転生者協定
「プリンスインザガーデン」というゲームタイトルにふさわしく、アカデミーの庭は美しかった。
美しく季節の花々が咲き乱れる庭園のなかに、見事な彫刻の施された噴水がある。
そのなかに佇むピンクブロンドの少女は、花のようにも見えた。
先ほど私が掛けた言葉に、パッとハンナが振り返った。
ヴェロニカも社交界の華と称されるくらいの美しさではあるけど、それと同等、いやそれ以上に美しい、と思った。
小さな顔に大きなローズクオーツの瞳。控えめな鼻に小さな口。
控えめに言っても、このアカデミー1、美しい女の子だろう。
「ハンナ・ストランド。話があるのよ。」
私はもう一度声をかけた。
まず自己紹介しなければ失礼かと思い、
「私はヴェロニカ・グランクヴィスト。あなたに声をかけたベネディクト様の…」
「えっ?!なんでこのシーンにヴェロニカいんの?!」
ハンナは私を指さしてびっくりした顔をした。
え?どういうこと?この子も転生者ってことなの?
「えと…。」
私が言葉に詰まると、ハンナはそのまま続けた。
「あれー?ここはベネディクト様に声かけられて進むんだった気がすんだよなぁー。」
………間違いない、転生者だ!!!
「ベネディクト様!!」
私は自分の後ろに立っているベネディクトに、背を向けたまま声をかけた。
「私、ハンナ様とすごーーーーく大切なお話があるの。すこし席を外してくれるかしら?」
「えっ…でも…。」
「あとでまたお声掛けいたしますので!!!!!」
「は、はい!」
私の剣幕にベネディクトはそそくさと戻っていった。
ベネディクトがいなくなったことを確認して、私はハンナに向き直った。
「ハンナ、あなた、プリニワの世界にに転生してきたんでしょう?」
「え?なんで知ってんの??もしかしてヴェロニカも?!」
「そう…なのよ…。」
「まじかぁ!ウケんね!!!」
え?
「超ビビったよねぇ!急にドレスとか着ててさ!どこココー!みたいな!あ、これプリニワの世界だーッてわかったときはテンションあがったけどー!!!」
これは…転生前はきっとギャルだったな…。
「それで…転生者なら話は早いと思うんだけど…私もベネディクトも断罪されるのを避けたいのよ…。」
「え?」
「プリニワをプレイ済みだったらもちろん知ってると思うの、あなたをアカデミーに裏口入学させたこと。
それを許してほしいの。社交界の場でこの件について追求せずに、穏便に収めてほしいのよ。」
「………。」
「あの!もちろん必要であればベネディクトにも謝罪させるし、私も絶対に嫌がらせ行為をしないと誓うわ!!
だから…その…。」
「ねえヴェロたん、誰推し?」
え?!ヴェロたん?!
「えっ?!」
「だからぁ、プリニワで誰推し?」
突然の突拍子もない質問に戸惑いつつ、答えた。
「プレイしてるときはマティアス様だったんだけど……その…こっちに来たらなんだかベネディクトに情が湧いちゃって…なんとかしてあげたくて…。
も、元々のヴェロニカもベネディクトが好きだったようだし…。
だから…その…今は…ベネディクト…。」
自分の顔が赤くなっているのがわかる。
それを聞いたハンナがニカーーーッ!と笑った。
さっき庭先に佇んでいた儚さは消え、やんちゃっぽさ全開だ。
「まじで?!んじゃーーおっけ!!!
あたしね、ガチでマティアス推しなんだ!!
だからさぁーそのー…あたしも協力してくれるかなぁ?」
「マティアス様と結ばれるように協力してってこと?」
そう聞くと、ハンナは赤くなってコクン、と頷いた。
見た目の麗しさも相まって、先ほどまでの勢いとのギャップが可愛らしかった。
「もちろんよ!!」
「まじで?!じゃあうちらは同士ってことになるね!仲良くやってこーー!!!よろしくね!!!!ヴェロたん!!!」
ガシッと肩を組まれ、そのあまりに時代にそぐわない仕草に思わず笑ってしまった。
「それにしても、あなた元々ギャルでしょ?
ギャルが乙女ゲームなんてやるのね。」
「えーー!なにそれ!やるよーー!超やるーー!!あたしマティアス好きすぎて超やりこんでるし、グッズ買いまくってるから!!!」
「ゲームをプレイすると、やっぱりマティアス様にハマるよね!」
「でもヴェロたんはさ、ベネディクトを好きになっちゃったってことでしょ?なんで?ダメ王子じゃん!」
「うーん、ヴェロニカと同期?したときに、その気持ちにちょっと感情移入しちゃったんだよね。あとは…その…ひ、一目惚れというか…。」
「あー。まぁ顔だけならそこそこカッコいいよね。」
「それに…ベネディクトはなにかに遠慮してるというか、なにか考えがあってダメ人間として振る舞ってるような気がするの…。」
「そうなんだ?!それってゲームのシナリオにはない部分ってことじゃん!これからそれを調べてトラウマをなくそうってことっしょ?
いいじゃん!それ楽しそう!」
「そ、そうかしら?」
そんなかんじで、ついプリニワトークでガーデンで二人で談笑していると、名前が呼ばれた。
「あれ、ヴェロニカ様。その方は?」
マティアス様だ。
「あ、マティアス様。こちらは今日から編入してきた、ハンナ・ストランド嬢ですわ。」
「あぁそうなんだ、ハンナ様、どうぞよろしくお願いします。」
「はっ、マ!!あ、よ、ヨロシクオネガイシマス…。」
ハンナを見ると、茹でダコみたいになっていた。
もしかして、私も最初ベネディクトと会った時こんなかんじだったのかしら…。
マティアスはハンナに挨拶だけすると去っていった。
ハンナはその後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、クルッとこちらに向いて叫んだ。
「っっっっはぁーーーーーーーーー!!!!!
やばいんですけどーーーー!!!かっこよすぎるんですけどーーーー!!!!んもーーーー!!!マティアス様まじすきーーー!!!!どーーーしよーー!!!!!三次元マティアスやばすぎるっしょーーーーー!!!」
そういってバタバタと騒ぐハンナを見て、
あぁ、この子、転生するの令嬢じゃなくて平民で良かったなぁ、
と心の底から思った。