憤る乙女
「烏山……? どういう意味だよ聖?」
「テメェには聞いてねぇよ丘夏。オレは那須野に聞いてんだ」
聖に言葉に丘夏はついイラっとしたが聖の問いが気になったので、一旦引いた。
「で、どうなんだ那須野。お前は烏山の人間なのか?」
「……ボンボンが何を言ってるのか、さっぱり分からない。烏山……って何?」
「本当か? とぼけてるんじゃねぇだろうな」
「とぼけてない。本当に、知らない。私の名前は那須野……烏山なんかじゃない」
聖は乙女を訝しげにじっと見る。
乙女も聖を見つめ返す。
「……ああ、そうだな。お前の名前は那須野だ。烏山じゃない」
だが、と聖は続けた。
「烏山だった時もある……そうだろ?」
「……!」
乙女の目が見開かれ、表情が驚愕の色に変わる。
一方、丘夏には訳が分からなかった。
乙女がどうしてこんなにも驚いているのか。そもそも烏山とは何なのか。先ほど花屋で会った男性と何か関係があるのか。
疑問が多過ぎて、丘夏にはただこの状況を見守る事しか出来なかった。
「やっぱりそうなんじゃねぇか。お前、烏山の人間なんだろ」
「し、知らない……私は烏山なんて知らない……っ!」
「その動揺っぷりを見て、誤魔化されると思うか? 往生際が悪いぞ」
「知らないったら知らない……! 知らない……!」
滅多に出す事のない感情をあらわにし、乙女は「知らない」を繰り返す。
乙女の今の状態は誰が見ても異常だった。
「待て那須野。どうしてテメェ、そこまで烏山である事を否定してんだ? さてはテメェ何か烏山と──」
言いかけた途端、聖の顔面めがけて何かが飛来する。
聖は反射的に避け、それを見やる。
壁に当たって床に落ちたそれは黒色の携帯だった。
その色の携帯を丘夏は見た事があった……いや、この場に置いては見なくても分かる。
何故なら、その携帯を乙女が投げたのだから。
「それ以上は言わないで……! それ以上は……!」
乙女はこれ以上ないくらいに憤っていた。
空気から、動作から、表情から、声から、言葉から、全てに至るまで乙女が怒っている事が丘夏には分かった。
「私は烏山じゃない……私は那須野」
「……そうかよ」
そう言うと聖は踵を返して、丘夏の部屋から出ようとする。
ちょっと待てと丘夏が呼び止めると、
「那須野についてやれ。騒いで悪かったな」
それだけ言ってさっさと出て行ってしまった。
色々と聞きたい事もあったというのに……そう思わなくもないがこの状況で乙女についていろとはどういう事だろうか。
丘夏は再び部屋に戻る。すると乙女が部屋の隅で体育座りの体勢でうずくまっていた。
本当にワケが分からない。
聖同様、乙女にもたくさん聞きたい事もあった。が……。
丘夏はうずくまってる乙女の横に座わる。
「……」
「……」
こんな乙女の姿を見たらそんな気も削がれるというものだ。




