第十五章 「救国のアルザード」 1
第十五章 「救国のアルザード」 1
「では、ブリーフィングといこうか」
正式に護剣騎士団の移動指揮所として整備された専用魔動車両の一室で、エクターは椅子に座る面々を見渡してそう告げた。
セギマが《魔動要塞》によって陥落し、ノルキモ領となったのは《イクスキャリヴル》での応戦が決議されてから間もなくのことだった。
侵攻されたセギマ首都は蹂躙され壊滅状態となり、その場に残っていた首脳陣もほとんどが命を落とした。《魔動要塞》の移動速度が遅かったため、民間人の多くは避難できたようだが、それでもなお《魔動要塞》の進路上の被害は甚大であった。
首都陥落の後、《魔動要塞》は西、つまりアルフレイン王国へ向けて移動を開始した。
それと時を同じくしてノルキモから宣戦布告が出された。
《魔動要塞ハヴナル》によるアルフレイン王国への侵攻と《イクスキャリヴル》の打倒が宣言されたのである。
となれば、敵対が明確でない限りは動かないという方針だったアルフレイン王国も静観はしていられない。
アルフレイン王国からも《イクスキャリヴル》を擁する護剣騎士団による応戦が宣告され、アルザードとエクターはその準備に追われることになった。
《魔動要塞》はその巨体と規模故に歩みが遅い。
宣戦布告から、《魔動要塞》がアルフレイン王国領に到達するまでには相応の時間がかかる。アルフレイン王国が護剣騎士団を元セギマとの国境付近へ移動させるのには十分な猶予があった。
だが、ノルキモによる宣戦布告と、それに応じるような宣言をしたことで、一時的にとはいえ《イクスキャリヴル》が王都を離れることが各国に知れ渡ってしまうことになった。《イクスキャリヴル》の不在は今のアルフレイン王国にとっては大きな隙を晒すこととも同義であり、故に王都は現在、近衛騎士団総出での厳戒態勢となっている。
「規格外には規格外を、ってか」
最前列に座るグリフレットが義手を交換しながら呟いた。
「あれだけのものを半年程度で一から開発できたとは考え難い。前々から設計や準備はしていたんだろう」
魔動機兵と接続するためのグリフレット専用義手の最終チェックをしながら、エクターが答える。
先を見据えて研究開発をしている技術者ならば、魔動機兵の発展型や、あるいは魔動機兵とは全く違う新しい概念を作り出そうとするのは何も不思議なことではない。エクターが《イクスキャリヴル》という一つの形を考え付いたように、《魔動要塞》という形を考えついた者がいて、設計開発を進めていたというだけの話だ。
「それをノルキモが運用しているというのが気になるところね」
グリフレットと同様、最前列でエクターに義足のチェックをしてもらいながらサフィールが言った。
土地柄や経済状況など、ノルキモの事情を鑑みると、《魔動要塞》の開発が不自然なのは事実だった。国の気質からすれば、《魔動要塞》のような存在はむしろアンジアの方が適している。もっとも、それを侵略に使うという発想はノルキモらしいと言えばらしい。
「ベクティア、というよりはモーガンの意向なんじゃないかな」
「と言うと?」
「僕が何かを作ろうとすることまでは読んでいた。だから、もしそれが何かしらの成果物を生み出した場合に、それを上回るものをぶつけられるように画策していたんだと思うよ」
グリフレットの問いに、二人の義手義足のチェックを終えたエクターはスクリーンの前に戻りながら答える。
魔動機兵の生みの親として一躍有名となり、地位も名声も手に入れたはずのモーガンがエクターに執着している。《イクスキャリヴル》の完成と公表がされて、その生存を知ったのならまだしも、モーガンはエクターが研究開発を続けている段階でスパイであるヴィヴィアンを送り込んでいた。
エクターならば何か画期的なものを開発するであろう、自分を脅かす何かを生み出すだろう、とでも確信していたかのようだ。
「あいつは神経質で粘着質でもあったから、蹴落としたはずの僕が何かしでかすのを恐れていたんだろう」
モーガンにとって、共同研究を行っていたエクターは自身と同等以上の存在として映っていた。自分より上にいる者、並ぶ者がいることが許せないというエクターの分析が正しければ、そこがモーガンの執着に繋がっているのだろう。
間近で共に研究開発をしていたからこそ、エクターならば更に上の何かを生み出せるだろうという確信もあったのかもしれない。
実際、蹴落としたはずのエクターが、魔動機兵では相手にならない《イクスキャリヴル》という存在を開発して見せた。
「ま、それはそれとして、これから戦うのはモーガンではなく《魔動要塞》だ」
モーガンが《魔動要塞》の操縦に参加している、という情報はない。そもそも、モーガンはベクティアに所属しているはずだ。いくら《魔動要塞》の設計開発に協力したからといって、本人が出張っているとは考え難い。
「兵器としての脅威度は《イクスキャリヴル》に匹敵する」
これまでに諜報部隊が集めてきた情報を部屋にあるスクリーンに表示しつつ、エクターは言った。
首都の制圧という為し得た事象はほぼ同等のもの、戦闘能力を見ても魔動機兵部隊では歯が立たない。マナストリーム砲も搭載しており、事実だけを並べれば確かに《イクスキャリヴル》と同等だと言える。
「加えて、要塞としての機能も持っていて、魔動機兵部隊との連携戦闘も可能」
《イクスキャリヴル》と大きく違うのは、その巨体もそうだが、要塞として作られているところだった。
内部に魔動機兵部隊が配備されており、移動拠点としての機能が充実している。即ち、魔動機兵部隊を内部から出撃させ、連携して戦闘を行い、回収後は整備も可能ということだ。
「搭載されている魔動機兵の数は推定でおよそ二十から三十。セギマとの戦闘時に確認されているのは《ノルス》や《ノルムキス》ばかりだ。これらの整備に用いる資材は、道中で制圧したところから接収している」
移動拠点である《魔動要塞》がノルキモの外部部隊から補給を受けている様子は今のところ確認されていない。拠点を移動可能にするというだけでも、消費する資材が莫大なものになりそうだが、それを《魔動要塞》は制圧した拠点や集落から得ているという。進路上にある拠点を襲撃し、そこにある資材を根こそぎ奪って《魔動要塞》や搭載している魔動機兵の整備や維持に当てているらしい。
セギマが首都を落とされて降伏したことで、セギマ領はノルキモに接収されたような状況になっている。アルフレイン王国へ向けて歩みを進める《魔動要塞》を邪魔するものはなく、進路上にあった拠点は補給地点のような扱いということだ。
「ノルキモらしい発想ね」
サフィールが鼻を鳴らした。
「で、我々はこれから国境手前であれを迎撃しなければならない」
《魔動要塞》がアルフレイン王国領に侵入するのを防ぐのが護剣騎士団に課せられた任務だ。
単純に考えれば、魔動機兵の数が少ないアルフレイン王国が不利だろう。
「その《魔動要塞》だが、恐らくは目指すところは《イクスキャリヴル》と同じだろうね」
エクターはこれまでに得られた情報から、《魔動要塞》の構造や設計理念を推測していた。
彼の予想が正しければ、《魔動要塞》は《イクスキャリヴル》と同様、単機で戦況を覆すだけの力を持った新しい概念として設計されている。
「しかし、大きく異なるのはその動力システムだと言えるだろう。まず間違いなく、《魔動要塞》にオーロラルドライブのようなものは搭載されていない」
「断言できるのは何故です?」
ギルバートが疑問を投げ掛ける。
「そもそも僕の開発したオーロラルドライブは単機で莫大な出力を得ること、機体を大型化させ過ぎず一人で扱えることを目指して設計しているんだ」
エクターが開発した《イクスキャリヴル》は、魔動機兵としては一回りほど大型でありながら、《魔動要塞》のような大きさには至っていない。
それは、エクターが《イクスキャリヴル》を魔動機兵の先にあるものとして、一人の騎手によって扱われる兵器として設計したからでもある。
「そうか、直列と並列の話か」
エクターの言葉を聞いて、アルザードは転属直後にされた話を思い出した。
「そう、出力を増大させるだけなら、プリズマドライブを直列接続していくという方法が単純かつ分かりやすい」
頷き、エクターは話を続ける。アルザードがオーロラルドライブの話を聞いた時にも、エクターは言っていた。
現行の技術の応用で出力を規格外まで増幅させる方法として、プリズマドライブを直列に繋ぐ方法をエクターは挙げていた。一つ目のプリズマドライブで増幅した魔力を、二つ目のプリズマドライブに入力し、増幅させて、三つ目のプリズマドライブに、と続けて行くのだ。当然、そうやって増幅を重ねていくとなれば、通常のプリズマドライブをただ繋げただけでは直ぐに増幅され続ける出力に耐えられなくなる。後に繋げるプリズマドライブを徐々に大型化させ、入力と出力に耐えられるものにしていかなければならない。
そして、それは即ち搭載する機体の大型化を招く。
「《魔動要塞》は、その理屈に当てはまるというわけだ。基本構造がプリズマドライブの直列接続であるなら、《イクスキャリヴル》のように規格外の魔力適性を持つ人材を探さなくても済むだろう。《イクスキャリヴル》との決定的な違いだ」
莫大な増幅率を持ち、規格外の出力を得ることができるオーロラルドライブは確かに画期的ではあったが、唯一の欠点は使い手を選ぶということだった。
「僕の計算が正しければ、あれは一人では動かせない」
これまでの情報からエクターが試算したところによると、《魔動要塞》を動かすだけの出力と魔力制御能力を得るためには、複数人で操縦する必要があると言う。
「機体の大きさや形状にここまでの差があると単純な比較はできないが、性能が同程度だとするなら後はそれを使う者の技量の問題だ」
エクターの言葉に、皆が頷いた。
出撃前の確認は一通り終わり、それぞれが己に与えられた魔動機兵へと乗り込むために、後続の貨物車両へと向かって行く。指揮車両の後部は《イクスキャリヴル》専用の格納ブロックが作られており、メンテナンスベッドに機体が寝かせられていた。
その格納ブロックの天井が開き、アルザードの前でメンテナンスベッドがゆっくりと立ち上がって行く。
「とは言え、我々もこの半年近くをただ過ごしてきたわけではない」
アルザードの隣に立ち、エクターも《イクスキャリヴル》を見上げた。
アンジアの降伏からおよそ半年の間、アルザードはエクターと共に《イクスキャリヴル》の調整を続けてきた。結果的に、これまで護剣騎士団に出撃要請はかからず、近衛騎士団などを相手に《イクスキャリヴル》抜きで何度か模擬戦をした程度だ。
逆に言えば、《イクスキャリヴル》を完成と言える状態にするためのテストと調整に時間を費やすことが出来たということでもある。
「故に、《イクスキャリヴル・アルヴァロン》」
エクターが、目の前に立つ白銀の騎士の名を呼んだ。




