225 デート当日
カーチャンの朝は早い。何故なら今日は大切な息子の為に弁当を作らなくてはならないからだ。クッキーだけは今日までに何回か焼いて出来が良いのをピックアップしたので問題ない。本番は此処からである。
「――……さあベル、頑張るのよ」
自身を叱咤し、ぎゅっとエプロンのリボンを締めた。
まずは米を研ぐ。教えられた通りに薄っすら米が透ける位まで水を入れ替え水気を切る。そこにタツに出して貰った“美味しい水”を注いだ。これは暫く浸水時間を置く。
「次は……卵ね……」
卵を割るのは苦手だった。師匠だって使い魔に割らせていたし、ベルもそのように生きてきた。長い魔女生で卵を割ったのはここ最近が初めてなのだ。何度か練習したが、未だに上手くいかない。必ず殻が入ってしまうので、後から必死で取る。
何とか割った卵に醤油少々、砂糖大さじ、塩少々を入れてよくかき混ぜる。ガンナーはこのジャポン風の甘い卵焼きが好きなのだとメイに教えて貰った。此処までは良い。魔法薬の調合でもやるような事だ。問題は“焼き”である。
「…………」
フライパンに油を熱し、卵液を薄く流し入れてかき混ぜる。これは問題無い。半熟になったら巻いていくのだが、これが苦手だった。
「簡単にこれが出来るなんて、リョウやメイは凄く器用なんだわ」
眉間に皺を寄せながら、菜箸では出来ないのでフライ返しで何とか巻いていく。手際は宜しくないのでどんどん卵に火が入っていく。
「んもう! ……この位は焦げとは言わないわ。素敵な焼き色というのよ」
何とか巻いた所で、再び卵液を入れる。そして巻く――を繰り返し、何とか卵焼きが完成した。焦げたり形が歪なのはご愛嬌である。
「……手伝って貰った時の方が、見映えが良かった気がするけど仕方ないわね。全てをわたくしがやる事に意味があるんだもの」
今回は小人のアシストすら断って本当に全て自力だ。下手くそであろうと自分が頑張って作る事が、ガンナーに報いる事になると分かっていた。なので見映えや味が悪くとも我慢して貰うしかない。
「っと、お米はもう良いわね」
浸水が終わった鍋を火にかける。火の加減や、炊けていく段階の様子が分かり易いのでこれは魔法薬の調合と変わらない作業だった。此方は問題ない。
「後は……ウインナーを……まずは茹でる……」
腸詰を作る所からは流石に――なので此方はリョウが作った生ソーセージを貰って来た。これを加熱加工するだけだ。『生だから完全に火を通してね!』と扱い方も教わったので、アレンジなどせず忠実に行う。メシマズの落とし穴は勝手なアレンジにあると、リョウもメイもジラフも口を揃えて言っていた。
「後はご飯が炊けたら握って……今日は上手に握れるかしらね……」
不安は隠せないが、それでもカーチャンは奮起して何処までも頑張った。そして薄暗かった空が明るくなり始め、皆が起き始める――。
* * *
「今日は俺とガンさんのデートの日である! 皆行って来るぞ!」
「ええと、そんな遠くねえ。同じ大陸だ。綺麗な湖があるッていうから見て来る。夕飯までには帰る」
ケンがオルニットを呼び出し、にこにこしている。今日はカイのゲートを使わず行けて、同じ大陸という意味では近場だという。ガンは言われた通りにカーチャンに行先と帰宅時間を報告し、カーチャンも深く頷き――そっとピクニックバスケットを差し出した。
「カーチャン、これが……!」
「そう、母の愛よ……! お弁当とおやつが入っているわ。不味くても不格好でもカーチャンが全て自力で作りましたからね……!」
「おお、おお……やった……! 食べる……残さず食べるよ……!」
ガンが神々しい物を掲げるようにバスケットを持ち上げる傍ら、リョウもケンにピクニックバスケットを差し出した。
「じゃあケンさんはこれ」
「うむ、俺の分の弁当であるな?」
「そうです。ベルさんの手作り弁当はガンさんだけのものだからね。ちゃんとケンさんの好きなお肉と揚げた芋が入っているよ」
「わあ、ありがとう!」
ケンも笑顔でバスケットを受け取った。それから二人でオルニットに乗り、飛び立っていく。
「ではいってくる!」
「いってらっしゃーい!」
皆で手を振り見送って、ややありコホンとリョウとカイが咳払いをした。
「あの、僕らのデートは少し待ってください」
「ええ、そこまで長くは掛からないと思いますので……どうか……」
「うん……? 分かった」
「何か理由があるのね? よくってよ」
「ありがとう……!」
先日から二人ともコソコソしているので、絶対に何かあると思ってメイもベルも頷いた。ホッとした様子でリョウとカイも安堵する。
「さ、じゃあ今日のお仕事に取り掛かりましょうかネッ!」
「儂は乳搾り巡りじゃあ~!」
そして解散し、デート組以外は日常へと戻った。
* * *
「すげえ、まじで緑ばッかだな」
「ああ、改めて見ると俺達は凄い場所に住んでいる」
一方デート組の二人は空を飛んで南東へ向かっていた。眼下に広がるのは方向を見失ってしまいそうな一面の緑。深いジャングルを網目状に河川が割っている。
「湖なんかあるのかこれ?」
「もう少し行かねば無いかな。ガンさんは色んな景色が見たいだろう。だから、カピ神に絶景は無いかと聞いたのだ」
「ああ、あいつ世界中見れるもんな」
「うむ。それで聞いたら俺達が住んでいる辺りは世界一大きな熱帯林で、南東に進むとそれはもう大きな山脈があるらしい。そこに湖がふたつあるそうだ」
「山にあんのか?」
「らしいぞ。俺もまだ見た事は無いから分からん!」
何となく高い所に湖があるイメージが無くて、ガンが不思議そうにする。そうこうしている内に緑がついに途切れて岩肌を向き出したような巨大な山脈が姿を現した。普段密林で遠目に見る山脈よりずっと大きい。
「うお……すッげ」
「これは立派だな! ガンさん湖を探せ!」
「おお……!」
言われて瞳に光を点し視力を強めた。山脈を拡大するように探っていくが、そこで妙なものを見付ける。
「なあケン」
「どうした?」
「変な生き物が居る」
「生き物だと?」
「何かこう、引き延ばして細長くした羊みたいな?」
「……! 何処だ!」
方向を指差すと、ケンが進路を変えた。速度を上げてぎゅんぎゅん山脈へと近付いていく。伴い、ガンが気になっていた生き物の姿も段々大きく見えて来た。
「アルパカッッッ! ガンさんあれはアルパカだッ!」
「アルパカってなに?」
「ラクダやラマの仲間だ! 見ろ、すだれのように毛が伸びているだろう! アルパカはな、家畜用に品種改良された種なのだ……!」
「ラクダもラマも知らんけど、うん。……品種改良?」
思いがけない言葉に瞬いた。
「一度生命は全部滅んだんだろ? で、前の世界の神が自分を犠牲にして再生したとか何とか……」
「そうだ。品種改良された種も復活しているとはな。これは朗報だぞ」
「アルパカは何の役に立つんだ? アルパカミルクか?」
「羊と同じで毛が有用だ! 後はな、今は毛が伸びすぎて謎生物みたいになっているが、ほどほどの毛のアルパカは大変おもしろかわいい!」
今は毛が伸びすぎたアフガンハウンドみたいになっているアルパカの姿からは、おもしろかわいいがあまり想像出来ない。が、ケンが言うならそうなんだろう。
「おお、じゃあカイに言えば飼えるかもな。戻ったら教えてやろう」
「うむ、そうしよう! アルパカの毛は防寒具に最適だしな!」
「へえ~!」
感心しながらガンが視線を巡らせ、また何かを見付けた。
「おいケン、あれ雪か? 暑い地域なのに、山だからかな?」
「どれだ」
「あれだよ。ほら、真っ白な――」
ガンが指した先には、真っ白い雪原のようなものが遠目に見えた。
「おお、あれだぞガンさん! あれが目当ての湖だ!」
「あれ湖なのか!? 雪じゃなくて!?」
「ああ、あれは塩の湖だ!」
「塩!? 昔リョウが探してた塩湖か!?」
「ああ、そうだぞ!」
ケンが断言し、嬉しげに手綱を引いた。
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