↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/37

第三十話 厄災の魔女

「おいおい、さっきからなんだこの音は?」


 階上から鳴り響く轟音に、見回り中だった騎士の一人がそうぼやく。

 何か異常事態が起きているのではと表情を険しくしていると、隣にいた同僚の騎士が肩を竦めた。


「俺も詳しいことは分からんが、バルボア様が例の獣人奴隷を調教しているらしい。こうも音がするのは珍しいが……相手は聖獣の血を引いているらしいし、抵抗が激しいんじゃないか?」


「おいおい、大丈夫なのか? それ」


 同僚の説明に、騎士の男は顔を顰める。

 何も、調教されている獣人に同情しているわけではない。

 哀れだとは思うが、相手は貴族だ。運が無かったと諦めて貰う他ないし、何なら一度屈してしまえば以前より良い暮らしが出来る可能性だってあるのだから、さして良心も痛まない。


 だが、あまりにも激しく抵抗した挙句壊れてしまえば、子爵の機嫌が傾くことは間違いない。部屋の荒れ具合によっては、自分達にも片付けを命じられることだってあるだろう。


 面倒なことは嫌だぞ、とぼやく彼に、同僚の男は問題ないと肩を叩いた。


「大丈夫だ、今回は団長が一緒についてるらしいからな。あの人がいれば、滅多なことにはならんだろ」


「ドルグ団長か……それなら安心だな」


 ドルグ・ソードマン。長らくここタラルイド家に仕えている武人で、【剣王】という上級スキルを備えた王国屈指の実力者だ。

 その剣の一振りは山すら斬り裂き、ドラゴンをも屠る──というのは流石に誇張だと思うが、そう噂されるのも納得がいくほどに強い人物であることは確かである。


 事実、彼の実力では何度模擬戦を挑んでみても、その場から一歩動かすことすら出来なかった。強さの次元が違うとはこのことかと、痛いほど身に染みている。


「あの人も、なんでまだこんな家にいるんだろうな。王宮の近衛騎士団からスカウトが来たこともあるんだろ? 俺だったら二つ返事で頷いちまうけどな」


「俺も気になって団長に聞いてみたことあるんだけどな。『一度主君と仰いだ人物を乗り換えるなど騎士の名折れだ』って言ってたぞ」


「うはあ、まさに騎士の鏡って奴だな。あんなクソみたいに子爵にそこまでの忠誠心、俺には持てないね」


 外向けには穏やかな紳士で通っているバルボアだが、実際に仕えていればそれがただの仮面でしかないことなどすぐに分かる。


 昨日の獣人狩りもさることながら、協定で手出しを禁じられたはずのモルガナイトウルフの討伐命令、自分にとって都合の悪い人物の暗殺、他領の有力な貴族、商人との癒着、贈収賄を交えた不正取引などなど──後ろ暗い話など、数え出したらキリがない。


 と、そこで、同僚が突然顔を青くしながら彼の頭を叩いた。


「いてっ、何するんだよ!?」


「バカッ、こっちのセリフだ! どこに誰の耳があるか分からないんだ、バルボア様の悪口なんて言って、消されても知らんぞ」


「……“タラルイドの死神”の話か? 単なる噂だろ、あれは」


 同僚の剣幕に、彼は溜息を溢す。


 タラルイドの死神とは、この町に伝わるちょっとした怪談だ。

 子爵に対し反抗的な態度を取った者、裏で悪口を言ったり、文句をつけた者……そうした人間が、後日変死体となって見つかるという噂話。


 子爵には自分へ向けられた悪意を反射し相手を呪うもう一つのスキルがあるのではとか、そうした人物を消すための暗殺者を雇っているのではとか、随分と尾ひれのついた荒唐無稽な話が出回っているのだが……まさか本気で信じているのかと、胡乱げな眼差しを同僚へ向ける。


「俺だって全部信じてるわけじゃないさ。けど、もし何かの拍子にバルボア様の耳に入ってみろ、一発でクビになるかもしれないだろ」


「うげえ、確かにそれはあり得るな。気を付けねえと」


 怪談と関係なく現実的な忠告をされてしまい、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


 誰か聞いてなかっただろうな……と遅まきながら辺りを見渡していると、ちょうど屋敷の玄関前に差し掛かったところで、大きく扉が開かれた。

 同時に飛び込んで来た一人の大柄な騎士を見て、話し込んでいた二人はぎょっと体を仰け反らせる。


「おい、お前。体中雪塗れじゃないか、少しは落としてから入って来いよ」


 まるで雪山に体ごと突っ込んだかのように雪に塗れた騎士の姿に、思わず苦言を呈する。しかし、大柄な男はその言葉に何の反応も示さず、青褪めた顔で震えていた。


「おいおい、どうしたんだ? つか、とりあえず扉閉めろよ、めちゃくちゃ雪が入ってきてるじゃねーか」


 外は相当な吹雪のようで、冷たい風と共に白い雪がとめどなく屋敷内に入り込み、鎧の下に色々と着込んでいるにも関わらずかなり寒い。


 こいつも外の寒さにやられて、我慢出来ずに警備を放り出して中に避難してきたのか……と、そんな風に考えた彼の予想はしかし、大きく首を振って否定される。


「逃げろ……」


「え?」


「に、逃げろ!! バルボア様に連絡して、すぐにこの屋敷から離れるんだ!!」


「おいおい、本当にどうした? 何があったんだ?」


「突然現れたんだ、小さくて、真っ白な髪した女のガキ、それと、獣人の女……それが、強制捜査だって無理矢理敷地内に入って来て」


「獣人の……つまり、侵入者か? まさか奴隷を取り戻そうとして?」


「こんな吹雪の時に……チッ、面倒なことしてくれるな」


 過呼吸になりそうなほど途切れ途切れに話す男の言葉は非常に聞き取りづらいが、侵入者というなら対処しなければならない。それが子爵家子飼いの騎士団員としての務めだ。


 剣の存在を確認し、走り出そうとする二人だったが、尚も男はそれを止めようとする。


「た、戦ったらダメだ!! 獣人の方はいつの間にかいなくなっちまったが、真っ白なガキの方は本当にヤバイ!! あれはもう、人じゃない……本物の、化け物だ!!」


 本気で言っているのだろう。男の表情からも声からも、とにかく必死さが伝わって来る。

 しかし、明らかに冷静さを欠いた男の、ある意味妄言とも取れるそんな言葉で逃げだしたとあっては、彼らは揃ってクビになってしまうだろう。それは困る。


「よく分からんが、ヤバい相手だってことは分かった。何、少し様子を見て、本当にダメそうだったらすぐに逃げて来るさ」


「お前は他の連中にも侵入者が現れたってことを伝えてくれ。頼んだぞ!」


「ま、待て!!」


 男の制止を振り切って、二人は屋敷の庭園へと飛び出していく。


 空を覆う分厚い雲と、吹き荒ぶ猛吹雪。

 叩き付ける雪のせいで肌寒く、視界はほとんど利いていない。


 もし本当に相手が手練れなら、外にいた者達は相当に苦しい戦いを強いられているはず──そんな彼らの予想は、直後に大きく裏切られた。


「なん……だと……?」


 一面の雪化粧が施された庭園に、無数に転がる警備員や騎士の体。

 誰も死んではいないようだが……ある者は自らの剣に体を貫かれ、ある者は病魔に侵され血反吐を吐き、またある者は恐慌のあまり泣き喚きながら腰を抜かしたその光景は、まさに死屍累々という言葉が相応しい。


 一体、どうすればこのような状況に陥ってしまうのか。一切の理解が追い付かない二人の耳に、ざく、ざくと小さな足音が聞こえて来る。


「……また来たの? 私はコマリちゃんを助けたいだけ、お願いだから、邪魔しないで」


 真っ白な世界にポツンと立つ、幼い少女。

 白銀の髪をたなびかせ、長いマフラーを何重にも巻き付けたその姿はどこか儚げで、今にも雪の中に溶けて消えてしまいそうなほど。


 しかしそんな少女が放つのは、純白の世界を全て塗り潰さんとする不気味な黒。

 生きとし生ける全ての生物が本能的に忌避するであろう、醜悪で悍ましい“ナニカ”だった。


「それでも、邪魔をするっていうのなら」


 この時既に、二人の騎士の胸中を満たしていたのは後悔ばかりだった。先ほどの忠告に従い、早く逃げておけば良かった、と。


 けれどもう、逃げられない。対峙した瞬間に死を覚悟させられた二人は、騎士としての矜持ではなく、ただただ生存本能の赴くままに刃を向けた。


「「う、うわあぁぁぁぁ!!」」


 長年鍛え上げた騎士の一刀は、狂乱していても尚冴え渡り、少女の左右から襲い掛かる。

 その速度は、まさに電光石火。並の人間では反応すらできない。


 しかし……目の前の少女は、反応するまでもないと言わんばかりに歩み続ける。


「しばらく、ここで寝てなさい」


 声が聞こえた瞬間、二人の視界は真っ白に漂白されて失われる。


 その後、互いの剣が少女ではなく、互いの体を斬り裂いていたと気付いた頃には、既に少女の姿はなく。

 二人の騎士は、そのまま意識を失うのだった。

次回、「獅子族の娘VSタラルイドの死神」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。