第九話 共闘
東京上空のヘブンズゲートは、沈黙していた。
数時間前。
そこから降り立った天兵たちは、三人の堕天使によって撃退された。
神獣も地へ落ちた。
門も閉じた。
戦いは終わった。
少なくとも。
今のところは。
◇
「というわけで」
ベルのバー。
いつもの円卓を囲み、
流架は言った。
「日本政府と組むことになった」
「…………」
沈黙。
ベルが、
持っていた包丁を置いた。
「お前」
「何?」
「また勝手に決めただろ」
「勝手じゃねえよ」
「誰に相談した」
「シェイラとアレク」
「七人中三人じゃねえか」
「…………」
流架が指を折る。
「過半数……」
「いってねえよ」
「分かってるよ」
「今数えただろ」
「確認しただけ」
「お前な……」
ベルが額を押さえる。
流架の隣では、
アレクが笑っていた。
「いいじゃねえか。話自体は悪くなかっただろ」
「それを決めるために円卓があるんじゃねえのか?」
「正論ね」
コレットが言う。
「流架が悪いわ」
「シェイラ?」
「私もそう思う」
「お前、賛成したじゃん」
「協力には賛成したわ。あなたが代表者みたいに話を進めたことには賛成してない」
「代表者みたいになんかしてねえよ」
「向こうは完全にお前を代表だと思ってたぞ」
アレクが楽しそうに口を挟む。
「マジ?」
「マジ」
「…………」
流架は、
少し考えた。
「じゃあベル代表やる?」
「断る」
「即答」
「店がある」
「戦争と店どっちが大事なんだよ」
「店」
「…………」
誰も反論しなかった。
「で」
ペネロペが尋ねる。
「政府と組むって、具体的には何をするの?」
「それを今日決める」
「今日?」
「ああ」
「どこで?」
「政府の施設」
「全員?」
「全員」
ベルが厨房を見る。
「…………」
「閉めろよ」
「今日仕込みしたんだぞ」
「知らねえよ」
「お前ら」
ベルが全員を見る。
「帰ってきたら食えよ」
「そこ?」
ペネロペが呆れる。
「廃棄だけは絶対許さねえ」
流架が笑った。
「じゃ、帰ってくる理由もできたな」
その言葉に。
一瞬だけ、
全員が黙った。
帰ってくる。
これまでは、
当たり前だった言葉。
だが。
もう、
そうではない。
相手は神だ。
天界だ。
かつて自分たちがいた場所だ。
ベルが鼻を鳴らした。
「当たり前だろ」
包丁を置く。
「食わせるまでが料理だ」
「はいはい」
流架は立ち上がった。
「じゃあ行こうぜ」
七人が、
席を立った。
◇
政府施設。
これまで円卓の誰一人として、
足を踏み入れる理由のなかった場所。
そこへ。
七人の堕天使が揃って現れた。
「……多いな」
晴明が言った。
「最初の感想それ?」
流架が返す。
「三人でも十分騒がしかったからな」
「誰のせいだよ」
「主にお前だ」
「喧嘩売ってる?」
「事実を述べている」
「またそれかよ」
後ろにいたベルが、
流架を見る。
「こいつが例の?」
「ああ」
流架が晴明を指差す。
「安倍晴明。千年以上生きてるくせに、自分を人間だと言い張ってる変人」
「紹介の仕方を考えろ」
「間違ってないだろ」
「では私も紹介してやろうか?」
「何を?」
「神城流架。数千年生きているにもかかわらず、精神的成長が――」
「晴明」
「何だ」
「仲良くしよう」
「最初からそうしろ」
ベルが流架を見る。
「お前、こいつ苦手だろ」
「嫌い」
「本人の前で即答するな」
ペネロペが小さく笑った。
その横。
アルバートだけは、
晴明をじっと見ている。
「…………」
晴明が、
その視線に気づいた。
「何だ」
「いや」
「言いたいことがあるなら言え」
「なら聞こう」
アルバートが一歩近づく。
「あなた」
晴明を見る。
「妙な術を使っているな」
流架の表情が変わった。
晴明も、
しばらく黙る。
「……初対面で人の身体を覗くな」
「身体ではない」
「では何だ」
「術式だ」
「余計に悪い」
「興味深いな」
「私は嫌な予感しかしない」
「安心しろ」
アルバートは真顔だった。
「私は知的好奇心で人間を解剖したことはない」
「その言い方だと、別の理由ではあるように聞こえるんだが」
「…………」
「なぜ黙る」
流架が、
若干引いていた。
晴明はため息をつく。
「後にしろ」
「そうしよう」
アルバートは素直に引いた。
「絶対後で来る奴じゃん」
流架が呟く。
「聞こえているぞ」
「聞かせたんだよ」
やがて。
一行は会議室へ通された。
◇
巨大なモニター。
世界地図。
各国から集められた映像。
そして。
神軍との交戦記録。
会議室には、
政府関係者。
防衛関係者。
研究者。
円卓の七人。
そして晴明。
「では」
政府側の担当者が口を開く。
「情報共有を始めたいと思います」
「情報共有ねえ」
流架がモニターを見る。
白い翼を持つ人型。
アメリカを制圧した軍勢にも。
東京へ降下した軍勢にも。
必ず存在していた兵士だった。
「まず」
担当者が画像を示す。
「我々が《翼人型》と呼称していた存在について」
「天兵」
流架が言った。
「正式名称は?」
「だから天兵」
「……正式名称が?」
「《天兵》」
担当者が、
資料へ書き込む。
「神軍の主力ですか?」
「数としてはな」
流架が答えた。
「一番多い」
「戦闘能力は?」
「一番下」
会議室が、
静かになった。
「一番……下?」
「ああ」
アレクが椅子へ身体を預ける。
「あいつらは兵隊だよ」
「自我もほとんどない」
シェイラが補足する。
「命令された通りに動く。それだけ」
「では、それより上位の兵も?」
「いる」
流架が即答した。
「《天士》」
「天士?」
「天兵と違って自分で考える」
シェイラが続ける。
「言葉も話すわ」
「部隊指揮もする」
アレクが言う。
「天兵や神獣を動かす現場指揮官みたいなもんだ」
「戦闘能力は?」
「天兵よりは強い」
「どの程度?」
流架が、
少し考える。
「雑魚」
「流架」
シェイラが睨む。
「何?」
「人間側の基準で説明して」
「難しいな」
流架が頭を掻く。
「俺らからすりゃ、ちょっと強い雑魚」
「人間から見れば十分強敵よ」
「そう?」
「そうよ」
担当者の顔が僅かに引きつっていた。
次の映像。
純白の鱗を持つ、
巨大な飛翔生物。
「こちらは、東京へ降下した大型飛翔生物と同種ですね」
「神獣」
流架が言う。
「神獣?」
「天界にいる生き物だ」
「同種は複数存在する?」
「いる」
「何体ほど?」
「知らん」
「……把握できていない?」
「数えたことねえもん」
担当者が、
一瞬言葉に詰まる。
「では」
映像が切り替わる。
「神獣というのは、すべてこの形状ですか?」
「まさか」
今度はアレクが笑った。
「それ、一種類だぞ」
「…………」
「空を飛ぶものだけではありません」
シェイラが言う。
「地上で活動するものもいるわ」
「大きさも様々」
コレットが続ける。
「種類によって性質も違う」
「正確な種類数は?」
「知らない」
流架が答えた。
「天界だぞ?」
会議室を見回す。
「動物が一種類しかいないわけねえだろ」
誰も答えなかった。
担当者が、
静かに資料へ書き込む。
映像が変わる。
輪のような異形。
六枚の翼を持つ異形。
人間の生物観では、
何に分類すればいいのかすら分からない存在。
「これらは?」
「異形」
「神獣とは違う?」
「ああ」
アルバートが答える。
「神獣を天界の生物とするなら、異形はもう少し厄介だ」
「役割や能力は?」
「個体によって違う」
コレットが答えた。
「観測に特化したものもいる」
「術式を扱うものも」
アルバートが続く。
「戦闘向きもいる」
アレクが言う。
「人間の機械みたいに、用途ごとに役割が決まってる奴もいるな」
話を聞けば聞くほど。
政府側の資料が、
増えていく。
やがて。
晴明が口を開いた。
「もう一つある」
会議室の視線が集まる。
「昨日、流架から聞いた」
晴明は流架を見る。
「天使」
「…………」
空気が変わった。
「ここまで説明した存在とは」
晴明が聞く。
「違うのだろう?」
「ああ」
流架は、
さっきまでより少しだけ真面目な顔になった。
「全然違う」
「アメリカを制圧した軍勢には?」
「いない」
「東京へ降りた軍勢は?」
「いない」
政府関係者の一人が、
確認するように尋ねた。
「では」
「アメリカを制圧した神軍にも、その《天使》は一体も存在しなかった?」
「ああ」
「一体も?」
「いない」
会議室から、
音が消えた。
世界最大級の軍事力を誇った国家が、
三日三晩の戦闘の末に抵抗能力を失った。
航空戦力は壊滅。
首都は制圧され。
最後には、
国として降伏した。
その戦いに。
神軍の上位戦力は、
一人も参加していなかった。
「つまり」
担当者が慎重に言葉を選ぶ。
「我々はまだ」
「神軍の本当の戦力を見ていない?」
流架は少し考えた。
「全部を知ってる俺でも」
モニターに映る天兵を見る。
「親父がどこまで出す気なのかは分からねえ」
それでも。
これだけは言える。
「あれでまだ」
流架の視線が鋭くなる。
「親父の本気じゃねえよ」
◇
会議はさらに続いた。
神軍について。
ヘブンズゲートについて。
これから、
人類がどう戦うのか。
「一つ」
政府側から提案があった。
「円卓の皆さんを、各地へ分散配置することは可能でしょうか」
「反対」
流架が即答した。
「理由を伺っても?」
「七人しかいないから」
「だからこそ、各地へ配置するべきでは?」
「逆よ」
今度はシェイラが答える。
「私たちの正確な戦力を、神軍がどこまで把握しているか分かりません」
「分散したところを」
コレットが続ける。
「各個に狙われる可能性もある」
「それに」
流架が世界地図を見る。
世界各地の空に浮かぶ、
閉ざされた巨大な門。
「日本だけじゃない」
「世界中にある」
流架は言った。
「俺らは七人」
地図を指す。
「全部の門の下に一人ずつ立ってろって?」
「…………」
「無理だろ」
誰も答えない。
「だから」
流架は、
椅子の背へ身体を預けた。
「俺らが全部倒すって考え方は捨てた方がいい」
政府側が流架を見る。
「俺らは手伝える」
「神獣も倒せる」
「異形も」
「天士も」
少しだけ、
声が低くなる。
「天使が出てきたら」
流架の口元から笑みが消えた。
「俺らがやる」
「しかし」
「それ以外は」
流架が、
その場にいる人間たちを見る。
「人間が戦え」
「流架」
シェイラが呼ぶ。
「言い方が悪い?」
「かなり」
「でも」
流架は、
言葉を変えなかった。
「間違ってるとは思わない」
晴明が、
黙って聞いている。
「俺らは七人しかいない」
「それだけで世界中を守るなんて無理だ」
世界地図。
国境。
都市。
そこに暮らす、
何十億もの人間。
「だから」
流架が言った。
「人間が自分で戦えなきゃ」
いずれ。
必ず。
「守れない場所が出る」
会議室が、
静まり返る。
「……同感だ」
晴明が言った。
流架が見る。
「珍しい」
「今すぐ意見を変えてもいいぞ」
「ごめんなさい」
「なら黙れ」
晴明は、
政府側へ向き直る。
「人間が対処できる相手は、人間が対処する」
「円卓には」
「現在の我々では対応できない敵を優先してもらう」
晴明の視線が、
神軍の映るモニターへ向く。
「そのためにも」
「我々自身が」
「神軍への対抗手段を作らなければならない」
◇
政府施設内。
厳重に封鎖された研究区画。
そこには、
東京での戦闘後に回収されたものが保管されていた。
破壊された天兵の残骸。
神獣の鱗。
神装によって断たれた組織片。
現代科学では、
まだ理解できないものばかり。
「触っていい?」
アレクが聞く。
「本来なら駄目です」
研究員が答えた。
「じゃあなんで俺呼ばれたの?」
「意見を伺うためです」
「触った方が早い」
「…………」
「駄目?」
研究員が、
ものすごく嫌そうな顔をする。
「手袋を」
「はいはい」
アレクが、
神獣の鱗を手に取る。
「……懐かしいな」
「ご存じなんですか?」
「まあな」
光へ透かす。
「これ、そのままだと加工できないぞ」
「やはり?」
「人間の設備じゃな」
研究員の表情が曇る。
「でも」
アレクが鱗を置いた。
「できないとは言ってねえよ」
「……方法があるんですか?」
「まだ知らん」
「…………」
「だから考えるんだろ?」
アレクは、
研究区画を見る。
分析装置。
大量のデータ。
忙しなく動く研究者たち。
僅か数時間前まで、
未知だった存在を。
すでに。
人間は、
どうすれば次に勝てるのか考え始めている。
「相変わらずだな」
アレクが笑った。
「何がです?」
「いや」
昔。
火を。
金属を。
武器を。
人へ教えた。
人間は、
与えたものを使い。
失敗して。
時には、
人間同士で殺し合った。
それでも。
また新しいものを作った。
「一回死にかけた相手を」
アレクは、
神獣の鱗を見る。
「次どうやってぶっ倒すか」
「もう考えてやがる」
困った連中だ。
本当に。
「嫌いじゃねえよ」
「何がです?」
「こっちの話」
アレクは笑った。
◇
その時だった。
施設内の照明が、
一瞬だけ赤へ変わった。
『緊急連絡』
放送が流れる。
『関係者は直ちに第一会議室へ』
流架たちが、
一斉に顔を上げた。
◇
数分後。
円卓七人。
晴明。
政府関係者が、
再び会議室へ集まっていた。
巨大モニターには、
ヨーロッパの地図。
その中心近く。
フランスが、
赤く表示されている。
「何があった?」
晴明が聞く。
担当者が答えた。
「フランス政府より、緊急連絡です」
映像が切り替わった。
青い空。
都市。
そして。
その遥か上空。
巨大な門。
閉ざされていたはずの扉に、
白い光が走っている。
流架が、
ゆっくり立ち上がった。
「開くぞ」
巨大な扉が、
音もなく動き始める。
隙間から、
白い光が溢れ出した。
「フランス政府は現在、軍を展開」
「同時に、周辺住民の避難を開始しています」
担当者の声が続く。
「そして」
画面に、
別の資料が表示された。
「日本政府へ」
「正式な協力要請が届きました」
流架が担当者を見る。
「日本に?」
「はい」
「東京で」
担当者が、
円卓を見る。
「神軍を撃退した戦力」
その視線が、
七人を捉える。
「つまり」
「あなた方の派遣を求めています」
沈黙。
世界地図。
日本。
そこから、
遠く離れたフランス。
流架は、
再びモニターを見る。
開き始めるヘブンズゲート。
「流架」
シェイラが呼ぶ。
「ああ」
今度は、
日本ではない。
海の向こう。
顔も知らない人間たちが、
神軍を前にしている。
流架は、
少しだけ笑った。
「忙しくなってきたな」




