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侍たちの履歴書

日輪王国ファン派遣軍清波隊の最後の部隊がカルに到着。

吉岡、沢村、橘は先に到着していた、工藤たちと合流した。

カルにて派遣軍の世話を焼いていた、日輪王国執政室の田所は吉岡をファン王国特使サンチンに紹介した。

「以後はファン王国の指揮下にて行動してください。以後、貴方たちが日輪と関わる事はありません」

田所は吉岡にそう告げるとカルの街から去って行った。

「御武運を」

と一言だけ告げて。

サンチンは吉岡に、二三日内にカルを出立して陸路、首都アルムに向かうと告げた。アルム行には、カル防衛隊三千が随行することも知らされた。


カルの南側は大河フランが流れている。フランの対岸は目視できないほど遠い。ファン領内ですらない。カルの北側には緩やかな丘と草原が広がっていた。サンチンの話だとファン中央に位置するアルムまで草原は続いているらしい。アルムから北、国境線まで、それより北のミンゴルンまでも草原の広がりは続いているとサンチンは語っていた。

吉岡は北の草原を見ながら大陸の広さを実感していた。

風景は何もかもが日輪とは違っていた。

吉岡は自分が果てしなく遠き地に来てしまった実感が湧いてきていた。


沢村は久しぶりに工藤と再会した。

沢村は無駄口をしない。常に必要最低限の事しか口にしない。しかし、工藤は違った。よく喋る。

工藤は沢村と共に日輪を代表する武将の例えによく出てくるほどの侍だった。その男がこんなに明るくこんなによく喋り、こんなに柔らかい感じのする男だとは、沢村は思いもしなかった。

同じ苦境に立ちながらこの差は何なのだ?とも思った。

吉岡には大陸で一旗あげたい。日輪への未練は無いと言い切った沢村ではあったが、本心は別のところにあった。

打倒龍王院。

沢村の中に龍王院に対する恨みは少しも色あせてはいなかった。本来、氷室のような龍王院の手先のような輩の申し出など聞く耳すら持たなかった。いや、持ちたくなかった。

だが、現状はどうだろうか。龍王院相手に一戦どころかその日の食い扶持にも窮するありさま。

沢村は煮えくり返る腸を歯を食いしばって耐え氷室の提案に乗った。

五千の兵団とともに大陸に渡り、今まで見たことも聞いたこともなかった草原の国のために戦をする。

何のためにか。

ミンゴルンを滅ぼし、ファンの軍中枢に入り込んだ暁には大軍を率いて日輪に戻ってくる。

龍王院を滅ぼすために。

必ず生きて帰ってくる。

沢村の心の中には復讐と野望とが織り交ざり渦巻いていた。


沢村は危うい、と工藤はいつも思っていた。

研ぎ澄まされた刃のようだ。切れ味がよすぎる。千人隊長の桐野も同じタイプだが彼には野心がない。おそらく桐野は無欲なのだろう。それに比べ沢村は焦り過ぎている。

誰の目から見ても龍王院に対する憎悪が激しく噴出しているのがよくわかる。吉岡にはわからないようだが。

沢村には注意を払っておこう。工藤はいつもそう思っていた。

だが、自分はどうなのか。

自分は何を求めて遠征軍に名を列ねたのか。

工藤の主家は龍王院と敵対していたわけではない。むしろ親龍王院大名と言っていい。

彼が使えていた家は白木と言い西日輪でも指折りの大大名だった。元は小さな家だったのを工藤が戦場稼ぎで大きくした。今でも工藤はそう思っている。世間でもそう思われていた。工藤の名は日輪中、何所に行っても通用する。

日輪きっての武士の鑑とすら言われた。

それがよくなかった。先代白木には好かれていたが、現当主からは疎まれ嫉妬の対象となってしまった。

現当主に些細な事で注進したところ、あっという間に謀反の意思ありととられ、浪人の身に落とされてしまった。

若かった。あの頃は若すぎたのだ。今ならあんな過ちは絶対に犯さない。相手の力量を見てから言動をする。

しかし、遅すぎた。あの時主家に謝っていれば復帰もあったかもしれない。いや、確実に許されていただろう。当主は工藤の謝る姿が見たかっただけなのだ。日輪一と言われた武将が屈するのを楽しみたかっただけだったのだ。その程度の男だったのだ。当主は。

意地を張ってしまった。自分の実力と技量があれば何所に行っても重宝されると思っていた。

勘違いだった。

確かに、工藤が浪人になってすぐの頃は、色々な大名たちから声を掛けられた。

だが、工藤と大名が接近すると必ず横槍が入る。白木から。

西の地域において、最大勢力と言われているのが、鷹城家。

白木はその鷹城に次ぐ権勢を誇っている。みな工藤の努力の賜物なのだが。

龍王院は鷹城の対抗勢力としての白木を高く買っている。龍王院に重宝がられている大名は他の大名たちからも恐れられている。

皆、白木に気を使い工藤を仕官させない。誰も。

始め強気だった工藤も乞食にまで落ちぶれ何もかも失ってしまった。

今の工藤は武士として扱ってくれるなら誰にでも従った。

物乞いをしていた工藤のところに氷室が来た時、彼は二つ返事で快諾した。

工藤が浪士隊に入ったことはすぐに白木の知ることとなった。白木は即座に文句を言ってきたが氷室が説得した。工藤は二度と生きては戻らないと。

白木は納得して帰っていった。白木としても氷室とは揉めたくはなかったから。

その話を工藤は氷室から聞かされた。

人の恨み、嫉妬とはここまで深いものなのかと、工藤は思い考えこまされた。

工藤はファンで一旗挙げる。そう決意した。二度と日輪には戻らない。

沢村と工藤では意気込む内容に差異が生じていた。


真っ先にカルに到着した日向は毎日、酒を飲んで暮らしていた。

昼に起きてきて朝昼兼用の食事を食べると午後からは日向隊一千の兵の訓練。

夕方から夜半に掛けては浴びるように酒を飲み続ける。次の日は昼に起きるの繰り返し。

元々剛毅な日向はこの暮らしが満更でもなかった。工藤が選り分けた日向隊の面子も彼好みの男たちが多く、日向隊は剛毅にして明るく楽しい部隊に仕上がっていた。

山賊あがりの日向には特に野望と言うものがなかった。普段は酒と女。戦の時は野獣のように戦う。それだけが全てだった。天下が太平になってしまった日輪に何の未練もなく、今回の遠征も幹部連の中で一番楽しみにしていたのは日向だった。

日向は背中に三尺五寸の大太刀を背負っていた。内戦時代、数多の武将たちの命を奪ってきた代物だが、草原でも火を噴くだろうと日向は部下たちに日々語っていた。飲みながら。


桐野は今回の遠征軍の全員から一目置かれている存在だった。

王国八剣士唯一の生き残り。もちろん、浪士隊最強の存在だった。一対一はおろか残りの四人の千人隊長が束になってかかっても勝てるかどうか分からない。工藤も沢村も日向さえも思っていた。

桐野には皆が気を使った。桐野には剣士独特の緊張感が常に付きまとっていた。桐野隊の全員が求道者タイプで占めていたのは工藤の英断だった。

その剣士桐野が指揮官としてどれだけの器なのか。それは誰にも判断できなかった。工藤すら分からなかった。だが、他の誰も桐野の上司にはなりたがらなかった。桐野は仕方がなしに千人隊長になってしまった。桐野の千人隊長就任が吉と出るか凶とでるか、工藤にすら予測不能だったが、沢村は桐野に期待していた。

桐野は龍王院を恨んでいる。仲間を殺され本人も幽閉されていた。沢村が日輪に凱旋する時、桐野は最大の味方になる。沢村はそう信じていた。

だが、氷室は桐野に密命を出していた。もし、沢村が生き残るようなことがあれば斬れと。さすれば、桐野だけは龍王院に置いても役職を与えると。氷室は龍王院王朝にも八剣士のような部署を作るつもりだった。桐野は新八剣士の一人に相応しいと氷室は考えていた。

もっとも、当の本人は沢村にも新八剣士にも打倒龍王院にも興味が全くなかった。

彼の関心は一つ。剣の奥義を極める。それだけだった。


大願時は大男で怪力無双。戦場では数々の伝説を残してきた。彼の伝説はどんなに味方が大敗しても大願時は生きて帰ってきた。味方が全滅しても、彼だけは死ななかった。

不死身伝説の持ち主。それが大願時だった。

大願時には他には取り柄がなかった。ただ、部下たちに人気はあった。気は優しくて力持ちの典型的な男だったから。


長瀬は元々が僧侶の出だったらしく、大凡知らないことがない。知識に溢れ、武術も精通していた。だが、なまじ起用なだけに得意なものが無く、退屈な毎日を送ってきていた。

その長瀬が弓に夢中になったのは、戦争末期だった。離れたところから敵の命を自由にできる。活殺自在。長瀬は弓を一心不乱に修練した。戦争も終わり太平の世が到来した後も弓の修業は欠かさなかった。

長瀬はその豊富な知識から龍王院官僚に誘われていた。

しかし、彼は官僚の座を蹴って浪士隊に参加してきた。ただ弓を放ちたいから。しかも相手は大陸一の弓の使い手騎馬民族。

長瀬は生まれて初めて高揚していた。


橘はごく普通の武士。剣も槍も弓も使う。沢村や工藤ほど槍は上手くない。長瀬に弓は及ばない。日向や桐野みたいに剣を振るえない。大願時のような腕力もない。

野心も今はない。とっくの昔に磨り減ってなくなってしまっていた。

ただ、日々生きられればそれでよかった。部下たちにから慕われ、仲間内で楽しく暮らせればそれでよかった。橘は今、幸せだった。


浪士隊出発の朝が来た。

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