第四十三話 ローザの覚悟
ローザ視点です
連日の徹夜による睡眠不足を解消するためにたっぷり寝てやろうと思っていたのに四時間もしないうちに目が覚めた。
お肌に悪い、と苛立ちながら身体を起こす。
あてがわれた部屋を見渡すと化粧台と高級そうな美容品、美容器具を見つけた。
「おおおおっ! これは素敵なことになってるじゃない!
ちょっと家に持ち帰っても怒られないよね?
こんな騒がしいことになってるし」
と、見えない誰かに言い訳して化粧品の瓶に手を伸ばすと――――
コンコン、とドアを軽快に叩く音がした。
「ほう……素晴らしいじゃないか。
見立て通り君には返り血より頬にさす薄紅の方が似合う」
「お心遣い誠に感謝致しますわ、ヨシュア殿下」
広い個室の大きなソファに寝そべるようにして私を見下ろしているヨシュアに対してドレスのスカートの裾を摘んで深々とお辞儀する。
起きたと同時にメイドが部屋に入って来て見る見る間に身嗜みを整えられた。
目の前にいるヨシュアが私を部屋に招きたいと言い出したからだ。
『完璧なヨシュア』の好色ぶりは帝都で知らぬ者はいない。
曰く、毎晩十人以上の女を抱くのだとか、倒した魔物の数より抱いた女の数の方が多いとか、既にお子が百人以上おりその把握をするために新たな官庁を作られたのだとか、ロクでもない噂で蔓延しており、故に良識ある家の令嬢達は彼に近づかないように教育されている。
私もその一人だ。
たとえお子ができても認知すらしてもらえず傷物にされるだけの男に嫁がせたい親はいない。
ただ…………べらぼうに顔がいいんだよなあああああ!!
ヤバイ、近くで見るの初めてだけどめちゃくちゃ好みだ!
「お眼鏡にかなって光栄だね」
「え!?」
心を…………読まれt
「違う違う。心を読んだわけじゃない。
君が何考えてるか分かりやすい表情をしているだけさ」
ヨシュアは笑いながらそう言って身体を起こし、ソファを叩いて自分の隣に座るように促してきた。
鍛え上げられ均整の取れた彫像のような身体を厚手のガウンで包んだヨシュアからは雄の体臭と柑橘系の香水の混じった香りが漂っており、ワクワクしてしまう。
本来の目的も隠した覚悟も完全に忘れてしまいそうになる。
いかんいかん。
「レンフォード家のご令嬢が結婚直前に行方不明になったというのは聞いていたがまさかこんなところで出くわすとは思わなかった」
「あははは…………本国に帰ったらご報告されます?」
「冗談。俺は女の秘密は守り抜く男だぜ。
そもそもアレはバルメロのやつが悪いってことでナシがついてる。
君と別れた後、早々に別のご令嬢が輿入れされたんだがひと月もしないうちに離縁。
素行不良で副団長の任も解かれ腫物扱いさ」
「ええっ!? なんで!?」
私が驚くとヨシュアは唇を私の耳に寄せて、
「ここだけの話、アイツ……ベッドの上で昂ると女の首を締める癖があったんだよ。
歳食って偉くなるにつれてどんどん悪い癖が増長して、ついにはあちこちの娼館から締め出しをくらいまくった。
で、しょうがないから嫁をもらうことにしたのさ」
「うわぁ…………」
想像するだにゾッとする。
あんな野蛮で汚らしい男に貞操奪われるだけでなく首まで締められるとか豪華すぎる地獄だ。
前世でいったいどんな悪さをしたらそんな目に遭うのだろう、ってくらい。
「君じゃなくてよかった。
心からそう思う」
いつのまにかヨシュアの腕が腰に回されている。
甘い吐息に耳がくすぐられてぼーっとしてしまう。
ぐぬぬ……欲に負けるな、私!
「興味本位で聞くんだけど、コウちゃんとは寝たことあるの?」
「うぇぃっ!?」
冗談めかしてヨシュアが聞いて来たので思わず変な声が出てしまう。
「あ、もしかして図星?」
思いっきり否定しようかと思ったが……ふと思い出す出来事があった。
返事の代わりにそれを語ることにする。
「帝都を出て間もない頃、たどり着いた小さな街で初めて二人、同じ部屋に泊りましたの。
それまで野宿続きだったし行水すらロクにできてなかったからすごく気分が上がっちゃってえ……
ほら、当時のコウって成長前でまだ少年っぽかったというか、中性的な魅力に溢れていたというか。
それに恩人なわけじゃないですか。
望まぬ契りを交わさせられそうになっている貴族令嬢を救い出す冒険者っておとぎばなしになりそうなくらい素敵でしょ?」
「たしかに心が躍るな」
「でしょ! だからその夜、ベッドで横になっているコウの……」
「うんうん」
「ズボンとパンツを引き摺り下ろそうとしたわけですよ!」
「激しいなオイ」
身を乗り出して来ていたヨシュアがずっこけるようにソファの背もたれに倒れ込んだ。
「いや、だって女が男に身体でお礼をするとなるとやっぱりご奉仕的なところからかな、と」
「否定はしないが……君、かなりの手練れ?」
「ううん、耳年増な処女でございます」
「にわかに信じがたい」
「だけど、ズボンに手をかけた瞬間コウが目覚めて暴れ出して」
「だろうなあ」
「でも、戦闘モードじゃないコウ相手なら私の方が力強くて」
「ムチャクチャだな……君は……」
「思い切りズボンを引っ張ったら下のパンツも脱げて、ワクワクしながら目を向けると私と同じモノついてるじゃありませんか!
ショックでしたわぁ……」
「コウちゃんの方がな!!
何ワクワクしてんだよ!?
お前やってること完全に痴女じゃねえか!?」
大笑いしながら私を罵るヨシュア。
私のような乙女を捕まえて酷い言い草なんだが、あまりにも朗らかに笑うから勘弁しておいてあげよう。
「流石のコウも涙目になってねえ……場の空気を変えるために『私は同性愛って全然オッケーだと思うわ!』って笑いかけたら思いっきりビンタで張り倒されました。
後にも先にもコウが私を本気で殴ったのはあの時だけですね」
「コウちゃんに同情するよ……」
ヨシュアはテーブルに置かれたワインに手を伸ばした。
「君さあ……おもしろい女だよ、本当に」
出た! おもしろい女!
古今東西自信家の男が本気で口説く時の決まり文句!
フフ、帝都を離れても私の魅力は増す一方――――
「いや、口説き文句とかじゃなくて単純におもしろい女ってことだから。
珍しい芸をする猿とかと同じカテゴリね」
「サルっ!?」
ショックだわ!
「冗談はさておき……ぶっちゃけて話さないか。
ソファに座っても身体を沈み込ませない。
ワインに口をつけても飲み込まずこっそりナプキンに吸わせている。
落ち着かないだろう?」
バレてるわ!
「間者や暗殺者って類じゃない。
だけど王の血欲しさに群がる魑魅魍魎の類でもないだろ」
本当に……この人すごいなあ。
異名や逸話が派手だからもっといい加減なタイプだと思ってたのに。
しかたない……腹を括るか。




