第四十四話 親友を想って
私は床に膝をついて慇懃な態度で頭を下げた。
「御身を謀ろうとなどというご無礼、お詫びのしようもございません。
もし我が心の内をお見せすること叶うのなら――」
「俺そういうの形式ぶったの嫌いなんだよ。
ご機嫌窺いながらじゃないと俺と喋れないのかい?」
私を嬲るようにヨシュアは視線で体を舐め回してくる。
かかる重圧を跳ね除けて私は懇願する。
「ただ私は……コウを守りたいだけなのです」
ヨシュアはグラスに当てていた口を外し、目を細めて私を見つめる。
「俺が何かするとでも?
君の目の前でユキにも言ったろう。
殺すつもりなんて最初からないって――」
「種明かしが必ずしも真実であるとは限りません」
私がそういうと笑みを浮かべていたヨシュアの口元が引きつった。
ようやく、この人のペースを崩せた。
「貴方はどっちにでも転ばせられました。
コウが邪魔だったり害悪と判断したら殺す。
じゃなければ保留。
最悪はユキがコウを庇い立てして来た場合。
だから、一旦ユキさんを安心させるためあんな風にヴィヴィアンの存在を利用した。
ユキが警戒してなければコウの命なんて貴方は花を摘むように簡単に奪えるでしょう」
ヨシュアは無表情ながらも真剣に私の話に耳を傾けていた。
それが答えだと思っていいのかしら?
「君みたいに勘の鋭い子はあまり好きじゃないな」
おどけた口振りだが目が笑っていない。
だから私も言葉を返さない。
するとヨシュアは、ふうっ、とため息をついて膝を立てて語り出した。
「捉え所のない奴だとか何考えているのかわからん奴だとかよく言われる。
そのくせ頭がキレて腕が立つから扱いにくいって。
俺は何がどう転んでも楽しめる性質ってだけで思いつきで動いてるだけなんだけどなぁ」
目が覚めるような美貌、神からの寵愛を思わせる才覚、そして最高級の血統。
しようと思えば何でもできてしまう奴に思いつきで行動されては周りはたまったもんじゃないわ。
「ユキに初めて会ったのは六天騎士団の連中にしごき回されている時だったな。
娘と言われた方が納得いくような華奢で可愛らしい男の子が歴戦の強者ですら目を背けたくなるような苦行を黙々とこなしている。
何がそいつを支えているのかが気になったが……特に何もないんだ。
皇族としての矜持や強さへの憧れでもない。
透明な水がさらさらと上から下へ流れるように自分がそうする事が当然であると受け入れられるほどの純粋。
言い方を変えれば心に置きとどめているものが何もないと言える。
見方によっては悲しい人間だが、俺はそれを美しいと思った」
恍惚とした表情でヨシュアは宙を仰ぐ。
「互いに尊敬し合う関係は親密な友情ともなり得る。
俺と奴はすぐ親友になった。
おかげで退屈だったナイツオブクラウンの集いも少し楽しめる気配が出て来た。
だけど、不安にもなる。
ユキの純粋がなにかの拍子で崩れてしまうんじゃないかって」
「コウがその原因になると?」
「だってそうだろ。
ユキはコウちゃんを忘れるために過去との決別に勤しんだ。
コウちゃんはユキが空っぽになる前の中身だったんだ」
ヨシュアは拗ねるように口先を尖らせて頬杖をついた。
「ユキ様を変えてしまいそうなコウを疎ましいと?」
「別に殺したいほど憎いかと言えばそうじゃない。
なかなか興味深いタイプだしね。
だけどユキを変えられるのは見ていて落ち着かない。
君にとってもそうじゃないか?」
ユキとの再会はコウを変えてしまうかもしれない。
そもそも私とコウとは女同士でいつまでも一緒にいるのは難しい。
だから幼馴染の上、男であるユキに嫉妬したりもしたし……ああ、そうか。
「たしかにお気持ちは分かりますよ。
ただ、殿下の今悩まれていることは私が既に通り過ぎた場所でございます」
「どういうことだ?」
「あなた様のお言葉を借りるならば、どう転んでも楽しめる、ということです。
私はコウがユキ様と男女の関係になってもそれはそれで楽しいんですよ。
あの男よりも男らしいコウが乙女みたいに恥じらったり焦がれたりするのを見てみたい。
恋の悩みを相談されたりオシャレするために服を買い揃えたり。
今の同棲生活も楽しいですけど、きっとそんな女友達になるのも楽しい。
だからユキ様の存在は邪魔ではないんですよ」
ヨシュアは私の腹を探ろうとするかのように目を細めているが、残念ながら本音も本音だ。
そのことが分かったのか諦めたようにかぶりを振って呟く。
「君は心が広い。
つくづくコウちゃんが羨ましいよ」
「殿下はそうは思えませんか?」
「あのカタブツが色を知って変わる、か。
悪いことばかりではないのかもな」
「そうですよ!
特に殿下は女性にお詳しい!
女性を悦ばす手練手管はお手の物!
ユキ様からさらなる尊敬を集めることとなるでしょう!」
「……そうなると間接的に俺の手練手管でコウちゃん悦ばすことになるのでは」
「あ! それは嫌でございます!」
私が頬を手で覆うと、ハッハッハ、と大きな声でヨシュアは笑った。
「まったく、君はとことん面白い女だ。
コウちゃんに死なれた日には君のその面白みも翳る。
こんなにもったいないことはない」
「それじゃあ……」
「ユキのケアを俺がやれば問題ない。
コウちゃんとどうなろうが、騎士としてのアイツは俺が支え切ってやるさ」
吹っ切れたようなヨシュアの表情を見て私は胸をひとまず撫で下ろした。
それにしても『完璧なヨシュア』がここまで男友達を寵愛しているとは思わなかったなあ。
ま、私も似たようなもんなんだけどね。
強くてカッコいい年下の同棲相手。
私の人生を救って狂わせて、楽しいものにしてくれている。
唯一残念なのは性別が同じだということ。
でもこれはこれで悪くない。
たとえアイツが誰を愛そうと私は別枠で特別でいられればいい。
「で、安心したところで……これからどうだい?
ご期待に応えて今度は俺が君を愉しませてあげるよ」
ヨシュアは髪の毛をかき上げ、露骨に私を誘惑して来た!
ドレス脱ぎ散らかしてその胸に飛び込みたい衝動に駆られるが――――
「ここはガマンしておきます。
ユキ様も私も貴方様に取られてしまったとなってはコウが可哀想ですので」
「ほほう。つまり、ユキがコウとねんごろになった暁には?」
「そりゃもう喜んで。首にリボン巻いて操を捧げますよ」
そのあと滅茶苦茶ふたりで大笑いした。




