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インモータルッ!!  作者: 小元 数乃
第一部 おふざけはここからや!!
3/21

2話

 うちの主人公は関西弁です……

幸先(さいさき)ええスタートを切れた! と思たんやけどな……」


 なんでこんなことになっとんねん……。


シシンは自分の腕を凄まじい形相でひねり上げる、きれいな桃色の髪を惜しげもなく刈りベリーショートにした美少女に嘆息しつつ、今の状況を再確認する。


 現在シシンは電車の中。学生や教師、研究員などで込み合う満員電車。そこにシシンはいた。ポケットに手を入れた男が奥の車両に移ろうとでも思ったのか、肩で人の波をかき分けながら通り過ぎる。それを迷惑に思いつつも、シシンは初登校に心躍らせ『友達百人作ったるわ~』と、いまどき小学生でも抱かないような目標を冗談半分に立てていた。


 そんなとき、突然人ごみの中から怒声とともに手が伸びてきた。そして、その手によってシシンの腕がひねり上げられ……今に至る。


「うん……。意味不明や」


 いったい俺が何したちゅーねん!? 


いろいろと理不尽すぎるこの状況に嘆きつつ、シシンはとりあえず自分の腕をひねり上げる桃色短髪の少女に話をしてくれるように懇願することにした。


「あの……俺なんかしましたか?」


「何をぬけぬけと……この痴漢!!」


 痴漢。痴れる(おとこ)。女性に性的嫌がらせを働く不埒もの。最低の犯罪の一つ。


「って、待てや、コラ!! はぁ!? 痴漢!? そんなんしてへんわ、ハゲ!!」


「なっ!? 誰がはげよ!!」


 ああ、しもた!? ついいつもの癖で!?


 何やら取り返しのつかない失敗をしてしまうシシン。事態は刻々と悪化の一途をたどり、とうとう電車内にまで広がる。


「おい……痴漢だってよ」


「やだ、こわ~い」


「あいつ、見たことない奴だし……マジで痴漢なのか」


 周りから聞こえてくる疑惑の声。もう初っ端から学校生活に躓くどころか、そのまま監獄生活に直行してしまいそうな勢いである。


「うわ~。どないしょ……」


「最近友達がこの時間帯の電車で被害にあっているから、さっきそこで網はっていたんだけど……やっぱりかかったわね!!」


 そういってさほど離れていない電車の出口を指差し少女はにやりと笑う。


しかし、シシンにとってその少女の言葉は一筋の光明だった!!


「ん?」


 あり?


 ああ……この子、痴漢の常習犯を捕まえようとしとったんか。って、


「はぁ!? 俺が痴漢の常習犯やと思とんのか!!」


「そうよ!! ここ最近の23件の痴漢事件は全部あんたの仕業でしょ!! 現行犯なんだから言い逃れはできないわよ!!」


「現行犯もクソも人違いやボケ!! 俺は今日学校に編入するために初めてこの電車に乗ったんやぞ!!」


 え? シシンの怒声に少女の自信にあふれた表情が固まる。


「く、苦し言い逃れね!! そう言うんだったら証拠見せなさいよ!!」


「ん」


 冷や汗をダラダラ流しながら、それでも高圧的に命令をしてくる少女に向かってシシンは無言で一冊の手帳を取り出した。黒い表紙に『特別留学生』の五文字が金色の意図で刺繍されている手帳を……。そして、今朝のニュースで大々的に宣伝されていたので、誰もが知っている常識として『留学生は今日学校に編入する』というものがあり、


「……」


 もう完全に人違いが確定した。周りの空気がしらける中、少女は最後のあがきに、苦しい言い逃れをしてくる。


「た、確かにあんたは常習犯じゃないかもしれないけど、今日初めて痴漢を働いたのかも……」


紅葉(くれは)ちゃん!? ちょ、待って!! ちょっと待って!!」


 その時、一人の少女が何とか人の壁を切り崩し、少女とシシンの間に割って入った。


「あ、明日香!! 見て、見て。痴漢捕まえ……」


「私の話をちゃんと聞いてから犯人追いかけてよ!! 私はまだ《白い手……》しか言っていないでしょ!!」


「え、だ、だから白い手でしょ!! ほら、こいつの手、紙みたいに白いし……」


「私は『白い手袋をつけていた』っていおうとしたの!! 指紋を消すための薄手の手袋!!」


「……」


 これで完全な冤罪が確定し、少女の悪あがきはついえた。そして、


「どう落とし前つけてくれるんや、コラ?」


「あ、あはははは……。チョーゴメ~ン?」


 ブチっ!!


「死ね!?」


「いった!? ちょ、マジで痛い!! マジで痛いから!? ただのデコピンで何でこんなに痛いのよ!?」


 冷や汗を流しながしながらふざけきった謝罪をしてくる少女に、シシンは掴みかかってデコピンを数発叩き込む。満員電車の中で彼ができる精一杯の制裁だ。


 そんな風に彼が少女を痛めつけている中、


「ここに手袋したおっさんがいるぞ!!」


 一人の少年がそう言って、一人の男を指差した!! 


 よくよく見て見るとそれは先ほどシシンを押しのけて、奥の車両へ行こうとしていた男。


 あぁ~。こいつらから逃げようとしとったんかいな……。


 と、内心で納得の声を上げながら、シシンは無造作に高い位置に設置してある荷物を載せる金網へと手をかけた。


「え? 何する気!?」


 そんなシシンの不可思議な行動に、強力なデコピンをくらい、額を抑えた少女が顔を上げる。シシンはその少女に面倒くさそうな視線を向けながら一言、


「痴漢捕まえるんやろうが。手伝ったるわ」


 瞬間、シシンの体が満員電車唯一の空白スペース、天井付近のアーチ状の空間を飛ぶ!!


「なっ!?」


 腕の筋力だけで金網を支えに、体を引っ張り上げ人の頭にぶつからない高さまで足を曲げ、逃げようと慌てふためく男に向かって横方向に足を延ばすという単純動作。それによってシシンの体は慣性の法則に従い、男に向かって宙を舞った。


ごくごく単純な……それなりに鍛えていれば誰にでもできそうな動作。しかし、そんな動作でも少女や乗客たちは驚いた。


 なぜなら、この国には超能力が、シシンの国には魔法があるからだ。わざわざ前時代的な体を使っての軽業を使う人間はいない。いや、魔法使いの軍人の中には今でも前時代的体術を使う人間はいるが……それにしたって、シシンが使ったようなアクロバットな軽業を使う人間はいない。そういったやつらはその場ではねて魔法で姿勢制御すれば普通に空を飛べるのだから。


 しかし、シシンはそれを行い見事に男の前に着地した。幸い男の周りは、男が痴漢とばれたため、人々が嫌悪の表情を浮かべながら離れていた。そのため男の周りにはサークル状の若干のスペースが空いている。シシンが着地する場所は十分にあった。


「さておっさん。俺はさっきあんたの罪をかぶせられかけて若干機嫌が悪い。その件に関してはあんたが一切悪くないんはしっとるんやけど……まぁ、とりあえず一発シバかれろや」


「うわぁああああああああああああああああああああ!!」


 若干どころかかなり機嫌の悪いシシンの言葉に、追い詰められた男は怒声を上げながら、手袋がついた両手でシシンに掴みかかる!!


「危ない!?」


 突如豹変した様子の男に周りの人々は反応できない。シシンに向かって突き出された手を誰も止めることはできない!!


 だが、


「遅いでおっさん。親父の拳骨はこの10倍は早い」


 今思い出したらほんま規格外やな、うちの親父は……。


そんなのんきなことを考えながら、シシンは体の重心をずらし、足を曲げて体を低く保つことによってあっさりと男の手をよける。その後、のびきった男の手を取り、あっさりと関節を決めた後、ゴキッという音を響かせながらひじ関節を外す。


「ぎゃぁあああああああああああああああああああ!?」


 悲鳴を上げのけぞる男に対して、シシンは一切の容赦も遠慮もなく、男のみぞおちに肘鉄を叩き込みその男の肺にたまった空気を吐き出させ悶絶させた。そして、苦痛のあまり電車内でうずくまる男の首筋に手刀を叩き込み、男の意識を刈り取る!

状況終了。その間わずか30秒。能力が使われなかった戦闘の中では間違いなく最短記録だ。


「能力使われてもあれやしな。ソッコーできめさせてもらったで」


 ぶくぶくと泡を吹きながら気絶する男にそう言い、シシンは自分のハンカチで男の手首を縛り付け、絶対にほどけないように特殊な結び方をした後、


「ほらそこのアホ女。お前が捕まえたがっとった痴漢や。さっさと連れてけや」


 面倒くさそうにそう言った。


「す、すご……」


 そんなシシンに二人の少女は呆然とし、


「「「うをぉおおおおおおおおお!? さすが留学生!!」」」


 乗客たちは歓声を上げた!!




…†…†…………†…†…




「あははは。そんなことがあったのかい。ご苦労様だったね~」


「紹介の時の話のネタになるやろか?」


「やめてくれないかな……うちの《法律(ルール)》に不祥事が明るみに出るし……」


 ネタ帳……と書かれた一番小さな規格にスケッチブックに、『話のネタにできひんやろか?』と試行錯誤を繰り返すシシンを見て、遅刻してやってきた彼を案内してくれている校長は冷や汗を流した。


 彼らがいるのは『第六学園都市立大学付属高校』の廊下。あのあと、二時間ほど事情聴取で捕まってしまったシシンは、編入早々大遅刻をしてしまった。


 当然そんな時間まで担任の先生が待っているはずもなく、シシンは仕方なく肩身の狭い……ああ、いや。そんなこともなくへらへら笑っていたが……。と、とにかく遅刻したシシンが職員室に入り、軽い自己紹介と事情説明のあと、校長に自分の教室へと案内してもらっているのだ。


「なんというか君……うちでちゃんとやって気そうな気がするな」


「校長先生、俺みたいな変人がちゃんとやっていけるとか、ここが変態の宝庫やって認めてるようなもんやで?」


「自覚はあるんだ……」


 へらへら笑いながら『なんでやね~ん』といわんばかりのツッコミを入れてくるシシンに『馴れ馴れしいのも程々にね……』と苦労人特有の疲れ切った笑みを浮かべながら、校長は注意を入れる。


「ああ、つきましたよ」


 そんな雑談を交わしているうちに目的地に着いたのか、校長はスッと一つの教室に立ち止り、その教室を指差した。出入り口の扉は二か所あり、一般的な引き戸。そして扉の一つには『1-B』という典型的なクラス名が書かれている。


「では、先に入って説明してきますね」


「おう! よろしゅう頼むわ!!」


「ホント馴れ馴れしいねきみ……」


「むしろそのツッコミ早いこと入らへんか待ってたんやけど……」


「日ノ本人の僕に松壊領のノリを求められてもこまるんだけどね?」


 疲れ切った笑みを浮かべながら先に入ってくれた校長を見送り、シシンがしばらく待つこと数分。


「入れ」


 やたらと硬質な女性な声が聞こえシシンの入室を促した。


「失礼しま~す」


 そして、シシンが「『洗礼に黒板消しトラップぐらい仕掛けとけやぁあああああああああ!!』とか言いながら入ったらインパクト十分やろうか?」と転校初日から確実に変人認定されるだろう、無謀な挑戦を試みながら教室に入ると……。

 

「……」


「何をしている。さっさとこっちにこい」


 何故か真っ白の燃えつきながらうなだれている校長と、硬質な声を出す背中がピシッと伸びた老婆の教師。そして、


「……………」


 何やら哀愁漂う背中で窓の外につるされた、見覚えのある少女の姿……。


「……」


 シシンはその少女――電車でシシンを痴漢と間違えた桃色短髪少女……名前は確か紅葉だったか?――をじっと見つめた後、


「すんまへん。気分が悪いさかいに早退をさせてください」


 ダラダラ冷や汗を垂らしながら老婆の教師にそう懇願した。


 こうして、シシンの前途多難な学校生活が幕を開けるのだった。

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