238 お茶の時間
すっかりお茶の用意が出来たので、桜を見ながら頂く事にした。
「お菓子の方は小人かリョウに作って貰ったの?」
「いいえ、今日は私が作りましたよ」
「……!」
魔法で温めたポットで紅茶を淹れ、ソーサーに乗せたティーカップをベルへと差し出す。手作りと聞いて驚くベルに、カイが少しだけ照れたように笑った。
「リョウほど得意な訳ではないのですが、私も昔から少しは作れますので」
「凄いわカイ。わたくしはこんな風に作れない」
「サンドイッチのパンとハムはリョウが作った物です。基本的に切って挟むだけですから、簡単ですよ。今度一緒に作りましょうか?」
「う……教わろうかしら」
三段のティースタンドの一番上はきゅうりとハムのサンドイッチ、二段目にはスコーンとジャムとクロテッドクリーム、三段目には絞りだしのジャムクッキーが宝石のように飾られている。パンとハムはリョウに頼ったとはいえ、他を自分で作ったのは凄い事だと思った。
「わたくし最近本当に、料理が出来る人を見直したのよ」
「お弁当作りが切っ掛けですか?」
「そう。今まではわたくしの仕事では無かったし、どんな風に作られているか興味を持った事もなかったの。実際体験して、よくもこれまで人の料理に文句を付けて来られたものだと思ったわ」
肩を竦めてから、ベルが紅茶を一口頂く。ほ、と息を吐いて微笑んだ。
「美味しい。いつも飲んでいるものとは違うわね」
「ええ、これは桜の紅茶だそうです。海上都市で仕入れてきました」
「あなたのそういう細やかな気配り、好きよ」
桜を見ながら桜の紅茶を飲むなんて気が利いている。嬉しそうに笑みを深めて、早速サンドイッチをひとつ摘まんだ。
「これもとっても美味しいわ。ガンナーはおにぎりが好きなのだけど、サンドイッチでも喜ぶかしら?」
「ガンナーはパンも普通に好きだと思いますよ。それにあなたが作ればなんだって嬉しい筈です」
「そう、じゃあまた機会があれば教わって作ってみましょう」
ベルが頷くので、カイもにこにこと紅茶を飲んでいる。
「そうだ。お弁当はガンナーにしか作らないけれど、一応わたくしの手作りをあなたにもあげるわね」
「おや、何ですか?」
きょとんとするカイに、ベルが魔法で空間から小瓶を取り出して渡した。
「薔薇の砂糖漬け。これだけは教わらずに作れるのよ。昔師匠に散々作らされたのを、少し前に思い出したの」
「わあ、嬉しいですね。お茶請けにも良さそうです。今頂いても?」
「よくってよ」
許可を貰ったので、早速花びらを一枚味見させて貰う。最初に表面の砂糖の甘さ、それから噛み締めた途端に薔薇の華やかな香りが広がる。堪能するように目を閉じて味わい、開くと目元が嬉しそうに細まった。
「華やかで繊細で、とても美味しいです。これはどうやって作るのですか?」
「食用の薔薇の花を洗って、卵白を花びらに塗って、砂糖をまぶして乾かすだけ。簡単でしょう?」
「それは小さな子でも一緒に作れそうで素敵ですねえ」
思ったより全然簡単でカイが驚いた顔をする。
「そうね。いつか子供が産まれたら、あなたと子供の仕事にしましょう」
「では、クッキーも一緒に作ろうかな。このクッキーは私が人間の子らの世話をしていた時によく作ったんです。生地を絞るのは結構力が要りますから、絞るのは私の役目。子供達はジャムを乗せる役目、と分担して」
「あら、良いわね。それなら男の子でも混ざれそう」
カイが作ったという絞り出しのジャムクッキーを一口。さくさくで優しい甘さで食べやすい。先日自分が作ったクッキーよりも断然美味しいと思う。
「クッキーも美味しい。家事と育児はあなたに任せたら安心ね」
「あなたが苦手な事は私が頑張りますよ。けど、苦手でも一緒に手伝って頑張ってくれるのでしょう?」
「そうよ、だって大切な恋人ですからね」
いつかの無人島での事を思い出す。揶揄うように言うと、ベルがつんと澄まして答える。それが何とも愛おしかった。
「だけど、だけどね」
「はい」
手を止めて、改まったようにカイを見る。茶器を置き、不思議そうに見つめ返す手を取った。
「わたくしの事情で申し訳ないけれど、大切な旦那様とお父さんになるのは暫く待って欲しいのよ」
「ガンナーの寿命が終わってから、でしょう?」
「……ええ、待ってくれる?」
此方を信頼してくれている眼差しではあるが、ほんの少しの不安も見て取れる。安心させるように自分からも掌を重ね、華奢な手を包んだ。
「大丈夫。ガンナーは気にしないと言いましたけど、あなたはそう考えているのではないかと思っていましたよ。幾らでも待ちましょう」
「ああ、カイ……! ありがとう、あなたって何てわたくしに甘いのかしら!」
「っふ、それは甘い自覚はありますけど」
微笑むと安心したようにベルが身体を寄せて来る。こつんと頭に顎を乗せて、カイも応えた。
「私は長命種で、後から幾らでもあなたの時間を貰えますから。人間の寿命はケンのような例外を除けばどうしても短いです。私の事は気にしなくて良い。後悔の無いよう、沢山ガンナーを愛してあげて下さい。私だってその方が嬉しいです」
「そうね……」
ガンナーの寿命が他より短い事は、カイは知らないだろう。それでもそう言って、思ってくれる事がとても嬉しかった。
「わたくしね、いつかガンナーが死ぬ時が来たら――次もわたくしの子供に生まれ直してきなさいと言うつもりなの。そうしたら今度こそ、あなたは“ジジイ”じゃなくて正式な父親になれるわよ」
「嗚呼、それは素敵だな。今はね、認めて貰えないですからね。まあ本当に父親じゃないんですけど……」
現世でカイがガンナーの父親ではないという事だけは絶対的に確定している。
「っふふ、父親じゃないにしろ嫌われてはいないでしょうに」
「それはまあ、毎日髪も結わせてくれますし――そうそう、最近ジラフと特訓を始めたでしょう。その後に汗を流すので、一日に2回結えるようになったんですよ!」
「あなたそれ、ガンナーが居なくなったらどうやって性癖を満たすつもりなの!?」
「それは……!」
性癖に正直過ぎる“きもみ”よりも、寧ろそこが気になってしまった。カイもやや狼狽してしまったので、今の話は無かった事にする。
「ええと、あの……お茶の後に、少し辺りを散歩しませんか。お城の跡地ももう少し近くで見てみたいですし……!」
「そ、そうね……そうしましょう」
こほんとカイが咳払いをし、仕切り直す。ベルも同意し、ゆったりとお茶の時間を楽しんだ後は荷物を置いて城の跡地散策に出向いた。ぐるりとお堀沿いを回ってみるが、一周してもあちらに渡る橋が無い。恐らく木製で、今は朽ちてしまったのだろう。無い物は仕方ないので、カイがベルを抱えて飛んでいく事にする。
「うふふ! 自分でも飛べるけど、こうして運んで貰った方が気分が良いわ!」
「私もあなたを抱く事が出来て光栄ですよ」
お姫様抱っこで対岸へと渡り、跡地の石垣の上を見渡した。矢張り城らしき建物は無いが、昔は建物の土台だったろう石造りの跡や、庭園や石畳で舗装された名残などが窺える。土の地面は殆ど雑草に覆われているが、庭園や通路だろう部分には松や桜の木も生えていた。
「葉の形からして松だと思いますが、この辺りの松はうねっていますね」
「木材用ではなく観賞用の松だと思うわ。お寿司やおにぎりの文化の方では、庭園の文化がまた違うから。ほら、盆栽って聞いた事無い?」
「嗚呼、あります。成程なあ」
庭園らしき部分を歩く内――見事に咲き誇る桜の大樹があり、傍らの池に花びらが散って、更には水面に鏡のように桜が映る凄く美しい場所を見付けた。カイが『此処だ!』と内心で覚悟を決める。
「まあ、綺麗だこと」
「本当に、素敵です。あの――……」
「なあに?」
景色に見惚れるベルの背後で、カイが素早くポケットに手を入れた。
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