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インモータルッ!!  作者: 小元 数乃
五月事変
19/21

2-2話

 第六学園都市・初等部特別棟。そこにやってきたシシンはランドセルをガチャガチャ揺らしながら友達と笑って家へと帰っていく小学生たちを眺めながら、うんうんと頷く。


「いや~若いってええな~」


 そしてこれから彼らが出てくる学校に突撃しないといけない、という自分の状況を再確認し、


「あぁ……でも俺若くないから極力あそこに近づきたくないんやけど」


 ぶっちゃけ小学生ばかりの学校に高校生が突撃するのはかなり抵抗があるようだった……。


 とはいえ、超能力に目覚めたいならここを訪れるしかない。なにせ、日ノ本の学生は小学生のころにノグチ式の演算を行うため、設備がここにしかないらしい。


「う~ん。でも俺ここに来てからやたら不審者と間違われとるしな……」


 何せシシンは登校初日に痴漢と間違われた前科がある。最近は小学生を狙った凶悪犯罪も多発しているようなので、小学校の監視はかなり厳しい。実際校門には二人のいかつい顔をしたガードマンが待機していた。自分のような胡散臭い(自覚有り)高校生がそんなところに近づけば、何を言われるかわかったものではない。


 真正面から行けば間違いなく、校門を監視しているガードマンに止められて職質を受ける。べつにやましいことをするわけでもないのだから受けてもいいのかもしれないが、公衆の面前で不審者扱いを受けて取り調べを受けるという羞恥プレイに、シシンは耐えられる自信がなかった。


 そこでシシンはその場から離れ学校の周囲をぐるりと回り、


「うん。ここやな」


 人の目がなさそうな場所を見つけ、学校の敷地を囲むフェンスへと飛びついた!!


 追いかけっこで見せた身体能力をいかんなく発揮し、するするとフェンスを上っていくシシン。


 ふはははは! たやすい、たやすいで小学校! この程度の警備で生徒の安心を守れる気かっ!!


 と、内心で変なテンションになりながらフェンスの頂上へと登りきったシシンは、どこぞの特殊工作員のようなクールな笑みを浮かべて小学校への侵入を、


「君……そんなところで何やってんの?」


「……」


 果たしかけたところで巡回していた警備員に見つかり、


「うん。とりあえず警備員室まで来てもらおうか? 話はそれからだね?」


「はい……」


 あえなく御用となった……。




…†…†…………†…†…




 数分後の初等部職員室にて……。シシンは堅い木製タイルの上に正座させられ、眼鏡をかけた若い女性教員に痛烈な説教を受けていた。


「まったく! 次からはちゃんと校門から入ってくださいね!!」


「はい……以後気を付けます」


 結局時間になってもやってこないシシンを「道にでも迷ったのかな?」と心配したこの教員が警備員室で尋問を受けているシシンを発見し、無事保護したはいいものの、理由を聞けば不法侵入もドキをしようとしていたシシンが全面的に悪いことがわかり、こうして痛烈な説教を食らうことになってしまった。


 なんだなんだ? と、初等部の職員室で高校生が怒られている光景が珍しいので、がやがや集まってくる教師や生徒たち。シシンはいっそ死にたい気分になったが、女教師は再び口を開いた。


 あかん、俺の羞恥プレイはまだまだ続くみたいや。と、シシンが内心で血涙を流した時だった。


「あの、先生……そろそろ時間ですので、説教はもう」


「校長? 時間ってなんの……」


 女教師の剣幕にやや慄きながらもやってきた中年太りをした爺さん教師の注意が聞こえ、女教師が時計を見上げ、


「って、あぁあああああ!?」


 しまったといわんばかりの顔で、悲鳴じみた絶叫を上げた。


「な、なんや? どないしたん!?」


「ちょ、君!! 早くたって! 時間がありません!!」


「え、え、え? 時間て?」


「何しに来たのか忘れちゃったわけじゃないでしょ!!」


 女教師にそう言われ、シシンは一瞬目をおよがせる。どうやら忘れてしまっていたらしい……。だが、その数秒後、


「あ、超能力覚醒授業!!」


 ようやく本題を思い出した彼がそう叫ぶのと同時に、女教師はシシンの手を掴み特別授業に必要な書類やら何やらを引っ掴んだ後、シシンを引きずりながらあわてて職員室を飛び出した。


「あぁもう! うっかりしてた!! 留学生たちの覚醒実験は各所で同時にやるって言われてたから、時間通りに進めないといけなかったのに……。ねぇ、五分ぐらい遅刻しても大丈夫だよね!?」


「いや……そんなん俺にきかれても困んねんけど。って、あつつつつつ!? 熱い熱い熱いって!? 摩擦でやけとる、靴底のゴムが解けとるぅうううううううううう!? 」


 ゴムが焼けるような臭いと共に上がったシシンの悲鳴を無視しつつ、女教師はとんでもない速さで階段を駆け下り廊下を爆走。シシンの視界に「廊下を走るな!」という注意書きがよぎったが、女教師は止まる様子を見せない。どうやら超法規的措置で許されることになっているようだ。


 そして、女教師が車のドリフトバリの急カーブを披露して廊下の角を曲がると、その先に伸びる廊下の突き当たりに、窓も何もない銀色の扉が存在していた。


 それにめがけて全力疾走をしながら女教師は手に持っていた書類をシシンに押し付けるように渡す。


「これっ! 実験の詳しい内容と、注意書き。そして、実験していいですかっていう同意書ね!」


「え、ちょ!? これ事前に渡すもんなんとちゃうん!!」


「あなたが不法侵入もどきなんて馬鹿なことやってるからこんなことになったんでしょ!! 大丈夫ダイジョウブ! 同意書なんて書かなくても事故ったやつなんてだれ一人いないんだから! んじゃ、そういうわけで、がんばってね!!」


 その言葉と同時に、女教師はシシンの体をまるでボールのように扉に向かってブン投げた!


「って、えぇええええええええええええええええええええ!?」


 一応高校生男子の平均体重程度はあるはずのシシンの体が、まるでプロ野球投手が投げた剛速球のような速度で扉に向かって飛来する。


 それと同時にあわてたように扉が瞬時に開き、シシンを真っ暗な室内へと迎え入れた。


 ガコン! という音がシシンの体中に響き渡り頭に鈍い痛みが走る。どうやら壁にぶつかったらしい。ぶつかった壁からずるずるとすべるようにずり落ちるシシンの背後では、扉がプシュッという気の抜けた音共に閉まり室内を完全な暗闇にする。


 そんな中、頭部に走ったあまりの痛みに涙目になってしまうシシンだったが、今はそんなことを気にしている場合ではないようで……。


『ようこそ、《世界越境式演算基礎数式》演算実験へ』


 漆黒の室内の中を一筋の光が走り真っ白な壁をスクリーン代わりにして、白地に黒の文字で書かれた簡素な映像を提供してくる。


 シシンはその映像を見て、痛む頭を押さえながらも不敵な笑みを浮かべた。


「ふっ! 上等や!! クラス5の超能力者に……俺はなるっ!」


 目が涙目なので、いまいちかっこはつかなかったが……。




…†…†…………†…†…




 結局演算実験は滞りなく終了した。


 わからないほど難しい問題がでるわけでもなく、かといってバカにすんな! と怒ってしまうような簡単な問題が出たわけでもなく、いたって普通の高校一年生の数学の問題が出てきた。


 なんやこれ、とシシンは正直拍子抜けしたが暗算となるとやはり勝手は違うようでソコソコ苦労しつつ全問正解……はせずに成績は69点と微妙。


 ほんとに何の印象にも残らない試験で、なんか普通に数学のテストをやったような気分で「今度はちゃんと校門からきちんと手続きして入ってくるんですよ!」と、あの説教を受けた女教師から再三注意を受けてから帰路につくことになった。


『で、どうだったんだな?』


「う~ん。拍子抜け? いうんが一番近い感想やな……」


『だから言っただろ、そんな期待するもんじゃないって』


 そんなこんなで日が暮れ始めて薄暗くなっている市街地を歩きながら、シシンは携帯をかけながらのんびりと歩いていた。


 通話相手は悪友二人――信玄と健吾。この大陸に来て一番驚いたことは一つの携帯で同時に複数の相手と話すことができることだろう。


『でも、あの数式にはちょっとした噂があるんだな……』


『うわさ? なんだよそれ』


「なんや? あの数式を見た人が死んだとか?」


『それ明らかにホラー的な力が働いているんだな……。そうじゃなくて、あの数式は実は数式なんて書いて無くてただの模様なんだな。でも、その模様は人の脳に特殊な働きかけをすることによって、その模様を数式に見せている……』


「マジか!? 何や、そのおいしい神秘の数式設定!!」


 wktk(ワクテカ)が止まらへんで!! と興奮するシシンだったが、その興奮は呆れきった声の健吾の指摘によって、


『でも信玄、それって噂って言われているからには確認とれていないんだろ?』


 すぐにしょぼーんとすることになった。


『まぁそうなんだな。有名な学者が何人みてもそれはただの数式だったそうだし。それに、もしこのうわさが本当だったとして、学園国家はそれを認めるわけにはいかないんだな~。

だってそれが事実だったとするなら』


 そこで何かをためるように言葉を止めた信玄に、シシンは首をかしげながら先を促す。


「するなら?」


『模様一つで人の脳みそをいじる技術を確立しているということなんだから……』


 その言葉を聞いた瞬間、シシンの背中に氷柱を突っ込まれたような寒気がおそう。そして彼はあたりを見廻すと、ほんの少しだけ歩く速度を速めながら家へと急いだ。


 周りにかかれた看板や落書きの模様が、まるで自分を操ろうとしている悪魔のように見えたから……。




…†…†…………†…†…




「ったく、戦争が終わっても血なまぐさい話はいつになっても消えねーな」


 日はすっかり暮れ星々がきらめきだすころ、着流しの上に五芒星の模様が描かれた羽織を着たシオンは、大聖堂のステンドグラスの上に座ってキセルを吹かせていた。


 ステンドグラスは彼らがあがめるキリスという主神を生んだ聖母マリアの絵になっているため、重要なものとして天草一族にあがめられているのだが……シオンはそんなもの知ったことではないといわんばかりにそれを尻に敷いていた。


 四郎が見れば激怒しそうな光景ではあったが、当然そんなくだらない理由で起こられるつもりはないシオンは四郎が就寝した時刻を見計らってここに座っている。


 噂にたがわぬ神をも畏れぬ破天荒っプリをいかんなく披露しているシオンの脳裏によぎるのは、今日の昼ごろ話されていた、もしもの事態に対する対応決定。


 留学生が殺された場合の天草大陸のとる行動と、報復についてだ。


 シオンとしては穏便に済ませられるならそれに越したことはないとは思っているが、自分の息子が殺されたときのことを考えると、さすがの彼もどうなるかわからないのであまり強く自分の意見を通すことはしなかった。


 結果天草大陸が決めた対応はこの一言、


『即時開戦』


 再び戦争を起こすことすら辞さないという過激すぎるその対応を思い出し、シオンはほんの少しだけ眉をゆがめた。


「ったく、結局もう少し話し合いができないか、つったのは小角のジジイだけだったしよ~。俺がそっちに賛成しなかったら、明日の会議も開かれていたかどうかわからんぞ……」


 ったく、せっかく戦争が終わったつーのに。最近の餓鬼どもは血の気が多すぎていけねェ……。とブチブチ愚痴をこぼしながら、シオンは吸い終わったキセルを逆さに向けカンッと、ステンドグラスにたたきつけその吸殻を吐き出させる。


「あの……一応それ、うちの信仰対象の御姿をしているのですが」


 そんな光景を見咎めるような発言が背後からぶつけられたのを聞き、シオンは少し驚いた様子で背後へと振り返る。


「って、おいおい……《戦乙女》の藤葉(ふじは)さまじゃねェかよ。いるんならいるって言ってくれよ、そうしてくれりゃ、吸殻捨てるなんてしなかったのに」


「いや、いてもいなくてもしないでください《英雄》殿……」


 シオンはあっけらかんと悪びれる様子もなくケラケラ笑いながら吸殻を魔術によって跡形もなく消してしまい、さっさと証拠隠滅。それを見ていたアルビノの女性剣豪――《戦乙女》天草藤葉は頬をひきつらせながらも、なんとか愛想笑いを浮かべることに成功した。


「それにしてもいったいこんなところに何の用で? というか、不敬云々ならあんたもステンドグラス踏んでるわけだし同罪じゃね? なんだ、吸殻消すんじゃかったな……無駄な魔力使った」


「いうに事欠いて何言っているんですか英雄殿は……。あと私はきちんと礼拝堂で三十分礼拝して許しをもらったから大丈夫なんです」


 マリア様は慈悲と許しの力を持つお方ですので。と、自慢げに自身の神を語る藤葉にシオンはたったの一言、


「いや、三十分も謝り続けないとダメな神様に慈悲云々とかないと思うんだが?」


「相変わらず神様にはとことん不遜な態度をとる人ですね……」


「俺達陰陽道にとっては神様ってのは力を貸してもらう存在だからな……。イーブンな関係でいたいのよ。お前ら狂信者とは違って」


 はっ、とあからさまにバカにした雰囲気を放ちながら鼻で笑うシオンに、藤葉はピクリと眉を動かすが、後ろを向き何度か深呼吸をして「平常心……平常心。落ち着きなさい藤葉、この人が人の神経逆なでするのはいつものことじゃないですか……」と、かなり失礼な自己暗示をかけた後、何とかいつも通りの冷静な自分を取り戻すことに成功したようだ。


 そんな藤葉の怒りの元凶シオンは、彼女の行動を「相変わらず十字教の連中はからかいがいがある……」といいながらニヤニヤと見つめたあと、黙って新しい煙草キセルに詰めていた。傲岸不遜ここに極まる態度だった。


「はぁ、私が話に来たのはそんなことではなく……あなたの息子のことですっ!」


「あぁ、その節はお世話になったな~」


「いえいえ、こちらこそ……ではなくっ!! 連絡とか来てないんですか!!」


 ほんの少しの心配をにじませた藤葉の質問に、シオンは珍しいことにほんの少し困ったような顔をしながら、「あ~」とうめく。


「あいつ筆不精だから……誰に似たのか字も汚いし。めったに手紙書かないんだよ……。あっちとこっちじゃ電話のネットワークも種類が違うから通じないみたいだし」


「電話は仕方がありませんが、字が汚いのは間違いなくあなたの遺伝でしょうに……」


「おいおい、バカにしてもらっちゃ困るぜ? 俺普段から札とか自分で作っているいからこう見えてけっこう達筆なんだぞ?」


「え……!?」


「……なんだその信じられない化物を見るような目は」


 失礼な奴め……。と吐き捨てながら、シオンは再びキセルに火をつけ煙を吐き出す。


「まぁ、元気でやってることに間違いはねーだろ。こんな手紙送ってくるくらいだし」


「あ、一応来ていたんですね……どれどれ」


 シオンが懐から出した一枚のはがきを受け取った藤葉は、ほんの少し浮かれた様子でそれをひっくり返し、


『……かゆ……うま』


「あぁ……元気そうですね」


「だろ?」


 相変わらずのシシンらしい手紙に、藤葉は苦しげな笑みを浮かべて明確な感想を告げることを避けた。


「まぁ、あんたが長年剣術の面倒を見ていた一番弟子なんだ。厄介なことに巻き込まれても、そうそう死んだりしないだろ。留学行く前には俺に一太刀あてる程度には強くなっていたしな」


「えぇ……そうですね」


 シオンがおしてくれた太鼓判に、藤葉はほんの少しだけ安心したような笑みを浮かべて弟子が出した手紙を愛おしそうに撫でる。


 その時だった、


「シオン様っ!! シオン様はどこですかっ!!」


 大聖堂の入り口付近から、そんな悲鳴じみた呼びかけの声が響き渡ってきたのは。


「ん? この声は禊ちゃんか? なんだなんだ……こんな時間に。ずいぶんと慌てているみたいだが」


「さぁ? 何かあったのでしょうか?」


 二人は同時に首をかしげながら、素早く行動を開始。シオンは転移のための結界を作り藤葉は即座にその上に乗る。


「地を縮め、我運べ」


 簡潔な祝詞をシオンがあげると同時に、あたりの景色がグニャリと歪み元に戻る。しかし、戻った瞬間にはシオンと藤葉が立っていた場所は違う場所になっていた。


 仙術式縮地法。大地を縮めているがごとき速さで進む高速移動術ではなく、本当に大地を空間ごとゆがめて術者たちを違う場所へと運ぶ瞬間移動術だ。


「おいおい、どうした禊の嬢ちゃん? 巫女がそんな大きな声出すもんじゃねーぞはしたない」


「って、いつの間に背後にっ……って、あ、藤葉さんも一緒だったんですか? も、もしかして御邪魔」


「そういった邪推はよしていただこう禊殿。英雄殿は尊敬しているが、さすがに夫婦とかそういった対象にはちょっと……アレな御仁ですから」


「おいこら……アレってなんだ? あんま失礼なこと言っているとオジサン泣くぞ?」


 と、一瞬脱線しかけはしたものの、


「で、いったい何があったんだ?」


 先ほどまでの只ならない様子を思い出したシオンがすぐさま方向修正することで事なきを得る。


 そして、


「あ……そ、それが」


 禊の口から出された言葉が、


黒桜(こくおう)さんから緊急報告が入って……安否確認ができている留学生五名のうち四名の魔力の、消失が確認されました」


 五月に起る大事件の幕開けを告げる。




…†…†…………†…†…




 能力開発の特別授業が終わった翌日の朝。


「ん~? ん……」


 突然けたたましく響きだした電子音にねぼけた顔をしかめながら、シシンは枕元に置いてある携帯を手に取った。この音は目覚ましではなく呼び出し音。誰かがシシンに電話をかけているようだ。


 億劫そうな顔で画面を表示し、時刻を確認してみると時刻自体は午前10時とかなり遅いが、その隣には土曜の文字がさんさんと輝いている。


 つまり今日は休日。


 もうちょっと寝ていても文句は言われない日だ。


「くそっ……いったい誰や」


 信じられないほど不機嫌かつ凶悪な低い声を漏らしながら、シシンは画面を割りかねない勢い通話のボタンをたたき、呼び出しに応じる。


「はい……松壊ですけど」


『この野郎っ! ようやく出やがったか!! ってか、声メッチャこわいぞ!?』


「??」


 大方信玄か健吾が嫌がらせ交じりのモーニングコールでもしているんだろうと思っていたシシンは、聞こえてきたまったく別の声にほんの少し驚きながら、一度携帯を耳から話画面を再び確認する。


 そこに映される電話相手の名前は「アレックス」。


 はてだれだったか……と、父親が「伝説の言語だ!」と勿体付けて教えてくれた《英語》という言語の例文に出てきそうな感じの名前の表示にシシンは思わず戸惑うが、


「ん~? あ、なんや……荒楠一族の鴉くんやないか。どないしたん? こんな時間に?」


『てめぇ、その反応みる限り本当に俺の電話帳登録アレックスにしてやがったな!? 一瞬名前思い出すのに迷ったもんなぁ!?』


「え~。どう考えても本名よりこっちの方がかっこええ雰囲気するやろ?」


『俺と、俺の名付け親にケンカ売ってんのかテメェ!! てか、そんなん言い出したら荒楠一族全員アレックスになるだろうが!!』


 ギャーギャー電話越しから響き渡る怒声に半笑いになりつつも、シシンは自分の意識をはっきりと覚醒させながら、寝床から抜け出した。


 荒楠鴉……シシンとともにこの大陸に送られた留学生の一人で、ヤンキーな学生だ。


 ただのヤンキーと侮ることなかれ。このヤンキーはハイスペックヤンキーだった。


 学校に行かなくても成績はトップ。魔力なしのステゴロで六十人近いヤクザを鎮圧。魔力をもった攻撃を行えば、たとえ城塞クラスの建物だろうが一撃粉砕。弱きを助け強きをくじき、悪事はたとえお天道様が許しても彼が許さない。女の子よりも(おとこ)にもてる。盗んだバイクはハーレーダビットソン。別に15の夜にならなくてもいつでも自由なきがする……。そんな感じのハイスペックヤンキーだ。


 もとより、荒楠一族は身体能力特化の魔術を扱う為、若いころは総じて暴れん坊であり、型にはまらない性格になることが多いらしい。いわゆる「青春してんな、お前ら!!」状態が多発している領だ。当然そんなところの同世代の魔術師のトップがやってくるのだから、こんな感じの人選になることは仕方ないと言えば仕方ない、当然の帰結だったりするのだが……。


「なになに? 相変わらず名物ヤンキーしてんの? 先生何人病院送りにしたん? まぁ、鴉君やったら100人ぐらい越えてそうやけど」


『……い、いや。いまはそれはいいんだよ!?』


 時たま冗談で言ったことをリアルに実行していたりするので困るやつだ……。


 電話越しに、稚拙な誤魔化しでもするような無理やりな話題修正をかけてきた鴉の発言に、シシンはちょっとだけ嫌な汗をかきながらリビングへと侵入し、キッチンへと立つ。


 話はてきとうな朝食でも作りつつ聞こうと思ったからだ。といっても、この時間から作るなら間違いなく朝昼兼用は確定だろうが。


「にしてもこんな時間に一体何の用よ? 今日は土曜やで? せっかく全国の学生たちが学校の拘束から解放されたすがすがしい日やのに、こんな早くに起こされるなんてある意味休日に対する冒涜やで?」


『あと二時間もしたら昼になるような時間帯に何言ってやがる!! それよりお前テレビつけろ!! 大変なことになってるぞ!!』


「大変なこと~? はははは、鴉君が特殊部隊相手にケンカでもおっぱじめたんかいな?」


 と、いつも通りの平穏な日常が続くと疑っていないシシンは冗談交じりに、キッチンを抜け出しリビングに放置してあったリモコンを手に取る。


 そしていつものように無造作に電源ボタンを押してテレビをつけると、そこにはっ!!


『繰り返します! 昨日未明、天草大陸があらゆる通信手段を遮断する『結界』なるものを発動し、閉鎖状態へと入りました! その際、天草大陸代表天草四郎氏から入った通信は以下の通り『こちらの誠意に対する帰国の返答に……誠に遺憾でありながら、我々はそれの返礼をしなければならない。本日ただいまをもって天草大陸六宗派と天草一族は、あなた方日ノ本大陸・六花財閥に宣戦布告を申し渡します!!』。繰り返します!! 宣戦布告がなされました!! あ、天草大陸は明日明朝、大規模な侵略攻撃を我が国へと行う予定です!!』


 青い顔をしたニュースキャスターが、とんでもないニュースを日ノ本全土に向けて発信しているところだった。




…†…†…………†…†…




「いったいあの宣戦布告はどういうことだ!!」


「こちらの対応に何かまずいことでも!?」


「今すぐあちらの大使館と連絡を取れ!!」


「む、無理です!! こちらの電子的ハッキングを恐れてか、あの大陸は現在ありとあらゆる電気現象を停止する結界を展開しているようで……あらゆる通信機器による情報伝達手段が一切絶たれました!!」


「なん……だと!? そんなバカな話があるか! 電気もなしにあいつらはどうやって生活するというんだ!!」


「そんなもの、電気の代わりに魔力を使うに決まっているだろうバカバカしい……」


 戦場のように人々が行きかい、情報が錯そうし荒れている六花財閥情報統括局の隣を通り過ぎつつ、その中から聞こえてきた怒号にサラッとつぶやきを返しながら、一人の女性が足早に代表取締役の執務室へと向かっていた。


 漆黒のビジネススーツにタイトなスカートといった一般的な女性社員の恰好をした彼女だったが、その体から漏れ出る鋭い雰囲気が彼女を一般的という言葉がから遠ざけている。


 まるで計算高い狼のような狡猾な色を宿した真っ青な瞳に、氷の刃のような鋭く冷淡な雰囲気。髪は邪魔にならないようにするためか、非常に短く切られた暗灰色のベリーショート。さらに彼女の動きを見るものが見れば、まるでいつでも襲い掛かられても問題がないかのような油断のない足運びをしていることが分かっただろう。


 かといって彼女からは前線で戦うもの特有の戦場の香りはしない。むしろ彼女から漂ってくるのは、底知れない、一目でも目を合わせてしまうと引きずり込まれるような錯覚を覚える、無味無臭、しかし危険な闇の香り。


 そんな物騒な空気を纏った彼女はとうとう社長室へとたどり着くと、その扉を丁寧にノックした。


「姉さん? はいっていいよ」


「……」


 中から聞こえてきたやわらかい声に、彼女はほんの少しだけ眉をしかめた後ほとんど無音でドアを開け、その中にすっと入りこんだ。


「やぁ、久しぶり姉さん。会いたかったよ」


 中にいたのは細身のスーツを着た青年。彼女と同じ青の瞳と限りなく黒に近い灰色の瞳を持つ彼だったが、持っている雰囲気は完全に真逆な優しげなものだ。見た目は完全に姉弟なのだが、彼らがまとう雰囲気が違いすぎる。赤の他人と言ってくれた方がまだ安心できるほどだ。


「公私のけじめぐらいはきちんとつけろ……私はお前にそういったはずだが?」


「いいじゃないか。ここの社長は僕だよ? 僕がしたいようにして何が悪いの?」


 爽やかな笑顔で意外と強引な言い訳をしてくる自身の弟に、彼女はため息を漏らした後一枚の報告書を取り出した。


「まぁいい。今はそんなこと(かかずら)っている暇はないしな」


「そうだね」


 青年は相変わらずそっけない姉の態度に苦笑をうかべたあと、先ほどの優しい雰囲気をけし、少しだけ真剣な顔で彼女の報告書を見つめた。


「さて、いったいなぜ天草大陸は宣戦布告をしてきたのか……報告してもらおうか? 《暗部統括役》――六花八重(ろくはなやえ)さん」


「かしこまりました《六花財閥代表取締役》――六花幾重(いくえ)さま」


 日ノ本を裏と表を総べる姉弟が、忌々しくも宣戦布告をしてきた天草大陸への対応を決めるための、重大な会議へと突入した。




…†…†…………†…†…




「一体全体何がどうなって、こうなっとんねん!?」


『わかんねぇよ!! ほかの留学生の連中とも連絡を取ったが、どいつもこいつも錯乱(・・)していて、まともに話もできやしねェ!! だからテメェに電話かけたのにいつまでたってもでやがらねェしよぉ!!』


「しゃーないやんけ!! 着歴見たらお前電話かけてきてんの深夜やん!? ふつーに寝とるわアホ!!」


 ギャーギャー電話越しに騒がしくわめきながら、シシンはあわてて制服を着こみ自分の部屋を飛び出す。テレビやら何やらがつけっぱなしで電気代がひどいことになりそうだったが、今はそんなことかまっていられない。それよりも今は情報収集が先決だと判断した彼は、一応六花財閥の上層部と繋がっている教師たちに話を聞きに行くことにした。


「って、ちょいまちーや? 錯乱? あの殺しても死なんような化物連中が?」


『その中に俺も入ってるんじゃねーだろうなおい……。あぁ、あっちの連中はすぐに電話に出たんだが……』


「おい……こんな時まで嫌味か?」


『なんだが言っている意味がわからなくてよ……。『魔力がなくなった』だの『もう故郷に帰れない』だの……いったいあの連中は何の話をしていたんだか。てんで戦争について話しやがらねぇ。ちょっと気になったから今から一っ跳び(・・)して留学生がいる他の学園都市を回る予定だ。ついでに、留学生での対応を決めてくる』


「さよか……」


『そっちはどうする? お前の足なら俺と同じことぐらいできるだろ?』


「過大評価しすぎやでカラス君……。こう見えても俺けっこうひ弱やねんから、鴉君みたいなでたらめな移動は出きひんよ。とりあえず俺は第六に残って、うちの教師どもに話聞いてみるわ。一応あれでも財閥の一員やしなんかしっとるやろ。何するにしても情報が必要やろうしな。それにうちの第六学園都市は天草側の海に面しとる立地や。天草の軍が攻めてくるんやったら真っ先のここの浜の上陸するはずやろ。もしかしたら水際で戦闘行動食い止められるかもしれへん」


『……わかった。なんかわかったら知らせろ』


 ブツッ、と音を立てて通信がきれた携帯を閉じ、シシンは疾走を開始する。


 その速度はどんどんと上がっていき、ついには神行すら使い始め一気に加速していく!


 タイムリミットは明日の朝まで。それまでに、この事態を解決できなければ再びあれが始まってしまう。


 自分の父親がいつも語っていた、凄惨な……人と人との殺し合い。


 戦争が……。




…†…†…………†…†…




 第一学園都市。日ノ本大陸の内陸部に位置し、巨大な鉄の壁と、無数の化学兵器による防衛網に守られたこの都市にも、天草の宣戦布告による混乱が起こっていた。


 学生たちは不安そうな顔で教師に詰め寄り、教師たちは必死にそれを収めようとする。


 そのほかの住人達も似たようなものだった。何が起こっているのか、本当に戦争が起こるのか、近場にいる人々と話し合い六花財閥本社へと押しかけ説明を要求している。


 そんな中、異質な行動をとる人物が一人いた。


 その人物は高校生くらいの女子生徒だった。水色のブレザーを休日だというのにピシリと着こなし、空色のウェーブ下髪をなびかせた彼女は、混乱し喚き散らす人の波とは違う方向へと向かっていた。


 彼女が目指す進路はこの学園都市のゲートの方角。どうやら彼女はこの学園都市の外にでるつもりのようだ。


「雪!!」


 その時だ、少女の背後から彼女の名前が叫ばれ、少女は思わず足を止めその声が聞こえた方へと視線を向けた。


 そこに立っていたのは、鴉の濡れ羽色をした黒く長い髪と茶色い虹彩を持った、穏やかな雰囲気を持つ少女が立っていた。


 だが、少し前まで泣いていたようで、その目は腫れぼったく充血している。しかし、それでもその黒髪の少女は雪と呼ばれた少女を止めるためにここにやってきていた。


「どこへ行くのっ!? やめて……先発隊は多分修験道の御爺さんたちよ!! あらゆる場所を踏破し、たった一度の跳躍で山を三つも飛び越える身体能力強化特化型の魔術師たち……遠距離専門のあなたが勝てる相手じゃないわ!!」


 黒髪の少女に必死の叫び。しかしそれを聞いた雪は眉一つ動かすことなく、平然とした態度で鼻を鳴らした、


「あなたはクラス5をなめすぎているわね、神楽。たかだか……その程度(・・・・)の規格外しか持ち合わせていない異能者に、負けるつもりわないわ。それに、もし万が一あなたが言うように勝てないのだとしても、私にはこの国を守る責任がある」


 尊き者の務ノブレス・オブリージュよ。と、雪は自信あふれる言葉を放ち、あたり一帯に白い煙をまき散らした!!


「っ……ゆきぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 黒髪の少女が必死に叫び、何とか止めようと手を伸ばす。しかし、もう遅かった。


 彼女がたどりついた先にはもうすでに雪の姿はなく、ただ無様に手を伸ばした黒髪の少女だけが取り残された。


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