第二十八話 逆転の方針
「……殺さないんですね」
「へ……?」
ガイゼルを瘴気で包んで気絶させた私は、ブルムさんの問いかけにきょとんとする。
殺す、か……今の私の力なら、やろうと思えば簡単だろうけど……。
「……私は、これ以上コマリちゃんを助ける邪魔をして来ないなら殺す気はないよ。さっきの様子じゃ、たとえ起きても二度と私に関わろうなんて考えないだろうし」
気絶する寸前、ガイゼルが私に向けていた視線を思い出し、ちょっとだけ顔を俯かせる。
恐怖に染まりきった、化け物を見るかのような目。
大の男が涙すら流し、必死に生にしがみつこうと腰を抜かしたまま後退る姿はなんとも滑稽で、哀れで……酷く、私の心に痛みをもたらした。
「さあ、そんなことなんてどうでもいいから、早くコマリちゃんのところに行こう。ぐずぐずしてたら、何をされるか分からないし」
私は、私自身のスキルを受け入れて、疫病神になる覚悟を決めた。
でもそれはそれとして、やっぱり自分はコマリちゃんみたいに誰かを笑顔に出来るような存在じゃないんだって現実を突き付けられた気がして……少し悲しい。
「コマリちゃんを助けて、ルンさんや、他のみんなも助けて、そしたら……」
そしたら……その後は、どうなるんだろう。
不意に湧いた疑問を振り払い、無理矢理に笑みを浮かべながら歩き出そうとして……そんな私の手を、ブルムさんが掴み取った。
「落ち着いてください。いきなり領主の館に飛び込んでも、事が終わった後に私達が国から追われるだけです。それと」
私の肩を掴んで正面から向き合ったブルムさんが、懐から小さな小瓶を取り出す。
これって、セイさんも使ってた止血用の薬……?
「っ、いたっ」
「我慢してください。骨で止まったようですが、額を深く斬られているんですから」
どうしてそんなものを、と思っていたら、ブルムさんは私の額にそれを塗りたくり始めた。
そういえば、護衛の男を倒す時に斬られたっけ……すっかり忘れてた。
「……協力をお願いした私がこれを言うのもおかしな話ですが、あまりご自分を追い込まないでください」
「え?」
思わぬ言葉に顔を上げると、翡翠色の瞳が真っ直ぐに私を見つめていた。
無機質であまり感情の感じられない、宝石みたいに綺麗な目。
けれど今は、その輝きにどこか心配そうな色を浮かべている気がするのは、私の気のせいだろうか?
「あなたがガイゼルにどのような扱いを受けていたかは、私も知っています。偶に見かける程度で、話したこともありませんでしたが……あの頃のあなたは、ずっと独りだった」
「……うん、私はずっとひとりぼっちで、誰からも必要とされない存在だったの。でも、今は──」
「はい、今は違います。だからこそ、あなたは自分自身をもっと大切にするべきです。あなたがコマリさんを想うのと同じように、今のあなたはコマリさんや他の皆さんから愛されているのですから」
「あ……」
ブルムさんのその言葉で、私は大切なことを思い出した。
私は、コマリちゃんを笑顔にしたい。コマリちゃんの笑顔を誰よりも傍で見ていたい。
それなのに、私が自暴自棄になって、傷付いた姿なんて見せたら……きっとコマリちゃんは悲しむ。そんなのは嫌だ。
「ありがとうブルムさん、お陰で私も少し落ち着いたよ」
「こんなことで少しでもお返しになるのなら、お安い御用です。それでは改めて、今後の作戦内容をお伝えします」
優しい言葉遣いから一転して、一気に空気が引き締まる。
この場にいるのは、私とブルムさんの二人だけ。相手はこの町を治める領主とその部下、たくさんの騎士だっている。
どんな作戦かは分からないけど、一つのミスだって命取りになるかもしれないし、頑張らないと。
「まず、奴隷商館の制圧……は、シルフィが脱出ついでにしてくれたので除外して、次に目指すのはガイゼルが残した契約書を始めとする証拠品の押収ですね」
「ルンさんがここにいるなら解放するのは分かるけど……契約書……?」
「はい。ガイゼルは自己保身に関しては人一倍気を使っていたので、いざとなった時に多少の無理をしてでも子爵に助けて貰えるよう、彼との間に交わされた取引や賄賂のやり取りなどについて詳細に纏め、証拠として残してあるのです」
「あの人、そんなことしてたんだ……」
白目を剥いて気絶している男を一瞥し、呆れるやら感心するやら、複雑な気分で溜息を溢す。
今回はその性格に助けられたけど、いまいち感謝する気にはなれないなぁ……。
「それらの証拠に加え、獣人族の代表たる父の名を盾に子爵の屋敷へと強制捜査を執行。更に確固たる証拠を掴んで、あの男を子爵の地位から追い落とします。そうすれば、違法奴隷として連れ去られた仲間達を取り戻せるはずです」
「強制捜査……出来るの?」
「ええ。獅子族の長には、この国から名誉貴族の称号を与えられていますから」
あくまで形式上のものですが、とブルムさんは語る。
なんでも、獣人族が不満を溜め込んで王国へと反旗を翻されては困るからということで、一応は貴族と同等程度の権力を与えられ、いざという時は即武力ではなく対話のテーブルに立てるだけの立場を持っているらしい。
もっとも、獣人の違法奴隷がこうも大っぴらに利用されている以上、これまではあまり意味のない権力だったんだろうけど……それを使う時が来たってことだね。
「もちろん、あちらもそのような横暴は認めないと、全力で抵抗するでしょう。何なら、証拠の全ては捏造だと言って、私達を拘束しようとすると思われます。そこでシルフィの出番です」
「私?」
「思い切り暴れてください。それを陽動として、私が屋敷内に侵入、証拠品を押収します」
予想以上に強引なやり方に、私は思わず目を丸くした。
スマートに行かないだろうことは分かってたけど、まさか正面突破だなんて。
「……子爵の屋敷には魔法的な結界や罠が敷き詰められているので、何もなく侵入しようとすれば私のスキルがあっても確実にバレます。負担は大きいかと思いますが、お願いできませんか?」
「ううん、大丈夫。むしろ、あまりややこしい作戦だったら覚えきれずに失敗しちゃうんじゃないかと思ってたから、シンプルで安心したよ」
スキルの力を解放出来るようになったとはいえ、私本人はドジでダメダメなただの女の子だ。
複雑な作戦をこなせるとも思えないし、分かりやすい作戦で助かる。
それに……。
「子爵の屋敷にはコマリちゃんが捕まってるんでしょ? ならちょうどいいよ。もし抵抗されるようなことになったら、私は真っ直ぐコマリちゃんを助けに行く」
正直なところ、今こうやって話していることすらもどかしい。
コマリちゃんが今この瞬間も貴族に甚振られてるんじゃないかと思うと気が気じゃなくて、溢れそうになるスキルを抑えることすら難しいんだ。
「分かりました。子爵が素直に応じてくれるのならそれが一番ですが、いざという時はよろしくお願いします」
「うん。ブルムさんが自由に動けるように……コマリちゃんを自力で助けられるくらい、全力で暴れてみせるから」
ブルムさんと頷き合い、私はマフラーをたなびかせて雪の降りしきる外へと歩み出す。
待っててね、コマリちゃん。今行くから!
次回、「コマリの戦い」




