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その18 リアルストーリーは終わらない

 前回は小噺風にふざけてみたけれど。

 このエッセイの今後について、ちょっとつらつらと考えてみた。

 一応「最終章」とまで名をつけてピリオドを打ったのに、またなにやら起きだしたからとネタにするのは形としていかがなものかと。

 エッセイだから何を書いてもいいと言えばいいけれど、書き物として連載している以上、落としどころはあるべきで、それを散発的に起きる怪異現象の実況中継にしてしまうのはあまりにだらしないのではあるまいか。今までを思えば、何もかもがなくなるわけがないのがこの家なので。


 けれど、投げておいたものは回収せねばならない。

 そう、再び始まった怪音について。一応きちんと報告するのが筋ってものでしょう。


 久々の怪音が始まったその翌々日の夕方、天井からパチパチという破裂音が聞こえてきた。その夜、続けて居間の別の部分の壁からかなり派手な音が鳴り響いた。 たとえようのない音で、ミリミリ、ゴソゴソ、ドンドンカリカリ。なんというかすごくダイレクトな、心臓に響くような嫌な音だ。明らかに生物的な、蠢く何者かがたてる音。しかも結構重量をもった何者かが。

 三毛猫姉妹は目を真ん丸にして、キャットポールのてっぺんに駆け上がり、二匹同時に天井めがけてジャンプしようとしてポールそのものを倒してしまった。

 そして息子の部屋でも、音は始まった。

「まただよ、壁の中から音がしてる……」深夜に息子がうんざりした様子で訴えてきた。

「どんな音?」

「だからいつもの。何年か前に止んだあれと同じ、がりがりかたかたいうやつ」

「そうかあ。やっぱり、害獣駆除業者さんに頼もうかなと思ってるんだ、一度診断を」

「無駄だと思うよ。そういうんじゃないから」

「……やっぱり?」

「壁の中じゃなくて、部屋の中にいる感じがする。たとえて言うなら、部屋の中に普通に猫がいて何かやってるような」

 そうなのだ。その通り。

 壁の向こうではなくこちら側、つまり見えない何かが部屋の中で何かしていると言ったほうが近い。

 それは家族中が知っていることだった。そしてそれなりに諦め、それなりに受け入れたはずの音だった。でも、久々に始まってみると、音と同時に嫌なものが中に満ちる気配がする。なんというか、圧迫されたような空気と緊張感が日常を追い払ってしまうのだ。猫たちもおろおろと家中を走り回って落ち着かない。


 さて、わたしはこれを、この家に住みこの家を愛し、死んだ猫たちの魂が里帰りして遊んでいるもの、として結論づけた。一応は。

 ならば、息子の言う「たとえて言うなら部屋の中に猫がいて何かしてる感じ」というのは、推測にかなり近い、というかそのままを言ってくれたことになる。


 にしても、この生々しい騒音がもしハクビシンやその他の害獣によるものなら、おとなとしてまともに家を守らねばならない。

 一応、家の周囲を丹念に見てみた。

 築四十年あまり、古いと言えば十分に古い。家の基礎部分の通気口、ひさしの下の通気口、開口部はそれぐらいだが、どこもしっかり格子がはまっていて壊れてはいない。家の周囲に糞も見つからない。エアコン用のダクトや管の挿入部分もしっかりふさがれていて罅や隙間もない。

 屋根屋さんに言われた通り「小動物が家の内部にはいれるような口はあいていない」のだ。家の中で食糧が荒らされた形跡もないので、鼠だとも考えにくい。

 ただ、アブラコウモリなら、通気口の格子の隙間からも出入りできるだろう。一センチの隙間があれば出はいりするという話だ。けれど、わたしたちの聞く、重量を持った足音や転がるような音、引きずるような音、ドンドンと叩くような音はやはり異種のものだと思う。


 それからはほぼ毎日、いや毎晩、午後七時を過ぎると、ミリミリミリッという音とともに、家じゅうが鳴りはじめるというかなり迷惑な状況になってしまった。 オーマイゴッド、昔と同じだ。

 そういう時は二階に上がっても、二階の各部屋の壁や天井が同時に鳴っている。

 ドンドン、ごそごそ、カリカリごとごと、まるで瞬間移動のように音はあちらの部屋からこちらの部屋、二階の天井裏から一回の壁まで縦横無尽に駆け巡るのだ。 そう、最盛期もこんな具合だった。

 そのときと違うのは、やたら運動能力に優れた猫が二匹家にいることだ。(もう一匹の古株猫はこの音に全く反応しない)

 怪音に加え、二匹が音を追って家具の上に飛び上ったりモノを蹴散らして走るので家は余計にやかましくなってしまった。夜中は見えない何かと二匹の運動会だ。

 どうかすると、音もしていないのに、猫たちは同時に空中を見上げ、あちこちを凝視して威嚇するようにすることがある。たいてい、音はそれから始まるのだ。

 彼女たちには何か見えているのだろうか。

 二重騒音は深夜ほとんど止まずに続くので、Ipodのイヤホンを耳に突っ込んで音楽を流したまま連日寝る羽目になった。

 息子は慣れたのか諦めたのか、深夜ラジオを聞いて馬鹿笑いしているうちに寝落ちするというお気楽さである。夫は「なんか生き物が家の中にいるならそれでいいじゃないか。寒いんで越冬しに来たんでしょ。冬はイキモノ同士助け合わなきゃ」と言いきり、眠くなれば寝てしまう。

 何て健康的で簡単な二人なんだ。それでいいならいいんだけども。

 それでいいことにしてしまおうか。

 見えてなくても見えてても、現存している生き物でも過去の生命体でも、一緒に生きればそれでいいか?

 と思いつつ、相変わらずの猫のドタバタを聞きながらお風呂に入ったある深夜。

 わたしで最後なので、風呂の栓を抜いて出た。

 洗面所で髪を乾かしているうち、最後のズゴゴゴゴシュー、という音を立てて風呂の湯は抜けた。それを確認してから風呂のふたを外し、(猫が落ちると大変なので湯を張っているときはもちろん蓋は外さない)髪をときはじめた。

 すると、風呂場から今度は何か不思議な音が始まった。

 しゅるるるるる、じゃばー……

 水音?

 風呂場をのぞいて仰天した。

 勝手に給湯が始まっている!じゃばじゃばとバスタブの給湯口からお湯が出ているのだ。

 操作パネルを見ると、「ふろ自動」が勝手にオンになっている。

 慌ててオフにした。冗談じゃない。

 この音の主は、もしかして悪意があるのだろうか。蓋を外した風呂をお湯でうめて、猫を風呂に落としたいとでもいうのだろうか?

 風呂の操作パネルのスイッチはあと一か所、扉のしまったキッチンの壁にある。猫は二階でうろうろしていて、家族は寝ている。誰の仕業でもない。

 それから、何とも妙なことが起き始めた。

 家のどこも開いていないのに、猫(三毛シスターズ)が外にいる、という現象が三回、起きたのだ。

 うちには猫出入口が一つあるが、外から中には入れても、中から外には出られない構造になっている。何かで猫が逃げ出しても、自分ではいれるようにするためだ。ただ、入り方はかなり難しく、また高い位置にあるので、通りすがりの猫が入ろうとしてもかなり難しい作りになっている。

 ここを外から誰かが開けた? としか思えない。その瞬間になら出ようと思えば出られるけれど……


 家の中を、思わぬ出入り口が開いていないかと見て歩いていて、ふとピアノの上のアメショの遺影と目が合った。

 その横には、小さな骨壺が白い布に包まれている。

 五年前、若くして病死した美猫。うちで唯一怪音に反応しないスコと同時に、うちに来た子だった。

 彼女のお骨は、可愛がっていた娘が「手放したくない」といって、動物霊園への納骨を拒否したのだ。

 一時は一人暮らししていた彼女がもっていたのだが、彼女は現在婚約者と二人で暮らしていて、お骨はこの家に戻っている。

 出入りしているのはあの子だろうか。でも、あの子が死んだときも騒音はしていた。その音から娘を守るようにして、猫は死んだのだ。その彼女が、今は音の主?

 新たにやって来た三毛が家じゅうを我が物顔に引っ掻き回しているのが、気に食わないのだろうか。

 久しぶりに、ピアノの上の骨壺と向き合ってみた。

 光り輝くように美しく気位が高く、娘とだけは気が合った猫。

 彼女が一人暮らしするために出て行くその日の朝に、苦しみながら息を引き取った子。

 手を合わせて、名前を読んでみた。

 愛してるよ。あのときも今もずっと、愛してるよ。

 ずっとずっと。

 もちろん、それでおさまるとは思っていない。こちらの勝手なストーリーを現象に当てはめるのは滑稽だということもわかっている。でもただ、そのとき思い出したのだ。この家にいる猫は三匹じゃなく、四匹だったと。


 ある日の夜、わたしは餃子を包んでいた。娘が家を出たので手伝ってくれる人はいない。理系の大学生である息子はレポートに試験と毎日追いまくられ、夫は帰りが遅い。でもその日は日曜日で、二人とものんびりと家にいた。

 料理に関して男家族に手伝いを頼むのが億劫なのはどうしてだろう。子どもという身分では娘も息子も同じはずだった。わたしは餃子の具の隠し味にといれた日本酒の残りを料理がてらちびちびやって憂さを晴らしていた。毎晩の寝不足も加わってよくない具合にアルコールが回ったところで怒りの温度も上がり、二階に向かって声を上げた。

「誰か餃子包みに来てくれる人―!」

 返事はない。もう一度呼ばわった。反応なし。手は生肉にまみれていてドアノブにはさわれない。わたしはつま先で壁をどんどんと蹴った。

「おーい。二階の住人!」

 無視。

「こらっ、聞こえないのっ?」

 どかっ。ばりっ。うわっ。

 なんということか、大切な我が家の壁に、小さな穴が開いてしまったのだ!

 酔っ払いの勲章、壁の穴第一号? 頭から血の気が引いた。石膏ボードのうすっちい壁の向こうの暗い空間をちらりと見て、わたしは思った。

 壁の中と外が繋がった。何か得体のしれない生き物が、あるいは妖気が、ここから部屋に入ってしまうではないか! なんという自業自得!

「なにしてんの。うわっ、壁に穴開けたの?」夫が背後で叫ぶ。

「ごめんごめんごめん、何とかしてふさぐから!」

「酒飲んでる?」

「飲んでないっ!」嘘つきの罪が加わった。

 食後、ガムテープでふさいだ上から白い紙を貼って終わりにしてしまった。

 壁の中でドタバタやっているのが凶暴なくちばしか爪か好奇心を持っているなら、ここから深夜、出て来るかもしれない。そしたら、そのときは……

 あの巨大に育った三毛シスターズに応戦してもらおうじゃないか。


 そしてそれから一週間。

 どういうわけか音は止んだ。

 まだまだ安心はできない。いつ再開してもおかしくはない。

 だけれど、あの白い紙を張った部分は破られることもなく、何か出て来ることもなく、異変も続くことなく、今に至っている。


 考えるな、感じろ。いや、感じるな。すべてはなるようになるだけ。この世は何でもあり。


 そんな気分でとりあえず今日までを過ごしているのです。


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