257 大亀掃除
「キャラ被り気にしとったけど~! まあそれとこれとは別じゃわい!」
「安心しろタツさん! ちっとも被っておらぬ!」
トルトゥーガはそもそもキャラ被りを気にしないだろうという時点でもう、性格やら品性やら被っていなかった。ケンの太鼓判を貰い、タツが珍しくきちんと“最強装備”に着替える。豪奢な王の漢服のような大袖を揺らし、珠の付いた宝剣を引き抜く姿は美しく、神の如き佇まいと荘厳を感じる。
「本当にタツは、ああして最強装備を着て黙っていれば美しいのにね」
「ええ、ちゃんと神性を感じられますね。黙っていれば」
「儂今ベル殿に褒められカイ殿にディスられた心地~!」
「ベルさんとカイさん今同じ事言ってたよ! 同じ事言ってたよタツさん!」
「いいから早よやれッて!」
見た目を台無しにする物言いとは裏腹、動きは優雅で剣舞のように軽やかに地を蹴る。動きと祝詞と共、宝剣の先にぐるりと清浄な水が渦巻いた。
「野次られつつも~! メイ殿始めて良いぞ~!」
「へぇ!」
同じく最強装備に着替えたメイが、杖ならぬメイスを構えて呪文を唱え始めた。皆がメイの最強装備姿を見るのは初めてだ。聖女らしい品格と清楚さを併せ持ったローブには、細かく銀糸で魔術文様らしい刺繍がされており、触れずとも神聖な気配を大いに感じる。
「メイさん清楚だ……! めちゃくちゃかわいい……!」
「あの刺繍は神聖魔法による強化ですね。リョウの勇者の鎧と同じく、聖女の最終装備のようです」
「あれがメイの名前の元になったメイス……中々ごついわね……」
「エッ、メイちゃんってメイスから取ってるのッ!?」
「最初は女の子って知らなくてェ! 二人で相談して決めたんですゥ!」
リョウの言い訳が響き渡りながら、メイがメイスを掲げると空に光で編んだ魔法陣が広がり――そこから優しい雪のように光の粒が零れ始めた。
「これはおらの魔力と、自然に分けて貰った活力でトルトゥーガどんを継続回復しとります。少なくとも、洗われる時の疲れは相殺出来る筈だぁ」
「病気だとお風呂入るだけで体力奪われちゃうしねえ」
「よくってよ。お掃除組は順次、タツが洗った所から手を付けて頂戴」
「ああ、心得た!」
ふわふわとメイの神聖魔法で継続回復を受けながら、ついにタツの水流が渦巻き撫ぜるように大亀の身体に触れた。ゴバァ! と大きな音を立て、泥や土くれや苔等が剥がされ巻き上げられていく。
「うわァ、すげえ量だな……!」
「何千年――いや、何万年かな。彼に積み上げられた“地層”だからね」
『トルトゥーガいたくない? がんばれー!』
『やあ……やあ……刺激的だが……痛くはないよ……』
水洗いに巻き込まれないように離れた位置で様子を見ているが、夥しい量の“よごれ”だ。それがどんどん下の魔法陣へ落とされてゆく。
「おお、あれは甲羅ではないか……!?」
「ホント! 他と感じが違うわネッ!」
水流が通り過ぎた後、こびりついた藻やカビで元の色合いは分からないが――明らかに土ではないような平たい部分が現れた。よくよく目を凝らすと、鼈甲のような飴色に見えなくもない。
「さ、ケン様達出番よ。少しの藻やカビも残さず綺麗に磨いて頂戴」
「うむ! 行くぞガンさんリョウさんカイさんジラフさんと小人達!」
「おう」
「はいっ!」
「はい……!」
「はァい!」
「モイモイモイ~!」
デッキブラシを手に、お掃除組が駆けてゆく。ジスカールとウルズスは、食事の手伝い組なのでまだ待機だ。
「ふむ。大きな塊は取れたようだが、表面はまだ土やら藻やらカビやらこびりついているな。地道に丁寧に行くしかあるまい!」
「ジスカールちゃんが教えてくれたんだけど、亀の甲羅って人間でいう爪みたいなものらしいのヨ。甲羅の表面――甲板だったかしら、その部分に感覚は無いけれど、その下の甲羅部分は骨みたいな感じで血も神経も通ってるんですって」
「じゃあ乱暴にはしないよう気を付けないとだね?」
ガシガシ力強くやってしまう所だった、と皆が慌てて動きを止める。
『やあ……やあ……お気遣いを……ありがとう……わたしは……小さな亀よりずっと甲羅も強いから……少しくらいなら……大丈夫だよ……』
「多少……普通の人間が力を籠めて擦る位は大丈夫ですか?」
『やあ……うん……その位は……全然……平気さ……』
「よし、皆聞いたな! 力を抑えるように! 普通の人間位だぞ!」
「おまえが一番抑えるんだよ……!」
全員力加減に気を付けながら、ガシガシ亀の甲羅を擦り始めた。擦った部分をリョウが水魔法で洗い流すと、今度こそきちんと巨大過ぎる亀の甲羅模様が見える。そこにベルが箒で飛んできて、甲羅の状態を確認した。
「状態が良くないわね。もう少し全身を見てから薬を追加するわ。トルトゥーガあなた、これまでどんな生活をしてきたの? こうなった原因は?」
『やあ……やあ……話すと長くなる……日が暮れてしまうよ……』
「じゃあ生活は後回しで良いわ。此処まで甲羅が傷んだ原因は?」
『やあ……ずっと……動かなかったから……だろうね……』
「……動かなかった事で色んな物が堆積し、藻が腐ってカビが生えたって事ね」
何故動かなかったのかを聞くと日が暮れるのだろう。ひとまず把握し、ベルが他の場所も見に飛んでいく。タツの水流は徐々に巨大な亀を洗い流し、最初はどう見てもただの島だった形が、亀の形に近付いていた。
「ベル殿~! 頭っぽいの出て来たぞい!」
「あら、じゃあジスカールとウルズス。ついてきて頂戴」
「ああ」
『わかったー!』
先に飛来したベルが、亀の頭を確かめた。確かに頭だが――大きい。地上から見上げれば、頭頂は25階建てのビル位の高さだ。
『やあ……やあ……綺麗なお嬢さんだね……ごきげんよう……』
「まあ、ありがとう!」
大亀の黒い瞳がベルを映し、微かに笑うよう細まった。ベルも微笑みドレスの裾を少し摘まんでみせると、悩むように頬に手を当てる。
「ううん。思った以上に大きいわ……どうやって食事をして貰おうかしら」
『ぼく! ぼくおおきくなれるよ! ぼく食べさせてあげようか!』
走って追いついたウルズスが、大亀の頭でぴょんぴょん跳ねる。まだずっと後方では、ジスカールが必死に走ってきていた。
「あら、あなた大きくなれるの? どの位?」
『いろいろ! トルトゥーガより大きくもなれるよ!』
「わたくしが海岸に食料を出したら、あなた運んで食べさせてあげられる?」
『あげられるー!』
相談している内に、やっとジスカールが息を切らせて到着した。亀の背中央から頭までは1km位距離があるのだ。
「ムッシュ・ジスカール。あなたのこぐまが大きくなってトルトゥーガの食事の手伝いをするわ。あなたは指示と監督をしてくださる?」
「ぜは……ッ、……ああ……ッッ、仰せのままに……ッ! マダム……ッ!」
『やったー! ジスカール! どのくらい! どのくらい!?』
「ああ……ええと……」
まだぜえはあしながら、ジスカールが海の方を見る。見た感じだが水深100m~200mといった所だろうか。
「第四段階に、しようか……ッ! ッ、はあ……! トルトゥーガが重がるといけないから、海に降りてから変わりなさい……ッ」
『はあい!』
良いお返事と共に、こぐまが大亀の頭から海へ飛び降りてゆく。高所からのジャンプでベルが一瞬ぎょっとしたが、ジスカールが止める様子は無かったのでこぐまは酷く頑丈なのだろう。ややあり、少し離れた位置で急激に海面が盛り上がっていく。
「――おい、あれ何だ?」
「え、何ガンさん?」
離れた位置のお掃除組が、怪訝にガンが指差した方向を見る。
「ヒュッ」
「何だあれは!」
「ウルズスちゃんじゃない!?」
「亀もでけえけど熊もでッけえ……!」
視線が集中する先――海面には、“怪獣”のように大きな熊が生えていた。
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