239 青の魔法
「あなたに渡したい物があります」
「まあ、何かしら」
景色に視線を奪われていたベルが振り返った。風に吹かれた淡いピンクの花びらが舞い、一緒に彼女の白金髪も揺れる。背後には見事な桜の大樹、傍らの池にも双子のように咲き誇っている。溜息が出るような美しい景色だが、カイには目の前の女性の方が美しく見えるのだ。
「――……これを。用意に随分と時間が掛かってしまいました」
「これって……」
「どうぞ、開けて下さい」
カイが恭しく差し出したのは掌に乗るサイズ、天鵞絨のネックレスケースだ。目を瞠ったベルが、ケースを受け取りゆっくりと蓋を開ける。中を見た瞬間あまりの驚きに呼吸が止まり、目どころか唇までまん丸になった。
「まあ、まあ……! なんてこと、カイ……!」
「以前にペアアクセサリーを贈る話をしていたでしょう? 気に入って下さると良いのですが……」
「……言ったでしょう、恋人からアクセサリーや宝石を貰って喜ばない女なんて居ないって。ああ、ああ……! 心臓が止まるかと思ったわ……!」
片手が顔を仰ぎ、それから改めてしげしげと贈られた品を眺めた。プラチナの細い鎖のペンダントタイプ、主役たるペンダントヘッドは丸いブリリアントカットの青い宝石――これはどう見てもブルーダイヤだった。しかも驚くべき大きさの。その周囲を無色のダイヤが彩り、何とも品の良いデザインをしている。
「ブルーダイヤよ? しかも、15、いえ16カラットはある……この魔力は天然ものだし……! こんなもの、何処で手に入れたの……!?」
ベルが所持するどのブルーダイヤよりも大きい。そもそも自分への贈り物に、小人達が抱えている在庫を使う筈が無いから出所は別な筈だ。カイの元々の持ち物か、あるいは――と嬉しさと動揺と疑問で一杯になってしまう。
「リョウと一緒に、この世界で採掘してきたんです。ケンの豪運にも頼りましたが、お陰であなたに相応しい、良い石を見付ける事が出来ました」
「ああ、それで暫くコソコソしていたのね……! カイったら、なんて素敵なの! 本当に嬉しいわ、ありがとう……!」
感激でベルがぎゅっと抱きついて来る。思わず『エヘヘ』と顔が緩んでしまった。
「アナベル、あなたはとてもゴージャスな女性だ。ですから大きい宝石が似合うと思ったんです」
「そうよ。小娘が大きな宝石を付けたって偽物と笑われるのがオチ! わたくしのような女が着けてこそ宝石だって満足なんだから!」
顔を上げたベルが高慢に艶やかに、にぃっと笑う。カイも思わず破顔し、大変満足そうにした。
「ねえ、あなたが着けて頂戴」
「はい、勿論」
ベルが背を向け髪をかき上げる。その美しい首筋に宝物を扱うようにペンダントを着けてやった。振り向く仕草と同時に腕が離れて髪が落ちる。その一連にズキュンときて思わず胸を押さえた。
「今の、今の動き……! 最高ですね……!?」
「あなたの髪フェチに新境地が生まれて良かったわ!? いつでも着けさせてあげるわね!?」
見逃さない姿勢に噴き出してしまいつつ、『ほら見て』とばかりにベルが顎と胸を少し持ち上げた。予想通りというか、それ以上に似合っている。
「嗚呼……! 予想を超えて似合っています。素晴らしいですよ、アナベル……!」
「うふふ、毎日着けたい位気に入ったわ! サムシングブルーにもぴったりね!」
「サムシングブルー……サムシングフォーのひとつですね」
「ええ、そうよ。本来は控えめに忍ばせるものだけど、わたくしなのだから派手に見せ付けた方が相応しいでしょう」
サムシングフォー、取り入れると花嫁が幸せになれるという結婚式のおまじないだ。その内のひとつは『青いもの』で、確かにぴったりだった。ベルが満足そうに胸元の宝石を見詰め、それからカイへと視線を戻す。
「ねえ、リョウは確かにペアアクセサリーと言っていたけれどあなたは『考えておきます』だったわ。わたくし達もペアなの?」
「あ、嗚呼……そうです。お揃いですよ」
言われてカイが襟元を寛げ、自分の首元を見せる。ベルと比べると随分と小さいが、確かに同じ石のシンプルなペンダントが着けられていた。
「まあ、嬉しい! 近しい魔力を感じるわ。同じ原石なの?」
「はい。大きな原石が見付かったんです。アナベル、ちょっと……」
「なあに?」
手招かれ、ベルが耳を寄せる。カイがそっと『婚約指輪にはもっと大きい石を残してあります。秘密ですよ』と囁くと、ベルが驚いたように口元を隠した。
「なんてこと……! ちゃんと秘密にするわね!」
「はい。――楽しみに、秘密にしておいて下さい」
ベルはサプライズで更に大きい宝石が出て来るよりも、価値を知るが故に先に知っていた方が絶対に喜ぶと見込んだがその通りだった。嬉しさのあまり重力が減ったみたいに、軽やかに口元を隠してくるくると回っている。
「ねえ、魔法を掛けましょう。同じ原石だもの。あなたが攫われたり、遠くに行方不明になったって魔法があれば探し出せるわ」
「攫われるのはあなたの役目では……!? 魔法は掛けますけど……!」
「だってわたくしはお姫様じゃなくて魔女ですもの!」
ころころと笑い、やっと“嬉しいの舞”を治めてベルがカイの前に立つ。そっと華奢な指先がカイの胸元の宝石へと触れた。同じよう、カイもベルの胸元の宝石へと触れる。目を閉じ、互いに魔力を通し――魔法を掛けていく。
「同じ原石から生まれた宝石は、同じ“家”へと帰るでしょう。わたくしの愛しい人も、何処に居てもわたくしの元へ帰りますように」
「私の愛しい人も、何処に居ても私の元に帰りますように」
呪文のように重ねて、魔法の完成を指先で知る。そっと離すと、互いに微笑み合った。これでいつでも、探そうと思えば互いの居場所を探せるようになったのだ。
「――とっても幸せよ、カイ。これからもずっと幸せにしてね」
「はい。永遠の幸せをあなたに」
ブルーダイヤの石言葉である『永遠の幸せ』になぞらえて。この上なく満足そうにベルが笑った。寄り添い、指を絡めて手を握りながら暫く余韻を味わって――ふと、ベルが首を傾げた。
「リョウと一緒に採掘に行ったのよね?」
「ええ、そうです」
「じゃあメイも今頃、素敵なプレゼントを貰っているのかしら」
「恐らく。リョウの方はピンクダイヤが出たので、それで素敵なアクセサリーを作って貰っていましたよ」
ブルーと同じく希少なピンクと聞こえて、またベルが驚いたように顔を上げる。
「ケン様の豪運とんでもないわね……! メイったらどうせ、今まで一度も殿方から宝石を貰った事なんて無いでしょう。初めての宝石がピンクダイヤだなんて、贅沢だけど最高だわ。感動して泣いてしまうのではないかしら?」
「感動して泣いてしまうのは私も目に浮かびますが、メイはあなたほど宝石の価値に詳しくないのでは?」
「確かに」
ベルが瞬き、にんまりした。
「なら戻って、わたくしに報告してきた時に教えてあげましょう。きっと『うひゃあ』って引っ繰り返るわよ。間違いないわ」
「嗚呼、目に浮かぶな。二度美味しいですねえ」
想像して噴き出してしまった。もう一組の恋人達も楽しく幸せに過ごせていると良いのだが。思いを馳せた後、ベルがカイの腕を引いて歩き出した。
「ねえ、戻って少し休みましょう」
「おや、疲れましたか?」
「いいえ。けどゆっくり“くっ付きたい”気持ちなの。今なら膝枕で耳かきもしてあげる。――どう?」
「……!」
願っても無い申し出に、カイがカッと目を見開いた。
「それは素晴らしい。行きましょう。急いで戻りましょう」
急くようにカイがベルを抱え上げ、背から羽を出した。浮遊感と共に、ベルが少女のように声を上げて笑った。その胸元には美しく青い宝石が輝いている。
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