放課後
部活の準備をしたり、帰り支度をしたり、はたまた駄弁ったり、放課後の生徒達は思い思いの動きをしている。
「で?どうすんの?」
野村さんが闇金のようなセリフを放ち、机に肘をつきながらこっちを見る。
「どうって…?」
「滝川さんのことだよ、放課後」
「……」
言葉に詰まる。
周りにも数人、聞き耳を立ててる奴らがいるのが分かる。
「別に…普通に帰るだけだけど」
「メッチャ嘘つくじゃん!顔にイベントありますって書いてある」
「書いてないよ」
「書いてる書いてる」
ケラケラ笑う。
「三田君さ」
少しだけ身を乗り出して、
「もう手遅れだよね」
「……」
うーむ。否定、できない。
「まあでもさ〜」
後ろの男子が割り込んでくる。
「正直羨ましいけどな、あれだけグイグイ来る子とか」
「しかもメチャクチャ可愛いし」
別の男子が笑いながら言う。
「なんかしたら笑顔で刺されそう、俺、滝川さんになら刺されても良いわ」
「……」
「でも三田君、まんざらでもない顔してるよ?」
野村さんがニヤッとする。
「してない」
「してる」
「してない」
「してるって」
「……」
終わらないやつだこれ。
「…野村さんは自分の恋路を心配しなさいよ」
「っっ!?」
あ、コレは爆弾発言だったのか。
でもね野村さん、イジるにはイジられる覚悟もないとダメだよ。
「…お前〜〜!!!」
野村さんの肩パン、割と痛い。
と、急に教室のざわめきが大人しくなった。
なんだろうと、ふと教室の入口を見ると。
「……」
滝川さん。
ひょこっと顔を覗かせて、
「三田さ〜ん…」
猫がニャーンと鳴くような、間延びした声。
でも、
教室に残った生徒の視線が一斉にそこへ向く。
(うわ…)
誰かが小さく息を呑む音がした。
そりゃそうだ。
別クラスの女子が、放課後にわざわざ男子を呼びに来てる。
しかも相手は、話題の。
「……」
滝川さんは、教室の中をぐるっと見渡す。
その視線が、
一瞬だけ、
野村さんの方で止まる。
「……」
ほんの一瞬。
でも、
空気が、また一段冷えた気がした。
「…三田さん〜」
にこっ、と笑う。
いつもの、柔らかい笑顔。
「迎えに来ました〜」
(迎えって何だよ…)
教室がざわつく。
「うわ、ガチじゃん…」
「来たよ本人…」
「喋ってんの初めて聞いた」
ヒソヒソ声が一気に広がる。
「……」
隣を見ると、
野村さんが小さく口を動かす。
『がんばれ〜』
お前もな。
「…今行く」
立ち上がる。
視線が、痛い。
背中に刺さる。
「いってらっしゃーい」
誰かが茶化す。
笑いが起きる。
(地獄かここは)
机から離れて、教室の出口へ向かう。
滝川さんの前に立つ。
「……」
近い。
やっぱり、近い。
「遅いです〜」
小声で、少しだけ頬を膨らませる。
「そんな事ないけど…」
「…遅いです〜」
そう言いながら、
自然に、
僕の腕に、絡んできた。
「!?」
「ちょっ…!」
教室、ざわめき爆発。
「うわっ!!」
「マジかよ!!」
「やっば!!」
(やめてくれほんとに!!)
「滝川さん!ここ教室だから!」
「ダメですか〜?」
首を傾げる。
「じゃあ教室出たらいいですね〜」
「いや!?」
そのまま腕を引かれる。
引きずられるようにして教室の外へ。
背後では、
「お幸せに〜!!」
「頑張れよ三田〜!!」
好き勝手な声が飛び交っていた。
(なんなんだよもう!!)
廊下に出た瞬間、少しだけ静けさが戻る。
「……」
腕に感じる、柔らかい感触。
コレ、合法なんだろうけど罪悪感が物凄い。
「三田さん〜」
「…なに」
「やっと二人きりです〜」
にこっ、と笑う。
その笑顔に、
さっきまでの騒がしさとは別の意味で、心臓が跳ねた。
放課後、開始。
「カラオケですね〜?滝川、小学生の頃以来行ってないのであまり詳しくなくて〜」
「全然行ってないじゃん!ていうか提案してきたのソッチでしょ…」
「あ〜でも〜興味はあって〜歌とかも歌うのは好きですよ〜?」
(だったらもっと早くカラオケ行ったら良いのに…)
「あとさ、その、腕に絡んでくるのはちょっとやめようよ…歩きにくいし、色々当たってるし…さ」
「お気になさらず〜滝川の事は落ち葉だと思ってください〜」
「だとしたら速攻払い落とすけど」
「むぅ〜!!」
(何がむぅ〜!!だ
あざといんだよ、色々…)
こんな感じで年上の男性達からお金を摂取しているのだろうか…?
…僕の邪推が事実なら滝川さんとの関わりを少し改めないと…違っているのならそれはそれで良い、ちょっとだけ、聞いてみよう。
「…本当にお金、出してくれるの…?」
「任せてください〜!」
即答。
「うん…それはありがたいけど…その、滝川さんって、バイトしてたりする?」
当たり障りなく、聞いてみる。
「バイトはした事ないです〜全部滝川の元パパからの慰謝料で…」
「わっ!わっ!!」
なんか後半ヤベェ単語が聞こえてきたため慌てて声で制止する。
「元パパ、すごい不倫していたみたいなので〜長い期間かなりのお金をずーっと払い…」
「分かった!分かったから!!もう大丈夫!!」
そういう事か…お金の出所は分かったけど、気まず過ぎて冷や汗が出てきた。
それ以上は、聞いちゃいけないだろう。
「滝川のお家、シングルマザーってやつです」
「分かった!!分かったの!!充分分かったから!!」
強引に遮る。
「……?」
滝川さんはきょとんとしている。
(いや、そんな顔されても…!)
「……そういうこと、あんまり大きい声で言わない方がいいよ」
「そうなんですか〜?」
「そうなんです」
「じゃあ三田さんにだけ言いました〜」
「いやそれもどうなんだよ…」
さらっととんでもないことを言う。
でも、
嘘をついてる感じは、ない。
(…なるほどな)
さっきの疑念が、少しだけほどける。
(別に変なことしてるわけじゃない、のか。
むしろ普通に重い家庭事情じゃん…)
ちらっと横を見る。
滝川さんは、相変わらず腕に絡みついたまま、
楽しそうにしている。
「早く行きましょ〜?三田さんと二人きりです〜♪」
じゃあ滝川さん、父親の愛情をあまり知らないで育ったんだろう…。
だから僕にこんな風に甘えて…。
こんな事を思うのは失礼だと思うけど、ただただ滝川さんの家庭がいたたまれなくて、なんだか滝川さんに対する気持ちがまるっきり変わった。
同情ではなく、今までよく捻くれずに育ったな、と。
(って、同級生に対して何考えてんだか…僕の家庭だって…両親は出張でほとんど家にいないし、思えば家族揃っての食事なんて全然なかった…)
だから僕は少し捻くれて育った、もっと大変な目に逢ったであろう滝川さんの緩さと明るさは、正直羨ましい。すごいと思う。
「…三田さ〜ん?」
「あ…」
とても考え込める状況じゃないのに、つい自分の世界に入り込んでしまった。
周りの視線、腕に感じる感触、体温をも忘れるほどなんて、余程だ。
「…滝川さん、もう下駄箱だから、離れないと…」
「やーです〜」
即答。
「ここまで来て離れる理由が分からないです〜」
「いや、普通に靴履き替えられないからさあ!」
「…履き替えている間に逃げるじゃないですか〜」
「今更逃げるかっ!」
「ほんとに〜?」
(なんで僕は逃げる容疑をかけられているんだ…)
外靴を履いて、つま先をコンコンとやっている最中に滝川さんが現れ、一瞬で僕の腕に絡んできた。
(また同じフォーメーション…)
もう、側から見たら恋人にしか見えないだろう。
恥ずかしいし歩きにくい。
え、これカラオケ店までこんな感じ?ヤバくない??
つづく




