テストスタート
「ではテストを始めます」
エリーゼがそう言うと、前方の壁一面が煙のように消え出口が姿を現した。
それと同時に巨大な物体同士がぶつかり合っているような振動と音、そして怪物が発しているかのような巨大な咆哮、そして人々の悲鳴が一斉に部屋の中に飛び込んでくる。
「うおぉ!?」
突然の衝撃にまたもや思わず身構えてしまう。
向こう側を見てみると、体長5~6mはある怪物が人々を追い回している。獅子の顔に巨大な牙が2本、額には太く尖った2本の角、背中にはコウモリのような翼、手には巨大な棍棒を握っている。呆れたことにそれが何体もいる。人も200~300人はいるが、当然全く相手になっていない。成すすべもなく追い回されているように見える。
(えぇ………)
「あのー!!これがテストなんですか!!!!???」
騒音にかき消されないように大きな声でエリーゼに問いかける。
爽司の様子を見て、エリーゼは何かを操作するような仕草を取った。すると、先ほど消えた壁のところにガラス状の窓が出現し、外の騒音が一気に小さくなる。普通に会話が出来る程度まで音を小さくすると、エリーゼは微笑を含んだ表情で爽司の質問に答えた。
「はい。先程ご説明した通り、障害物を回避するテストになります」
「えぇ…あれが障害物なんですか?あいつら、どう見てもボス級なんですけど…ってか勝目ありませんよね?」
「はい。深紅デーモンのレベルは80ですので、初心者の方が倒すことは非常に困難です。なので、今回はデーモンの攻撃を回避するだけの課題になっています」
レベル80といえば、このゲームでは中間辺りのレベル帯。先にテストを開始している人達も、何も出来ずに抹殺されている。ルールによると、チャンスは10回までで、死なずにゴール地点までたどり着ければテストクリアらしい。
(マジかよ…ってか初心者向けのテストなのに何でこんなにハードル高いんだよ。意味分かんねぇ)
険しい顔でテスト場を見つめる爽司を見て、エリーゼは更に重い言葉を重ねる。
「[RE:Rebirth]では、プレイヤーが死亡した際のデスペナルティを高く設定しています。もしも、とある場面で攻略に躓き何回も連続で死亡してしまうと、その後の攻略が非常に困難になります。なので、最低限の危険に対処出来るスキルを持っていなければ、[RE:Rebirth]をクリアすることは叶いません」
なるほど、と爽司は納得した。
BETAテストは、ゲームの感想やプレイ状況をプレイヤーから集めることを目的としている。当然、クリアしてもらわなければデータ収集としては不十分だ。BETAテスターが、一般プレイヤーよりも高いレベルを求められるのは自然なのかもしれない。
理解したことで、爽司は自分の中のプレッシャーがより大きくなるのを感じた。何故なら、もしも10回のチャンスを全て潰しテストをクリア出来なければ、その場でログアウトさせられ強制的にBETAテスターという役を降ろされるからだ。外の様子を見る限りでは、大部分の人がテストに敗れているような気がする。
(弱気になるなよ俺。自信満々でエントリーしたんだろ?この位は余裕でクリア出来る自信があったんだろ?)
爽司の葛藤を察したのか、エリーゼがエールを送る。
「…爽司様。私が言うのもなんですが、爽司様であれば簡単にクリア出来ると思います。チャンスも、10回もあります」
「えっ…」
またもやエリーゼの唐突な褒め言葉を受けて言葉を失ってしまう。
(何者だよ過去の俺。説明係にここまで言わせる奴とか…)
気を使わせるくらい情けない雰囲気を出していた自分を恥じる一方で、わずかだが自信が戻ってくるのを感じた。好意を寄せている相手の言葉だからなのか、エリーゼの言葉は良くも悪くも心に訴えてくるようなものを感じる。
そうだ、自分は今記憶喪失状態。背負う物なんて何もないしプレッシャーも感じる必要もない。自分の体の中は空っぽで心臓はない。あのデーモンに殺されることを怖がる必要もない。そう、今の自分には何も無い。こんなところで躓いていたら、記憶を取り戻した時最悪な気分になるのは自分だ。それは絶対に嫌だ。心の中で気持ちを整理した後、意欲を込めてエリーゼに答える。
「了解です。テスト始めて下さい」
「わかりました。ではテストを再開します」
エリーゼはテストを再開させる為に再び何かを操作する。
すると、今度は前方の壁だけでなく部屋の全てが消滅し、先程の大喧騒が押し寄せる。「よし」と意気込み飛び出した爽司の後ろから、周りの音にかき消されながらも微かに声が聞こえた。
「~~~~~~~」
「えっ!?」
驚いて振り返った時、そこにはもうエリーゼの姿はなかった。
取り敢えず周りの人に紛れて逃げてみることを考えた。草食動物の団体行動と同じ理論だ。
周りの様子はさながら鬼ごっこのようで、デーモンが誰かを狙っている隙に通り抜けようと考えている人が大半なようだ。とはいっても、デーモンの注意を引こうとする勇者がいるわけでもなく、そもそも注意を引くどころか瞬殺されているパターンが殆どだ。
(なぎ払い、空中からの攻撃、口から火炎…何でもありだな…今の状況だと集団行動は逆に危ないよな)
見る限りでは、デーモン達に大人数がまとまって通れるような隙は見当たらない。でも、付け入る隙が全く無いとは言い切れない。大型でダイナミックな攻撃が多い敵は、必ず何処かのタイミングで隙を見せる仕様になっている。これは、大抵のゲームに共通していえる。
(…あれ、記憶ないはずなのに、なんで俺こういうことを分かってるんだ?もしかして俺ってゲーマーだったのか?)
どうやら、体に染み付いている考えや感情・経験は普遍的に残っているようで、少しだけ自分の感覚が頼もしく思えた。
適当に逃げてはみたが、このデーモン達はコチラが逃げ続けるだけで隙を見せてくれるような親切な設計ではない。
立ち向かって特定の攻撃を引き出さなければ隙は生じない、と考えた爽司は一旦逃げるのを止め一匹のデーモンと立ち合うことにした。
が、しかし。振り返り、デーモンと目が合った瞬間、爽司は今考えたことを後悔した。心臓は現実にあるが、目の前の怪物の迫力は本物だ。発せられる臭い、エンジンのような唸る声、地面を踏み付ける振動、睨みつけてくる視線、疑いようもないくらい現実だ。
だけども、危機的な状況でありながらも、恐怖よりも別の感情の方がドンドン大きく湧き上がってくるのを感じる。詳細は分からないけど、自分はこういうのを待っていた気がする。
(なんかワクワクするな…前の俺はこういうのをやりたかった、てことか。マジかよ…信じらんねぇ)
記憶喪失、仮想の身体…あるのは、自分に対する負けん気と目の前の怪物に対する恐怖。その一方で、エンジンを掛けるように、又は火打石で火を付けるように、「やれっ!やってみろ!お前の時間だ!」と体がウズウズしだす。




