210 準備完了
折角なのでケンの合流後、乳児の世話を教わりながら手伝う事になった。
「ガンさん中々凄い顔になっておるぞ」
「加減も何も分からんから怖過ぎて……!」
今は二人とも老女保育士の指導の元に赤子を抱っこしているだけなのだが、ケンは普通に手慣れていて、ガンは不慣れ過ぎて表情がずっと強張っている。
「大丈夫。ちゃあんと出来てますよ」
「そ、そうか……」
「おお、もう寝ているではないか」
「……!」
ガンが抱っこしている赤子がスヤスヤ寝てしまっている。それに気付くと、少しでも動いたら起きてしまいそうで余計に動けなくなった。
「ぶふふ、そう怯えるな……! 我らとて昔は赤子だったのだぞ!」
「そりゃそうだけどさ……」
何とも情けない顔で抱える赤子を見た。あったかい、ふにゃふにゃしてる、不思議な匂いがする。こんな何も出来ない小さな生き物が人間になっていくのだ。
「不思議だなァ……」
「どうだ、可愛いだろう」
「可愛いはよく分かんねえけど、手厚い保護とちゃんとした世話が必要な生物だッてのは理解した……」
「うむうむ」
この後もミルクや離乳食の世話、おむつ替えや泣いた時のあやし、寝かしつけ等々指導されつつ色々やらせて貰った。帰る頃には疲労困憊でガンどころかケンまでげっそりしている。
「ガンさん、今日は疲れたな……だが小人の子らが産まれるまで事前練習で通うと良いぞ……」
「あ、ああ……慣れねえ仕事だ……、失敗しねえように練習しとかねえとな……。つかおまえは慣れてんじゃねえのかよ。何で疲れてんだよ……!」
「俺は王だぞ……!? 抱き上げたり遊ぶ位は慣れているが、それ以上の世話は妻か女官がやっていたのだ! あそこまでの世話は不慣れである……!」
「あァ……」
それもそうかと納得した。
「今おれ初めて世の母親を尊敬したかもしれん……四六時中アレをすんのはキッツいわ……。そりゃ産休要るわ……」
「まあガンさんの世界は特殊だしな。他の世界の母親は概ねああいう仕事をしておる。男がヘマをすると一生恨まれるのも分かろう……」
「納得した……おまけに産む時もなんかキツいんだろ? 男小人達が恨まれんようにおれ頑張るよ……」
「うむ……」
力無く二人は村に帰り、その様子を見たリョウとカイが戦慄した。女小人達全員の出産まで一月弱、危機感を覚えたリョウとカイもちょこちょこ保育所に通って事前の練習をするのであった。
* * *
そして一週間後、全員集まる朝食の席で進捗を確認する。
「小人達には全員了承を貰って、今は出産準備を進めているわ。時短勤務も今の所は上手くいっているみたい」
「モイモイ!」
ベルの報告に、給仕をしていた厨房小人が頷く。今日の朝食はハムエッグに焼きウィンナー、きんぴらとお浸し、漬け物。主食はパンか白米が選べて、スープはミネストローネだ。最近はこうした和洋折衷メニューが採用されている。
「出産ラッシュになるだろうし、ベルどんとおらで魔女の館の方にお産場所の準備を進めとるです。希望者は数日前からお泊りも出来る感じだぁ」
「ええ、忙しくなってきたらジラフと、ガンナーにも手伝って貰う予定」
「はァい! 任せてッ!」
「お、おう……!」
小人の言葉が分かるばかりに、色々駆り出されてしまったガンが青い顔で頷いた。
「ガンさん顔青いけど大丈夫?」
「大丈夫、めちゃくちゃ不安なだけだ……」
「うふふ、大丈夫よ。海上都市で練習も続けているし、わたくしがあげたマニュアルも読み込んでいるでしょう?」
「うん……」
人間と小人は少し生態が違うので、保育所用にベルが『小人の育て方』マニュアルを用意していた。ケンの世界の言語で書かれている為、ガンもそれを貰って必死で読み込んでいる。読めない組には口頭で説明があった。
「殺すより育てる方がクッソ大変だッて思い知るな今回は……」
「例えがほんと酷いけどそうだね……」
「頑張りましょうね……」
リョウとカイもガンに負けず劣らずのしおしお顔をしている。連日の保育所研修で練習はしているものの、不安で仕方が無いのだ。
「良い機会よ。あなた達は本当に言い方が悪いけれど、これまで殺すばかりだったのだから。生命が生まれて育つ大変さを学ばせて貰うと良いわ」
「はい……」
「はいぃ……」
「頑張りますぅ……」
男三人が殊勝にする様子を見て、ジラフが可笑しそうにした。
「けど、この間見学に行ったけど、三人共なかなか様になってたわヨッ! カイちゃんなんか特に大人気だったじゃない?」
「見ていたのですか!? けどそれは乳児ではなく幼児相手でしょう? 私は昔お世話をしていましたから、幼児相手は慣れているんですよ……けど乳児は怖くて……」
「大丈夫よ! 小人は成長が早いしすぐに乳児から幼児になるから需要アリ!」
ジラフが励ますように太鼓判を押す。
「そう。本当にカイさんは幼児人気が凄いんだよ……」
「カイの普段見た事が無い姿を見ちまった気になるぜアレは……」
「お二人はまだ羞恥を捨てきれていませんからね……!」
ガンとリョウが幼児と戯れているカイの姿を思い出す。普段とは全然違う満面の笑みで、聞いた事のない声掛けで歌ったり踊ったりお遊戯を全力で楽しむカイの姿はさながら幼児番組のお兄さんであった。あれを二人はどうしても真似できない。
「リョウさんもいずれ父となるのだから、カイさんを見習わねばならんぞ……!」
「そッ……! 初日でぐったりして以降練習に参加しなかったケンさんには言われたくないんだけどォ……!?」
「仕方ないだろう!? 逃げではない! 俺が保育所に行くと保育士達が騒いで仕事にならんから! だから俺はあまり近寄らぬ方が良い逃げではない……!」
「これは逃げじゃわ~!」
今回育児には関わらない予定のタツがニヤニヤしている。
「ウフフ! どうしても手が足りない時はアタシも手伝うから言って頂戴ネッ!」
「ジラフ殿は練習せんでも何故か得意そうじゃの~」
「だってアタシ産婆経験も子育て経験もあるものッ! 乳児は兎も角、幼児は背負って戦場に立ってたわヨッ!」
「どういうこと!?」
まさかの経験にタツがジラフを二度見した。
「傭兵にだって女は居るのヨ! 産まれた子は皆で協力して育ててたってワケ!」
「ふむ、傭兵稼業は移動も多いしな。ジラフさんの背が一番の安全地帯か……!」
「そういう事!」
「それはめちゃくちゃ強い子に育ちそう……」
「そう、だから出産時はジラフにも手伝って貰うのよ」
その経験を既に知っていたベルが訳知り顔で頷いた。なら保育所もジラフでいいのでは……という顔をしたガンとリョウとカイの微妙な表情は黙殺された。ガンは兎も角、リョウとカイには今の内に叩き込んでおかねばならぬのである。
「やあ、けど……楽しみだねえ?」
「モイィ~!」
黙殺された圧が痛くて、リョウが空気を変えるように厨房小人の方を見る。厨房小人はこの世の春のような顔をして、何度も大きく頷いた。
「いま小人どん達はな、女子は小せえ可愛いお洋服を縫ったり、男子は小さいベビーベッドを作ったりしとるんだぁ。どの小人どんもすごく幸せそうで、おら本当ににやけちまう……!」
夢見るような顔でメイが頷いた。一瞬メイもすぐさま子が欲しいのかと思ってリョウが慌てて盗み見したが、そういう感じではなくて単に本当ににやけちまう感じだったので、ひとまず胸を撫でおろす。が、いつかはあるだろうなと思った。その気配を感じ取り、カイもリョウと似たような面になる。
「よし! ともあれ順調である! このまま頑張って行くぞ!」
全てを纏めるケンの声に全員頷き、朝食の時間は過ぎていった。
そして、ひと月弱などあっという間で――すぐに村は“本番”を迎えるのである。
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