8.わからなくなった
私がいなくなってからの三年間、あなたは様々なことを経験し、挑戦し、挫折し、けれどそれ以上の成功を勝ち得て――今ではアルファ系が住む市街の一等地に秘密の隠れ家を手に入れるまでに至っていた。そこにあなたは私を連れていった。
あなたはこの世界を変えるためのレジスタンスを結成していた。
この世界を――アルファ系による支配体系を壊すためのレジスタンスを。
そういう発想は私達デルタ系には一切ないものだった。けれどその秘密を打ち明けられた瞬間、私は歓喜のあまりあなたの首に腕を回していた。確かにそうだわ、と。私達、この世界を変えるべきなのよ、と。だからこそ今、私はあなたとこうしていられるのだから。
あなたは何人もの協力者を得ていたけれど、最も強力な支援者がいて、彼と共にこの隠れ家で暮らしていた。彼はアルファ系だった。
ザックという名の彼は三十代半ばの政府の要員の息子で、あなたのかつら――意味はすぐに理解した――は、ザックの髪を切って作ったものだった。
「ニコ。君の幼馴染は絶対に世界を変えるよ」
ザックは初対面の私に会うや、硬く握手をしながら熱く語り出した。いつどうやってあなたと出会ったのか、それからレジスタンス結成に至るまでの話、それ以降の苦難と成功の数々を。
そして金色の瞳を輝かせてこう締めくくった。
「俺はソウならきっとやってくれると信じている」
これに私も笑顔で応じた。「ええ、そうね」と。
「君のことも絶対に救い出すって決めていたんだ」
「そうなの?」
だけど次の発言はいただけなかった。
「君はソウの母親みたいな存在なんだって?」
「それ、どういう意味よ」
「あいつがそう言っていた。ナルセは父で、君は母だと」
私の表情が変わったことを敏感に察したザックは、「君もソウと同じなんだな」と感慨深そうにつぶやいた。
「デルタ系なのに感情がとても豊かだ」
「あなたはこんなことをしている割には好奇心旺盛なのね。そういうところはちゃんとアルファ系らしいわ」
私の嫌味には「君も好奇心旺盛なんだって? デルタ系らしくなく」と返された。
「あいつがこういう活動を始めたきっかけを作った男女は、どちらもいわゆる一般的なデルタ系じゃないってことか。不思議だ……。ナルセの血筋の特徴なのかもしれない」
そこにドアを開けてあなたがやって来た。
「二人とも随分仲良くなったんだね」
その目はすでに金に光っておらず、深い穴の底を模したような漆黒に戻っていた。そしてかつらをとった頭には豊かな黒髪が――。どれもずっと昔から知っているあなた自身の色で、その姿を見た瞬間、どうしようもなく嬉しくなった。だけど私は腕を組み、あごをつんとあげてみせた。
「仲良くなんかなっていないわ」
正直、あなたが入ってこなければ、私はザックのことをどなりつけていたと思う。私をイチと一緒にしないで――と。
「そうなの?」
「そうよ」
このままあなたに噛みついてやろうと息巻いたところで、あなたは私からザックへと視線を動かした。
「ところでザック。このコードなんだけどちょっとおかしくない?」
あなたが手にしたラップトップの画面をザックに見せ、「どれどれ」と、ザックが示された場所を覗き込む。
完全に私は蚊帳の外だ。
「うん……確かにループ指示が一つ余分そうだな。よくこれで昨夜はうまくいったな。相変わらず悪運だけは強いな、ソウは」
「いつまでも運が続くとは限らない」
「ああ」
「でもここをいじると他に大きな影響が出そうで怖いんだ」
「慎重に変える必要があるな」
「ねえ。何の話をしてるの?」
たまらず割り込んだ私に、「戸籍操作だよ」とザックが言った。
「戸籍を……操作?」
「ああ。俺達が開発したんだ、このプログラム。ちなみに君のこともこれを使って見つけたんだ。昨夜の襲撃もね、偽装夫婦になってもらった仲間をあらかじめ住まわせていたからうまくいったわけで……」
「ちょ、ちょっと待って」
理解が追い付かず額に手を当てる。
けれどあなたとザックは私に構わず話を進めていき、私はその日一日処理しきれない情報にさらされ続けた。




