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第五章 「動き出す一手」 3

 第五章 「動き出す一手」 3

 

 

「炉心内には高濃度エーテルも充填する予定だ」

 極限までプリズマ結晶の消耗を抑えるために、炉心内を高濃度エーテルで満たすらしい。本来はプリズマ結晶の負荷である濁りを浄化するために用いられるものを、負荷軽減のために使用する。

 高濃度エーテルは自然にはそうそう精製されるものではない。元々魔素濃度の高い液体であるエーテルに、人工的な処理を施して濃度を限界まで高めたものが高濃度エーテルと呼ばれるものだ。濃度が高過ぎるため、そのまま放置すると魔素が空気中に散り出してしまい、濃度が低下するという性質もある。魔素濃度がプリズマ結晶の魔素含有率を下回ると、濁りを浄化する効果が得られなくなるため、結晶の浄化装置や高濃度エーテルを保管する容器は厳重に密閉されている。

 この新型動力炉も可能な限り密閉はするのだろうが、浄化装置や保管容器並にはできないだろう。高濃度エーテルが効果を発揮する時間は限られる上、一度稼動させ使用してしまえば再利用もできないだろう。

 高濃度エーテルだけでも、製造コストは小さなものではない。

「本当にコスト無視、なのか……」

「ええ、そうです。この計画に、この国の存亡を懸けているんです」

 アルザードの呟きに、ヴィヴィアンが静かに告げた。

「問題はコストだけじゃない。この動力炉が完成しても、それを扱える騎手が必要だ」

 エクターはそう言って、アルザードの目を見据えた。

 それを真正面から受け止めて、アルザードは自分がここに呼ばれた理由をようやく理解した。

「莫大な出力を得られるこの新型動力炉は、それ相応の使い手を必要とする。国中のデータを調べて、最も適任だと判断できたのが君ってわけだ」

 動力炉の魔力増幅率の正確な数値はここまでの説明では分からない。

 それでも、並の魔力適正では足りない、とエクターは言っている。

 構造の概要を説明されただけでは、通常の騎手が乗ったとしても既存の魔動機兵を圧倒するほどの出力が得られるように思える。

「でも、俺でいいのか……?」

 むしろアルザードの魔力量では分散させるための最初の結晶の時点で破裂してしまったりするのではないだろうか。

「分散させたそれぞれがサブ結晶一つ一つをまとも以上に稼動させるだけの魔力が必要になるのさ。並の騎手ではその時点で選外というわけだ」

 エクターは笑みを見せながらそう答えた。

 一体、いくつのプリズマ結晶を用い、どれほどの出力を得ようとしているのだろう。

 周りに配置するプリズマ結晶の数が多ければ多いほど、分散させる数も多くなり、一つ一つの魔力は小さなものになる。その一つ一つに、並以上の魔力量を要求するとなれば、確かに常人では心許ない。

「それに、出力される魔力を制御するのにも高い魔力適正が必要だ」

 最終的にどれほどの出力の機体が組み上がるのかは分からない。単機で戦局を覆すとなると、想像を絶する性能が必要になるのは言うまでもない。そして、それを操る騎手にも相応の能力が要求される。

 既存のプリズマドライブを凌駕する出力となれば、制御するのもまた相応に難易度が高くなる。機体各部に施される術式や魔力回路の伝導率にも多少は左右されるだろうが、騎手への負荷も増大していることだろう。

「君にも、やってもらうことは沢山ある」

 そう言うと、エクターは立ち上がった。

「機体特性の熟知、新型動力システムの稼動テスト、各種動作チェック、機体が組み上がれば試運転、そして完成したならば――」

「――実戦での運用」

 アルザードはエクターを見上げて、その先を口にした。

「そう、この国を救ってもらわなければならない」

 口の端を吊り上げて、エクターは笑った。

「無謀な計画であることは重々承知しています。それでも、私たちはこれに賭けるしかありません」

 ヴィヴィアンが静かな声で告げた。

 この国に残された時間はそう多くないだろう。攻めてくる三ヵ国連合を圧倒するだけの戦力を揃える時間も、資源も、人材も、アルフレイン王国にはない。

 だが、数は揃えられなくとも、コストを度外視すれば新型を一機ぐらいは造る余裕はあるだろう。ならば、その一機で戦局を塗り変える。

 エクターたちがやろうとしていることは、つまりそういうことだ。

 まるで雲を掴むかのような、馬鹿げた話だ。無謀にも過ぎる。

 しかし、現状としてアルフレイン王国には打つ手がない。

 友好的だった隣国ユーフシルーネからの援護は期待できず、他の国家は静観を決め込んでいる。事実上、孤立無援となったアルフレイン王国は、このままではいずれ滅ぼされてしまうだろう。

 ベルナリア防衛線が辛うじて持ち堪えているうちに、何か手を打たなければならないというのに、その手がないのだ。

 他国は頼れず、自国は既に甚大な被害を受けている。戦力も土地も、多くが失われ、後がない。

 無謀かもしれないが、この計画には少しでも可能性があると、そう判断されたのだ。

「……俺にも、諦められない理由はある」

 アルザードは小さく呟いた。

「ここに配属された以上、やれるだけのことはやりますよ」

 どの道、アルザードに拒否権はない。ここで無謀だからと協力を拒んだところで、行き場がなくなるだけだ。仮に、この計画が実現出来ずに終わったなら、アルフレイン王国が滅ぼされてしまうことに変わりはない。前線でひたすら戦い続けていても、事態が好転するかと言われれば難しいだろう。むしろ、何か起死回生の一手が残されていると、消えてしまいそうな火のような望みに賭けてただただ戦い続けていた側にこそアルザードはいたのだ。

 開発が間に合うかは分からない。間に合ったとしても、その機体に戦局を覆るだけの力があるのかも未知数だ。

 それでも、この計画に希望があると言うのなら、やるしかないだろう。実際に計画は動き出している。もはや、これが成功する可能性に賭けるしかない。

「じゃあ、早速、君の力を見せてもらおうかな」

 満足げに頷いて、エクターはそう言ってドアの方へと歩き出した。

 ドアの前で立ち止まり、振り返る。

「シミュレータを用意してある。君の全力を見せて欲しい」

 期待感を露に、エクターはアルザードを目で促す。

「時間は限られている。君のデータ次第では機体の調整も見直す必要があるからね」

 アルザードが立ち上がり、エクターがドアを開ける。

 格納庫への扉を開け、三機の《アルフ・ベル》が並んで立つ隅の方へとエクターは向かう。アルザードとヴィヴィアンが彼の先導で格納庫の喧騒の中を歩いていく。

 そこには《アルフ・ベル》の他に、魔動機兵の胸部ブロックのみがあった。装甲もほとんど取り外され、フレームだけでなく内部の機械も剥き出しになっている。頭部や肩部が本来接続されている場所にはいくつものケーブルやコードが繋がれていて、背面や台座に乗せられた腰の下面も同様のようだ。元の機種がどれなのかすら分からない。

 ケーブルやコードの先には大型の機械が設置されている。そのケーブルのいくつかは、直ぐ傍に立つ一機の《アルフ・ベル》と繋げられている。

 大型の機械はシミュレータプログラムを管理運用するための装置だろう。胸部ブロックのみのシミュレータから入力されるデータを解析処理し、測定すると同時に、プログラム上に行動の結果を適宜反映させていくのだ。操縦席内にいる限りは、モニターに表示される映像が再現データになることと、振動や衝撃までは再現できない程度で、様々な状況や条件が設定された戦闘を体験することができる。

 データを取るためのスタッフなのか、何人かの作業員が装置の周りで作業をしていた。

「新型機を実戦に投入した際、想定されうる状況をプログラムしてある。機体設定は《アルフ・セル》だが、最初から全力で構わない。好きに暴れてみてくれ」

 現行最高水準の魔動機兵で、新型機で直面するであろう戦場を想定したシミュレーションを行うということのようだ。

「……いいんですね?」

 アルザードのその問いの意図を理解しているのは、恐らくエクターだけだっただろう。

 望むところだと言わんばかりの笑みを浮かべて、エクターは頷いた。

 ハッチを開けて、アルザードは操縦席へと乗り込んだ。

 内部は《アルフ・セル》と変わりがない。人一人が座れるだけの空間しか用意されていない狭く簡素な操縦席に、アームレストの先のヒルトと、外部映像を投影するための三面スクリーンプレート。

 アルザードがヒルトに触れて魔力を込めれば、それを合図に機体のシステムが立ち上がり、狭い操縦席内に明かりが灯る。

「観測と測定状況は良好だ。ではシミュレーションを開始しよう」

 エクターの声が通信機から聞こえた。

 スクリーンプレートにシミュレーションの開始を告げる文字が表示され、景色が書き換わる。

 王都を背にした平原だった。

 水平線を覆い尽くすかのような無数の敵が平原の向こうで蠢いている。スクリーンの端に表示されたシミュレーションプログラムの情報ウィンドウに記された敵の数が四桁を超えていた。

 シミュレーションの処理負荷軽減のために簡易表示された敵の機体は辛うじて人型に見える程度の立体の繋ぎ合わせだ。実際の魔動機兵とは似ていないため臨場感こそないが、これだけの数がいると不気味な光景だった。

 所持している武装はオーソドックスな突撃銃と、通常サイズのアサルトソード、中型の盾の三つだ。シミュレーションであるために、弾倉は無制限、アサルトソードの耐久性も無視されている。

「最初から本気で、か……」

 ぽつりと、アルザードは呟いた。

 前線にいた頃は、戦闘を続けるために魔動機兵を壊さぬよう加減していた。最初から全力で、思い切り魔力を込めて魔動機兵を動かしたとしたら、アルザードにはどれだけのことができるだろう。

 ヒルトを握る手に、力を込めた。

 プリズマドライブの駆動音が次第に大きくなっていく。風が唸りを上げているような音が強くなっていく。

 そして、データ採取のためのシミュレーションが始まった。

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