、聖騎士団に重い衝撃を与えたが、誰もその喪失を振り返る余裕がなかった。


◇ ◇ ◇


三番隊の若手騎士フェリックスは、陣地の端で一人項垂れていた。事件の中で目撃した数々の惨劇が、彼の心を縛り付けていた。


タリーサの背負う運命。


それを知った瞬間、自分がどれだけ無力で、どれほど情けない存在なのかを痛感した。彼女の覚悟と比べ、自分には何一つ役立てるものがない。


「聖騎士なんだから、もっとシャキッとしなさいよ!」


突然の声にフェリックスは顔を上げた。目の前には先輩騎士のシェリルが立っていた。


「……すみません」


消え入りそうな声で答えるフェリックスに、シェリルはため息をついた。


「まったく……目の前にこんな魅力的な先輩がいるっていうのに、何をクヨクヨしてるのよ?」


フェリックスが驚いた表情を見せると、シェリルは少し笑いながら続けた。


「ほら、立ちなさい! 私がアンタを支えてあげるって言ってるんだから!」


シェリルの言葉に、フェリックスは少しずつ顔を上げた。その飾らない態度に、胸の中でわずかに張り詰めていたものがほぐれていくのを感じた。


「……ありがとう、シェリル先輩」


彼の小さな声に、シェリルは満足そうに頷き、彼を促すように肩を軽く叩いた。


「お兄様に次に会う時は婚約者として紹介してくれるんでしょ? こんなとこでへこたれてる旦那様じゃ困るのよ!」


フェリックスはぎこちなく笑みを浮かべながら頷いたが、その胸には消えない後ろめたさが残った。タリーサへの思いが、彼の中で小さな棘となり続けていた。


◇ ◇ ◇


タリーサは日の光が差し込む部屋の窓辺に座っていた。


目の前には昨日と同じ静かな庭が広がっている。鳥のさえずりも、木々を揺らす風の音も聞こえるのに、そのすべてが遠い世界の出来事のように感じられた。


自分の手をじっと見つめ、ふと気づく。指先に力が入らない。気持ちがどこかで空っぽになっているのだ。


「アビゲイルは死んだ……」


その言葉を、声に出して自分に言い聞かせるように呟いた。


彼女こそが父ルーファスを暗殺した黒幕だと確信していた。聖典の売却や数々の陰謀の中心にいた人物。


けれど、何も解決していない。なぜ父を殺したのか? 聖典を売却していた理由は?

そして、アビゲイルは何を考えていたのか? もう誰にもそれを聞くことはできない。


思考が巡る。


だが、心の奥底で何かがふと軽くなっている気がした。

その感覚が嫌だった。


「私はただ、父の死の真相を知りたかっただけ…復讐するためじゃない…」


自分にそう言い聞かせるが、脳裏に蘇るのは17年間執拗に追い求めてきた記憶だった。


アンドリュー・エルドムイ老人を思い出す。


父の死後すぐに実家セルヴィオラ家を襲撃した黒幕はアビゲイル枢機卿ではなく、エルドムイ家の残党だった。セルヴィオラは政争の結果、エルドムイ家を没落させ、アンドリューの父たちは非業の死を遂げた。


セルヴィオラを恨んで当然の立場である彼がタリーサに語ったのは真逆の言葉だった。


『復讐を重ねることには何の意味もない、分かるかね?』


あの時、自分は答えた。


『分かります。私は父がなぜ死んだのか知りたいだけです。復讐したい気持ちはありません』


だが、その言葉は本心を語っていたのだろうか?

真相は今でも知りたい。でも心のどこかで、もうこれで終わりでいいと考え始めている自分がいる。


しかし、これで終わりにして自分には何が残るのだろう。

父を失った理由を知りたかったその先に、自分は何を望んでいたのだろう。


考えは尽きないまま、部屋の扉が軽くノックされた。


「タリーサ、副団長のペネロペだ。今いいか?」


返事を待たず、ペネロペが扉を開ける。彼女の姿を見た瞬間、タリーサは自分の気持ちをどう整理していいかわからなかった。


挿絵(By みてみん)


「お前もか」


ペネロペの最初の一言は、どこか皮肉めいた響きだったが、その目には疲労と優しさが宿っていた。


「グレース様もお前と同じ顔をして過ごしている」


タリーサは目を伏せた。


「先々代のルーファス殿、先代のラルフ殿を失うことになった黒幕アビゲイルは死んだ。それなのに、なぜそんな顔をしている?」


タリーサは答えられない。何も言えないまま、沈黙が二人の間を支配する。


ペネロペはため息をつき、言葉を続けた。


「姫様の心に深く刻まれているのは後悔だ。黒幕を守って尊敬する先輩ラルフ殿を斬ってしまった。法的には正当防衛でも、それがグレース様の心を癒すことはない」


ペネロペは、一度はタリーサを聖騎士団から排斥しようとした自分を思い返した。あの頃の自分であれば、タリーサを放置し、このまま心を腐らせて聖騎士団を去るよう仕向けていただろう。


しかし、今は違う。タリーサの真の目的を知り、どれほどの覚悟で聖騎士団に来たかを知り、考えが変わった。だからこそ、この状況が余計に苛立たしい。


「それでもグレース様は仕事に没頭することで進もうとしている。お前はどうだ? ここで膝を抱えて気分を沈めるだけか?」


「……」


「タリーサ、お前も早く聖騎士団に復帰しろ。心を病んで変な考えを起こす前に体を動かせ」


その言葉に、タリーサは小さく首を横に振った。


「私には、もう何もないんです……これから何をしたらいいのか分からないんです…」


ペネロペは短く息を吐き、椅子を引いて座った。


「分からないなら動け、タリーサ。自分の中で答えが見つかるまで待っていたら、心が腐るぞ」


その強い声に、タリーサは僅かに表情を変えた。自分の感情を振り切れるわけではないが、確かに何かが揺らいだような気がした。


(続く)

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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★あとがき★

グレースのこともタリーサのことも心配する人はペネロペしかおらず、副団長なのに聖騎士団の最前線にいない事にしちゃいました。バーニーとアイバンが頑張るので大丈夫です。それにしてもフェリックスは登場するたびに情けない奴になっていく。普通の人が壮絶な運命の主人公に接したらこうなるよね、と考えちゃう著者の思いが彼に現れているのかもしれません。


次回、心を病んでいたのはタリーサだけではありませんでした・・・

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