第2話
前哨地のドアを押し開けて入ってきたのは、魔術師の証であるフード付きのローブを身にまとった人影だった。
濃い紫色のローブの縁には金糸で刺繡が施され、ゆったりとしたシルエットと顔を覆うフードが、それをまとう人物の素性を隠している。
「ダンス、そしてパディルだな。魔術師のキディアスだ」
キディアスと名乗った魔術師は、ゆっくりとフードを外して顔を露わにした。ダンスとパディルは、思わず息を吞む。
肩まで達する髪が白いのはいい。長生きすれば誰でも白髪になる。
だが、キディアスの肌は乳白色の上に銀色の艶を帯び、瞳は金色の輝きをたたえていた。
ダンスは褐色の肌に青い瞳、砂色の短髪というよくある組み合わせ。パディルご自慢の黒檀のような肌と髪に漆黒の瞳というタイプも、別に珍しくはない。
だがキディアスのような銀の肌と金の瞳を持つ人間が存在するとは、ダンスもパディルも想像したことすらなかった。
口を開こうとしたパディルを片手で制したキディアスは、
「これまでもさんざん質問されてきたから、まとめて答えておこう。『そうだ』『違う』『私だけだ』」
すっかり毒気を抜かれて黙ってしまったパディルに代わって、ダンスが口を開く。
「察するに、その質問は『その肌の色は生まれつきか』『魔術師なら誰でもそうなのか』『親兄弟もそうなのか』かな」
「話が早くて助かる。要は気にするなということだ。ついでに言っておくが、流行り病でもない」
キディアスはわずかな荷物を壁の棚に置くと、炉のそばに腰を下ろした。
「食事の準備をしてくれていたのだな、ありがたい」
そのキディアスに対して、やっと形勢を立て直したパディルが、軽口担当の威厳を取り戻すべく質問を投げかけた。
「か……彼女はいますか!」
あまりのことに、ダンスとキディアスは期せずしてズッコケてしまう。
「キディアス申し訳ない、こんなバカな話に付き合わせて。パディル、お前ほんといい加減にしろよ。何でも口に出せばいいってもんじゃないだろ」
なんとか立ち直ったダンスがパディルをしかりつけると、パディルは口をとがらせる。
「だってさ、気になるじゃん? どうしたって。おれ魔術師ときちんと話すのって初めてだし、何でも知りたいんだよ」
そうか。前回もその前も、パディルと組んだのは陽動が任務の小規模な別動隊だった。
魔術師が同行する、いわゆる本隊としての仕事は、パディルにとっては初めてだったのだ。
丁寧に詫びたダンスに、キディアスは苦笑いしながら応じた。
「どうも誤解があるようだが、私は女だ。別に女であることを宣伝して歩いているわけではないが」
キディアスがローブの前を軽くくつろげると、彼女の身体を縁取るやわらかな曲線が浮かび上がった。
「で、魔術師の交際事情というやつか? これは秘密が多いことなんだが、ひとつ言えるのは『自分で交際相手を選ぶことはできない』ということだ。答えになっているかな、もしパディルが本当にこんなことを知りたいと思っていたなら、だが」
魔術師は自分たちとは違う。いや、魔術師だけは特別な存在だ。
それはわかっていたつもりのダンスだったが、改めてこう聞かされると思わず「ふうむ」と声に出してしまう。
「じゃあ、魔術師は木の股から生まれるっていうのは……」
「さすがにこの年齢までそんなおとぎ話を信じているとは言わせないぞ、パディル」
たしなめるダンスだが、キディアスの切り返しはちょっと意表を突くものだった。
「木の股ではないだろうが、私だけじゃなくて魔術師というのは、自分の親が誰なのかは知らないんだ。なにしろ魔術師の素質がある赤ん坊は生まれて一年で親から引き離されて、魔術院の魔術師たちに育てられるからな」
そうなのだ。魔術師はほかの人々とは育ちからして違う。
すべての赤ん坊は一歳の誕生日を迎えると魔術院の検査を受ける義務があり、ここで魔術師の素質ありと認められると魔術院がその養育に当たる。それから一人前と認められる十五歳まで、魔術院での厳しい修行に耐えなければならない。
『壁』に守られたこの世界を維持していくために欠かせない魔術師とは、そんな特別な人生を歩む特別な存在なのだ。
――とはいえ、キディアスだって飯は食うし、食ったら眠くなる。そこは普通の人間なんだよな。
ダンスは前哨地の壁に寄りかかり、見るともなく火を見つめていた。
食事を終えたキディアスは、暖かく燃える炉の炎の前でゆっくりと舟を漕ぎ、居眠りを始めていた。砂利を踏みしめるパディルの足音が、前哨地の外から聞こえてくる。パディルの次は、ダンスが見張りを務める順番だ。
――見張りを交代して、夜明けには出発。ようやくダンジョン巡回任務の本番開始だ。カルツが言っていた通り、臆病さを発揮して、今回も無事に任務を果たして見せる。




