表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/60

第五章 「動き出す一手」 2

 第五章 「動き出す一手」 2

 

 

「そもそも、現行の魔動機兵に搭載されているプリズマドライブそれ自体には、大した性能差はなくほとんど均一だ。まぁ、核となるプリズマ結晶の純度や良し悪しによって多少の差は実際出てくるものだが、構造それ自体に違いはないと言っていい。前線で戦っている個人からすればそれも重要な差ではあるだろうが、それでも大きな差があるわけではない。なら今ある魔動機兵の性能差はどこから生じるのか。騎手の力量を考えないものとすると、各種部品や運用目的や設計思想だろう」

 エクターは語る。

 曰く、今世界中で生産され、運用されている魔動機兵のプリズマドライブには差があるわけではない、と。構造はどれも決まっていて、プリズマ結晶の純度や質によって多少の差は出るものだが、大きな視点では誤差の範囲なのだという。

 各国それぞれ思想が異なる故に、魔動機兵は様々なバリエーションが生まれている。例えば、南方のアンジアであれば《バルジス》と呼ばれる重装備型を主力としている。機動性を犠牲にしてでも厚い装甲で防御力を高め、敵と撃ち合うことに重きを置いている。そんな《バルジス》の中でも、やや装甲を薄くした機動性重視型がいたり、更に重武装したものがいたり、様々だ。

 それに対し、北方のノルキモでは機動性を重視した《ノルス》を主力とする。東方のセギマの主力《ヘイグ》はバランス重視の汎用型で、アルフレイン王国で使われている《アルフ》タイプに近い。

 要するに、現行の魔動機兵は性能のバランスを変えただけで、総合的には大差ない、というのがエクターの言い分だ。

「プリズマドライブは完成されたシステムだ。これに手を加えるのは簡単じゃあない」

 核にするプリズマ結晶のサイズを変えれば、プリズマドライブの構造全体をそれに合わせて変えなければならない。入力される魔力をエネルギーに変換し、出力するだけのシステムではないが故に、大きさが変われば魔動機兵を操るための術式もそれに合わせて最適化する必要が出てくる。どちらかと言えば、術式の構造を最適化する作業の方が大変なのだ。プリズマ結晶のサイズに合わせた、入力と出力のバランス計算や、機体全体の大きさが変わることで各部の駆動に要求される出力も変わり、計算式も変わってくる。

「今あるプリズマドライブの大きさや構造が統一されている理由はそこにある。高出力、高性能の機体を造ろうとしてちょっとプリズマドライブを大型化するだけで、施す術式の計算式全体が変わってしまう。その計算はドライブの大きさに比例していないから、機体全体の術式全てにおいて再計算が必要で、プリズマドライブに手を加えた新型機の開発はとてもめんどくさいものなんだ」

 頭一つ飛び抜けた高性能機の開発が難しい理由はそこにある。プリズマドライブから得られる出力を、騎手の魔力適正以外で向上させるためには、ドライブそのものを強化する必要がある。核となるプリズマ結晶を大きなものにするならば、それに合わせてドライブの構造も大きくする必要がある。現行で最適化されているプリズマドライブの規格から逸脱するのであれば、全ての術式計算がやり直しとなり、機体各部の魔力回路や駆動に必要な魔力量の調整といった細かな部分も全てそれ専用に設計しなければならない。

 多用されている規格に合う部品が何一つ使えないとなれば、必然的にコストは跳ね上がる。開発にも、調整にも、修理にも時間がかかるようになる。

「簡単に言えば、現在使われている魔動機兵は骨格と心臓が全部同じものなわけだ。筋肉の付け方や服装で差を付けていると言えるね」

 鹵獲した機体の部品を再利用し易い理由もそこにある。

 プリズマドライブ自体が同規格であるため、各部品に要求される魔力量や、想定されている出力が同等なのだ。その点においては特に手を加える必要がない。

「けれど、プリズマドライブという構造を用いる以上、突出した性能の機体を造るというのは中々に難しいものなんだよ。仮に、諸々の面倒な計算を乗り越えてプリズマドライブを大型化したとすると、それを支える機体も大きくなる。機体が大きくなれば重量も増えるし、その分稼動に要求される出力も増える。魔力消費も増えるだろう。当然、大型化すれば製造に必要な資源も増えてコストも高くなる」

 エクターの言うことはもっともだ。

 性能を劇的に向上させようとプリズマドライブを大型化すれば機体そのものも大きくせざるを得ないだろう。向上した出力のいくらかは大型化した機体の駆動に持っていかれるはずだ。機動性を落とさぬように、装甲も厚くして、武装も、と考えていけば出力の向上に対する機体性能の向上比率は見合うものになるだろうか。

「僕からしたらプリズマドライブを大型化しての高性能化はとてもじゃあないが効率が良いとは言えないね」

 エクターの目がアルザードに向けられる。

「だから、全く新しい動力システムを考えた」

 その時に見せたエクターの笑みは、どこか挑発的なものだった。

「僕が造っているのは、魔動機兵を超えるモノ……。プリズマドライブの数十倍以上の出力と、それを最大限に活かす機体の開発。つまるところ、単機で戦局を覆すことを可能にする全く新しい概念の開発」

「そんなもの、本当に造れるのか……?」

 エクターの言葉に、アルザードは唖然とした。

 現行の魔動機兵自体、最近になって出てきた新しい概念の兵器だ。魔動機兵という存在は争いの概念を塗り替えた。一対一で勝るような特注機を造るというのならまだしも、複数の敵が組織的に攻めてくる状況そのものをたった一機でひっくり返すとなれば、そこに求められる能力は想像を絶するものになる。

 魔動機兵の技術も、まだ発展の余地はある。だが、その先に単機で戦局を覆すような性能に至る道があるだろうか。

 エクターの物言いは、非現実的な夢物語のようにさえ聞こえる。

「理論はもうできていてね、その実証機の開発をしているんだよ」

 アルザードの疑念を見透かすかのように、エクターはさらりと言ってのけた。

「理屈自体は単純です。プリズマドライブの掛け算をするんです」

 ヴィヴィアンはそう言って、机の上に紅茶の入ったカップを置いた。

「可能なのか?」

 プリズマドライブの複数接続という案は確かに存在する。

 だが、採用されていないのには当然、理由がある。プリズマ結晶で増幅した魔力を別の結晶で更に増幅する、という理屈自体は不可能な話ではない。だが、二個、三個、と複数接続をすればするほど後に繋げられた結晶に対する負荷は大きくなっていく。ただでさえ、結晶一つで五、六メートルはある魔動機兵を動かすだけの出力を発揮しているのだから、それをもう一度プリズマ結晶に入力して増幅しようとすれば、通常のプリズマドライブであれば直ぐに負荷は限界を超えるだろう。

「普通に考えれば割に合わない結果になるさ」

 紅茶に手を伸ばしながら、エクターが答えた。

 再度増幅するのであれば、それ専用のプリズマドライブを設計する必要がある。更にそれを増幅するのならば、またそれに応じたものを造らねばならない。

 そんなプリズマドライブを複数繋げるとなれば、その動力システムだけでどれだけの大きさになるか分からない。

 仮に、それで高い出力を得られたとしても今度は騎手がそれを制御できるかどうかという話になってくる。扱う力が大きくなればなるほど、制御するのも難しくなるのは必然だ。

「単純に繋げたところで、望んだ出力に達する頃には機体が山みたいな大きさになってたりするだろうし、そんなんじゃあ運用するのも難しいだろう?」

「確かに……」

 アルザードにもその辺りは想像できる。

 魔動機兵というモノが爆発的に普及した背景には運用のし易さがあげられる。確かに、兵器としては巨大で、整備や調整も必要ではある。だが、その大きさに対する能力の高さは画期的だったのだ。

 プリズマドライブや魔動機兵の各部に施された術式もさることながら、人の形をしていることで操縦のイメージもし易い。

「人の形をしていながら、大き過ぎない。それは重要なことだ」

 紅茶に口をつけ、エクターは言った。

 機体が大きなものになればなるほど、生産や整備にかかる資源量や人員、時間といったものが増えていく。それを動かす騎手に対する負担も増えることだろう。

「そうなるとプリズマドライブの直列接続なんてのは論外だ。なら、全く新しい動力システムを一から開発するしかない」

 プリズマドライブとそう変わらぬ大きさで、その数十倍以上の出力を得られる新しい動力炉が必要だ。

「それを、ここで……?」

 アルザードの問いに、エクターは頷いた。

 彼は既に、理論は完成していて、実証機の開発をしている、と口にした。それはつまり、実現の目処が立っているということになる。

「概要自体はそう難しいものじゃない」

 紅茶のカップを煽って飲み干すと、そう言ってエクターは立ち上がった。

 部屋中に散らばっている紙の中から裏が白紙で手頃な大きさのものを適当に摘み上げ、アルザードの前に置く。その上にペンを走らせて、図を描いていく。

「まずは騎手から入力された魔力を一度分散させる。それを周囲に配置したプリズマ結晶でそれぞれ増幅し、中央に配置する大型の高純度プリズマ結晶に集約し更に増幅して出力を得る」

 要するにプリズマドライブの並列接続だ。

 入力された魔力を一度分散させ、それぞれを個別に増幅する。最後に増幅されたそれら全てを一つに集めて更に増幅し、出力する。

 確かに、これなら単純に繋げていくよりも効率的かもしれない。最初に分散されていることで、周囲の結晶それぞれの負荷は通常のプリズマドライブよりも抑えられるはずだ。

「でも、これだと中央の結晶には相当な負荷がかかるのでは?」

「当然そうなる。だから、ここに配置する高純度結晶が要とも言える。幸いなことに、この計画には予算が度外視されていてね、最高純度の結晶を精製してもらっているところだ」

 簡単に図示されただけでも、莫大なコストがかかるであろうことが予想できた。

 配置されるプリズマ結晶の大きさや純度にもよるだろうが、たった一機の魔動機兵に複数の結晶を用いるという点だけで既に破格だ。仮に、複数のプリズマ結晶それぞれが通常の魔動機兵に搭載されているプリズマドライブと同等のものだとすれば、この動力機関だけで使用した結晶分の機体に相当するコストがかかる。

 それだけでなく、これまでにないほど高純度なプリズマ結晶が更に一つ必要だというのだ。複数の結晶で増幅された魔力の受け皿となりながら、更に増幅して出力するとなれば、どれほどの負荷がかかるか想像もつかない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ