帰路にして旅路
長くなるので2つに区切ります。
1話だけ更新とか嘘ついてすいませんでした<○>
ルイーナさんが主人公たちを連れていく予定の“ガイレン”という街には、ルイーナさんが公事で買った曰く付きの屋敷があり、何に使うのか分からない道具が揃った工房や、規格の異なる独自の鍵で施錠された地下室などがあります。
ハイ。御察しの通り転生者が建てた屋敷です。
主人公が自信を取り戻すパートはそちらになりますので、暫くは鬱屈とした主人公の一人語りにお付き合いください。
────初略、馬車での移動も2週間が経った。
生きる術として学ぼうとしていた狩りは、ルイーナさんがすんなりと教えてくれた。
道中──今もそうだけど──20を超えるゴブリンの群れと遭遇した。
ルイーナさんは、村を襲ったゴブリンと巣を同じとする“本隊”だろうと、屍を焼きながら語った。
三体のゴブリンの血臭で気絶した記憶も新しい。
だと言うのに、不思議と、その時の血臭は気にならず、平然とゴブリンは食用には出来ないのかと質問していた。
食べられるとしても食べたいモノではなかったけれど、当然ながらゴブリン含む魔物は食用ではないらしい。
というのも、“魔物”の判断基準とは文字通り“魔の物”であるかであり、魔力の耐性が鍛えられた魔術師や戦士なら兎も角、一般人が食せば、魔物が持つ魔力質が肉体に異常をきたし、良くて数日〜悪くて数週間は発汗や目眩、嘔吐の症状に苛まれ、最悪死ぬこともあるのだとか……
食べる魔物によって症例に差異があるようだが、好んで研究する変態も少なく、その辺りは詳しく解明されていないようだ。
因みにこの馬車、村のよりは小さいけれどお風呂が付いており、原理がまるでよく分からないけど、いつでもお湯が出てくる。
他の容器に移して飲めば水問題が解決するのでは……
どうやら魔法で生成された水は魔法の停止で消えるらしく、「その場しのぎで喉を潤すと、魔法が消えてからの水分の消失が死ぬほどヤバイ」とルイーナさんから訳知り顔で語られた。
お風呂の魔法をずっと発動すると魔が枯渇するし、浴槽から溢れて馬車を水浸しにする訳にもいかないから、水汲みは日課となっている。
発水能力の子が出した水は科学的な意味で真水だから、飲用水としてはどうかと思うし、みんなの中でも特に自分の能力を嫌っている子が多いから、お願いするつもりもない。
台所での調理作業は、村長の孫娘であるリリーアさんと、年長の僕やツェピアの3人で作業している。
ルイーナさんは、報告書や僕らの安全確認で忙しいだろうし、料理の技術は憶えた方がいいだろう。
刃物を小さい子達に使わせる訳にもいかないし、火の取り扱いだって危険だ。
その辺りは年長組でちゃんと注意しておくことが決まった。
お湯は自動で出てくるというのに、料理に使う火は薪が必要だというのが、何とも面倒くさい。
甘えた物言いにも見えるけれど、釈然としないんだから、こればかりはどうしようもない。
まだ薪割りの順番が回ってきてないので、僕が語れることはまだ特にない。
村で何があったのかという疑問は、魔法の馬車の不思議に上書きされ、どんどん薄っすらとしたものになっている。
ルイーナさんと村で初めて会った時、あの人は軽装で、旅行鞄のような荷物袋を1つ持っているぐらいだった。
この馬車はどこから出したんだろう……
何もない場所からポンと出したというなら、それと同じ方法で移動したり出来ないものかと考える。
学のない僕が考えたところで、間違ったアイデアしか浮かばないのだろうけれど、もしかしたら、天文学的確率で、画期的なアイデアの1つぐらい浮かぶかもしれない。
「───────なんて、現実逃避もそろそろ限界が近いです……」
「ハーイしょうねーん、逃避してる暇があったら勉強の続きデスよ〜?」
ニコニコ顔で、丸眼鏡を輝かせているのはルイーナさん(教師の姿)。
僕の記憶語りから現実に戻って、今はお勉強の時間。
生命氏族の領地で暮らすにあたって、学ぶべき知識を、ルイーナさんが教えてくれる有難い時間だ。
「ルイーナさん、僕気付きましたよ……」
「ほうほう、何にデスか少年」
「僕こういう勉強スタイル向いてないです」
読書は好きだ。
“施設”でも1人の時は許可された書物を読み漁っていた。
けどそれは、自分の世界に没頭するための手段で、勤勉に知恵を付けるやり方は、不向きなんだろう。
……自分がそこまで怠惰な人間ではないと思いたいが、信じるための根拠が現状、望み薄なのが辛い。
「まあ誰だってそうデスよ。
人が知恵を付けるのは生きる為ですし、努力するのは結果を出す為でしょう?
目的のための過程であって、そこが逆になってる人の方が少ないデスよ〜?」
「ルイーナさんもですか?」
「もちろんそうデス。人は歩くために歩き方を学ぶのデスから」
語られる言葉は、確かに含蓄のあるもので、そこにはルイーナ・デュークリオンという人間の、経験や、実感という言葉以上のものが垣間見えた。
……ような気がする。
実際のところはどうなのだろう
錯覚か、それとも……
「じゃあ、ルイーナさんにとっての目標って、何だったんですか?」
この人は、多くのことを知っている。
あまりにも、沢山のことを。
その知識量は、ルイーナさん自身が語る“生命氏族”とやらの、文明レベルからすれば歪なほどに豊富だ。
科学知識・構造理解・戦闘能力・教導技術……そのどれもが、伝え聞くこの世界の文明レベルに比例しない。
研究には長い年月が要る。
物理法則の正解を導き出す、その一歩にまず時間がかかる。
「ルイーナさんは、どれぐらい勉強したんですか?」
そして、数十年、数百年かけて辿り着いた答えを、多くの人に学ばせる教育の場を整えるのに、更に多くの時間が必要になる。
1人の人間が、歳若く複数の分野で知識を付けるというのは、並みの所業では至れない……遥か高みにある領域の話だ。
どんな熱意があればそこまで登れるのか
それほどの熱意を持てたのは何故なのか
「単に『頭が良い』ってだけじゃ説明できないぐらい沢山のことを知っているのは────」
「────とーっても沢山、勉強したからデスよ」
柔らかな声で、温和な顔で、言葉を覆った。
嘘ではない。
偽りで騙しているわけではないが、疑問に答えているわけでもない。
ともすれば会話しただけで満足しそうな……そこで止まってしまいそうな声と表情は、つまり“そういう事”なのだろう。
「……すいません」
「いえいえ、それに、少年は学ぶべき範囲を学び終わってますから。『もうしたくない』ってなるのも当たり前デスよ」
この他に言う気はない、と
触れることを拒む意図ならざる意図が、今の言葉に隠された彼女の意思だ。
赤の他人、それも助けてもらっている身で踏み込み過ぎている。自省すべきだろう……
「一人でひたすら勉強するのは、気力が無駄に減りますし、書棚の鍵を開けておきますね」
「えっ、良いんですか?」
「もちろん“汚さず破かず”デスからね?」
ワガママを言ったようで少し抵抗を覚えるが、自由時間が増えるのは嬉しい。
嬉しいから、抵抗を覚えるのだが……
「それじゃあ、今日の勉強は終わりデス。乾燥が終わった分の薪割りは私がやっておきますから、みなさんは浴室の掃除をお願いしますね」
「はい、ありがとうございました」
「いえいえ〜、少年の礼儀正しさは美徳デスね」
「あはは、それはどうも…」
一礼し、部屋を出てみんなのところへと戻る。
氏族領域の法令や、ある程度の歴史、通貨や物資などの価値観、文明的な生活を送る上で必要な知識を、子ども達の中で1番早く、目標まで終えた。
課題をクリアした僕を見て、ルイーナさんから勉強の増量を提案され、どうせならと乗ったは良いものの……結局肌に合わずルイーナさんの優しさに甘える結果となった。
「……いや、限られてるとはいえ、知りたいものを読める機会を得たんだから、落ち込むのは無しにしよう」
言い聞かせるように自答する。
ワガママだろうと自分勝手だろうと、そんな誹りを受けたところで何か利がある訳でも害を被るワケでもない。
“自分は得をした”
その事実だけでいい。他のことを考える必要はない。
「考えるべきは、僕らが生きるためのこれからだ」
勉強やルイーナさんの話から推察されるこの世界の文明レベルはちぐはぐだ。
ファンタジックな世界でありながら、科学的な研究は近代と同レベルだろう……にも関わらず生活様式などは中世から近世で留まっている。
国によって発展に差があるというのはまだ理解できる。
インフラの整備は科学技術の進歩に追いつくものではないからだ。
おそらく、魔法とやらが科学の代わりをしているのだろうけれど……それにしたって「万人が自由に扱えるものじゃない」とルイーナさんは言っていた。
科学技術が普及してない文明では、僕の知っている現代知識は余り当てにならない。
娯楽をブームさせるにしても、現代スポーツの複雑化したルールは長い歴史の中で変化してきたが故に受け入れられているものでしかない。
何も知らない無垢な子供に、コンピューターを与えたところで使い方や用途が理解できる筈もない。
知識という大前提が揃わなければ、相互の理解は図れない。
「貨幣経済ではあるらしいし、何かしらお金を稼げる手段を獲得しなきゃ将来は見込めないだろうし……」
興行?
鍛治?
奉公?
衣装がない。
道具がない。
ツテがない。
出来る能力が見当たらないから、進む道が分からない。
サーカスのようにあの子達を見世物にするなんて絶対にダメだ。
知識だけで何とかなる職人の世界ではない。
この世界のマナーも何も知らない礼儀作法すら学んでないのに奉仕も何もあったものじゃない。
ポンと迷い込んだ世界で、何らかの文明を築いた場所に、知識も社交性もなく生きていけるほど世界は甘くない。
力を振るうだけで生きていられるような、甘ったれた妄想のように、単純な構造を世界はしていない。
本で読んだだけの知識で、生半な理解をひけらかすだけで、ただそれだけで賛美や報酬が得られればどれだけ楽だったろうか……
興行をさせるとなると、子どもたちの能力はうってつけだが、見世物のように扱うことを少年は受け入れられない。
鍛治をするとして、砂鉄や硝子は兎も角、石炭の入手や工房はどうするのか?
炎の温度に関しては発火能力の子に任せられるとして、アクの調達は?泥沸かしの泥水の配分は?
鍛錬した鋼を冷ます油や水はどうするのか、それっぽい事をするだけでは結果にならないのが職人の世界。
メイドや執事、庭師や小間使いとして働くにせよ、立ち振る舞いのマナーが知識とは異なる可能性が高い。
清掃や道具の扱いを知っているにしても実際の経験はない。
「失敗してもいいや」という考えではいられないほど、少年の頭は猜疑心と切迫が埋めている。
何をすればいい
何ができる
何をしなくてはならない
答えの出ない自問自答を繰り返して、必死の言い訳にしがみ付いている。
“間違ってはいない”と慰めながら、過ちを受け入れる事すら出来ずにいる。
ああ、ちくしょう
誤魔化した笑顔で子ども達に向き合うのが嫌だ。
見透かされて、愛想を尽かされるのが怖い。
“あの子らを助ける自分”に縋っているのが気持ち悪い。