20記
「…アレンには、数カ月アイリス侯爵家に出仕をしてもらう。」
なんで?反発する夫人を制しながらその理由を話していく。
アレンは郷里で理不尽な迫害を受けて逃げてきた。
このままここに居るとしてもそのことを知られたら何をされるかわからないし、アレンはそれを望まない。
数カ月をアイリス侯爵家で過ごしてもらっている間、赤子の頃に病気治療にアイリス公爵家に預けた息子が帰ってくるのだと言う事にしよう。
「アレンは、きっと新しい弟のために名前を貸すことを許してくれるだろう。」
領主様も彼が実子となるように書類の偽装を見なかったことにしてくれている。
つまりは、この茶番劇のような舞台の後援者は領主様。
であれば、アレンを数カ月アイリス侯爵に預けることも織り込み済みで否定のしようはない。
「何かあればすぐに帰れるようにしておくからね。」
あり合わせになるが、旅程中のお弁当と少しの焼き菓子を持たせながら言う。
旅装を揃えるのに数日を手元に置いたけれど本当の息子のように思えてならなくて。
手元に置けるのもたった数日ということにがっかりしているくらいには大切な存在になっていた。
「…えっと。こちらで勤めている医師の甥っ子で今日より見習いでお世話になるものです…。」
ご領主様からの身元保証と紹介状はこれに。
公爵領を離れることになったとき、もちろん領主様に挨拶に伺った。
アイリス公爵家の第二子の誕生に備えた医療関係者の増員が今回この地に来た表向きの理由。
邸内に入って案内されているうちに、案内係を見失い…。
「…あなた、そこで何しているの?」
突然の幼い声に驚き振り返る。
まだ3つか4つかそこらの年頃だろうか、一目で貴族の子供とわかる身なりをした幼女が立っている。
少し、気を荒立てているのだろうか頬が上気しているように見える。
「今日からこちらで医師見習いでお世話になる者です。どうやら、案内を見失ってしまって。」
幼女から名を問われ、医師殿が訪れる予定であろうところまで案内してくれることになった。
リルアと名乗るその幼女は、アイリス公の娘だということ。
つまり、これから僕が取り上げを手伝うことになる赤子の姉になる…。
まだ幼い年に見受けられるのに、いかにも貴族の令嬢らしく冷静な物言いをすると感心する。
「お母さま、医師見習いの迷子を見つけてまいりましたわ。」
室内には幼女によく似た色をまとった穏やかな表情の女性とそれに仕える侍女が一人。
「あら、今日から新しい子が来ると噂で持ちきりだったのよ。」
この子をよろしく頼むわね。
柔らかい笑顔の婦人がここから5年の後に流行り病で命を落とすなんて誰が思ったことだろうか___。




