プロローグ
「この邪悪な夫婦め! まとめて処刑してやる!」
鼓膜を突き刺すような罵声で、私は意識を取り戻した。
石造りの冷たい広場。立ち込める鉄の匂い。
ぼやける視界の中で、私のすぐ隣に、青い絹のような髪を血に染めて倒れ伏す美青年がいた。閉じた瞼の下から覗く睫毛の長さすら、彫刻めいて美しい。
(えっ、待って……。状況は最悪だけど、顔面が最高すぎる。何この美形、彫刻?)
不謹慎な感想を抱いた直後、私の首元に冷ややかな刃が突きつけられる。
顔を上げると、そこには凍てつくような青い瞳で私を睨みつける金髪の男がいた。整いすぎた顔立ちに滲むのは、隠しきれない疲労と侮蔑。この国の王太子として、長年「悪女」の悪行の後始末をさせられてきた男の顔だ。
その腕には、蜂蜜色の髪の少女が震えながら抱き寄せられている。怯えながらも、こちらを見る瞳にはまっすぐな強さがあった。ああ、この子が――ヒロイン。
「……カロハス殿下」
その名が口をついて出た瞬間、私の脳内に、濁流のような「前世」の記憶が溢れ出した。
ここは、私が死ぬほど周回した乙女ゲーム『愛と断罪のプレリュード』の世界。目の前の男は攻略対象のルルビス王国の王太子。そして私は――
(レオノーラ・グランティス・オーロラに転生したの!? あの、救いようのない歴史に残るクソ悪女に!?)
記憶が次々と蘇る。気に入らない侍女の髪を扇で叩き落とした夜会。「お前の意見なんて誰も聞いていないわ」と、涙目のヒロインを扇一つで黙らせた昼下がり。「私に逆らうということがどういうことか、教えてあげる」――それがレオノーラの口癖だった。権力を笠に着て下の者をゴミのように踏みつけ、気に入らない者は徹底的に排除する。まさに「悪女」という言葉を人の形にしたような女。
そして、私の隣で瀕死なのは、私の夫であり、この国の第三王子・ルシアン。
彼は、妾の子として生まれ、王宮で誰にも愛されず、いじめられては泣いていた。虹色に光る瞳――王族の血の証だというのに、庶子であるがゆえに誰もその美しさを褒めることすらしなかった。
そんな彼を、レオノーラは「愛」という名の首輪で繋ぎ、ヒロインへの嫌がらせの「駒」として飼い慣らしたのだ。
『レオノーラが言うなら、それが正しいんだよね……?』
そう言って、泣きながら手を汚し続けたルシアン。レオノーラに全依存し、彼女のためにすべてを捨てた結果が、この処刑台。
(いやいやいやいや!! 正気!? あの天使のように可愛いルシアンを闇落ちさせて、挙句の果てに巻き添えで処刑とか、レオノーラまじで外道すぎる……自分だけど!! 何してくれてんの自分!!)
ルシアンは、ただ優しすぎただけだ。ただ、寂しかっただけなのだ。
私の首元で、ギチ……と刃が鳴る。
(……私はいい。自業自得よ。でも、ルシアンだけは……)
虹色の瞳を絶望に濡らし、力なく横たわる彼を見つめる。
どうか、次の人生があるのなら。神様、もしやり直せるなら、次は彼に幸せな未来を――。
「処刑を執行せよ!!」
カロハスの非情な宣告と共に、鋭い痛みが走る。
私の意識は、そこで真っ暗な闇へと落ちていった。




