10記
「フィア、フィアはいないの?」
リリー様のお呼びだ。
今は仮面舞踏会の着付けをアルプの奥方様と行っているはず。
お茶を淹れる手を止めて主のもとを訪れる。
ああ、よかったフィア、いたのね。
声に反応したことに安堵の声をたてる主。
濃い紫のドレスはノーザンバードへの帰還が決まったときに自らの手で繕われた物。
良くできていて、流行の形を取り入れられている。
主に似合った大人っぽさに憧れを少しだけ抱く。
「フィア、今日からあなたはこのノーザンバード辺境伯家の総領娘の妹、つまり、私の妹となるのです。
舞踏会の準備をなさい。」
淡々と言う主に混乱は隠せない。
一度ため息を吐くと、いつもの優しい顔つきに戻り、説明をしてくれる。
この舞踏会には彼、リーグ=ミーズワース一家を招いていること。
彼の正式な身分はミーズワース次期男爵であり、継承こそ幼少で行っていないが叔父の後見のもと男爵として働いているとのこと。
あなたのためにあなたをこのノーザンバードの娘として送り出すの。
それに、傍系といえ、あなたも辺境伯家の末席にいる身分。
総領娘としてあなたへの配慮が至らなかったこと、また、あなたの祖父の家を監督できなかった責任は我が辺境伯家にあります。
この事をもってあなたの長年の遺恨を消すわけではありませんが、これは私個人としてあなたには幸せになってほしいとの思いからです。
「さあ、フィア。
今日からあなたは私の妹、フィア=ノーザンバードですよ。
お姉さまと呼んでもらえるかしら?」
感極まって瞼から涙が流れる。
私はずっと要らない子だったから辺境伯家と関わりなどもたないと思っていた。
あれは5つのとき。
ひとつ上のリリー様付きの侍女となるべく引き合わされた。
それまでの2年間はリルア様付きの侍女として満ち足りた生活だったのに。
不満と共に始まった新しい生活。
主の寮の部屋は狭く。
不服ながら仕えてわかったことはこの主が働き者で真のお嬢様と呼んでいいほど優美で、それから頭がいい人だと言うこと。
「リリー様、有難うございます。」
こらこら、今日からはお姉様よ。
朗らかに笑いながらも新しく用意されたドレスを着せかける。
これは、あなたぐらいの時に私が着ていたものを直したのよ。
あなたに幸せがありますように。
支度の最後に祈りの言葉を囁いた。
せめて、妹分だけでも幸せにしたかった。
もう、残された時間は無いのだから…。




